第8話


二人は日を益すごとに親密になっていった。それはもう、嫉妬を覚えるくらいに。


静子様は毎晩銀次さんとお会いしている。毎年静子様と見に行っていた花火大会は、今年は銀次さんと行かれてしまった。


休日は留守を任せられるようになり、仁と寿で過ごすことが多くなった。


八月もあと八日で終わる。


蝉の死骸も多く見かけるようになった。死骸を拾い集め、強烈な残暑の中、町を綺麗に清掃する日々。勝手に神社の清掃もしていると、トクさんが参拝をしにやって来た。


「千福ちゃんがここにいる気がしたよ」


参拝を終えると話しかけてくる。


「ちょっと見せたいものがあるんだ。一緒に来てくれるかい」

「はい」


トクさんを待たせて清掃を終わらせると、あとをついて行く。トクさんの家だ。

浩さんもいる。だが、家が青いシートで覆われている。 


家が――壊されている。大工さん達が壊しにかかっている。


破壊されていく音がよく響く。私は屋根のほうまで見上げた。空は青々としている。


「これは。新しく家を建てるのですか」


部屋が片付いていたのはこのためだったのか。随分古く感じる家だったから、もう替え時だったのかもしれない。


「そう。家を建て替えるんだよ」

「どんな家になるのか楽しみですね」

「本当に楽しみだ。ここはね、千福ちゃんの家になるのさ」

「え?」


浩さんとトクさんを交互に見つめる。浩さんも笑顔で頷く。


「私は隣町に住んでいる長男夫婦の家に厄介になることになったよ。お嫁さんに余計な口出しをしたくないから、距離を置いていたんだけどね。でもお嫁さんが誘ってくれて。翔とも一緒に住むんだよ。そうだ、翔も千福ちゃんの話をよくするようになってね――。まあ、それでこの家は取り壊して、町内のみんなで神社を建てることにしたんだよ」


聞いた途端、私はまたいつかのように全身から震えが止まらなくなった。


私の――社ができる?


「でも、そんなお金・・・・・・大変でしょう」

「椙森さんが宝くじを当てただろ? あれからみんなで神社を建てようっていう話が出ていてね。これまで宝くじが当たった人や他にも出資してくれる人が現れて神社を建設することになったんだ。家が取り壊されたらここは千福ちゃんの家になる。神社としては少し狭いかもしれないけれど」


ここが、神社になる? 私の住処となる・・・・・・? ちょっと信じられない。


訊ねると、町内の人々の中に反対する人はいなかったそうだ。


「御利益は病気治癒に商売繁盛、厄除け開運、夫婦円満、縁結び。あとはなにがいいかな」


浩さんがそんなことを言っている。気が早いねえ、とトクさんが笑った。


私がここに移るようになれば、そうしたお守りもできるのだろうか。私はただ呆然

と、壊れていくトクさんの家を見つめていた。


「ゆくゆくは宗教法人として運営できるようにしたいと話し合っているけれどね、今はそういうのって難しいみたいなんだ。でももし認められなくてもここには立派なお社ができるよ。それに椙森さんの弟は、他県で神職に就いている。後々ここの神主になってくれるって承諾も得られた。みんな千福ちゃんを拝みにたくさん来るし、私たちも、千福ちゃんのことをこれからもどんどん広めていくからね」

「本当にいいのですか」

「構わないさ」


涙が頬を伝った。嬉し泣きをするのは何度目だろう。思わずトクさんに抱きついた。


「ありがとうございます・・・・・・」

「千福ちゃんは町のみんなをよくしてくれた。これはそのお礼さ。みんな千福ちゃんのことが大好きだよ」


私はきっと、周りの人々に恵まれていたのだ。椙森さんも当たった宝くじを私のために使って下さった。


「依代としての鏡や剣や勾玉もちゃんとした神具屋さんに頼んで今作ってもらっている。狛犬の像も、鳥居もね」


こんな急な形で頂けるなんて。


急に風が吹いて自分の身体に違和を感じた。着物が急にきつく感じられる。


「おや、千福ちゃん。あんた、大人の姿になっているよ」


両手を見る。随分大きくほっそりとした長い手になっていた。これまで目に映していたものが急に低く見えるようになった。トクさんの身長も低くなったように感じられる。


「こりゃ、えらい美人だ」


浩さんが驚いた表情で言う。


ヘアゴムがパチンと切れて弾けた。お団子にしていた髪はますます伸びている。どんな外見になったのだろう。


「千福様、そのお姿はおそらくいくつかの理由があるかと思います」


寿が背後で言う。振り返った。


「いくつかの理由?」

「末廣様の家で妖怪を退治した点――札を使って神剣に変化させられたのは神としての力が増したことにあるかと思います。恐らくお力も成長されている。それと、静子様とご縁を繋ぎました点。そして最後は、条件が整いましたこと。お社で神として祀られると聞かされました時点で、本当に神から見ても神に昇格され、外見も成長なされたのでしょう」


見てみるかい? と言ってトクさんはバッグからファンデーションのケースを開いた。


私はその小さい鏡を覗いてみる。


「これが私?」


顔も今までより引き締まって、人間に例えると二十歳前後の外見になっている。


「大学へ行って混ざって授業を受けていてもわからないだろうね」


トクさんは笑った。こんなに急成長するものだとは思わなかったからびっくりした。


「トクさんが隣町へ行かれてしまうとなかなかお会いできなくなりますね」

「大丈夫。千福ちゃんのことは一生覚えているし、神社ができたら毎日だってここへ通う」


もう一度トクさんに抱きつき、何度も何度もお礼を言って別れた。胸にはこれからの希望と期待と、そして不安と恐怖で溢れている。どんなお社になるのだろう。


どんな神社にしていったらいいのだろう。そして、遂に恐れていた時がやって来てしまったのも事実だ。


あ。私はお礼を言おうと思って八百屋へ行き、椙森さんに会うことにした。


「いらっしゃい、いらっしゃい」


椙森さんは紺のTシャツに汗を染みこませ、かけ声をかけてお客様の相手をしている。


「あの――千福です」

「さあ、今日は新鮮なメロンが安いですよ。夕張。夕張メロンです」


私に気づかず声を出し続ける。ふと急激な不安に駆られた。


もしかして、私のことが見られない? 仁も寿も、今の椙森さんには見えていない?


トクさんは私が見えた。だが椙森さんは見えていない。なぜ急にこれまで私の姿を見られていた人が見えなくなっているのだろう。


焦って何度も根気強く椙森さんに話しかける。


「いらっしゃ――おや。誰かと思えば千福ちゃん?」


十五分ほどして、椙森さんはやっと私に気づいた。というより私が見えるようになった。


酷く安堵して、笑顔を作った。


「そうです。千福です」

「こりゃ、えらく成長したな。もう千福さんだ。いや、本当は千福様といつも言っていなけりゃならないんだけど、ちょっと前まで小さかったからどうしても千福ちゃんと呼んでしまうな」


椙森さんは腕を組み、笑った。


「椙森さんが中心となってお社を建てることになったとトクさんからお聞きしまして、それでこうしてお礼をしに参りました」

「そりゃ、千福ちゃんのおかげだよ」 


どういう意味かと思って続きを待った。


「いつか言ってくれただろう。『派手に使うな。仕事はいつも通りしろ』って。神様のお言葉だからそれを守って、当たった金はなにかのために使おうと思ったんだよ。そうしたら弟も、誰かのために使えって。それで、神社の建設を思い立ったというわけさ」


私の言ったことがこのような形で返ってくるとは。


「感謝してもしきれません」

「また宝くじが二等三等当たった。他にもいいことがたくさんあったんだ。だから立派な神様になってくれ。弟が今度、千福ちゃ――様に仕えることになるから」

「はい。その話もトクさんからお聞きしました。聞いた話だとこの町は恵比寿様も見守って下さっているようです」

「なに。本当か?」

「はい。見守っているだけと仰っていましたが恵比寿様のご加護もあるのかもしれません」

「なら、恵比寿様も同じ敷地内でお祀りしたほうがいいのかな」

「恐らく・・・・・・」

「わかった。なら、急遽、相殿としてお祀りしよう。あとで建築士さんに連絡を入れる」


はい、是非そうして下さい、と言うとメロンを渡された。


「もらってよ」

「いいんですか」

「福は福をもって還元していかないと」


メロンを持って、何度もお辞儀をして早々に家へ帰る。手足が裾から長く出てしまっている着物では落ち着かない。


いつか静子様が買って下さった、大人用の着物に着替える。


そういえば、胸も膨らんでいるような――。


以前浴衣や着物をしまいながら不安になった「行き着く先」の「先」がもう実現されようとしている。七割嬉しく、三割寂しい。椙森さんが一時的に私の姿が見えなくなったのは、多分神様としてのゴールができたからだ。


そのうち、誰も私のことが視認できなくなるのだろうか。なら、静子様は? 


メロンを冷蔵庫に入れると、いつもどおり町の少し困っている人々を助けることに奔走した。私のことが見えなくなっている人も中にはいて、それでも手を貸すことはできたけれど、もうこれまでどおりにはいかないという感情がどこかで芽生えていた。


三割の寂しさが、暗い感情を伴って心の中を広がっていく。心はなにも変わっていないのに外見だけは成長してしまった。


夕方になってスーパーへ行く。夕焼けの寂寥感が私の心を揺さぶる。夕飯の支度をして、蝉の鳴き声から鈴虫の鳴き声が聞こえてくる頃に、静子様は帰宅なされた。


すぐに駆け寄る。


「お帰りなさいませ。私、こんな外見になりました」


素通りされて、心がつきんと痛んだ。


やはり。やはり、私を誕生させた主様さえ、私の姿が視認できなくなっている。


静子様はテーブルの上に置かれた料理と、切ったメロンを眺め、そうして部屋の中をぐるりと見回しておられる。銀次さんと恋人になってから日に日に表情に笑顔が明るくなっておられるが、それでも今日は異変を感じているのか真顔で部屋中を歩き回っている。


「千福? 千福どこ」


私を探して下さっている。


「ここにおります。静子様。私はここにおります――」


言っても静子様の目に私は入らない。


「どこかに出かけた・・・・・・また誰かに攫われた? 仁と寿もいない。どうしよう」


気が気でないといった表情で、リビングをうろうろしてから以前氏神様の神社で買われたお守りを握りしめて、お祈りを始めた。


私はここに――何度言っても聞いて頂くことができない。そして、三十分ほどして静子様は椅子に座ってお食事を始める。だが、泣き出してしまった。嗚呼、お部屋にお一人でいらっしゃる時も、もしかしたらこのようなお顔をされているのかもしれない。


「泣かないで下さいませ」


私は正面に座った。すると、ようやく静子様のお顔が私の方を向いた。


「・・・・・・千福?」

「はい。千福でございます」


赤くされた目をこすり、静子様は笑う。


「よかった。無事なのね?」

「はい。ずっとここにおりました」

「本当によかった・・・・・・外見が成長している。でもどうして見えなくなってしまったの」


静子様はか細い、かすれた声で言って笑う。私も泣き出したいのをこらえて、神社が建設されること、条件が整って大人の姿になったこと、そしてそのせいで町の人々が私を視認できなくなりつつあることを話した。神社がトクさんの家の跡地に建つことは、静子様も知らされていなかったらしい。きっと、みんながびっくりさせようとしたのだろう、と静子様は笑顔でお話をされた。


「町の人々が団結して神社を建てるなんて素晴らしいわ。本当に嬉しい。私もあとで皆さんのもとにご挨拶に行かなくちゃ」


静子様はまだ目を赤くしながらも心底嬉しそうな顔をされている。嬉しいことのはずなのに、昼間は嬉しくて泣いたのに、私は今、悲しみが心の中を多く占めて、こらえきれずに涙が伝った。食事も喉を通らない。


「今度は千福が泣いている。どうして」

「嬉しいことなのに、負の感情があるのでございます。これまでどおりにいかなくなることが。町のみんなが私を見られなくなることが、嫌なのでございます。なにより静子様が私のことを見られなくなるのが辛いのでございます」


大人の外見で、初めて子供じみた我儘を言った。駄々をこねてもどうにもならないしどうにもできない。こんなことで泣くようならば神失格なのかもしれない。でも、それでも静子様と一緒にいられなくなる喪失感がものすごい。静子様と話ができなくなり、静子様に笑顔を向けられなくなり、ただ一人静子様の見えないところから孤独にお守りすることになる。 


静子様と過ごす大事な日々も社が建ったら失われてしまうのだ。


ずっと泣いていると、静子様は立ち上がってまたいつかのようにぎゅっと私を抱きしめて下さった。


「静子様・・・・・・」

「大丈夫。私のことが見られなくなっても、千福が私を見てくれていれば大丈夫。でも言って。私が見られるうちに、千福がやりたいこと全部やろう。思い出を作るの」

「ですが、私と一緒にいたら銀次様が」

「大丈夫、時間はいつでも作れるから。千福はなにがしたい?」


ううっ、と自分の中から呻き声が漏れる。


「以前より静子様と熊野の那智大社へ行きたいと思いました。五條天神社へも晴明神社へも一緒にご挨拶に行きたいです。それから成子天神社へも。花火も共に見たかったです。なにより静子様ともっとお話がしたいです」


私も静子様を力強く抱きしめ返す。


あのね、神様。

私はあなたとの当たり前の日常が、とても幸せなのでございます――。


「千福は私と花火に行きたかったんだ。ごめんね。私、好きな人ができて舞い上がって千福のこと考えるの、忘れていたのね」

「違います。これは私の我儘でございます」


滲んだ視界の中、割り箸で作られた社が目に入った。静子様が私に幸せを下さったのだ。幸福神なのに、悲しさや不安を伝えたらいけない。わかっているけれど、気持ちは止められなかった。


「じゃあ、もうすぐにでも段取りを考えましょう」

「ご体調は」

「もう大丈夫。仕事、もうちょっと休むわ」

「このように長い間お休みをして、ちゃんと復帰できますか」

「平気。いつも成果を出してきたし、会社の人たちもみんな優しいし。私ね、千福が誕生する前は仕事と職場の人たちだけが救いだったの。職場環境と仕事にだけはなぜだか恵まれていた。だから会社のことまで心配しなくていい。花火もまだ見られるところに急いで行こう。二人で浴衣を着て。それからたくさんお話をしましょう。千福の望みを、できる限り全部叶えてあげる。でもお別れの時は・・・・・・きっと、やってくる。私もあなたを誕生させたときから覚悟していた。でもね、このお別れはとっても素晴らしい別れ方よ。千福がちゃんと神様になって、自立できるのですもの」


私は静子様から離れた。確かに途中で穢れに負けて墜ちることはなかった。神と認められず、成れの果てとなって彷徨うこともなくなった。けれど涙があとからあとからこぼれ落ちてきて止められない。


「もう泣かないで。せっかく美人になったのに台無し」


静子様は優しく私の涙を拭いて下さった。指から伝わる温もりが余計に心に染みこんでくる。私はこらえきれずに先に休ませてもらうことにした。


「千福様、千福様」


眠ろうとベッドに横になろうとすると、寿が急に話しかけてきた。振り返る。


「先ほどは邪魔しないようにしておりましたが、まだ姿を見てもらう方法はございます」

「え?」


驚いて私は寿を見つめる。


「今のお力であれば、千福様ご自身に札を貼れば・・・・・・時間の制限もなく見て頂くことができましょう」

「ああっ、なんて単純なことに気づかなかったんだろう。ありがとう」


思ってもみなかった。そうか、自分のことが見えるといった趣旨の札を書いて衣類の内側にでも貼れば人々に見てもらえるのだ。


「ですが恐らくそれも、社が建つ間までかと・・・・・・」

「どうして」

「千福様は本格的な神となられるのです。神を見られる人間はそうはおりますまい」


むしろ、今までの日々が、特別だったのかもしれない。神の姿は本来人には見えないのに、私は人から生まれた神だから人々に見てもらうことができた。そのおかげで信仰を集めることもできた。それは、とても幸せなことだったのだ。昔からおられる神々はきっと、最初から人間には見てもらえなかったのかもしれない。みんな、どんな状況の中、どんな気持ちで人々から尊敬される神へと成長されていったのだろう。

仁と寿が慰めるように私の側へとやって来る。


これまで出会った人々の顔を思い浮かべ、今を大事にしようと思いながら眠りについた。


 

翌朝は一人で大山咋命様のところへ行った。

静子様はなにかをお感じになったのだろう。一人で行きなさいとの命令が下りたのだ。


ご挨拶をすると、神社の静かな敷地内で姿を現して下さった。


「随分成長して、美しくなったものよ」

「はい。それもこれも大山咋命様のおかげでございます。影ながらご助力を下さったこと、誠に感謝申し上げます」


大山咋命様は、思慮深い顔で豪快に笑った。


「そう萎縮しなくともよい。そなたはもう、神から神と認められたのだ。そして私も認めておる。これからは堂々と他の神々と渡り歩けるようにすることを考えたほうがよい」

「はい・・・・・・」

「昨晩泣いたのか? 目が腫れているぞ」

「はい。人々が私の姿を見られなくなっているのです。静子様でさえ・・・・・・札を貼ればなんとかなりましょうが、それでも悲しいのです」


ほう、と大山咋命様の息が聞こえてきた。やって来た参拝客を愛おしそうに見つめている。


「神と人間の世界は、密接でいて異なる。それでも人々は神に祈りをするためにやって来て、それに応えることもある。人々のために働くこともある。だが人には見えない。見えないからこそ、神仏の信仰を集められる。だがこの町が活気づいてよくなっていったのは、ひとえにこれまで姿が見えていた千福神の功徳であろう。おまえさんが生まれる前は、この町も人もみな心がすさんで荒れていたのだよ。静子とトク以外、誰一人としてこの神社に来るものはいなかった。もはや私もこの地では忘れ去られた神となっていた」

「そうなのですか」

「だが、見える神の存在によって人々の心に安心を生み、町も再生されていった。そうして、私のところにもこれまでほとんど来なかった人々が来るようになった。全部、千福神と千福を誕生させた小網静子のおかげだ」


優しい声だ。


「はい・・・・・恐縮です」

「もし見えなくなっても、みんなの心の中には千福がいる。だから忘れられるわけじゃない。神になるとは、即ちみんなの心の中に住むということだ。大丈夫だ。ほら、後ろを見て見ろ」


振り返る。すると、七福神様達が全員お姿を現わして私の前に立っていた。


「え? いつの間に」

「噂で千福殿の社ができると聞き、祝いの言葉を述べに参上仕った」


毘沙門天様が言った。


「神社が建つという場所も視察してきたぞ」


続いていつも笑顔の福禄寿様。


「だがまずは、この土地の氏神である大山咋命様にも挨拶をしようと思ってな。こうしてやって来たのだ」


寿老人様が温かな声で言う。


「大山咋命様、今後ともよろしくお願いします。そして我々の友を頼みます」


毘沙門天様を始め、大黒天様も弁財天様も寿老人様も布袋様も福禄寿様も、そして初めてお姿を拝見した恵比寿様も、横一列に並んでお辞儀をした。


「そうかしこまらなくともよい。こっちが疲れる」


大山咋命様は顔の前で軽く手を振る。


恵比寿様が私のところへやって来た。私は慌てて姿勢を正す。恵比寿様はイメージとは異なり、引き締まったお体つきで、外見年齢もとてもお若そうに見えた。


「この町を見守って下さりありがとうございます」

「いや、私はただ熱心に祈りに来た静子を助けようとしたのだが・・・・・・この荒れ果てた町に驚いた。活性化に一役買おうと思ったが、千福殿が誕生したので様子を見ることにしたのだ。これまで姿を見せなくてすまなかった。別に意地悪をしていたわけではない。ただ天之御中主より言われていた。姿を見せるなと」

「天之御中主様が――?」


最初私が誕生する前に誰かが条件を言った。それはひょっとすると、天之御中主様だったのかもしれない。古事記で最初に出てくる神。東京大神宮で冷たくあしらわれたのは、もっと修行を積んでから来いと、そう言いたかったのかもしれない。


恵比寿様は真面目な表情で私の両肩に軽く触れる。


「これからは神として頑張りなさい。天津神も千福殿を認めるだろう。そして十月、神無月の時は神々が出雲へ出かける。我々は留守神としてそれぞれの土地を代わりに守ろう」


恵比寿様は留守神として神無月は人々をお守りしている。私はまだまだ位が低く認知度もないから出雲へは行けない。私も留守神となるのだ。


「おつとめは頑張ります。が、新しくできる神社に恵比寿様も祀られることになったようです」

「なんと。それはまだ聞いていなかった。本当か」

「はい」


恵比寿様は満面の笑みを浮かべた。


「なら共に、この町の人々を見守っていけるな」

「はい。今後、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」


恵比寿様に頭を下げる。七福神様は今も全国津々浦々、学校を回っているそうだ。私から言い出したことなのに、しばらく忙しくて何もしていなかったので、予定がない時に再び宝船で学校を回ることにした。


ふと人の気配を感じた。赤ちゃんを抱いた夫婦がやってくる。


「これから祈祷の時間だ。私は仕事があるから去るぞ」


言って、姿を消されてしまった。夫婦は寶田さんだった。無事赤ちゃんが生まれたのだ。


「夏樹、いい子にしていてね」


寶田の奥様がそう赤ちゃんに語りかけている。名前を夏樹にして下さったのだ。


「これはおめでたいところに参ったな」


毘沙門天様が寶田夫婦を見て言った。


「なら少し見ていきません?」


弁財天様が言う。大山咋命様から神の座にあがることを許され、私は赤ちゃんのご祈祷を見届けた。大山咋命様が産土神となり、七福神様にも見守られて、この赤ちゃんはきっと幸運でいい人生を歩めるに違いない。赤ちゃんは私たちに気づき、にっこりと笑った。


笑顔を返す。すると更に喜ぶ。そうして、私はこれから神の世界に本格的に入っていくのだと思い、覚悟を決めた。


神の世界に入れば、まだお会いしたことのない神様との出会いがある。

 

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