採掘業者と眠り姫

和泉茉樹

第1話

      ◆


 ベクトルをチェック。

 慣性で機体が流されていく先に小さな小さな小惑星、岩石があると、控えめな音で警告音が鳴る。

 ペダルを軽く踏んでやると、俺の乗っている機動重機が小惑星との衝突をきわどくすり抜けるように回避する。サブカメラの映像にはいっぱいに岩石の塊が映り、ざらついた質感が見て取れる。

『トウコ、対象の軌道がズレている』

 耳に突っ込んである旧式のイヤホンから、ノイズ混じりのガサガサした親父の声が控えめに聞こえた。軌道がズレているだって? ズレが俺に見えないわけがないだろう。対策も考えている。

「見てろ、親父。すぐにそっちの荷台に飛び込ませてやる」

『曲芸飛行はこの仕事には意味がないって何度も言っているはずだ』

「曲芸飛行ではなく芸術的飛行と呼んでくれ。映像を撮影すればどこかが買い取ってくれるさ」

 答えながらペダルを踏み直し、同時に両手で複数のレバーを加減する。

 小惑星から切り離したばかりの小さな岩石の塊には、超高硬度合金製の杭が打たれ、その杭は高強度ワイヤーで俺が乗る機動重機と繋がっている。

 ワイヤーを少し伸ばしてやり、岩石から距離を取る。

 そのうちに機動重機と岩石の間に、無関係な小さすぎると言ってもいい岩の塊が流れてくるのが見えてきた。

 その岩がワイヤーに引っかかった。

 完璧。狙い通りだ。

 衝撃が機動重機に伝わり、引きずられそうになるのを推進剤の噴射で制御する。

 目当ての岩石から杭は抜けず、ワイヤーに引っ張られて今までと違う動きを始める。俺の意図通りにワイヤーにぶつかった岩はどこかへすっ飛んで行っていた。

 こうなると機動重機を中心に、岩石が振り回されている形になる。

「親父、いくぜ。受け止めろよ」

 くそったれめ、とささやかな声量で罵声が聞こえた気がしたが、答えるよりも、今の俺には集中力が必要だった。繊細の上に繊細な制御が必要だ。

 ここだ。

 手元のスイッチを押し込んでやると、岩石に食い込んでいた杭が変形し、外れる。

 岩石はワイヤーのせいで円軌道を描いていたところが、その支配を失い、明後日の方向に飛び始める。

 行けるか……。

 周囲に漂う岩石の群れの隙間を俺が飛ばした岩石が飛んでいく。

 素晴らしい、狙い通りだ。これぞ、芸術だ。

 岩石は小惑星帯を完全に抜け、開けた宇宙空間に飛び出した。そしてそこには中型の輸送船が待機している。後部の荷台に当たる部分が八つのパーツに分かれ、解放されている。ロボットアームが二本、伸びているのが見える。

 荷台めがけてまっすぐに岩石が飛んでいき、ほとんど中央だったのが、次第にズレてロボットアームの片方の側に滑っていくが、まぁ、あとは親父の仕事だ。ベテランなんだ、なんとでもするだろう。

 結局、岩石はロボットアームの片方が受け止めた。何か粒子状のものを飛び散らせながら、アームの先の頑丈なマニュピレーターが確保する。アームの関節部分が不自然に曲がった気がしたが、もう一方が即座に岩石を保持した。

 輸送船そのものさえもが衝撃に流されかかるが、それは心配ない。機動重機とは比べ物にならない推力があるし、姿勢制御スラスターも強力だ。

 俺はといえば、岩石を放り出した後の機動重機の制御をしながらそんな様子を見ていたが、こちらはこちらで機動重機の制御に忙しい。親父がまだ汚い言葉を口にしているようだが、俺は答えずに素早く機動重機を岩石の間の窮屈な空間から脱出させた。

 安全を確保してから、改めて輸送船を見るが既に荷台が閉じようとしていた。

「一丁あがりだな」

『バカ息子め。アームの一つがエラーまみれだ』

 おっと、芸術点はあまり高くなさそうだ。

「へし折れたわけじゃない。簡単に直るさ。収入もあったわけだし」

『アームがへし折れたら、半年はまともな飯も食えん』

「今でもまともな飯を食べちゃいないだろ」

『お前が戻ってくる前と後で、俺のスーツのサイズがどれくらい変わったか、教えてやろうか』

「老化現象だよ。老人がブクブク太っていったら、逆に不健康というものだ」

 やりとりしている間に荷台は完全に閉まった。俺の機動重機も輸送船に近づき、無理やりに非正規に装備した固定器具へのドッキングに動いている。自動操縦でもできるが、俺はあまり信用していない。今時の人工知能と比べると人間の方が腕は悪いが、他人の腕より自分の腕を信じられなくなったら終わりだろう。

 まさにドッキングの最終段階、固定器具を展開した時だった。

 いきなり通信を受信した表示がモニターに展開され、呼び出し音が鳴り始める。とっさにドッキングを中断し、念のために輸送船から距離をとる。

 舌打ちしながら、反射的に通信の相手を確認していた。匿名ではないどころか、ある種のお得意さんだった。

 宇宙警備隊の第八八宙域管理部からだ。宇宙警備隊は宇宙軍の下部組織のようなもので、定期航路とか主要航路の治安維持を任されているが、実戦力などないに等しい。装備も与えられなければ、人員も大したことはない。

 というわけで、民間人の協力が是非とも必要な彼らは、こうして助っ人を頼んでくる。

 手元で通信を開いてやる。もちろん、親父殿にも聞こえるようにしておく。

『トウコ・ガリア中尉殿ですか?』

 相手は若い男性で、だいぶ勢い込んでいて宇宙公用語の発音がやや怪しい。

「今は予備役だよ。しかしトウコ・ガリアは俺だ。何があった? トレーラーの襲撃か? それとも遭難事故か?」

 こちらから促してやると、そうです、とどもりながら返事があった。宇宙警備隊は語学に達者な奴すら用意できないらしい。

『宇宙海賊がトレーラーを襲撃しました。荷物が奪われたとトレーラーから通報がありまして』

「トレーラーは撃沈されなかったのか?」

『推進剤のタンクを奪われ、身動きは取れないようです』

 くそったれの貧乏宇宙海賊の使う手口だった。奴らは水と食物と推進剤に常に飢えている。もっともそれは個人で採掘業をしている俺と親父も似たようなものだが。

「座標を送ってくれ。位置関係次第でこの仕事を受けるか決める」

『中尉殿がもっとも近いのです』

「それでも座標を送れ。早く」

 こちらで回線を優先してやると、超高速でデータが届いた。何を思ったのか星海図ごと送りつけられたので、機動重機の記憶容量が激しく圧迫される。俺が星海図を持っていないとでも思ったのだろうか。さすがに慌てすぎだ。

 しかしそういう文句はしまっておいて、俺はデータを閲覧する。

 意外に近い。こちらのソナーに引っかかりそうな座標だ。意外なのは、その座標が主要な航路のどれとも重なっていないことである。そんなところを行き来するトレーラーはやばい荷物を運んでいるか、人目を避けているかのどちらかだ。

「オーケー、警備隊のきみ」名前を聞いていないので他に呼びようがない。「この仕事は受けよう。直ちに現場に向かう。こちらとそちらの契約は理解しているな?」

『はい、中尉殿。契約は承知しています』

「なら良い。各種補償も忘れるなよ。一応、きみの名前を聞いておこう」

『オコナー監視長です、中尉殿』

「監視長殿、俺のことを中尉などと呼ぶな。トウコで良い」

『はい、中尉殿、いえ、トウコ殿』

 切るぞと断ってから通信を切る頃には、楽しいおしゃべりの間に何もかもお見通しの親父殿が推進剤の予備タンクをこちらへ放出している。俺は俺でおしゃべりしながら、ついでに星海図を横目で吟味しつつ、アームの操作してタンクを受け取っていた。

 全部を聞いていた親父殿が助言を与えてくれる。

『トウコ、どうもきな臭い仕事だ。座標からして海賊連中の縄張りだろうが、ただのトレーラーとも思えん。海賊にも手を出していい相手といけない相手の区別はつく』

「しかし、トレーラーからは警備隊に通報が行っている。自動通報かもしれないが、少なくとも、荷物が奪われても黙っている、という選択肢はなかったわけだ。チグハグではあるが、単に配送の遅れを取り戻したいだけの潔白な輸送屋なのかもな」

『行って見ればわかるか。例の方法で現場へ行け。こちらは後からついていく』

 まったく、親父殿も急かすじゃないか。

「先に行って現場を押さえておこう。あるいはまだ近くに海賊がいる可能性もある。推進剤を奪うくらいだからな」

 俺は機動重機を反転させ、現場の座標へ向かって機体を飛ばし始めた。

 と言っても、再び小惑星帯に突っ込んだわけだが。



(続く)

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