第2話

       ◆


 トレーラーはおとなしく、事件発生現場の座標にいた。

 大型のトレーラーだと思い込んでいたが、中型と小型の間の船舶である。大型のトレーラーは牽引船の後ろに推進剤タンクや分離可能な巨大なコンテナをいくつもつなげて引っ張るが、俺が目の当たりにしたサイズの船舶の推力ではそれができない。コンテナが一つがやっとだろう。

 どうやらそのコンテナも失っているようだ。荷台が開放され、空になっている。

 俺の乗る機動重機の接近には気づいていただろうが、向こうから通信はない。まぁ、俺の機体が何もないはずの小惑星帯から飛び出してきたせいで、機動重機と認識していない可能性はある。何かの拍子に弾き飛ばされた岩石に見えなくもないだろう。

 ただ、ここまで近づいてみれば、目視は可能だ。試しに発光で信号を送ってみる。

 警備隊の依頼できたことを伝えると、向こうからも発光信号で返事があった。通信チャンネルがそれでわかった。通信機に口頭で入力すると、すぐに相手を呼び出し始めた。

 こういう時、救難用のオープンなチャンネルが使われる場面も多いが、場馴れしている奴ほどオープンチャンネルを回避するものだ。

 というのも、最初の通報こそ救難チャンネルでなければ早期の対応が不可能だが、救助される段になってもオープンな回線を使っていると、自分たちを襲った相手にも状況が筒抜けになってしまう。仮に傍受されるとしても、本能的に誰彼構わず聞かれるような下手は打たないものだ。救助する側としてもその方がありがたいと言える。

 さて、オープンでやり取りしない以上、この小型トレーラーの乗組員は状況を考える程度の頭はある。

 相手が出た。低い、唸るような声だった。地球型人類と呼ばれる種族があるが、広い宇宙には全く別形態の知性体も多く存在する。言語は長い時間を経て発展、淘汰され、やがてほぼ統一されたが、それでも地球型人類の言語を原型にしているために発音に苦労する種族も多い。トレーラーの乗組員もそんな一人らしい。

『こちら「隼号」の船長、ヌリィークだ』

「こちらは宇宙警備隊の依頼を受けた、トウコ・ガリアだ。食料と空気はあるか」

 真っ先に聞くべきことはそれだった。宇宙海賊の中でも極悪な奴らは、自分たちが襲った船に致命的なダメージを負わせ、乗組員を始末することで事態の発覚を遅らせることがままある。中には船員を直に殺していく奴らもいるが、宇宙船の場合はそんな手間はいらない。空気を抜いてやれば大半の生命体は死に至る。

 ヌリィークなる船長は力強く「大丈夫だ」と答えた。

「警備隊の救難船が急行中だ。そちらのソナーで探知可能か?」

『いや、海賊の襲撃でソナーの反応があやふやで、見えない』

「そうか。この機動重機とデータリンクしている母艦のソナーの情報だが、共有しておこう」

 手元のパネルを操作して、親父の乗っている輸送船からの情報を、ヌリィークの元へも送る。もっとも通信装置が万全でないと空振りだ。ソナーの不調だけだといいのだが。

 データの共有が完了するとヌリィーク船長は少し口調が和らいだ。

『情報提供、ありがたい。こちらから奪われたコンテナの固有信号を提供する』

「信号はまだ生きているのか?」

 正直、意外な内容だった。

 宇宙船はもちろんのこと、宇宙で行き交うコンテナなどには発信機を装備させることが原則、絶対とされている。船舶やコンテナの管理や所有者を明確にするためでもあるが、遭難を避ける意味合いも強い。固有信号の発信源さえわかれば追跡は容易になるし、難破船の発見にも貢献できる。

 しかし、どうにも奇妙だ。俺は思わず手で口元を撫でていた。

 俺の沈黙をどう解釈したのか、ヌリィーク船長が情報を送ってきて、俺の手元の星海図に信号の発信されている座標が表示された。偽情報でなければ、コンテナそのものはそこにあるのだろう。中身の有無はともかく。

 こうなると、いよいよ解せない。

 輸送船から推進剤を奪うというのはいかにも海賊の手口だ。一方、コンテナの固有信号の発信を防がないのは逆に素人臭い。

 コンテナの固有信号は積荷の保護のために、開封状態と閉鎖状態で信号が違い、状態や履歴を把握できる仕組みがある。今、コンテナは開封されていないとわかっているが、無理やりに解体したのでなければ現時点でもコンテナは未開封だろうか。

『ガリア殿、私に命の危険はないようだ。コンテナを回収してくれ』

 急かすようなヌリィーク船長に「そうしよう」と答えたのは、ここで考えていても状況が好転しないからだし、隼号なる輸送船を万全にする推進剤は俺の手元にないという事実もある。隼号を動かすには、親父の輸送船の到着か、警備隊の救難部隊の到着を待たないといけない。

「ヌリィーク船長、積み荷の回収の努力はするが、無事とは限らない。そこは承知してくれよ」

『承知している。よろしく頼みます』

 しおらしいと言っても見当外れではないもごもご声を受けて、俺は隼号の至近を泳がせていた機動重機を再び小惑星帯の方へ向かわせた。

 それが最短の近道だというのもあるが、コンテナの固有信号の発信源が小惑星帯のすぐ至近にあることも理由だ。

 何故、小惑星帯を掠めるように信号の発信源があるか?

 わからない。推測はできるが、どこまでいっても推測だ。

 合理的な可能性はいくつかあるが、海賊連中がコンテナの中身を漁る時に、何もない空間で作業をするのを嫌ったのかもしれない。小惑星の中でも大きなものなら、船舶を固定して停めておくこともできる。

 単純に、小惑星に紛れて追跡を逃れることもありうる。いや、それならコンテナの固有信号を先に途絶させるか……。いやいや、固有信号が生きている以上、囮かもしれない。海賊はとっくにずらかっているかも。コンテナを置き去りにして……?

 状況はかなり不鮮明だが、目的地ははっきりしている。小惑星が無数に、しかも密集しているとはいえ、危険地帯ではないらしいのが救いといえば救いだ。機動重機のソナーでは力不足で付近に船舶があるかは不鮮明だが、宇宙警備隊からの依頼を受けた俺と同業の連中が今この時も駆けつけているだろう。隼号には俺が真っ先にたどり着いた形だが、どういう状況であれ、後詰があるのは心強い。

 一方で、不自然さ、違和感が拭えない、という状況もある。この感覚は本来なら無視しない、無視できないところだが、今の俺には選択肢がない。時間もない。ここであれこれ考えている間に、同じように知恵を絞った宇宙海賊が何か妙案を閃くかもしれないし、単純に物理的な作業時間を提供することになるのも捨てておけない。

 即応するのが絶対の原則であり、今できることはコンテナの座標に向かい、その状況を調べることだ。海賊がいるにせよ、いないにせよ、コンテナの奪還も宇宙警備隊から依頼された俺の仕事の一部でもある。それができなければ、報酬は雀の涙とやらになるだろう。

 まともな飯を食うためには、今は仕事に必死になるしかない。

 岩石を掘り出して売っぱらうより、余程、実入りがいいのがこの仕事だった。

 つまるところ、やめたくてもやめられない、という奴だった。



(続く)

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