20話 彼女たちからの告白
「?」
ゆりかが言った。
僕のことが好きだって。
「…………??」
いや、理解はしているんだ。
僕が告白って言うのをされたんだって。
でもあんまりに突然なことで、そもそも僕はそんな資格とかなくって、だいたい本当の年齢が10くらい離れているって言うかそもそも今の僕でも幼い上に女の子なんだしどうして今言うんだとかでぐるぐるしてるんだ。
顔がちょっとだけ赤くなっていて目元の感じが柔らかい感じになって、さっき泣いてたから目じりも赤くなってて……普段は絶対に見ることがない彼女の様子を見れば、いくら僕でも理解はできる。
でも感情が追いつかない。
……ゆりかは、静かに僕を見つめている。
僕の反応を待っているんだろうか?
いや、そうなんだろうけど、そうだとはわかっているんだけど、でも。
「……いつもみたいに思索にふけるのは話聞いてからにしてちょ。 なにげに緊張してるんだからさ、私も。 告白って、する方は死ぬほど恥ずかしいのよ? いい?」
「あ、うん……」
ふぅ、とため息をつくとベッドの端にぽふっと腰掛けて、少し頭を傾けながら見下ろしてくるゆりか。
「……やっぱ1回言っただけじゃ通じなかったねぇ……さすがは響。 ま、知ってたけど? だって響、別のことを考え出すとてきとーに返事すること多いし。 あと視線がその辺のテキトーなものをふらつき始めるからみんな知ってるのよ?」
バレてた?
よくかがり相手には使っているオートでの会話っていうの。
ちらりとかがりを見てみる。
「?」
すっごく楽しそうな顔してるけど、やっぱりくるんってしている。
良かった、彼女にはバレていないらしい。
「で、さ? 改めて……はっきり言うしかないかぁ、これむっちゃ恥ずかしいんだけど、でも響だしねぇ……いい? 私の言う『好き』は友情のとかじゃなくて、もち恋愛的な意味。 だって私は響が男の子だってはじめっから思ってて、んで半分は事実だったんだし問題ないって分かったし。 ……ま、女の子でも多分……言っただろうね」
うん、さすがにここまで言わせたらもう誤解の余地はないよね。
「長ーい髪の毛だしまつげ長いし、綺麗っていうよりはもはや美しいって感じ。 んで私よりも幼い系でクール系な女の子なんだよね……体の方は」
「……まぁ、ね」
なんとなくで僕も、いつも視界にちらちら入ってくる横の髪の毛を指に絡めて目の前に持ってきてみる。
「……それ! ほんっと、どーやったらそんなナチュラルな感じの髪の毛が生えるのか……光に当たってるとなんかプリズムみたいなのが浮き出てるし、ほんとなんなのさ! ずるい! 羨ましい! やっぱり生まれって大切……」
「ゆりかの髪も綺麗だと思うけど?」
「……そういうところ……」
「?」
「……なんでもない! で! そんな響だけど、私、ついこないだまではそーだって知らなかったからさ! はじめっからちっこい男の子だと思って、いや、思い込んでいたの」
ゆりかも肩の方から髪の毛を引っ張ってきて、それを僕とおんなじように持ち上げて陽の光に照らしている。
黒髪が、陽に当たっているところだけ少しだけ茶色っぽくなっている。
「……だって。 だってさ? 初めて会ったときから……私が響のことなんにも知らなかったときからさ? その。 ……気になってたんだもん。 あはは、こういうのってほんと理屈じゃないんだねーって」
「……!!!」
視界の隅っこではくるんさんがものすごい顔で見て来てる。
……なんでこの子がいるのにこんなに大切な話してるんだろ。
「去年の春休み。 そ、響と会うちょっとだけ前。 することないしってことでさ、ワゴンでまとめて手に入れてきた古ーいゲームとかしてたの。 古い機種のとかパソコンのとか。 ちょうどたまたま安くなってたギャルゲーっていうの、暇つぶしにね」
ギャルゲー。
この子たちの年齢どころか僕の年齢的にも古いジャンルのそれ。
ゆりかがよく話題に出していたっけ。
「で、そのギャルゲーなのだよ。 当時は結構流行った感じの、今やってもそこそこおもしろくってヒロインが多くって、っていうタイトルの。 それのさ、あるタイトルの……ある子のルートを進めててね。 その日、お腹が空いたけどお母さんいないしお金はもらってたしでお昼に出て、その先で――まさかの、つい昨日今日で攻略中にあったようなシチュまんまな場面と、ヒロインと。 そう、会っちゃったんだよ。 出会っちゃったんだ」
そうしてゆりかは「ふへっ」ってあいまいな笑顔を浮かべつつ、僕がなんとなく察したその続きを口にする。
「今思えばさ? 性別は反対なんだけどそのお相手が君なんだ。 つまりは君が、私にとってのヒロインだったのだよひびき。 あのときのかなーり混んでたお店で『知り合いじゃないのに相席にさせられちゃう』っていう、これまたゲームであった場面そのまんまでね」
「……!!!!!!」
とうとう両手で口を押さえだしたかがりが視界の隅で震えている。
ステイ。
「いかにも事情抱えてます的なカッコ。 一瞬だけど見ることができた、ものすっごく……なんていうのかな、美しいって感じの顔。 そんな子から『食べきれないからいる?』って聞かれて、全然食べてない……ゲームの料理とは違ってポテトだったけどそれをもらって、食べているのをちょっとだけど見つめられてさ。 だからなんていうかその、舞い上がっちゃって」
ポテト。
ファストフード……ハンバーガーのセットの。
あのときの食べきれなかったあれ。
重い荷物に耐えきれなくってたまたま入ったあのお店の。
捨てるのがもったいないからってなんとなくであげたあれ。
――でもどうして僕はあのとき『見ず知らずの小学生にも見えた子のゆりかにあげようって思ったんだろう』?
「でもその後は会えなくなって……連絡先とか交換しなかったもんね。 で、学校生活が始まっちゃってだんだん忘れかけてたんだけど……そこで2回目! あ、ゲームん中だと『特殊な事情を抱えてるその子』を連れ去ろうとしていたヤツらなんだけどさ、ともかくそーゆー場面に遭遇しておんなじようにして助け出せて……いやー、そりゃーもーもっかい舞い上がったね、舞い上がりましたね、このときはまえのときいじょーに!」
語っているうちに……まぁ内容が内容だしな、顔が赤くなってきていてうっすらと汗が垂れてきているゆりか。
「ぐーぜんだって思ってたけど、それも2回も立て続けに起きればそれは必然とか運命じゃん。 そー思っちゃったのだよ。 んであのときにどさくさで手を繋いで引っ張ったりして、響が私の妄想なんかじゃなくってちゃんと存在する人なんだって確かめたりもしちゃったし! 私よりも小さくて、でも話してみたらまさかの同級生で。 ……これで私は、もう夢中になったの」
ふぅ、と、息を吐き出して。
「それから仲良くなってお家にも呼んで喜んでたら連絡取れなくなって。 んで大みそかにさ、響が女の子、あ、いや、女の子だけど男の子で、男の子だけど女の子でってのを聞いてさ……急に血を吐いて倒れて。 改めて響がどんだけ大変なのかってのを知って、でも今日無事な姿見られて、でも今度は……きちんと治すために遠くへ行く。 そう聞いたから……言っちゃった」
ゆりかが話し終えてしんとなる病室。
「でもね、響。 今のね、答えなくてもいいからね」
「……え」
「たぶん何年も覚えてなんていられないだろうけど、でも、少なくとも本格的に治療っていうのを始めてから2、3年。 あ、いや、そりゃあ私だって短いほうがいいって思ってる、願ってるけどさ、長くなる可能性だってあるわけじゃん? だからさ……少なくとも、今ここにひとり」
ふぅっと、ようやく荷が下りたって顔をする彼女。
「私、関澤ゆりかっていうひとりの女の子がこうして、響のこと……事情があってもなくても、私としては男の子だって思ってる響のことを好きな私、っていう女の子がいるってこと。 それを覚えておいてくれたら、あっちに行ってつらい思いしてても少しははげましになるんじゃないかなって、そう思ったの」
……多分そのためにわざわざ告白なんてしてきたんだろう。
それくらい……僕にだって分かる。
こんなに年下の女の子なのにこんなに年上の僕が思いも付けない形で勇気づけてくれたんだ。
「ふぅ……告白おしまいっ。 ……え、ちょ、かがりん近いよ離れて!? なにしてんのてかなにその顔超こわいんだけど!」
「あら……ごめんなさい……でもね、でもゆりかちゃんが、響ちゃんが。 うふ、うふふふふ……」
「……ひびきー! へるぷみー!!」
……ゆりかが抱きしめられてはぐばくされて悲鳴を上げている。
感情を抑えられなくなったかがり。
そんな彼女と彼女に抱きつかれたゆりかを見て、ちょっと笑いがこみ上げる。
「あーあ、ガマンできててえらいなーって思ってたらこれだよ。 でもあんがとね、ここまで口挟まないでくれて」
ゆりかの口がひくひくしている。
目もちらちらと僕へ助けを求めている。
「……かがりはもう少し離れようか。 ゆりかが落ち着かないって言っている」
「んー、しょうがないわねぇ」
そう言うとちゃんと離れるかがり。
聞き分けが良いのも僕的には良い子って感じ。
「……それで、ゆりか」
「んぅ、なんだい響や。 おはなしはもーおしまいよ? なるべく覚えといてほしいなってだけ、だから答えとかは要らないって」
「いや」
「ふぃ?」
僕の半分くらいしか生きていない彼女が、こんなに小さな女の子が……今の僕の方がちっちゃいけども……ここまで言ってくれたんだ。
「僕には」
きちんと応えなきゃいけないんだ。
それがたとえ先延ばしのものであっても。
「恋愛的な感情とか、そういうのはよくわからないんだ。 だからその気持ちに応えることはできない」
「っ! ……だ、だよねぇ……あはは」
「だけどね」
1人の男として、1人の女の子に。
だって、先に告白させちゃったんだから。
「だけどね、ゆりか。 僕はその気持ちが、とても嬉しい。 きっかけがどんなものであっても見た目がどんなものであっても、僕を好いてくれて……それを僕に向けて言ってくれたのが、嬉しい。 ……この先なにがあったって、僕は今の君の気持ちを忘れないよ」
「……あら。 あらあらあらあら!」
「……………………ひ、ひゅえ……」
ゆりかのぱっつんの下の目を、改めてじっと見る。
陽の光が差し込んで茶色っぽくなっている、その目を。
「もし未来で。 たとえそれが近くても遠くても……僕が、君が僕に持ってくれたような気持ちを理解したら。 たとえそのときに僕や君に別の……好きな人というものができていて、あるいは結ばれていたとしても」
まぁ多分そうなるんだろうけども。
だって人は1年でこんなにも変わるんだから。
「たとえ君が僕に対するその気持ちを薄れさせてしまっていたとしても、懐かしい記憶になっていても。 僕が理解して再会したときにはきっと、今の君の気持ちに対しての答えを絶対に届けるよ。 『あのときはありがとう』って」
◇
……僕が返事をしてからしばらくのあいだ、部屋はずっと静かだった。
ゆりかもかがりも身じろぎもしないでただただじっと僕の方や手元を見つめていて、さっきまでのが嘘のように静かになっていて。
「――――――――――――素晴らしいわっ!!!」
「!?」
「お、おう? かがりんや、まずは落ち着こ?」
「静かで安心するなー」って緩み切った心にかがりの奇声が刺さる。
君、ここが病院だって忘れてない?
僕が入院してる設定忘れてない?
「……まさか。 まさかまさか私が! 現実で! 目の前で! それも、お友だち同士が!」
あ、これ止まらないやつ。
「マンガとかドラマとか映画とかでなく本物の愛の告白! それも、それも……情熱的な告白と紳士的なお返事という場面に思ってもみなかったわとっても嬉しいわすごいわ涙が出てきちゃうわだって今日今この場でふたりに立ち会えただなんて私感激よ!!!」
「すげぇ……一気に言いおったよ」
すごいよね、この子。
「でも思ってたとーり、告ってとってもはずかったけど。 でももうひとりこの場にいるってだけで、そー意識してただけで……ときどき音が聞こえてたおかげで、ちょっとはマシだったかも。 今だからわかるけど、響とふたりっきりだったら私、途中で止めたりチキンしてたかもしれないし」
「チキン? あら、そういえば響ちゃんは普段どんなご飯をここで」
「かがり、ゆりかの言うチキンは恐らく食べものの話じゃないよ?」
「ぐぅ」と鳴るかがりのおなかの音が抗議している印象。
……この子を同席させてよくもまぁ無事に終わったものだ。
本当に。
奇跡的に。
何%の奇跡なんだろう。
小数点以下?
「でもさ……けっこー好きってのも事実なのよ。 ほら、よく燃え上がるような恋って言うでしょ? ……私が最初っから響に持ってるこれって、ホントにそーゆーものなのかな? そー考えてみてるんだけど、今でもまだはてななんだよねー」
「……ゆりかちゃん、そんなの気にしなくてもいいのよ? 響ちゃんが今言っていたように」
と、甘いものを口にしてころころとしているからか、いくらかは落ちついた様子のかがりが……普通に話し始めた。
「ゆりかちゃんのそれって、一目惚れっていう恋愛の基本そのものなのよ? それに理屈なんてないわ。 衝動だもの」
「?」
「?」
大丈夫?
その飴ちゃんでおかしくなってない?
「だって好きって気持ちは女の子の、いえ、男の子だって自然と湧き上がってくるものなのだから。 その強さだって感じ方だって、人それぞれなのよ。 そうして意識していたのなら、それを自覚していてもいなくてもそれは恋なのよ! 最近は同性婚とかも認められてきているし、たとえ女の子同士のそれでも問題はまったくないはずよ! いえ、無いの!!」
途中で飴をカリッと噛んじゃったと思ったら急にヒートアップした。
「……ありがとね、かがりんも」
「えぇ、いいのよ。だって……」
……と思ったら今度はまた違う感じの変な顔をしている。
いや、それはいつものことだけど……かがりが口に出さないで感情を頭の中でぐるぐるしているときは表情も一緒に動くんだ。
……うん、ほっとこ……いたずらに刺激すると何がどうなるか分からないのがこの子だから。
「……話が逸れちゃったけども、さっき言ってくれたこと、本当にありがとう、ゆりか。 ……そうだ治療を終えたときに、もしもの話だけども」
「――――――――――――わかったわ!」
残念、刺激物は充分に足りていたみたい。
「かがりん、ここ病院、ここ病室、落ち着こ?」
「あのね、あのね? わかったのよ!」
「分かったって何が……あ、なんかヤな予感ちょいタンマ今言われたら」
「私も響ちゃんのこと、好きみたいなんだって分かったのよ!」
「は?」
「……えぇ――……私が告った直後にそれ言っちゃう――……?」
ゆりかがものすごく凹んでいる……そりゃあそうだ。
「?」
そんなゆりかを不思議そうにくるんってしているし、特に何かを考えているような顔もしていない。
「――――かがりん」
「ひゃいっ!? ……なんで響ちゃんはともかくゆりかちゃんがそんなに怖い顔をしているの!?」
え、本気でご存じでない?
君、休みの日は1日中少女漫画とか恋愛ものの小説読みふけってるって言ってた気がするんだけど?
今の君の立場はその恋愛もので言うと立派な泥棒猫ポジションなんだけど?
「今の。 私がココロ込めてがんばったの。 ねぇ、がんばったんだよね? いくらかがりんでもわかるよねぇ? 乙女の一大告白ってどんだけ大変なのか、恋愛博士なかがりんには。 ねぇかがりん? ……いや、下条かがりさん」
ゆりかがおっそろしい声を出し始めた。
やっぱり女の子って怖い……なんでそんなに急に気分を変えられるんだ。
一貫性というものがないのか。
「なんで急に丁寧に呼んで来るの? 呼び方が変わっているわよ? 何でそんなに怒っているの? 怖いわ? それに私、ふざけたりなんかしていないわ!」
「それなら今のは何ですか下条さん」
「今のだって思ったことがつい……そう、つい口から漏れてしまっただけなのよ」
「ほぉ――……へぇ――……」
「つい先ほどまで……いえ、ゆりかちゃんの告白を聞いてそれが終わって響ちゃんの言うことも聞くまではね? 私、好きって何かがまだ……響ちゃんからアドバイスをもらったあのときからずっとね、こう、なにかが喉から出かけているみたいな感じだったのよ」
ふむ、一応考えてはいたんだ。
「だけれどもね、その『好き』の少し前の段階。 恋愛もので言うと意識しだした段階。 ゆりかちゃんなら、響ちゃんと初めて出会った後の2回目までの時期になるのかしら?」
「え、そこまで細かく分かんの? やべぇ、さすが恋愛マスター」
「ゆりかちゃんがそのあたりまできっと感じていただろう感情。 響ちゃんのことが異性、いえ、同性だったとしても……だって昔から女の子同士でも男の子同士でも好きになる人たちはいたんだもの。 で、私、それを持っていたみたいなんだって理解しちゃったのよ。 つい数分前、ゆりかちゃんが告白したのを聞いていたときに」
「え? マジ? かがりんが? 響に? 冗談じゃなく? え? その様子だとガチで?」
「ええ。 私が響ちゃんに『恋愛ってどういうものなんでしょう?』って尋ねたときに言われたのよ。 好きになるっていうのは結果で、探すものじゃなくて。 すぐ傍にあって、何かの拍子に好きだったって気が付くものなんだって」
「ほぇ――……ひびき、そんな詩的なこと言ったのね……ひびきらしい」
「でね? 私ね、あのときの言葉がずーっと頭に残っていて、だからどのようなおはなしを読んでも響ちゃんの言っていたことが浮かんできてしまって。 今まで大好きだった、普通の男の子と女の子の恋愛ものに、あまりどきどきできなくなっていたりしたわ」
かがりの口が滑らかになってペースが上がってくる。
熱が籠もってきたらしい。
「代わりにね、今まで『そういうものもあるのかしら』って思っていたような、年上の男の人とのロマンスのようなおはなし。 学校の先生とか執事さんとかとの恋愛もの、振り向いてほしい女の子が一生懸命に振り向かない男の子を振り向かせるというおはなし。 そういうものが好きになってきたの」
「かがりんちょいと待って、分かった、分かったから。 もう怒んないから……せっかく私ががんばって告ったのを」
「あのときはとっても悩んだわ! でも響ちゃんのこと、あのときはまだ女の子だって思っていたから! だからゆりかちゃんにおすすめしてもらった百合というジャンルの中でさっき言ったような組み合わせのものを」
「おっふ、まさか布教できるって喜んでたあれが」
「そう! 読んでみたら本当にどきどきして……このときになって初めてその女の子になりきって、格好いい女の子を見ている女の子になりきって、恋をしている気持ちを少しばかり体験したの。 『ああ、こういう感情が恋なのかしら』って」
ヒートアップし過ぎたらしいくるんさんは物理的に近づいて来ている。
「今のゆりかちゃんの告白を聞いていて響ちゃんのお返事も聞いていて、それではっきりと分かってしまったのよ! 私、気がつかないうちに、きっと……お着替えを手伝ってあげたりしていたから女の子としか思っていなかった響ちゃんの中の男の子というものに、知らないうちに惹かれていて、つまりは好きだということに」
「……やぶへびだったかぁ……自分でライバル作り出したおバカな私です……」
「――でもね? 私のこれはゆりかちゃんほどではないと思うの。 だからゆりかちゃんから響ちゃんを取ることにはならないって思うわ?」
「ほぇ?」
「だってね、今こうしてお話ししていて……つまりは告白になるのよね? だけどさっきのゆりかちゃんみたいにはどきどきしていないの。 もちろん少しはどきどきしているわ? だからこれはきっと、ゆりかちゃんが響ちゃんのことを『結構好き』なら、私は『少し好き』なんだと思うわ」
「……えっと?」
「つまり恋愛漫画なら私は意識し始めて枕に顔をうずめるヒロインで、ゆりかちゃんはそれから随分進んだステップで……何回かデートしたりしている段階のヒロインと言うことよ」
「あ、うん……詳細な分析ありがと……」
「……ふぅ。 それで響ちゃん」
え?
あ、答えだよね……一応告白なんだし。
でもどうしよ、ゆりか以上に答えにくい。
本当になんて応えたらいいのか思いつかない。
「これで、ふたり。 ね?」
「?」
「ふたりの女の子……ゆりかちゃんに続いて私もね? ……下条かがりという女の子まで響ちゃんのことが大好きで、男の子として見ていて。 そして『元気になったら、できるならこちらに帰ってきてほしいなぁ』……そう思っている女の子がふたり、できてしまったわね?」
え。
……この子、まさかそのために……?
「くすっ、響ちゃん、学校に行けるようになったらそのかわいらしい見た目で『お姫さま』って呼ばれても、しばらくしたらきっとやっぱり『王子さま』って呼ばれてしまいそうね?」
「……かがり」
「ちくせうちくせう! 何さ何さ、せっかく告るついでにいいこと言ってひびきを勇気づけてポイント稼ぎしたというに! よりにもよってかがりんに後から全部かっさわれたよ! トンビだよちくせう!」
あ、うん……そうだよね。
君の告白の理由も聞いたけど、きっと無意識でだろうけどもそれを上書きする形で励ましてくれちゃったもんね……。
「……やっぱかがりんをフリーにさせちゃならんかったねぇ。 それがこの結果だよ。 怒りのあまり、告るついでにダブルメロンってゆー武器をへーぜんと使ってるかがりんのこれをもぎたくなってきた。 もいでいい? もいでいいよね!? ねぇ!? もいでもどーせすぐに生えてくるんでしょ!」
「なにを言っているの……ちょっと痛いわ、手を離してちょうだい?」
「いーや、離さない。 ひびきの目の毒だしなによりもそれ超ほしい。 半分くらいは分けてくんない? ねぇ?」
ゆりかが暴走している……まぁゆりかの告白って言うのをダメにしたのもかがりの暴走なんだけども。
いや、かがりなりに僕のことを想ってって分かってるけど……さすがにゆりかの心情を考えちゃうと、ねぇ?
「ちょっとセクハラは止めてちょうだいゆりかちゃん! どうしましょう、ゆりかちゃんの目が怖いわ響ちゃん、助けて!」
きっと、こうしてじゃれ合っているのも僕を元気づけるっていうのと……あとは多分雰囲気を戻すためのもの。
そう思っておこ。
なんかいろいろと台無しだから。
「って、ひゃんっ!? ちょ、ちょっと!?」
「重くて柔らかくて――……いいのう、持つものは。 持たざる私にはけっっして持ち得ないものだよ。 だから許されぬのだ」
……もう、せっかく君たちの言葉で感傷に浸っていたのにどうしようもない騒ぎ方してるから覚めちゃったじゃない。
「ふたりとも」
「なーに、ひびきん」
「なにかしら響ちゃん」
ゆりかはかがりの胸を……制服の中に腕を突っ込んでかがりのを掴んでいるらしいゆりかと掴まれているらしいかがりが、それを忘れたような顔をしてこちらに振り向いてくる。
「君たち……告白してくれた以上は当然、僕の内面は男だって本気で思ってくれているんだよね? 男だって」
「あ、はい」
「え、ええ」
「つまり僕は男子。 男子の前で今のようなことをするのは少しいただけないと思うよ。 まぁ僕は肉体的には女子だからそこまでの抵抗はないんだろうけども」
「……!!」
「あ、かがりん、顔赤くなれるのね」
「もうっ! ゆりかちゃんひどいじゃない!」
「いや、告ったのに上書きしてきた泥棒猫にゃ言われたかないけど……」
お互いに怒る理由があるからか、さっきよりは控えめな声で言い合うふたり。
かがりは顔を赤くして胸を押さえながらゆりかを追い回し、ゆりかはぽかぽかと叩かれながらうろちょろと逃げ回っている。
……こういうところは年相応。
年相応の女の子というもの。
……けど、多分子供の方がこういうのは素直なんだろう。
僕は……ふたりには気が付かれない程度に熱くなっているほっぺたを冷まそうって、開けてある窓からの景色を見るフリをしていた。
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