18話 告白と告白

なんかさっき変だったんだよなぁ……やっぱ不整脈?


25越えるとだんだんそういうの出て来るって言うし……あ、でも今の僕は子供なんだよなぁ。


うーん。


「にしても将来の夢かー。 大きく出たねぇ響。 でも響が話題を提供だなんて珍しー。 ……ね、甘酒ってホントにアルコール入ってないんだよね……? りさりんはお神酒とか呑んじゃったんだろーけど響は……」


「ほんの微量は入っているとのことだけど……それはそうとして、ゆりか、それはどういう意味なのか」

「いんやぁ特に意味はないよ? たぶん」


今は呑んでないし僕だって呑みたいよ。

でも呑めないんだ……持って来てないから。


「んじゃせっかくだし最初に反応した私から言ってみよっか!」


みんなが頷いている……女の子同士の独特の感性で僕のは後回しにされるらしい。


「私はねぇ……ほれ、悲しいことにたぶん何年経ってもたいしておっきくなれないでしょうこの見た目。 このロリロリしい見た目を活かして今流行りの実況者とか、あるいはプロのゲーマーとか!」


「あっはは、そんなちんちくりんじゃ誰も寄ってこないわよ、ブラだって」

「あ、ちょいりさりんや」

「むむー!!」


お口チャックされたりさりんのことは……気がつかなかったことにしよう。


「……っていうのは無理そうなので、おとなしくサブカル関係のお仕事したいなっていうふわっふわな感じよ」


ぐいっと甘酒をひとあおりして……酔いはできないのに、けどそうしてゲーム機をかたんと置いておちゃらけた感じがすっと引く。


「……マジメな話ね? あーいう人気商売って個人の人気っていうかビジュアルとキャラクターってやつ以外にも資本とか人員っていうバックアップが不可欠なの。 あと知ってる? あー言うのって始めて1年以内にほとんど止めちゃうの。 病んだりストーキングされたり囲われたりして。 リアルが女ってわかったらねー」


……この子、本当に中学生?


「ぷはっ……そうねぇ、いくら脳天気なあんたでもたしかに大変そうかもー」

「りさりんの評価がいきなり辛辣ぅ!」

「こくこく……ふぅ。 今のはそこまで考えてたのねって褒めたのよ?」


顔は真っ赤なまんまだけどちょっと落ち着いたらしいりさりんのろれつが戻って来た。


「いやりさりん今私のこと、のーてんきって」

「そーだったっけ? でもゆりかってふたりいるから問題ないわよね……あはははは、ゆりかがふたりって! あっはははは!!! のーてんきがふたつよふたつ!! あー苦し」


「そこで唐突に普通のテンションに戻らないでよ……でもだーめだこりゃ。 おっかしいなぁ、お水ならたっくさんこれでもかって飲ませたのに。 ……りさりんや、ちなみに響は何人いるのかね?」


笑い初めてまた顔が……さっきよりも真っ赤になっている巫女りん。


「うーん……重なってるぅ……とりあえず5人くらい! もっと増えてもいいわね!!」


「5人とな! みんな聞いたかね! オリジナルの響自身をここにひとり残しておいて、他4人をひとりずつ配布すればまるっと収まるじゃない!!! みんな、ひびきんズを好きにできるよ!!!!」


「ゆりかも落ち着こうか」

「やん、私は素面よ?」


ゆりかは甘酒しか飲んでいないはず……だよな?


「じょーだんよじょーだん。 でも私には響はやっぱひとりしか見えないなぁ。 ……ねね、響って分裂したりしない?」

「僕を何だと思っているんだ君は」


「そうよ、修行不足よゆりか! ちゃんと5人いるもの、もっと鍛えなさい!」

「了解でありますっ! そしていつかマイ響を手に入れるのだ!」


「……さっきからよく話の流れがわからないの……分かる? さよちゃん」

「えっと、その……かがりさん。 それはですね……」


どうも静かだったかがりは途中から着いて来られなくなっていたらしく、今までの流れをわかりやすいように説明し出すさよと顔をつきあわせている。


ハテナしか浮かんでいないかがりに対して懇切丁寧に、はじめから説明をしているさよ。


がんばれ。

がんばって。


「んぁ、じゃかがりんにバトンタッチぃ!」

「……え? 私?」


少しだけ赤みが増したほっぺたを隠すようにしつつ、照れ隠しからか唐突にかがりのご指名。


「えっと、なんの話でしたっけ?」

「……将来の夢だよ、かがりさんや」


「えっと、そうねぇ……ちゃんと考えたことはなかったけど、私ならきれいなお洋服とかが好きだから、そうなると服飾っていうことになるのかしら?」


うん、そうだろうね。

君は着飾るのも好きだけど着せ替えるのも好きだもんね……店員さんと盛り上がってたもんね……その傍で人形してた僕は良ーく知ってるよ。


「ひとことに服飾と言ってもデザイナーさんだったり実際に作る方だったり、さらに進んでみるのなら特定のデザインの専門学校に通ったり……好きなデザインを作る人が見つかれば、その方に弟子入りしたりすることも考えられそうね」


「……かがり? そこにおわしますはかがりさんですか?」

「やぁねえゆりかちゃん、私は私よ!」

「んなバカな」


ゆりかが目と口を開けっ放しにしている。

その場のみんな……僕を含めた、かがりを除いたみんながそうしている。


「その人に合うお洋服を選んだり、あるいは作ったりもいいわねぇ……お化粧とかを手伝うお仕事だったりエステとかでお肌から綺麗にしてあげたり! それからそれから!」


「……あの。 かがりさんは、その……かがりさん自身が綺麗になるのは」


さっきから軌道修正をがんばっていたさよの顔には疲労が浮かんでいる。


「それももちろん好きなんだけれどね? ……そうね、響ちゃんのときにはっきり分かったのよ」

「……ん? 僕?」


なんで?


「えぇ」


えぇじゃないけど。


「もちろんまだまだ決まってはいないのよ。 けど、去年ね? ……初めての、こっそりのアルバイトで、そのはじめのはじめで響ちゃんを着飾ってコーディネートしてあげたときにね? 思ったの」


あげた?

ほんとうに?


「させた」のまちがいじゃ?


「響ちゃんのときみたいにね、その人の魅力をその人ができる限界以上に引き出してあげて引き出してみせる……そんなお仕事がしたいわって」

「……そうか」


じゃあなんで今僕の髪の毛ふぁさってしたの?


まぁ多分意味はないんだろうけども……それはそれとしてコーディネートとかは合っていそうな気がする。


「みんな夢があっていいわねーひっく」

「りさりんだいじょぶ? 酔った席ってヘンなこと言いやすいから気ぃつけて?」


真っ赤な顔の巫女りんが……あ、これ完全に場の空気っていうやつにも酔ってるな……お酒で理性が飛びかけたところにみんなで年を越しているっていうイベントでハイになってる。


「私は、ほぉら。 知ってのとおりここの神主の長女でしょお? 順当に行けばー、なんにもしたいことが見つからなければー、多分お父さんを継ぐことになると思うのよぉ」


たまたま目が合ったって思ったら「どう思う?」って聞かれた僕は、ちょっと考えてみて答える。


「……その年なら、まだしたいことが見つかっていないっていうのが普通だよ、りさ」


ここに25になってもしたいことが見つからないニートも居るんだし。


「そういうものが、方向性だけでもはっきり見つかっているふたりのほうが珍しいんだ。 気にしなくてもいいと思う。 君ならきっと何かを見つけられるよ」

「ありがとー響さーん……うへへぇ、響さんに慰められちゃったー、ねーゆりかー?」


「……………………」


「?」


ふと視線が刺さっている感じに反応してみると、さよの目が……片目が前髪に隠れている眼鏡越しのそれが僕に向いていた。


「……………………」

「……………………」


「多分言いたいこと考えてるんだろうなぁ」って同じ属性のよしみで分かったからじっと受けて立つことしばし。


「私……ですね」

「僕でもいいって思うし、決まっていないなら別にいいんじゃないかな」


仲良くなったって言ってもこれだけの人数の前だから大変だろうし。


「さよちゃん、思い浮かんだことを口にするのでいいのよ? そんなに深く考えなくても」


そこへメロンさんがいいことを言う。


そうそう、簡単なのでいいと思うよ?


なんかゆりかがすっごくマジメだったからそういう空気なだけだけど、僕は元々「なんかある?」って感じで聞いてみただけなんだから。


「…………えっと、私も、まだ、決まってはいないん、です……今まで病院で、本とか……読むくらいしかできなかった、ので。 けど」


すぅ、はぁ……と、落ちつくためのひと息。


「……私も。 私も、たくさん勉強、して。 なにがいちばん、私に向いて……いるのか。 たくさん、たくさん……試してみてから、決めたいです。 まだ中学生、ですから」


うん、多分君のが普通の回答だよね……まだ中学生も2年生だし。


「さーて、ひびき! トリはもちろん主役じゃない?」


「えっと……うん。 僕も特にまだなにも……したいこととかやりたいこととかは。 とりあえずでこのまま療養しながら……」


口が勝手に普段のような言い訳をしている。


……今までなんにも、本当になんにもしてこなかった僕。


こんな状況になってもまだ家にひとりで籠もるだけのつもりで、時間を消費するコンテンツだけは豊富な環境に感謝しながら魔法さんが解けるのを待ちつつ、ただただ生きるだけ。


長くても数年でこの子たちともフェードアウトして、そのあとはまた、きっとこれまで通りのニートな生活で歳だけを取っていくような――――


「……ダメですっ!!」


さよが唐突に、裏返るような声を上げていた。


「っ!?」

「さよちん!? びっくりしたぁ急に」


「あ、ごめん、なさい……」


それも僕の近くまで……顔同士が、お互いの髪の毛が1本1本見えるくらいまで来ていて。


「……私、これまでに何回か……成功率が低い手術、受けたことがあるんです」


さよが聞いたこともない声の大きさでいきなり僕にNOをつきつけて、僕も含めて5人もいる空間なのにしーんとしてちょっとして……なんかいきなり重い話をし始めた。


「あ、はい……それでですね、その手術のたびに必ず言われるんです。 自分たち……先生方は全力は尽くすけど、手術自体は必ず成功させるけど、そのあとにいちばん大事なのは、本人、私の体力と、そして……生きようという、意思だって。 体が治ろうとする力って、そういうものだって」


慣れないことをしたからか、いつのまにか後ろに来ていた巫女りんに勧められてきちんと座らされる黒めがねさん。


「だから、手術の前にはたくさん、したいことを考えたり、リストアップ、したりとにかい……手術が終わったあとに、取っておくように、……と。 そう、言われるんです」


ほーっ、と息をつくさよ。


多分言いたいことのうち、まとまってる部分だけは言えたんだろう。

大丈夫だ、伝えたいことは僕に届いたから。


「……そうだったんだね。 言ってくれてありがとう、さよ」

「い、いえっ」


生きる意思。


未練。

しなきゃいけないこと。

したいこと。


「……そうねぇ」

「あぅ、りささん……」


もういっかい真っ赤になっているさよの髪の毛をぽむぽむとしながら、もうすっかり元に戻った巫女りんが言う。


「……その……ね? 私がここで、この格好で言うのもなんなんだけど……きっといいわよね、友だち同士なんだし。 私は、私自身は……だけどね? 神さまの力なんてほんの少しだって思ってる」


巫女さんだって言うのになんちゅーことをこの子は。


「だけどね? ご家族の病気だとか大切な試験とか、そういうのを真剣に……1回でもだけど、何度も来る人って……これも言っちゃ悪いんだけど、今日みたいになんとなくで来ている人たちとは全然違うのよ。 なにもかも」


「あ―あ―……りさりんが言っちゃいけないこと言ってるー」


「茶化さないの、もう。 それに全員っていうわけじゃないんだから……今までたくさん見てきたからその人を見ていればなんとなくわかるのよ、そういうの。 ……神通力っていうの? そんな才能なんて一切無いか、少なくとも感じられない私でさえね、そういう人たちの迫力っていうのかな……こう、ぶわってしてるのが分かるのよ。 オーラとか迫力とか気とか、うまく説明できないなにかを」


オーラ。

勘。


あの人もそういうのが好きだっけ。


「……それなら私も。 響ちゃん?」

「かがり」


さすがにお花畑は引っ込めたらしいかがりが言う。


「……私には、みんなみたいに詳しいことはわからないわ。 ……でも、どんなおはなしでも、最後まで、最後の最後まで自分の気持ちっていうものを失わない人が必ず目標にたどり着けるの。 ……心の熱さ、意思。 そういうものを持ち続けている方が未来へ向かって……響ちゃんもさよちゃんみたいに、その、体のこと、がんばれるって思うわっ」


くるんっとしながら、……でも普段と違ってもっとはっきりと、僕を気遣っているっていう意思を込めながら言ってくる。


……こんな状況になって誰にも相談できなくて……しなくて過ごしてきた僕。


お隣さんにさえ結局まだ言ってない、これのことを――――――多分初めて。

初めて心配されて応援されているって……こんな僕でも分かる。


……そっか。


友達が居るって、こういうことなんだ。


「……僕から言い出した話だったのにね。 なんだか励まされているな……みんな、ありがとう。 その気持ちが嬉しいよ」


前の僕だったら恥ずかしくて言わなかっただろう言葉もがんばって言っておく。

次がいつになるか分からないし、次がないかもしれないんだから。


「……なるほどぉ!!」


かがりを遮るように、小さい全身を使ってゆりかが跳ね上がる。


「なるほどなるほど、これが青春か! ならやっぱ私も考えねば響! 待ってて、今なんか掘り起こすから! ノートに書いちゃったいろんなのとか!!」


今の子たちでも黒歴史とかノートに書くんだろうか。


「だからゆりかちゃん、今のそれはどういう」

「ちょい待ちかがりん。 私は今、大切ななにかを探しているのだ」

「そうなの? 大切なら仕方ないわね?」


「ん――……掘り起こせぬぅ。 そのうちいい感じの出るだろーから思いついたらでいいよね。 私だけなんにもなくてごめんね響?」


「いやだから別にムリをして言ってもらう必要は……」

「でも、それにしてもさーひびきんや?」


ひとりひとりの顔を見回して……最後に僕の顔をじっと見るゆりか。


「……………………………………」


「?」


「実はさ? 私たちってば……自慢じゃないけど自慢になっちゃうけどね? 学年でも学校でもわりと人気なのだよ?」


それって自分から言うもの?

しかも今ここで……場の空気に酔ったままだったりする?


「ねえ響? この美少女軍団を見てなんとも思わないのかね?」


普段こういう話題をしてこなかっただけになんか新鮮……だけどそうか、褒めてほしいのか。


そういえばゆりかだけまだだったしな。

かといって、この流れ、みんなまとめてってことでいいんだろう。


それなら適当に褒めてあげよう。


普段からかがりに言ってあげているみたいなのを言えば良いんだよね。


「確かにみんなかわいくて綺麗だね」

「ひゃっ!?」


え?

こんなのでいいの?


ゆりかって案外ちょろくない?


「今でも美しいのにまだ中学生なんだ、将来有望と言うものだと思うよ」

「ちょ、ちょっと響さんっ、待っ」


りさりんもまた顔が赤くなってきてる。


「みんな髪の毛や肌にも気を配っているみたいだし、服装だって……ほとんど私服しか見たことがないからかもしれないけど、でもいつも似合った服装をしているって感じるし」


「女の子だからよ!」


かがりは変わらない。


むしろ変わったら困る。


「今日の服装……言い忘れていたけれど、ゆりかのその着物も君の雰囲気にぴったりだ」

「う、うぅ――……」


なによりも僕に合わない感じのうるさい系とかだらしない系の子たちじゃないっていうのが大きいからね。


「……きれい…………はぅ」

「ちょっとさよちゃん大丈夫!?」


さよは……うん、きっと慣れてないよね、こういうの……ごめんね?


「響ちゃんってば、私たちのことについては今みたいに聞かないと言ってくれないのよ? 会うたびに聞いた方が良いわ、ゆりかちゃん」


む、要らないアドバイスが。


「ぅえへへ……って、ちょいちょい君たち。 今は私と響の会話なの、しゃらっぷ!」


すぐに戻ってきたゆりかがまたいたずらな口調に……こういうときは変なこと言い出すから苦手なんだけどなぁ……。


「こほんっ! ともかくわれわれ人気のびしょーじょ4人を集めて囲まれてさ? こんなすぐそばで侍らせてさ? んでさ? おおみそかに年越しでなんかうれし恥ずかし青春してさ? ……オールナイトになりそうで、つまりは『夜を共に』してるのよ……あ、深い意味じゃなくってさ?」


振り袖をふりふりしながらあいかわらずわけのわからないことを言い続ける。


「んで病気が……前みたく収まったり良くなったりしたらさ? お泊まりなんて計画しても誰からも嫌がられるどころか楽しみにされてるなんてさ? ――いやーホント、これがうっかり学校の誰かに知られでもしたらクラスどころか学校全体の男子みんなのテキだよねぇ。 ねぇ? だってさ」


「びしっ!」っとわざわざ口に出して、どっかで見たようなポーズをしながらひと呼吸溜めて、すうっと息を吸うゆりか。


「――はたから見たらこれ、響っていうショタ系将来有望超中性的銀髪……えっとまだまだあるけど、ともかくそんな属性モリモリ系美『男子』響『くん』が」


――――――え。


「ちょっぴしちっこいけどそれはまぁ今後に期待するとしてさ。 で、そんな響がびしょーじょを4人もはべらしてるとか囲ってるとか、そーとしか言いようがない状況じゃん? ねぇ?」


ぶわっと体じゅうの毛穴が開く感覚と同時になるべく周囲に変化が無いかって、普段は全然機能していない僕の五感を総動員。


――ゆりかが僕のことを……男って言った。


魔法さんが何かをしでかす可能性に。


ゆりかは僕のこと、男って認識している。

認識できている。


なんで?

どうして?


「いやー、ひびきんははたしてこの中で誰を選ぶのかにゃー、私とっても気になりますにゃー? それともまとめて行っちゃう……ってのは現実っていう制約上なかなか難しいと思いますが」


待って……僕が選ぶ?


え?


どうしてそんな話になるの?


だって僕が男だってだけで……あ、そっか。


僕が男だって思っているのなら……この子たちは女の子で僕は男。

中学生で男と女が仲良くしていれば当然にはやし立てられる状況なんだ。


「まー、私も気にはなっていたのよね。 響さんが誰を選ぶのかな、それとも選ばないのかなって」


りさからも追撃。


「いやまぁその、私だって年頃だし? いい機会だし知りたいかって言えば知りたいかも。 まー、きっとすぐに『そんな気は誰にも持っていないよ』って言うんでしょうけど、ただの興味本位で、ね?」


……警戒してはいるけど、ふたりともおかしくなる様子はない。

僕自身に何かが起きる気配も、ない。


「ね? 響さんにとってはこの中で誰がいちばん魅力的なのかしらね? 女の子だらけのこの空間でたったひとりの男の子の響さん? いえ……呼び方ずっと迷ってたんだけどさ、響さん的には『響くん』って呼んだ方がいいのかな?」


赤い顔をした2人の少女が僕の目を見つめてくる。


男。


僕の元の性別。


幼女ではなく男。

男性ということ。


肉体的な女、女性ではなく男性……あるいは少年。


でもそれは今まで誰にも知られる前に魔法さんが処理しちゃってたかもしれないこと。

それなのに、こんな幼女だって分かってるはずの僕を男だって。


なんで。

どうして。


そればかりがぐるぐると回る。


「……ちょっと!!!」


「!?」


そう思ったらやたらとでかい声で耳がびりびりした。


……今度はかがりか……。


「え、かがりん? なになに、なんで急におこおこなの」

「ほら、だからあんた言い過ぎだって」

「……かがりさん……?」


鼓膜が痛い。

ついでにすっごくびっくりしたから心臓がばくばく言っている。


「ねぇ、ふたりとも。 ゆりかちゃんもりさちゃんも」


「なんでしょうかがり様」

「ごめん、私たち……いえ、ゆりかが何かかがりさんにまで失礼なこと」


「あのね?」


はぁー、とすっごくわざとらしいため息……あー、女の人がかなり怒ってるときのあれだ。


注目されなかったのがそこまでイヤだったの……?


 「ええ、失礼よ! だって響ちゃんは――かわいい女の子なのだもの! 男の子だなんて!!」


「ほぇ?」

「……へ? あの、かがりさん、なにを」


……なんかもうこんがらがってきたけど冷静になろう。


うん、りさとゆりかが僕のこと男って思っているってのはひとまず置いとくとしてだ。


かがりなら僕のこと、はっきりと女の子だって知ってるんだもんね。


最初の買い物からして下着を見つくろってもらってたくらいだもんね。

そりゃあ知ってる。


「……確かに、確かによ? 響ちゃんはとっても男の子っぽいっていうか男の子らしい性格とか話し方とか、あとはあとは……雰囲気とか! でも! そういう子だけど、それでも立派な女の子よ? 響ちゃんは平気そうだけど、でも我慢できないわ!」


なんか僕のために怒ってるらしいのは分かった。

早口すぎて追いつかないけども。


「ええ、服装も男の子らしいのが好きだし話し方もこうでクール系だから会ったばかりとか……でも! りさちゃんもゆりかちゃんも、こういう冗談はとってもよくないわ! ひどいのよ! ねぇ、さよちゃん!」


すごい剣幕だ。

こわい。


「ひぃっ……」


ほら、さよも怯えてるじゃない……かわいそうに。


「あ、えぇ……はい。 その……女子校に行ったり、いえ、うちの学校とかに来たとしても初めは見た目でお姫様でしょうけど……でもすぐに王子様とか……そういう扱いにはなると……でも。 響さんは、普通の。 ……私たちと同じ、女の子、です」


「えっ」

「……え」


なんか変な表現がかなり混じってた気がするけど……話していれば男って見てくれるってことでいいの?


「……その、響さん、ごめんなさい。 ……いろいろ聞かされて…………聞いてしまって、いて ……下着とかのサイズについても、かわいいものとかを、その、穿くか穿かないかって言うのがあったり……聞いていて……、えっと、その……」


……うん。


諦めてた。


くるんさんだもんね、あのお着替えの写真以外はみんな筒抜けだった様子。

あの写真まで流出していたらもうこの子たちと顔を合わせられないけども。


「さよちゃんや私と会ったりするときにはちゃーんと! ちゃんとよ? 私がちゃんと選んであげて、響ちゃんにぴったりなリボンをつけて、スカートとか履いてもらって!」


僕がかわいい服を着させられている。

そんなことまで暴露された。


もう帰りたい。


もういやだ。

布団に潜りたい。


「え、あれ? でもさ?」


恥ずかしくて顔は見られないけど、でも声の感じから不思議そうにしている感じのゆりかが言う。


「響、私と出かけたときさー、トイレ。 男の方に入ってたよ? ねぇ?」


「えっ」

「あら?」


……あー、そんなことも……あったっけ……って言うかよく見てるね、そうだよね、女の子だもんね……。


「あとかがりんや。 『女子の考え方がいまいち理解できないんだー』とか『肌の露出は目の毒だからちゃんと着て欲しいのにー』とか言ってたことあるし、あといつも見てて思うけど響はかがりの対応にとっても困ってるときあるし……ほら、ハグしてるときとか固まっちゃうじゃん。 だから男の子じゃん? って思ってたんだけど。 ねぇりさりん?」


やめて。

もうやめて。


いっこいっこが恥ずかしいから。


「あー、うん。 でも響さん……いえ、どうせだから言っちゃうか、悪いことじゃないんだし。 んで響さんって、男の子にしては女性の胸とか腰とかスカートの裾……ふとももとかをじーって見たりしないのよね。 どっちかっていうと小物とかそういうの見てるし」


今夜はやけ酒に決定だ。


なんでこんなことに。


「だからとっても……うちのクラスのスケベな男子とかと比べると……紳士的っていうのかな? だから私たち、響さんっていう男子が混じるお泊まりでも大丈夫かなーって話していたのよ。 かがりさんがやたらとしたがってたお泊まりを」


うん、がんばって見ないようにはしてる……だって年下の子供たちだもん、君たち。

かがりみたいにいきなり真正面にでんと来たりくっついてこられると無理だけども。


「そーだよねそーだよね!! なんてか、男子ではあるんだけど、でも、なんてかその……怖いって感じたりするところないタイプだよね!!」


「まーね。 だからこそ温泉とか……まぁさすがに一緒に入ったりはしないけど、でも最後にはOKって言っていたんだし」


恥ずかしい。

引きこもりたい。


「……で、話まとめると……いや、まとめらんないけど? 響は男の子だけど女の子で、中身男子っぽいけどでも女子で? いやでもでもでも、かわいい系の顔つきではあるけどさ、どこからどー見たって男の子でしょ! ほら、顔つきでも!」


ほんと?

男に見える?


「……ええと……ゆりかちゃんたち? あの」


ちょっと嬉しくなって「さんざん落とされた後にこれで嬉しくなるって僕ちょろすぎるなー」って思ったらまたかがりに戻って来た。


「ええと……2人とも……むしろ響ちゃんのことを男の子だと思っていたのに、私が提案したパジャマパーティーとか……そういえばなんだか複雑そうな顔して話し込んでいたけれどでも、いいって言っていたの?」


あ、なんかかがりが初めてまともな反応してる気がする。


「かがりんや、今はそれわき道だから戻して戻して」

「? ……とにかく、響ちゃんは絶対に女の子よ! だって、お化粧とか教えてって言ってきたこともあったし、お胸が小さいことを心配していたし!」


だからくるんさんそれやめて。

無作為に個人情報をばらまかないで。


「うぇ? マジ? ……ね、なんかすっごく複雑すぎて大変なことになっちゃって正直ごめんだけどさ……そのー、無理は言わないんだけどここまで来ちゃったからさ……もし良かったら教えてもらえない? 響」


ゆりかとその横に来ていた巫女りんが、僕が「男」だと知っていて。


「もちろん女の子よね! そうよね、響ちゃん?」


かがりとその後ろで僕を見ているんだろうさよが「女」だとも知っていて。


けど魔法さんはまだ、様子見をしていて。


……どっちにしろここまでバレちゃってる。



ゆりか、かがり、りさ、さよ。


4人の目は僕の視線とぴったり合っている。


……今考えたおかしいいろいろって、今こうして思い出してみてこうして考えてみてそれでようやくわかるっていうことは……もしかしたらあのときの、ねこみみとポニーテールをテレビで観たはずのあの場面みたいに「僕の方に」魔法さんがなにかやらかしてたとも考えられるわけで。


それを普段通りの認識の改竄と一緒にして見ると……今分かった性別の食い違い、僕に対する認識の食い違い、それにみんなが違和感を抱かなかったっていうの自体が、魔法さんのせい。


ゆりか、それに話を聞いていたらしいりさが僕を男って認識していた理由は分からないままだけど、それでもこれまで「ん?」ってならなかったのは魔法さんのせいだと断定できる。


みんなから幼女って見えるらしいから安心していたけど……1周回って戻って来ちゃった、僕が僕自身を信じられなくなるっていう可能性のうちのひとつなんだ。


「あのね、私、ほんと、そこまで深刻になるだなんて思ってなくって……そのっ、ごめん!」

「いや僕は」


「だいじょーぶ、私は、いや、ここにいるみんな、響がどっちだったとしたって『響』は『響』なんだって思ってるから! ねぇ? だから、その……今までと何にも変わらないから!」


……すっごく心配されて気を遣われている。


遣わなきゃいけないのは僕の方だって言うのに。

騙してたのは僕の方なのに。


「うん、今のはお酒の席のことってことで! だってほら甘酒あるし……未成年がいけないことしない範囲だけど私たち子供だからびみょーなアルコールで酔っちゃったってことで! ねっ、ねぇっ!?」


「……そうね。 響ちゃん、困っちゃったものね。 分かったわ、おしまいにしましょう」

「…………誰にだって言いたくないことは、あります」


僕よりもよっぽど……肉体的にもだったんだけど、精神的にもどうやら大人な彼女たちは急に声の調子を普段通りに戻して軽く伸びをしてみたり、忘れられていたテレビの番組について急に話してみたりし始める。


……どうしても話したくない、いや、話せない……そこまで行くと最初から全部説明しなきゃ行けなくって、だから家のことと病気のことをたった今ついたばかりの嘘で固めたとしたって……男だっていうことはゆりかとりさはもう知っているんだ。


みんなが意識的に話題を変えて適当な話をし始めたところで……不意に蘇ってくる記憶がある。


それはあの夢、冬眠のときの明晰夢なのかただの夢だったのかは分からないのに今でも覚えているフシギな夢の中、「お姉ちゃん」って呼んでほしがってたアメリって女の子とのあの会話。


――嘘をついていてバレるまではずっと嫌だけど、バレちゃえばしばらく辛いけど楽になる。


――どうせいつかはバレるんだから謝る気になったらさっさと謝ってしまえばいい、どうせ怒られるのは一緒なんだ……だから自分から白状してしまう。


鉄則ってわかりやすい形で僕が言いやすいようにしてくれた。

他人からそう教えられたからって実践しやすくして。


意識と無意識って本当によくできているんだ。


――ついでに、謝る相手が穏やかなときに謝れば少しはマシなんだとも。

――タイミングを見計らって、あとはがんばれって。


……そのタイミングって、今なんじゃないか。


「……言うべきかどうか……悩んでいたんだ。 でも心配してくれてありがとう、みんな。 りさ、さよ。 かがり、ゆりか。 聞いて、ほしいことがあるんだ。 その……今、全部はムリだけれど。 でも。 聞いてほしいんだ」


「僕は――――『男』なんだ」


口に出すだけで大変なことになる魔法さんのことも関係がないかもしれないねこみみ病のことも、本当の僕のことも言えないし言っても困らせるだけ。


でも……性別を、心の性別を偽り続けるって言うのはこの子たちに対して失礼なんだ。


「――君たちと同じ女子じゃなくて、『男』なんだ」


だから、言った。


魔法さんがどんなことをしてこようとも……これは、僕が言いたかったことなんだ。


「僕を男扱いしてくれていたりさとゆりかは、何も間違ってはいないんだ」


そんなゆりかとは正反対に……あー、お酒って残っているとちょっとしたことですぐに顔が赤くなるよね……もう1回真っ赤になっている巫女りんを見る。


「僕を女扱いして……いや、女子、同性として見てくれていたさよとかがりも」


いつもの……僕とおんなじようになかなか表情が変わらないけど、でもその中に複雑そうな顔を浮かべているさよを見る。


「『僕』にとっては正しいことを言っただけ。 どちらも間違ってはいないから気にしないで。 それも言いたかったんだ」


……良かった。


思っていたよりも話せなかったけど思っていた以上に言えた気がする。

僕が男だって言うの、実は結構怖かったから……だってお隣さんのあれがトラウマなんだ。


そのせいか今日何度目かに静かになった室内。

またテレビの音だけが響く空間になっている。


まぁすっごくデリケートって言えばデリケートな話だったし……反応に困っているんだろう。


「……えっと、ひびきやひびき」


「うん、そうなんだ。 性同一性障害というもの……に近いもの。 僕の場合はもう少し特殊だけど……まぁ、その理解で問題ないと思う」


「ほーん?」


いまいちピンときていない様子。


「……君になら分かるだろう例えだけど……そうだな」


念のために魔法さんのことも考えて「例え」って強調して。


「……ある朝目が覚めたら男から女になっていて、その状態がもう戻らなくなった……みたいな感じかな。 そういうマンガとかなら目にしたことがあるんじゃないか? 本当は少し違うけれど、僕の印象としてはそんな感じなんだ」


魔法さんが怒らないようにちょっと違うアピールも欠かさない。


「あ、すっごくわかりやすい。 私、最近そんなの読んだし」

「そうか、なら話は早い。 ……そう、あの、男から女になってしまった状態がまるで『固定』されてしまったように――――けほっ」


肝心なところで咳き込んじゃった……恥ずかしいなぁもう。


けどもなんだか違和感がある。

なんだろう。


……胸のあたり?


緊張して話していたし、つばとかが気管支の変なところに入ったかな?


「……みんな、ちょっとごめん。 セキが……こほっ」


よくわからない感じに息苦しくなって、息を吸おうとすると余計になにかが欠けていくようで、それが咳をすることでしか収まらなさそうな、そんな感覚がこみ上げて止まらない。


――嫌な予感って言うのは大体当たるもの。


……よりにもよって今、か。


タイミング悪いなぁ。


僕は少しでも「それ」を知るのを後回しにしようって、みんなに見えないように後ろを向いて、両手を口元にやる。


「――ひびき?」

「響ちゃん?」


さあっと頭から血の気が引いていく感覚。

「ああ2人とも死んじゃったんだ」ってあの中学生のあの日に病院で知った感覚。


そんなことをぼんやり考えながらけほけほってしていたら、口元を押さえていた手のひらからなんだか生暖かいイヤな感覚がする。


「――――――――――――」


ちょっとだけちらっと見てみると、そこには――真っ赤に光ってべとってしていて生理的不快感を放つ液体。


血。


僕の口から、血。


血。


なんで?


「……響、さん?」

「あの、大丈夫?」


「……けほっ……うん、大丈夫。 ちょっと、ね」


さっきのもあるしこの前のもあるからどうしても心配されちゃう。

心配させたくないのに。


「とにかく、大丈ぶ――」


「大丈夫大丈夫!」って明るく言おうとしてみんなを見上げてみると――なんだかみんなの目つきがおかしい。


みんな……なんでそんなに僕のこと食い入るように見てるの?


なんでりさとかがりは口に両手当ててるの?

なんでさよは真っ青になってるの?

なんでゆりかは真顔になってるの?


そう思ったとたんに抑えきれない勢いで口から漏れてくる生臭くって熱くってどろっとした液体。


「ごぽっ」


それは止めようもなくって、すぐに口からごぽっと出て来はじめて、それに合わせるかのように胸のまん中あたりにもじくじくじんじんとして、焼けるような感覚が昇ってくる。


そうして僕は倒れたらしい。

人って意外と冷静だし周囲とか自分の状況とか分かってるんだね。


何だか不思議。


あ、けど。


「ひびき!?」

「嫌っ、響ちゃん!?」


「え、ちょ、響さん」

「……………………あ」


「……げぽっ」


びしゃと派手な音を立てながら、さらなる血が僕の口から吐き出されて――僕は倒れた。


鼻から畳に。


痛い。

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