17話 大みそか

「あ! ひびきー、おひさーってうわぁっ!?」


この子、ゆりかにとって3ヶ月ぶりで僕にとっては何日かぶりの再会の第一声。


……うん。


すっごくげっそりしてるよね。

鏡で見るとよく分かるんだ。


「……あ、ごめん」

「いいさ、僕自身だって久しぶりに鏡を見てぎょっとしたから」


こういうのって後まで思い出しちゃうから先に「良いよ」って言っておく。

気休めでも言わないよりはずっとマシだ。


僕よりも少し背が高くって、でも服装次第では、あと普段の態度的にもぎりぎり小学生に見える前髪ぱっつんで元気な子。


「……ほんと、だいじょぶ? 入院してたっていうのは、もー顔見ただけで1発なんだけど」

「もう平気だ。 退院もしたしね。 この通りにひとりで出歩けている」


「あら響ちゃっ……!?」


普段と違って帽子を被っていないから見えちゃう僕の顔で固まっちゃうかがり。


うん、まぁやつれてるよねぇ相当。


お酒呑んでただ寝てただけなんだけどねぇ……3ヶ月ほど。


「……大変、だったみたいね……たくさん連絡してごめんなさい」

「事前にひとことの連絡もしなかった僕の方が悪かったんだ。 気にしないでくれ」


今日の会話は何回もシミュレーションしてきたからちゃんと受け答えできている。


今日は大切な日だから。


「……退院したのは昨日の朝なんだ。 けど僕の家に帰って来られたのは夕方で、みんなの連絡に気がついたのも夜に連絡をしたタイミングだったんだ。 みんなに心配をさせて本当に済まな……」


頭を下げようとしたら顔にセーターが押しつけられる感覚。


「そういうのは良いのよ」


見てみればそれはいつのまにかとなりに立っていたりさりんの腕の生地で……促されるままにいつものように、なぜか僕がファミレスのいつものお誕生日席へ。


そしてりさりんさんは、あいかわらずに健康そうな雰囲気を醸し出していて。


「実はそこまで心配はしてなかったんだよ? だって病弱だってことも、ていうか春までずっと入院してたっていうこともみんな知ってたし」


「………………はい。 私もそういう経験…………………………いきなり悪くなって動けなくなって。 1週間とか2週間とか……あって、その。 …………………………そういう説明、していましたから」


前よりはちょっと声の大きさも話すスピードも、おどおどした感じも……減っている?


けど前に垂らしているおさげと前髪はけっこう伸びていて、総合した雰囲気はさほど変わっていない様子の病弱な彼女。


「とまあ響と似た経歴のさよちんからも入院したらどうなるかとかいっぱい聞いてたしさ。 それにそんな激やせしてるのも見れば文句なんて言うはずないじゃん? 友達でしょ?」


右隣にいたかがりがいつものように視界外からいつものように唐突に、僕のほっぺたを両手で包んでくる。


……なぜかゆりかとりさりんが、かがりをじーっと見つめている。


急に無言になって。

なぜだろう。


「…………はぁ、残念。 あのかわいかったほっぺたのぷにぷにもちもちしていた柔らかさとか眠そうでかわいかった目の感じまで、すっかり変わってしまって」


みんなが心配そうな目で見てくる。

心配しすぎる感情が響いてくる。


……よし。


きっと、大丈夫。


僕はすぅっと息を吸って、思い切って言う。

またああなるかもしれないけど、でもまずはこれから。


「……話は変わるけども。 この期間で世間では、たしかねこみみ病◇◆◇◆」


――――――――――やっぱり来た。


魔法さん。


……やっぱりこれがキーワード。

ねこみみ病の何かがダメなんだ。


ちりちりちみちみじりじりしてきた僕。


けど、◇◆◆◆いい加減にこの感覚にも慣れてきたし、なんとなく予想もできていた。


なんというか、魔法さんの気配?

そういうもの、ちょっとはわかるようになってきたかも。


でも、これが強引に突破できる類いのものって知っている僕は続ける。


みんなもねこみみ病については知っているはず。


話題になってすぐ……たしか夏の終わりとか言っていたっけ、正式発表と栗色黒耳ペアの活躍が始まったのが、たしか僕が冬眠したほんの少し……僕の主観では1週間とか2週間前のことで、つまりは3ヶ月のことで。


でも僕はそのときこの子たちから解放されたすがすがしさと夢中になっていた小説があって、何巻もあってだからネットもテレビもほとんどせずに◆◆◆◆◆


あれ?


◆ 僕は、ほんとうに、それを


◆◆

知らなかっ


◆◆◆


「…………………………………………」


周りがなんにもわからなくなって、少しだけ真っ暗でしんとした感じになって、それから視界がざらざらとしてきて目の前が切り替わる。


今の僕の目の前には底上げのクッションでちょうどいい高さになったリビングのテーブルに手元に飲みかけのコーヒーと画面がつきっぱなしのスマホが左右にあって、その先から音と光を届けてくるテレビ、そして僕の家のリビングの光景。


さっきまでの暖房とは真逆の感覚でエアコンの風を涼しいって感じていて……あのときはまだ隠れられていたって信じていたから夏だっていうのに閉じっぱなしだったカーテンから漏れてくる外の明かりも今よりもずっと明るくて、温かくて暑くって。


……夢。


冬眠の直前か、あるいはすでに寝落ちしちゃったあとの明晰夢?


だとしたら僕は、もう?


魔法さんが怒るっていうことは、やっぱりねこみみ病は魔法さんと深く関係が◆◆


『…………ただいまご紹介にあずかりました◇◇◇◇ と』


画面にはどアップからの引きで、昨日会ったばかりのあざとい栗色さん17歳が。


声の感じとか体の動きとかがちょっとだけあざとい感じになっている。


『……◇◇◇◇です』


一方の黒猫さんはなんだか声が詰まっていた。


風邪でも引いていたのかな?

それに語尾が「にゃ」とかじゃないし。


――「見ていたはずなのにこうして再現されるまで完全に忘れていた」あの会見。


萩村さんが映っているっていうのまではしっかりと見ていたんだし、ということはやっぱり僕はちゃんと見ていたわけで。


ということは、僕がこの子たちの話をきちんと認識……できていなかったっていうことになって。

つまりは僕もまた、これもまた先週のように魔法さんに認識をぐちゃぐちゃにされていたっていうことの証で。


「私たちは……◇◇◇◇……を受けて私が……」

「私は…………◇◇◇◇……したんですにゃ◇」


――そうしてふたりは、ねこみみ病って言うのについて語り出す。


僕が聞いたような説明を、初めての場で。


◆                ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆    ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆◆ 


『…………びき!! ひびき!!!』

『響ちゃん、ほんとうに大丈夫!?』


……うん、魔法さんの影響は今は消えているみたい。

もう少しでなにかが見えそうな気配もしたんだけど……あれ。


すごい汗かいてる。

体じゅうが生暖かくじめっとしていて。


「ひびき! よかった、気がついたんだよね? さっきまでぐったりしてて聞こえてなくって、目、開かなくなって息も荒くってっ。 ……そうだ病院! 病院は行かなくていいの!?」


……そっか、今の僕はあのときのお隣さんみたいになってたのか。


「本当に良かったわ……だってさっきの響ちゃん、いきなり下を向いてお返事がなくて。 だんだんと顔も赤くなってくるし息も苦しそうになってきてすごい汗で」


「……とりあえずはもう大丈夫だと思う。 心配かけてすまない」


でも、今まで……それこそ昨日はそんなこと起きていなかったのにな。


こんなにびちゃびちゃになるほどの汗だなんて。

おかげですっかり体がだるいし……気持ち悪い。


「本当に大丈夫なのね?」

「うん、安心……できないだろうけども」


「響さん、いつもの調子みたいね……はー、よかったわー。 私たち響さんのお家も知らないし困っていたのよ」

「……私と同じで、恐らくスマホに……担当のお医者さんへの番号……あるだろうから、響さんには悪いけど……と」


「ええ。 勝手に使って連絡するか、もう救急車呼ぶかしかないって話していたところだったのよね。 あー、よかったわー、肝が冷えたわー」


そうか……でも。


ねこみみ病。


それが、キーワード。


そうして今度はどうしてか僕自身が変な感じになって……あの2人と会っていたときにはこうはなっていなかったのに。


同じもの……じゃあない。

けど、これもきっと手がかりのひとつで。


「…………ふーっ」


……走った後みたいに荒い息。


落ちつけるまでにはちょっとだけかかりそうだ。


「響さん。 ……発作のときのお薬とか、注射器……とか。 そういうのは……持ち歩いて」

「……僕のはそういった類いのものじゃないよ…………安心してくれ。 でもありがとう、さよ」


「てことはそれ、命に関わる何かっていうわけじゃないってこと?」

「うん、これはただの軽い発作だ。 ……大げさなくらいの反応は起きるけど、ね」


僕自身がアレな状態になってたらしいからどのくらいだったのかは分からないけど、みんなの反応の限りには相当アレだったらしい。


「……なら、近況報告とかおしゃべりとかはまた今度の機会に回した方がいいわよね」


自然な形で珍しく真面目な……当然か、かがりが口を開く。


「急いで話さなければならないわけでもないのだし、話したければ帰ってからグループで話せばいいもの。 響ちゃんが……無事ではなさそうだけど、こうして介助なしに出歩ける許可をもらえる程度には回復しているって分かったのだし」


誰……?


失礼って分かってるけど、でも聞かずにはいられない気がする。

でもがんばって抑える僕。


「…………そうですね……発作、が出るというのも、恐らくは……その………………体力がまだ、回復しきっていない、そういうのでも……軽いぶり返しも、よくありますし。 そうです、よね?」


「今日は私たちも響ちゃんの顔を見てお話しできて、少しは安心できたから。 早くお家へ帰ってもらってしっかりおやすみしてもらわないと」

「そだねぇ。 見るからに激やせしてるし、まずは肥えることからだよひびき!」


「……ありがとうみんな。 でも、ひとつだけ。 ……ひとつだけ話したいことがあるんだ。 それで、落ちついて聞いてほしいんだけど。 僕はね、みんな」


今は何も分からない。


魔法さん。


冬眠。


ねこみみ病。


若返り。


少しずつ分かりかけて事態が好転してきているようにも感じるけど、悪くなっているのかもしれない。

どちらにしても一気に動いているのは確実なんだ。


だから――タイムリミットを決めておくんだ。


僕がひとりで悩む限界の。


「……春の退院。 そして今回の退院。 両方とも一時的なものなんだ」


だから、僕は決めた。


「また悪くなるようなら、今度は長期間。 月単位、季節単位……年単位で、前のように 外に出られないことになる……かもしれないんだ」


それを過ぎたら、僕はこの子たちにもう会えなくなるかもしれない。


だから。


「こうやって外に出て……人に、君たちに迷惑をかけるような状態なのは、まだ退院が早かった。 ただそれだけなんだ。 そう……ただ春から夏にかけて少しだけマシになっていただけ。 僕はまだまだ不安定すぎる、ただそれだけなんだ。 だからまた急に連絡ができなくなっても不安にならないでほしい。 そう言いたかったんだ」


僕の嘘/ウソで、みんなを悲しませた。


……僕の嘘でみんなにこうして負担をかけさせるんだったら、そもそも。


そもそも初めから僕は――みんなに会わないほうが良かったのかもしれない。


本当に……本当に、ただ初めのころ。


僕が幼女になって、僕がどう見えるかっていうテストをするためだけに出かけた先での相手がかがりとゆりか、ただそれだけだったんだ。


僕が「幼女でしかないけど成人男性が幼女扱いはイヤだから、せめて中学生くらいの扱いはしてほしいし」っていう変なプライドをくすぐられたばかりに言い出した年齢の設定――最初の嘘。


……言わないっていう選択もできるけど、できたら言ってすっきりして――例え嫌われてもいい。


でもそれはただ僕が楽になりたいから癇癪みたいに投げつけるだけの意味のない告白。

それが分かる思考能力とヤケにならない理性があるからつらい。


でも、それが僕なんだ。


「本当に……その、無理は。 私たちに会う……ために、無理とか」


じぃっとメガネの中からのぞき込んでくるさよ。


「だから無理はしていないよ。 それに、これは本当のお別れじゃないっていうのを、こうして話せるなら直接の方がって思って。 急に僕が返事をしなくなっても心配は無いんだ。 ただ、それだけ」


魔法さんのせいで今の僕……幼女のままで一切成長できないっていう可能性とか、もっと先のなにかが起きる可能性。


そういうものを考えるとこのまま長期間顔を合わさないうちに自然消滅っていうのがお互いに楽なんだろう。


……でも。


年は離れているとはいえ、みんな女の子ではあるとは言っても……少なくない時間をいっしょに過ごしたせいで、愛着……湧いちゃっているからなぁ。


「そういう意味でのお別れだったのね? 響ちゃん」


ようやく頭に乗っていた重みとくすぐったさから解放された。


「でも響ちゃん、ひどいわ!」

「……なにが?」


いきなり耳元で大きくなるかがりの声。


不意打ちだったから耳が痛い、頭が痛い。

くらくらする。


「いきなりだもの! もうお別れだなんて言うからてっきりもう2度と会えないのかと思ってしまったじゃない!」

「いや、きちんとそのあとに」


話を聞かないくるんさん。


「びっくりしたんだから! 今みたいにきちんと順を追っておはなししてくれていたらさっきみたいに驚いたりはしなかったのに! ねぇ? そう思うでしょう!?」


女の子って「みんなもそう思うよね?」って口癖だよねぇ……この中でもかがりくらいだけども。


「あー……まー、たしかにねぇ……しょーがないって思うけどさ。 響も……あとさよちんもか、ときどき考えたこと省略して……こー、ずばっと言うことあるからねー」


ほら、ちゃんとゆりかとかは聞いてくれるのにこの子は……。


「私もびっくりしたわねー。 なにせ久しぶりに……退院でいいのかな、した直後にいきなりあー言われちゃあね。 マンガとかドラマ漬けだとどーしても悪い方に考えちゃうわよねー」


ヒマさえあればドラマを観ているらしいりさりんが言う。


「まー響とかがりんの相性、会話的なのは壊滅だからねぇ……普段は響が合わせてるけどこういうときは大変そう」


ゆりかがとっても良いことを言っている。


「?」


でもかがりはそれに全然心当たりがないらしい。


だろうね。

僕ががんばってることだからね。


「……だけど。 もし具合がまたこの前みたいに悪くならなければ。 ……またこうして会っておはなしとか……できるのよ……ね?」


かがりはこうしてちゃんと不安にもなる、ごく普通の女の子。

ただ少しばかりお胸に栄養が行き過ぎてるだけの子。


「そうだね、これくらいなら」

「……そうっ!」


「前からこのくらい……30分とか1時間くらいの外出なら平気だしな。 体調さえよければもっとでも。 夏もそうだっただろう?」


また魔法さんで冬眠しなければ、これから新しいなにかが起きなければ、だけど。


「……だったらさ!」


はいはいっとりさりんが腕を上げる。


「今は退院したばかりだっていうのがあるからダメだけど、もう少しだけお家で休んでもらっててね? 年越しとかお正月とかそういうのならどうかしら! これから1週間あるし!」


「お、りさりん、いいアイデアじゃーん? そうだよね、せっかくイベントがぎゅうぎゅう詰めになってるこの時期なんだから、別に今日ダメだからってそこまで落ち込むこたーないんだよね!」


それに釣られる……きっとそうしたかっただろうみんな。


「そうね! 少しだけなら。 ほんの少し来週に会って少しでもお祝いできたら嬉しいわねっ」

「……念のため、人ごみを避けて……あとは、響さんに直接、その……車とかタクシーで、来てもらえば、そこまでの負担、では……ないと……思います。 あるいは、その……どなたかのお家とか、でも」


「広さと歓迎っぷりからして、またさよちんのとこになっちゃうんじゃない? でも毎回は悪いよねぇ」

「でも他の家だとそこまで……5人だと狭いし。 いえ、別に平気だけど」

「さよちんの家、すっごいからねぇ」


「あ、でもりさりんとこも」

「うちは年末年始忙しいから……」





足を下ろすと途端に厳しい寒さが襲ってくる。


「……さむ……」


おもわずぶるっとなっちゃう寒さ。


体感的にはまだまだ残暑厳しい世界から放り込まれた印象の僕にとってはなかなかに厳しい限りだ。


……それにしても年末の神社っていうのはこんなにも寒くて雪のなごりがまだそこら中にあるっていうのに、もこもこした服を着た人たちがたくさん集まっている。


それでも駐車場のここはまだマシな方。

こんな車で来ていてもそんなに注目されないくらいなんだしな。


「カイロをご所望ですか」

「いえ、すぐに屋内に入る予定ですから……送ってもらってありがとうございました。 あの人たちによろしくお願いします」

「……それでは」


ちょっと外国訛りな低い声で話しかけられる。

僕を送ってくれた人のひとり。


そんな人たち、こんな真冬なのにスーツを着た男の人たちに頭を下げる僕。

タクシー代わりにしては随分と物々しい雰囲気だけど助かったんだ。


人がごみごみしていていやだったけど、でも来てって言われていた場所は人がいちばん集まるメインの本殿……拝殿とか言うんだっけ……からは渡り廊下っていうので繋がってはいるけど、でも離れた建物の前。


『来れば分かるから大丈夫よ!』ってりさりんが言ってたけど本当かなぁ。


「うーん……」


今日は大みそか。

夜には交通機関は止まっている。


そもそもまだまだ雪が残ってるからバスとか動くかも怪しいしタクシーも捕まるかどうか分からない……そうだからってある伝手で回してもらったさっきの車だ。


だけど人が多すぎてみんなを探せない。


ほとんどの人が僕よりも背が高くて……それだけならまだ普段出かけるときと同じだからいいとして、問題はお行儀よく年越し前の参拝で5、6列くらいに並んでいることで。


「あ、響ちゃん!」


おや?


「今日、無事に来られたのね! よかったわー!」

「かがり。 ……さっき連絡したじゃないか、今日は行けるって」


「でも、心配だったから。 ね?」

「……うん。 この前は心配かけた」


いつものくるんが服に合わせてすごい感じにくるんくるんくるんしているくるんさんもといかがりと目が合ったからそのまま近づいていく。


あいかわらずでかい。

身長も含めていろいろと。


くるんくるんくるんの中にはいくつかの髪留めも着けていて、なんていうか盛っているって感じになっていてとにかくド派手。


そしてくるんくるんくるんの下には着物を身につけている。

もちろんコートは羽織っているけど……着物ってとっても重そうだなぁ。


メロンさんのメロンさんたちがすごいことになっている。


「やっほひびき!」

「ゆりか」


「……おー、聞いてたとおりちょっと顔色よくなった?」


くるんさんの影もとい身長に阻まれて見えなかったゆりかもまた着物姿。


ぱっつんもなんだかいつも見ないような感じにセットされているし、後ろの髪の毛も短いなりに……たしかこの前は肩に掛かっていたから決して短くはないんだけど、でも他の子と比べると短い後ろの髪の毛も頭の後ろで結っていてまるで半ポニーテールな感じ。


半ポニゆりか?


「……あれから1回もあのような発作も起きていないんだ。 だからこそ今日こんな人ごみに、それも夜に来るのにも許可……もらえたんだし。 帰りが深夜でも朝でも問題ないそうだ」


特別な伝手で召喚したさっきのスーツの人たち、タクシー代わりな人たちが朝まで居てくれる約束になっている。


イヴのあの日から準備してた、この日のための移動手段。

万が一に魔法さんがやらかしてもなんとかなるようにするための、あの人たちに頼んであるあれ。


「良かったわぁ……実はゆりかちゃんにお願いしていたのよ。 響ちゃんの体調、このまま私たちと夜を共にしても大丈夫かどうかうまく訊ねましょうって」


「ちょ、ちょいちょい待ちなさいかがりさんや。 ……その表現は誤解を招きかねないから、ひじょーに危険だから使わないほうがいいのよ……?」


「え? どのことかしら?」

「……夜を、なんちゃらってやつ」

「そう?」


「そうなんです、ご遠慮くださいね? かがりさま」

「なんだか変ねぇ、今日のゆりかちゃん。 なに? 私のマネかしら?」


中学生だもんな、茶化してはいるけどいろいろと多感なお年ごろなんだろう。

僕はそういう時期を通り過ぎた大人だから気がつかなかったフリをしておいてあげよう。


気がつかなかったフリのために適当に周りを見ておくフリは得意なんだ。


「かがりんって漫画とかだけじゃなくて普通に本とか読んでるのにどうして分からないのか……コレガワカラナイ」

「???」


夜を共にする……そんな単語ひとつでこの騒ぎ。

ナイーヴでセンシティヴな中学生というお年ごろな子たちだからだろうか。


「ねー、響だってこれくらい分かるでしょ? 中2だし、響は本たくさん読んでるし」


「……うん」


ちょっとなんかもやもやってなるけどゆりかもかがりも……かがりは置いておこう……特に変な調子にはなってない。

ってことはたぶんこれは普通の男女の会話で良いんだろう。


なら変に反応しないで普通に言えば良いのかな……僕の人生経験の無さだ。


「どう言う意味なの? 夜を共にするっていうの、そんなにおかしいものなの?」

「いやー、ちょっと文脈的にねぇ? なんというかその……えっとぉ」

「?? よくわからないわ?」


僕がそっけなかったからかかがりの注目はゆりかに集まっている。


それで珍しくゆりかが顔を赤くしながらあわあわしているのを見ているとなんだか不思議な気分になってくる。


「えっと、ふたりとも」


ぶるっと寒さが昇ってきた僕は反射的に楽しそうな問答をしているふたりを見上げる。


「どうしてそこで男女の、その……とにかくそれが出てくるのかしら? どうしてゆりかちゃん?」

「いやいやかがりん、それはさすがに友達でも言いにく……っとごめん響、なーに?」


「りさとさよの2人はどこにいるんだ? まだ来ていないのか? あと寒いよ、ここは」


「あ、そだったそだった。 今呼んでくるから、かがりんと先に上がって待ってて? いくら大丈夫そうでもいつまた発作、起きるかわかんないんでしょ?」


「えぇ、わかったわ。 それでは響ちゃん、こっちについて来て?」

「……どこへ? ここは神社の……管理している人たちが住んでいる」


「いいの、許可は取ってあるから。 それよりもちょっと人が多いから、手、繋ぎましょうね?」

「いってらー」


振り袖をふりふりさせているゆりかを後にそう言いながら僕の返事を待たずにさっさと手を取ってしまうかがり。


……やっぱり変わっていない。


やはりくるんさんだった。



有無を言わせずに僕が上がらされたのは昔懐かしい感じの和室だった。


かがりも「良いから良いから」ってだけだし……何が良いんだろう。


「……本当に家主に断りもなく勝手に上がっていいの?」

「いいのっ。 もうちょっとでそのワケがわかるからっ」


かがりがこう言うときは大抵何かを隠している。

にやにやしているのが顔に出ているし頻繁にくるんをくるんくるんしているし。


なんかむかつくから見ないでおこう。


「よい……っしょ……着物って動きにくいのよねぇ。 ふぅ、あとふたつねっ」


勝手も知らない、家主も知らない、そのうえ押し入れから座布団や座椅子を引っ張り出しているくるんくるんさんをぼんやりと見る。


いいの……?

勝手にそんなことをして。


他人の家の冷蔵庫を勝手に開ける並みの暴挙じゃない?


あとでうんと怒られない?

いやまぁゆりかが行けって言ってたから多分大丈夫なんだろうけど……ほら、だってかがりだし。


「ところで響ちゃんは甘酒、飲めるのかしら?」

「呑める」


「あら、甘いって言うけど大丈夫なのね?」


ううん、甘いのは苦手。

ただお酒ってのに反射しちゃっただけなんだ。


でもそんなこと言えないから黙っておく。


「みんなが集まったら……ちょっと遅い食事は体に悪いけど軽く食べて、お菓子とかジュースとをつまんでおそばと甘酒で年を越してみようっておはなししているの。 だってなんかこう……大人っぽいじゃない? お酒って」


甘酒が大人?


アルコールが入っていないのはお酒じゃ無いんだよ?

まぁ法律に引っかからないぎりぎりで入っているらしいけどね……僕ならお腹がはち切れるまで飲んでも絶対に酔えない量だろうけども。


「あら、来たみたいね!」


かがりの声がしたと思ったら廊下から誰かの足音……家主の人?


「おまたせっ」

「……りさ?」


「あれ? なんで響さん立ったままなの?」

「響ちゃん遠慮しちゃっているみたいなの」

「あー」


……そこには巫女さんがいた。


白と赤の、巫女さんらしからぬ体型をした巫女さんが……おっとセクハラだ。


「良いのに……それよりどう? この服! 見違えたでしょ――!」


りさりんが巫女服を着ている。


……普段より胸が強調されるんだな、袴って。


「……ちょっと恥ずかしいかな……あはは。 まーこの格好、小学生のころからやってるし慣れてはいるから気にしないで! ……でもコートまで着て立ったままって疲れるし、なにより暑くない? リラックスして良いのよ?」


「……えっと」


巫女りさりん?


巫女りん。

語呂がいいな、巫女りんさん。


「……あ。 響、さん」

「……さよもなのか」


巫女りんの後ろにへばりつくようにして出てきたのは、これまたおんなじような格好をしたさよ。


……ああ、僕もこの子みたいに人の後ろに隠れて黙っているから存在感なくて居てもなかなか気がつかれないんだな……ちょっと反省しよう。


「……恥ずかしいので、あまり、その………………見ないで、もらえると」

「あ、うん」


巫女りんの巫女姿なんだかこなれているようなしっくり感がある……あ、巫女衣装がけっこう使い込んであるせいかな……さよは対照的にまだ折り目のついている新品の巫女姿で、こっちこそコスプレって感じ。


けど前髪まで……髪の毛全体がストレートに長くておどおどした感じの雰囲気のさよはなんだかとっても「まさに巫女」っていう感じがしないでもない。


ふたつの意味でどっしりしている巫女りんとは、ちょうど正反対。


……しょうがないんだ、僕の目線の真っ正面にこの子たちの胸元があるんだから。


しゃらん。


ご祈祷のときとかに鳴らされる、先の方に鈴とか紙が飾られている棒をひとふりする巫女りんさん。


どっから出したのそれ……ちょっと格好いいんだけど。


「私のお父さん、ここの神主やってるのよ。 だからここは私の家の客室ってわけで、つまりは私の友だちの、響さんを含めたみんなはお客さまってわけ」


……あー。


なんか話の合間に聞いた記憶が……無いでもない感じかも。


「だから、くつろいでもらっても大丈夫なの。 もーマジメすぎるんだから……響さんらしいけどね」


「あら? りさちゃん、この小さめの座椅子は?」

「あ、それお子さん用の……なんだけど、たぶん……ごめんなさい、けど響さんのサイズに合っていて座りやすいと思うわ。 ……せ、成長期だからこれからよ!」


なんかすっごく気を遣われて悲しい……なんで僕が小さいってことでこんなに悲しくなるんだ。


もそもそとコートを脱いでマフラーも外してわきに置いて、ぺたりと座る。


あ、この座椅子僕にぴったりフィットしてる。

悲しいけどお子様シートな僕だ。


「ふぅ」


ぱさっと出てくる髪の毛で籠もっていた熱気がふわぁっと抜ける。


「良いわね――……」

「はぁ――……」

「いつ見ても……」


3人が話している声が聞こえるけど今度は何が良いんだろ。


それよりふわってした髪の毛からただよってくる僕のお気に入りの匂い。

甘いのは苦手なはずなのに好きな、この甘い匂い。


シャンプーとコンディショナーと幼女な僕の体臭と汗が混じった匂い。


「?」


見上げたらみんなと視線が合う……あ、さよが逸らした……なんでみんないつも僕がこうやって動いたりしているとじーっと見てくるんだろう。


「でね? 毎年ね、この時期とお祭りの時期はたくさんの人が来ていつも働いている人たちだけじゃ人手が足りなくなるのよ……んで私も娘だからって手伝いにかり出されるわけ。 で、今夜みんなで空いてる家で年越しやるんだしって誘ってみたらやってみるって言うから、こうして巫女やってるってわけ。 どうかな? 似合ってる?」


くるんっとひとまわりして、巫女りんの巫女衣装の……髪の毛と袖と袴とがふぁさっとなる。


元に戻ったときにさりげなく片足を前に出して「とん」ってして、同時に「しゃらん」ってしているあたり慣れているのがよくわかる。


「……ほらさよさんも! さっき教えたでしょ!」

「…………え……あっ、はいっ」


次の番だと言わんばかりにさよがつつかれて、さよもまたくるんっと……しようとして転びそうになって、あわててりさに抱きかかえられている。


でもさよも髪の毛が長いから、勢いをつけてくるんってしたらきっと映えただろうなぁ……まさに巫女っていう感じで。


「……あぁ、うん。 そうだね、似合っているよふたりとも」


ちららら見て来ているさよとすっごい笑顔の巫女りんでピンと来た僕は慌てて褒める。


女の子は、女の子同士でもまず最初に相手のファッションを褒めるところから。

特に新しいもののときは絶対に褒めちぎる。


僕が苦労して学んだ実学だ。


「着慣れていて熟練の巫女という感じのりさも、新しい衣装と着慣れていない感じがあるけど雰囲気がとても巫女らしいさよもね」


「えへへ、こしょばゆーい。 その感じ、反応が遅れた感じ見惚れちゃったー?」

「いや? どう感想を言えばいいのか考えていただけだ」

「もうっ、響ちゃんったらちゃんと褒めないとりさちゃんが可愛そう!」


「あはー、かがりさんの言う通りにそこは乗ってほしかったかなーって」

「…………えっと、私とか響さんは、そういうのは、その……」

「わかってるって。 言ってみただけよ、響ちゃんだもの」


この場で僕の唯一の味方なさよは良い子。


またなにか困ったことがあったらこの子を頼ろう。


「ねぇ」

「ん?」


巫女さよも巫女りんも腰を下ろしたと思ったら、今度は横からくいくいと引っ張られている。


「ちょっと響ちゃん?」

「どうしたんだ?かがり」


上を見上げるも、なんだか珍しく真剣なまなざしで見下ろされ続ける。


「……ん!」

「……ん?」


……なにかを言うんじゃなかったんだろうか。


なんだろ、「んっ!」って。


「……んもうっ! ……ゆりかちゃんと私。 私たち、私たちも振り袖着ているのよ! りさちゃんたちよりも先にお披露目したのにまだ全然感想を聞いてないのだけど!?」


静かすぎたのは静かに怒っていたらしい。


いや、言ってよそういうの……男は言われないと分からない生きものなんだからさ……何が「察して」なの、察する材料さえなければどんな探偵さんだって迷宮入りまちがいなしなんだよ……?


「うん……普段君が好んで着ているような私服と同じイメージのその振り袖、振り袖の柄に劣らず豪華になっているその髪型とかんざし。 君にとても似合っているよ」


「……ようやく聞けた。 ふふっ、ありがとっ」


「響さんの褒め方ってすごいわよねぇ……大胆で。 マジメに言われると逆に冷静に受け取れちゃいそう」

「は、はわ……」


女の子、女性を相手にするときは言葉を尽くさないといけない。


できるだけくみ取って先回りしてあげないといけない……それがたとえ女の子同士であっても。

「分かる」って言うのはとっても大事なんだ。


「それじゃ、新年までもう……30分くらいだし、ちょっと早いけどお蕎麦、用意してくるわね?」


「響ちゃん響ちゃん! 食べきれなかったら私が食べてあげるから量の心配はないわ!」

「あぁ。 信頼しているよ」


その食欲の、ただの1点だけは信頼できる。

だっていくらでも食べられる子だもんな、くるんさん。



「うぐ」


狭い。

ぎゅうぎゅうだ。


いくらこたつだからと言ったって、親戚の……田舎の親戚のところにあるそれよりもずっと小さいものなんだ。


だから僕たちはこうして狭いけどテレビとこたつがあるって言うところに案内されているわけで……そんな中運ばれてきたお蕎麦を食べるためにって5人が足を突っ込んだらこうなるよね。


「……さすがに5人はムリだったんじゃない?」


いつもと比べてなんとなく弾まなかった会話もそこそこに早速に巫女りんが代弁してくれる。


「いいのいいの、この場所がいいのよぅ。 わかる? こうして狭いところの方が落ちつくんだし? しかもすみっこの部屋っていうのがまたいいのよねぇ」


「……でもずるいわゆりかちゃん! 響ちゃんとそんなにくっついて真横で過ごすなんて! 私もしたいのに!」


こたつってのは、おおざっぱに言うと、低いテーブルに布団を敷いたもの。

そしてテーブルってのは正方形なわけで、つまりは4人が向かい合うためのもの。


だけどここには5人居る。


「じゃあ男の僕は離れたところに……」ってしようとしたらゆりかがぐいぐい入って来て、僕たちはちっこいもんだから収まっちゃって。


だからさっきからかがりがやきもちを焼いている。

友達同士でくっつけないって言うやきもちを……子供か。


「かがりんはほんと響がお気に入りだねー。 だけどかがりん? ……響は今日は私のもんだ、渡さんよ」

「僕は君のものじゃないんだけど……」


一応で文句を言った僕のことをじっと見てきたゆりかは、今気がついたかのように僕の髪の毛をじーっと見つめつつひと房持ち上げてしげしげと見つめている。


「?」

「いーじゃん響、今日くらいさー。 うわほんとーに長っ、んで蛍光灯に透けるってどんな髪質なん!?」


「……綺麗な髪です……」

「ため息でちゃうわよね――……」

「良いわね――……私も銀髪とか良かったわー」


「響、アルビノとかじゃないのよね?」

「え? うん……日光に当たるとどうなるわけじゃないからね。 少しみんなよりは弱いけど」


確かに色素の薄い髪の毛と肌、赤い目っていうのはアルビノの特徴。

うさぎさんとかそうだよね。


ずるずるずるずると、ただもくもくと麺をすする音だけが聞こえるようになって静かになって、しばらく。


普段なら食べている途中でもひとくち食べ終わるたびに話し始めているこの子たちも、さすがに放っておくとあっという間にだらんとぶよんとしてしまう麺類には勝てない様子。


あと年越しっていう絶妙なタイミングの期限もあるわけだしな。



☆☆☆



この瞬間だけは、もう20回以上経験しているはずだけど、でも、ちょっとだけわくわくする。


『…………5、4、3、2、1……新年おめでとうございます!』


テレビの前の人たちとみんなが無意識につぶやいていたカウントダウンが終わり、ゼロのタイミングで鐘が鳴る。


たったのそれだけで年が明けた。

ただの暦の上でのシステム上のことなんだけど、でもなんだか特別な気がするこの一瞬が好き。


「……ふう」


去年から今年も無事に……あれから魔法さんが発動せず、冬眠も3ヶ月半で終わってくれたおかげでぎりぎり……かなりぎりぎりでこの瞬間を迎えることができた。


この子たちと。


もう1週間ばかり寝過ごしてたらクリスマスどころかお正月さえ楽しめなかっただろう。


「あけましておめでとう! 今年も楽しい1年になるといいわねっ」


むしゃむしゃとお菓子をほおばっていたかがりが、ごくんと飲み込んで1番に言う。


「……おめでとうございます。 そうですね、いい年に……私、体育とか……出てみたい、です。 みなさんと一緒に、軽くでもいいので走ってみたりしたい……です」


「お、抱負ってやつ? さよちん良いねぇ」


ぺこりとお辞儀をして前髪がみんなふぁさっとこたつの上に乗るのを眺める。


「おっめでとー」


……そして巫女りんが甘酒でちょっと……いやこれ酔ってない?


大丈夫?

こういうのって学生はやばいんじゃない?


「そうよねぇー、けっきょくー、夏休みの終わりに立ててた計画ぅー、ほっとんどできなかったしぃー? ねぇー?」


……顔は赤くていつもの元気さがとろんとなっていて、着慣れているせいか座椅子を倒してだらしない格好をしている巫女りん。


というより、これ、甘え声ってやつだったりする?

同世代の男子が聞いたらやばそう……僕でさえどきってするし。


「私たち4人だけだったりー、クラスで話してたら聞きつけられて一緒に来たりしたー、他の人とかもいたけどさぁ――……」


「ひっく」とかしてるし……いつの間に?


甘酒?

甘酒ごときで酔っ払っちゃったの?


「……響さんがよくなってぇー、また長時間出かけられるようになったらきっとぉ、今度こそよー? せっかく仲良くなったんだしぃ悲しいじゃない――……」


いつも以上にとりとめのない感じの話し方になっているけど……まぁ中学生にとっては、アルコールが入っていないことになっているはずだけど微量は入っているっていう甘酒をがぶがぶ飲んだらこうなるのかもね。


「そだねーってりさりん……だいじょぶ?」

「だいじょーぶよぉ――……慣れてるしぃーあははっ」

「こりゃアカン。 学校にバレたらアカンやつや」

「なぁんで関西弁になるのよあっははは!」


「痛い痛い! 背中ばしばしやらないで! 縮む!」

「縮む身長なんてあんたにはないじゃないのあはははは!」

「よーし、普段からどう思ってるのかよーく分かったよりさりん……覚えてなさいな……」


そう言いつつもぞもぞと抜け出したゆりかは笑いこけているりさりんの後ろへ。


「ほれ、お水飲みな」


なんだかんだでやっぱり仲が良いらしく解放しだした彼女。

これって飲み会とかで見る場面なんじゃ……まぁ僕はそんなの出たことはないんだけども。


「とりあえず大丈夫っぽいから大丈夫。 ん? 私もちょっと酔っちゃってるかな?」


またもぞもぞと僕の肩につかまりながら入り直してくるゆりか。

ちらっと見てみるけど、裾を抑えて大変そう。


「やんっ」

「……」


やっぱり着物だとそういう動作、難しそうだな。

というか高そうな生地なんだけど、こうやってこたつとかに潜って平気なんだろうか。


「……ま、りさりんの言うとおりでさ? 夏祭りとか9月の終わりとかでもけっこーな近場でやってたりするとこあったし? そーいうところで浴衣とか着て遊びたかったもんねぇ、5人そろって。 あ、もーぜんっぜん気にしてないよ? だって病気だもん、しょうがなかったんだからさ」


さっきのさよのに釣られてか、口々に今年の抱負……そのほとんどがみんなで出かけたいところとか遊びたいことしかないのが気になるけど、そういうものの話に移っていく。


……この子たちはこうして毎年、少しずつ成長して。


仮説どおりに僕がこのままだったとしたら、もう何年か経ってしまえばきっと――少なくとも見た目は大人と子供の関係になる。


いつかはお別れの日が来る。


僕がそういう友達って居なかったもんだから、今になって急に惜しくなっているだけなんだ。


「……みんな」


そう思ったら口が勝手に動いていた。


「あら響ちゃん?」

「およ?」

「なぁーにぃー?」

「……どうか、しましたか?」


……今日はなんだか楽しさの中にしんみりが入っているからか、ぽそっとした1回で僕の言葉がみんなに届いた様子。


うん。


1年の始まりとしてはいいスタートかも。

こんなことで喜ぶのもどうかって思うけど、でもちっちゃい声でも聞いてもらえるのは嬉しい。


「……みんなは将来の夢とか―――◆◆◆◆◆◆◆◆」


一瞬……なんだかよくわからないけど、なにか細長いものが僕めがけて飛んでくるような感じがしたんだけど……でも、なにもないよね……僕もちょっと酔ってるのかな。


……甘酒で?


無い無い。


「っ……」


一瞬だけ視界がぶれる……というよりはなんだか体に軽くぶつかってきたような揺れたような叩かれたような、そんな感覚。


……変なの。


不整脈かな?


ほら、今日は珍しくお酒呑んでないから……この時間に。

あるいは夜更かししてるからかもね。


「ん? どしたの響」

「いや、なんでもないよ、気のせいだったみたいだ」


なんか言い損ねたけどせっかくみんなが注目して聞いてくれているんだし、聞いてみよう。


「それでみんなには『将来の夢』っていうものが――――――」

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