第3話 季節外れの台風とお風呂
「――絶対、そこにいてくださいね? 急にいなくなったりしたら許しませんからね?」
わかっていますよ、お嬢様。
俺は浴室の扉を背にしながら、入浴中のお嬢様と通話を繋いでいるスマートフォンに呼びかけた。
「まさか朝からの大雨と雷が夜まで続くとは思いませんでした。ずっとゴロゴロと鳴っていたり、ピカッと光るのも心臓に悪いです。それに、気圧のせいか身体も重い気がしますし……かといってお風呂に入らないのは乙女として譲れません」
季節外れの台風みたいですからね。
食べるものは心配しなくても大丈夫ですよ。
電気も非常電源があるので停電しても一日くらいは持ちます。
「それはわかっているのですが――」
瞬間、雷の音が鳴り響いた。
「ひゃっ!?」
スマートフォンから聞こえるか細い悲鳴と水音。
でも、停電はしていない。
「……うう、やっぱりお風呂はやめておくべきでしたかね? それか、いっそのことあなたも一緒に入ってくれれば――」
それは流石にやめてください。
お嬢様は恥ずかしくないんですか?
「入浴中に停電する恐怖と比べればあなたと入浴する恥ずかしさの方がマシです」
あの、一応俺も男なんですからね?
「わかっていますよ。……念のため言っておきますけど、一緒に入浴していいと思える男性はあなただけです。節操のない破廉恥な女だと思われたくはないので、念のため」
……本当は俺でもダメだと思うんですけど。
「あなたなら機に乗じてわたしを襲おうなんてことは考えないでしょう?」
それはまあ、そうですけど。
「入浴中は無防備です。とりわけ病弱で非力なわたし程度、あなたなら簡単に組み伏せられますよね? でも、あなたならそんなことはしないと信用しているからこその言葉です。……まあ、あなたが本当に一緒にお風呂に入りたいと懇願するのであれば、わたしもやぶさかではありませんけど」
遠慮しておきます、お嬢様。
浴室の扉の前で待機しながら通話をしているだけでも世間的にはギリギリだと思いますよ。
「あなたにはすぐ近くにいてもらわないと、もしも何かが起こった時に駆け付けられないでしょう? お風呂の床で転んだら一大事ですから」
それはお嬢様じゃなくても一大事です。
「これでも気を付けているつもりではいるんですよ? 足を滑らせないよう慎重に歩きすぎてペンギンみたいになってますし」
……それはちょっと見て見たいかもしれない。
「今、わたしのことを考えましたね? わかりますよ」
すみません、そういう風に歩くお嬢様は可愛いだろうなと思って。
「……わたしが、可愛い? っっ!! い、いきなりそういうことをストレートに言うのはやめてくださいっ! そんなに褒められても何もできませんからねっ!? ……いえ、前みたいに肩を揉んだり叩いたりくらいはできますけど」
それはまたの機会でお願いします。
「……頼まれなくてもそのつもりです。あなたには沢山、迷惑をかけていますから。今日だって――」
再び、雷鳴。
そして――パチン、と電気が消えた。
「停電っ!! 何も見えませんっ」
お嬢様落ち着いてくださいっ!
スマホのライトをつけてください、今から迎えに行きます。
「お願いします……それと、タオルも一緒に持ってきてください。いくら暗闇でも…………見られるのは恥ずかしいです」
当然そのつもりですよ。
俺もスマホのライトを使って脱衣所に入り、バスタオルを一枚持ったまま浴室へ。
お嬢様もライトをつけていることで場所は一目でわかった。
ゆっくりでいいので湯船から上がれますか?
「ええ……少し待ってくださいね」
お嬢様から目を逸らしていると、広い浴槽からお湯を掻きわける音が聞こえる。
ざばぁ、と湯船から上がったらしいお嬢様が持ってきたタオルを受け取った。
「……タオルを巻いたのでこっちを見ても大丈夫ですよ。まあ、この状況なら見られても不可抗力だと思いますけど」
だとしても見たら見たで後から何か言われませんか?
「少しくらいは揶揄うかもしれませんけど文句は言いませんよ。あなたはあなたの仕事を果たしているだけです。それで……どれくらい見えました?」
……湯気とライトがあったので胸のあたりがチラッと見えたくらいです。
「……感想とか、ないんですか?」
聞いてくるお嬢様だけど、顔は暗がりでもわかるくらいに赤い。
そんなに恥ずかしがるなら聞かない方がいいんじゃないですか?
「…………うるさいですね。どうせわたしはぺったんこですよっ!! あんなに毎日毎日育つように祈りながらマッサージをしているのに――」
……俺は何も聞いていませんからね。
「……………………恥ずかしくて死にそうです」
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