16話 雪の中のクリスマスとねこみみ病

「ひぃぃぃ……」


寒すぎるのって声出ちゃうよね……暑すぎるときもだけど。


そのくらいに外がすっごく寒い。

それはもう、家の中とは比べられないくらいには。


……お風呂でそれなりにあったまってから出たんだけど、本物の寒さには勝てなかったらしい。


普通寒い日なら相応の格好をするのに今の僕のベースが秋物……それもまだ寒くない秋物でその上にぶかぶかの男物を羽織る形だからそこまであったかくないんだ。


……無理にでも買いに行くしかなかったみたい。


ずっと寝ていた影響なのか、体、ちょっと歩いただけでものすごーくだるーくなったし今日じゃなくてもとは思う。


どうにかしてたどり着いた駅前も、どこもかしこも人だらけだ。

しかもみんな長靴と傘で動くもんだから大変なことになっている。


「…………あれ」


デジャヴ。

既視感。


ここはちょうど、僕が「アイドルやらない?」って絡まれた場所で――。


「……まさか!」


イヤな予感がした僕は必死になって、髪の毛がほっぺたをぱしぱしと叩いてうざったいくらいに頭をぐるぐると目に見えるひとりひとりを見てみたけど……ただの杞憂だったらしく萩村さんも悪魔さんの姿も見当たらない。


デジャヴじゃなかった。

ただ警戒しすぎただけだったらしい。


まぁ、さすがにそうだよね……あんなことはそうそう無いよね。



でも万が一があるからってささっと服も最低限のものを揃えた僕。


こうしてセーターとか着てみるとさっきの服装がどれだけ無謀な冒険だったのかがわかるけど、あぁいった非常時はしょうがないしなぁ。


……長靴にふかふかの子供用コート……ボンボンの付いた帽子も被ってる僕はどこから見ても子供でしかない。

やっぱりアイデンティティーにずきずき来るけどしょうがないことなんだからしょうがないんだ。


よく考えたらあったかい上下と上着……ひざ丈のコートだけど、それから靴まで揃えておいたついでに下着も買っておきたくなったから移動中。


だって寒いし。

座っているだけでお尻からじんわり寒さが来るんだ。


「よっと」


「エスカレーターのスピード、もっと速くなればいいのに」って前は思ってたけど幼女になってみると遅い方が安心できるって知ったそれから下りる僕。


「……………………ん」


なんか声があちこちに反響している……走ってる音とかも?


何人かの大人――男性だな――大声を出しているのがここまで聞こえてきて胸がぎゅってなる。


こんなところで、クリスマス前の浮かれているこのときに……ってことは色恋沙汰とかな。

……いやいや、かがりの恋愛回路しか備わっていない思考に汚染されすぎている。


……エスカレーターで移動してる?


そう察した僕は急いで目的のお店に行って隠れるようにワゴンの傍に。

なんとなくで手に取っていた桃色の毛糸ぱんつを手に取りつつ耳を澄ませてみる。


両手でもみもみしながらじっとエスカレーターと階段のある方向を見る。


エスカレーターをだだだっと駆け上がる音に続いて女の子がふたり飛び出すようにして上がってきたのが見える。


エスカレーターの下のほうを見やりつつふたりで何か相談をしているらしい。


ふたりともその辺にいそうな普通の格好の女の子だ。

こんなに暖房効いたところでコートを着たまま走っていたらしいから暑そう。


だけどあの髪の毛と顔、どっかで見た覚えがなくもない感じ。


「うーん」


毛糸の感触を楽しみながらこっそり眺めていた僕は思い出す。


……あ、あのときの子たちだ。


えっと、萩村さんに送ってもらったときにいい匂いの香水とかしてた子たち。

直接会ったことはないけど車の中の匂い越しに一方的に知っているんだ。


あと、この前テレビとかで少し見た覚えがある気がする。

アイドルとか言っていた気もするなぁ。


そんなふたりはどっちに行こうか言い合って、指さして行きかけて、やっぱって感じでたたらを踏んでいる様子。


背の高い方は明るい緑色で小さめのメガネをしていて、りさりん程度のちょうどいい長さと量の髪の毛をそのまま下ろしている感じ。


あとおしゃれな帽子もかぶっている。


それで背の低い子はというとけっこう大変そうな長さの髪の毛……まぁ僕ほどじゃないけど……をよく知らない感じに結っていたりして、後ろはポニーテールっぽい感じで明るい茶色に染めている様子。


「!!」


……緑メガネさんがぴっと立ち止まったかと思ったら、なんだか僕を見ている。


視線がぱちっと合った感覚。


なんで?


僕、こんなに離れたところの女性服売り場のワゴンにもたれかかってぱんつもふもふしてるだけなのに?


こんな背の低い子供じゃなくて鍛えてそうな男の人探した方が良いって思うよ?


ほら、このとおりに毛糸のぱんつをもふもふもこもこするしかできてないし?


けど……ガン見されている気がする。


そうして緑さんが目をそらしてくれると思ったら今度は僕を指してふたりでひそひそひそひそとしている様子。


……まさかね?


止めてね?

僕を巻き込むの……って。


「…………っ!」


2人はうなずき合うと僕の方に走り出す。


なんで?


思わず身構えたけど……コートが重いのか疲れているのかよたよたとこちらへ走ってくる2人を見て気が抜ける僕。


背の高い緑メガネさんはわりと余裕そうだけど服が重そうなのが僕でも分かるし……でもなんで……?


……あの子たちは僕の方へ一直線、たぶん10秒もしないで来ちゃう。

そうしたら追いかけてきた人たちもじきに来てめんどくさくなる。


でも……昨日まで見ていた夢の中の突拍子のなさに比べたらどうってことはない気がする。


そんな不思議な感覚。


修羅場を経験するとそれ以下はなんてことないようになるよね。

あの夢が修羅場だったのかは置いておくとしてもやっぱり慣れって大事。


「……よしっ」


ぐっと両手を握ったって思ったらまだ毛糸のぱんつがあったからそっと戻す。


そうして冷静に見回すこと少し。


ここは女性用の下着売り場……ランジェリーだっけ、と子供服売り場の境目くらい。


お店にいたはずのお客さんとかは外からは見えないところのすみっこのほうのレジに……店員さんと一緒に集まって呑気にも結構な大声で笑い合ったりしていて、まだ騒動に気がついてすらいない様子。


だから、見つけられる前に隠しちゃおう。


いや、別に放っておいてもいいんだけど……そこは僕が男だって言うアイデンティティーで逃げてる女の子たちを見過ごせないってだけだ。


だから僕は更衣室に駆け寄って荷物をぽいぽい投げ入れて靴を脱いでカーテンから頭だけを出して、そのふたりへくいくいっと手招きをしてカーテンをつかんだ試着室を指さす。


これで伝わらないんならそれまでのこと。


「!」


だけどその子たちはどっちも僕の無言のジェスチャー……だってとっさに言葉出ないし……に反応して走ってくる。


「……ありがとうございますにゃっ」

「ありがとっ」


今「にゃ?」って言わなかった君?


……あぁ、テレビでもそんな語尾してたような?


プロの根性ってのはこんなときにもすごいらしい……良く見たら猫耳と尻尾のアクセサリー付けてるし。


「……この階だな!」


「こっちの方へ来たはずだ!」

「本当だな!?」


この子たちを追ってきていた人たちはなんかやばそう。


……ちょっと怖い。

けど、それは追いかけられていた本物の女の子たちの方がずっとのはず。


「……ね、やっぱ迷惑かけちゃうし」

「にゃ……でも今出ても……」


「いいから、そのまま」


僕に迷惑が掛かるかもって思ってるらしいけど、もうここまで来たら変わらないから押し止める。


……次第に聞こえてくる声から察するに少なくとも5、6人。


「すみませーん、ちょーっと入りますねー!」

「こ、困りますお客さま! 報道関係者の方なら先にアポのほうを」


「今はそんな余裕ないんだよ!」

「大声は止めてください! け、警備員を呼びますよ!」


さすがに気がついたらしい店員さんが止めようとしてるらしいけど……女の人1人2人で血相変えてるだろう野太い声の男たちを抑えるのは無理だよね。


「ちょっと、店にいる客とかに撮られてネットにアップされたら不味いっすよ」

「しかしこのチャンスを見逃すわけには!」


「じゃあ女の私たちが行ってきますから。 外に逃げだそうとしてきたらお願いします」

「分かった」


あ、女の人も居るんだ……ランジェリー売り場でもあるもんね、ここ。


「というわけでー、私たち女だけなら問題ありませんよねー?」

「い、いえ、でも」


「買う意志あるんで客扱いですよねー? ねーねー、どれにしよっかー!」


「……せめて他の方のご迷惑にはならないよう。 ご試着されている方もいらっしゃいますから邪魔は」


「……! 試着室! 行ってきますっ」

「あ、あのっ!」


店員さんの……多分僕を見てたんだろう、気配りがアダとなった様子。


まぁ今のはしょうがないって思う。

ヘンな人には理屈通じないもん。


「……ここ」


僕はひそひそと声をかける。


「え? あの」

「ここ。 コート脱いで頭から被ってなるべく小さく小さくなって」


「にゃ? でも、それくらいじゃ」

「早く。 すぐ来そうだから」


アイドルさんたちにもまた有無を言わせない感じで、普段のかがりにするみたいに簡潔な指示を出しながら僕ももぞもぞ脱ぎ出す。


カーテンをちょっと開けただけだと死角になる入り口。

明るいところからだとよく見えないスペース。


……そこにふたりを隠すんだ。


でもあの人たちなら「そこちょっと見せて?」とかやりかねないから……丸まってくれた2人の上から僕の着て来た服を被せていく。


僕が来ていたコートとかカーテンから手を伸ばしたらつかめた適当な服とか僕のセーターとかシャツとかズボンとかをばさばさと被せていく。


「えっ……」

「そ、そこまで……にゃ?」


うずくまりながら服たちの下敷きになってスキマから目だけがこちらを向いているおふたりさんがなにかを言いたげな顔つきだけど、唇に指を当てて静かにしておいてもらおう。


「しー」


ズボンを脱ぐとさすがに寒い。

けど暖房が効いてるからしばらくは大丈夫なはず。


「む」


鏡に映っている僕はシャツ1枚。


……こういう外でこういう格好になるって……なんかどきどきする。


「すみませーん緊急なんですーちょっといいですかー?」


やっぱり無理やりに来るらしい。


……女の子って同性だと結構強引だよね……かがりとかがりとか。

あの子のおかげで相当な耐性が着いたって思う。


「えっとですねー、はぐれちゃった人がいるんですけどー、大切な用事ですぐに行かないと困っちゃうんですよー! 土壇場でやだやだって逃げちゃったんで顔見知りなんですけどー!」


そんな、僕が苦手なタイプの女の人の声。


「――――――えっと、なんですか?」


それに対して、あえてカーテンを半分くらい……控えめって感じに開きつつ、上目づかいで見上げる僕。


上目づかいには慣れている。

こうすると、特に女性にはきゅんと来るらしいって言うのも。


多分庇護欲煽るんだろうね……だって幼女だし。


「ぼ…………、わ、わたし……今、着替えてるんですけど……」


ことさらにあざとく、儚い幼女を意識して。


こういうときには下ろしている腰までの薄い色の髪の毛が強烈だ。


見下ろしてくる女の人たち……思ったより普通な印象の人たちだ……は、僕の顔を見て気の抜けたような表情をして。


それから僕の髪の毛へ、そして体を見てからようやく「しまった」って感じになっている。


さらに今の僕は胸元だけボタンを外してはだけさせていて、その間からは……少しでも温かくなりたいから買っちゃったあったくてかわいい感じのブラジャーが覗いている。


僕の見た目のインパクトで本当に着替えている途中だって見えるだろう。


ぱんつはシャツの裾で隠れるから恥ずかしくないし、ズボンだとインパクトないしって脱いじゃってふとももの際どいところから片方の靴下まではっきりと見えているはずの僕の白い脚。


同性でもぽけーってなるのはかがりで証明済みだ。


……あ、「わたし」って言ったのもしかして初めてかも?


まぁ特にこだわりはないから良いけども。


「……あ、ご、ごめんねー? 人違いだったみたい!」


無事に成功した証として女性が子供に話しかけるとき特有のトーンと話し方になっている様子。


しゃっとカーテンを閉めてくれたけど……顔、真っ赤になっていたのなんでだろ。

女性が……普通の人だったよなぁ……こんな幼女の半裸を見たからってどうこうなるわけもないしな。


うーん?


……あ、下で見上げてきてるふたりも顔真っ赤。


いや、女の子なら学校とかの着替えでお互いの見えるから慣れてるでしょ……?


「……こっちには居ませんでした!」

「ちっ! じゃあさっきのは見間違いかよ!」


まーたどたどたどたとせわしい音……すぐにエスカレーターを駆け上がる音と一緒に消えてひと安心。


「……お客さま、大変失礼しました」


ほっとしていたらカーテン越しにさっきの店員さんの声。


「ごめんなさいね? 怖かったでしょう……すごい剣幕で……えっと、みんながわーっと来たもんだから私、止められなくって」


「いえ、平気です」


僕は男だし、別にふとももさらしたって全然平気だしな。

ガワも幼女だし見られて減るものなんてなにひとつとして無いんだ。


僕のぱんつを見せて何かが解決するなら喜んで見せるよ?


……ん、そう言えばふたりともずっと丸まってて疲れないのかな。


顔赤いままだし……酸欠?


「……もう大丈夫みたいですよ?」


「……あ。 ほ、本当ね……」

「たっ……助かったにゃあ……」


どさどさと服の山が崩れて下敷きになってもらっていた緑メガネさんと茶色ポニーさんがもぞっと出てきた。


……まちがえて乗せちゃった毛糸ぱんつが頭に乗ってる。


「?」


それを手に取ってみて調べている。


「……!?」


少ししてそれが自分の頭に乗っていたのに気がついたらしい。


「……た、助けてもらったんだから……」


心なしかしょげている。


……まぁ新品だし、文句はない……よね?


助けたんだし?

全部僕のためなんだけどもこの子たちのためにもなったんだし?



「……私たち、ほんとうに助かったのね……」

「ようやく実感してきましたにゃあ――……」


あの後こそこそ店員さんたちの助けを借りてエスカレーター伝いに移動して、試着室から喫茶店の隣のレストランにまでたどり着いて「さすがにここなら来ないでしょ」ってなってひと息つく。


「いやー、ほんっと助かりましたぁ」

「いえ」


ついでに僕も何故か席に座っちゃった。


「あのまま私たちだけだったら、きっとすぐにあの人たちに見つかっちゃってまたカメラの前に引きずり出されて質問攻めに遭うところでした。 あー、こわかった!」

「ほんとうでしたにゃあ……ほへぇ」


にゃあ?


なんだかさっきからにゃんにゃんと耳に残る語尾で改めてもうひとりを見る。


猫系の芸能人、アイドルをやってるらしい緑メガネさんもとい緑メガネ猫尻尾さん。

だってこんなときなのに猫耳と猫しっぽのアクセサリー外していないし……筋金入りだな。


根性がすごい。

やっぱりプロは違うんだ。


「実は私たちですね、ちょっとしたインタビューを……それもここじゃなくて別のところで受けていたんです」


あ、別に事情とかは良いです……って普通の人はならないから言わなきゃいけないよねって当然のようにしてしゃべりだすポニーさん。


「けどですね、そこへ突然って感じで……警備員の人とかを押しのけてあの人たちが無理やり入ってきて強盗みたいに押し入るっていう感じだったんです」


さらさらと話しているポニーさん。


「それからですね、そばにいた人たちの助けがあってなんとか逃げ出すことはできたんですけどにゃ?」


一緒に説明してくれようとしているのはメガネ猫さん。

けども……その、なんかギャップがすごい。


真剣に話しているのに猫耳とか尻尾って。


「ここに駆け込んじゃって、どんどん上に追われて袋のネズミでしたし」


猫が鼠。


……ただの比喩表現だったらしく、普通にため息をついていた。

良かった、「はは……」とか愛想笑いしなくって。


「にゃっ」


僕はじっとその尻尾を見る。


必ず語尾に……いや、聞いていたら必ずしもじゃないみたいだけど、でも「な行」がみんな「にゃ行」になるわけでもなく、ただただ語尾に「にゃ」を着けるっていう完全にキャラクター作りをしている様子の猫耳しっぽ語尾緑メガネさん。


語尾はともかくカチューシャで着けているんだろう猫耳も腰のあたりに固定しているんだろうしっぽも、声とか体の動きに合わせて動いているように見えるのは……気のせいじゃなさそうだ。


「……初めて見たときには男の子っぽい印象だったんですけど、女の子だったんですね。 勝手にヘンに思い込んでいたので……なんとなく謝らなきゃって思ってですね?」


「あぁ、あれにはびっくりしましたにゃ……この相方なんて男の子がズボン脱ぎだしたと思ってからに、ズボン脱いだところをガン見してほんっとショタあいたたたた!!」


大丈夫、僕はそういうのに理解あるから。


「気にしていませんから」

「ほんっとーにしっかりした子ですにゃ」


僕は大人だからいちいちの子供扱いにはなんにも感じない。


なんにも感じないんだ。


「……しかし、しかしですよ?」

「え?」


「その年でその美貌……! 褒める分には良いですよね、あ、これお世辞とかじゃないですからね! 雰囲気も普通じゃない感じで話し方も知的クール系ですし、帽子とか格好次第じゃ子役も、いえ、それ以上行ける!」


「ちょ、ひかりさん止めましょうにゃあ」


……あれ?


この流れ、半年前にも……。


……まさか、デジャヴ……?


「男性はもちろん、きっと女性ファンもたっくさん期待できますよ! 中性的で私だってどきどきしちゃいますもん! 顔も髪の毛もその目も素敵で話し方も格好良くって。 どうですか? 私たちとアイドル、いっしょにやってみません?」


この体、僕のじゃないから褒められても嬉しくないんだ……あ、でも話し方のところだけは嬉しいかも。


「ひかりさぁーん……『あの人』みたいな唐突な勧誘は止めましょうにゃあ……ほら、ナントカ詐欺の勧誘みたいで結構みんな引きますし……」


「……えっ……ウソ。 私、今、あんな感じに……?」


「そうですにゃ? あと、助けてもらったばっかりでそんなことすると……さっきのがぜーんぶこのための演技だなんて思われたって仕方ないですにゃよ? 」


「……分かっていますから気にしないでください。 それに、もし、仮にです。 あれが全部演技で貴女達が危険な目に遭っていなかったら……安心したって思いますから」


「………………ほぁ……」

「にゃ……にゃあ……」


一瞬の間があって「僕が疑ってませんよ」って言うのに安心したのか顔を赤くして静かになった2人。


「?」


女の子って……全然話す機会を持ったことがなかったんだけど、やたらと恥ずかしがるよね。

同性なはずの僕に対しても。


やっぱり喜怒哀楽が……良い意味でも悪い意味でも激しいんだろうね、女の子って。


「それで、そのー。 えっと、一緒に」

「お誘い自体は嬉しいんですけども」


「じゃあっ」

「ですけど僕は人に見られるのが好きではないのでお断りします」


こういうのはきっぱり言ってあげるのがその人のため。


「以前にもそういう話ありましたけど、そのときにも同じようにお断りしたんです」

「そ……そう」


ポニーテールがさらにしょぼくれる。


「にゃっ……にゃっ!」


ばっさりした僕とばっさりされたポニーさんを交互に見ていた猫さんが気まずい雰囲気ってのに押されてようやくに話題変えてくれるらしい。


「ところでっ! ところでなんですけどにゃ? もひとつお願いしたいことがあるの思い出したんですにゃ!」


「なんでしょう。 働くの以外なら」

「あ、ホントに違うので安心してくださいにゃ」


尻尾をくいくいって動かしながら全力で「違う違う」しているのが気になる。


「で、そのですにゃ? お恥ずかしい限りですがにゃー、私たち逃げてくるので夢中でスマホを……なので、ここまで来たら迷惑ついでに……えっと、そちらのスマホとかちょっと電話かけるくらいでいいので使わせてもらえないかにゃあ、なんて」


「たしかに今のままだと連絡の取りようがないからねー。 電話番号だって昔みたく覚えたりしていないし、そもそも電話だって今はアプリでだし」


「……あ」


ふと思いついた僕はごそごそとスマホを取り出す。


「そういえばなんですけど、おふたりとも……萩村って言う方と今井って言う方とお知り合いですよね?」


今井さんの方はふたりの会話で出てきてたし、萩村さんの方はテレビでこの子たちと一緒のところを見てたから僕が知ってる。


なんとなく自分のスマホを人に渡すのってものすごく抵抗あるから僕が電話しちゃえば良いよね。


「え……、あ、あれ? 私たち萩村さんたちのこと」

「話したかにゃ? あ、今井さんは話したかも?」


「以前の話というのが、その方たちからのお誘いだったので」


まぁ地元ってことになるし、行動半径的におかしな話じゃないし。


……ぷるるるって緊張する音の後の彼の声は焦ってる感じだった。


『萩村さん、ご無沙汰しています、響です。 以前お会いした……お誘いをいただいた。 えっと、覚えていらっしゃるかはわかりませんけど背が低くて薄い色の長髪の……はい』


息が切れる感じの答えが来る。

多分この子たちのために走ってるんだろう。


「たぶんその件なんですけど……ちょっと待ってください。 あの、おふたりのお名前は?」


「へ? あ、岩本ひかりです……?」

「島子みさきですにゃ!」


「岩本……さんと島子さんと、今一緒にいるところなんです。 おふたりが萩村さんたちに連絡を取りたいって聞いて連絡していて……はい。 目の前に居るんですけど……代わります?」


予想外だったのか、僕の耳に萩村さんの……ちょっと笑っちゃいそうな声が聞こえてきた。



「車、30分後くらいに来るそうです、ここの地下の駐車場に」


ぽかんと口を開けているふたりに言ってあげる。


……どうやら僕の流暢さに驚いているな?

さっきまでは押されて全然話せなかったもんね。


「……萩村くんを知っていて、しかも連絡もしてくれて……さっきまでの私たちの逃げ回って逃げ回っての苦労って一体……」


それはまあ偶然って言うことで。

偶然に見えないけど実際そうなんだしな。


「さっきに続けてまたも重ね重ねですにゃ、申し訳ないですにゃ」

「いえ、乗りかかった船ですし」


こんなセリフ初めてだ……こんなシチュエーションも初めてだし大半の人はそうだろうけども。


「いやぁ……うん。 まぁ、楽に済んだって考えとこっか……なんかすごすぎて逆に落ち着いちゃったもん」

「ですにゃ。 もう1回ありがとうございますにゃ」


「……って! 恩人の子に自己紹介もしてなかったの忘れてた! ごめんなさい、私、岩本ひかりって言うの!」


茶色ポニーさんが岩本ひかりさん。


「わたしは島子みさきですにゃ!」


緑メガネさんが猫……じゃなくて、島子みさきさんと。


◆ ◆   ◆

そういえばそんな名前だった気も◆  ◆◆


       ◆◆◆◆           ◆◆  ◆◆◆            ◆◆ ◆               ◆


あれ。


この感覚……つい最近感じたような◆◆◆が、僕の、目の前…………、いや◆、頭の中で◆◆◆?


ざりざり。


じゃりじゃり。


ちみちみ。


正常なのに異常、そんな変な既視感……っていうのはおかしいけど、そんな感覚がどこからか蘇ってきて。


それで、目の前にも、なんだか砂嵐のようななにかが ◆◆◆◆◆◆◆◆◆。


 ◇   ◆◆        ◆◆◆ ◆◆◆     ◆◆◆         ◆


……2人の声が聞こえているはずなのに聞こえない。


五感が薄い。

薄っぺらい。


偽物みたい。


あの夢の中で味わったばっかりの、このイヤな感覚。

それが僕を包んで離さなくってもはや目の前のふたりの会話は耳に入らない。


夢の世界、あっちから離れるときもそうだった。


ふたりの顔も目の前の料理も部屋のお金がかかっているらしい内装とかも、そのぜんぶがどこかぼやけていて、ずっとってわけじゃないけどアナログ的なモノクロの縦線とか横線とかが入っていて、つまりはすり切れてぼやけたビデオテープみたいになっていて。


……ここは夢の中じゃないはずなのに。


がんばって踏ん張るおかげでなんとか意識だけは残ってるらしいけど、またいつどうなるのか分からない。


あ、でもなんか、この前のとは違う?


僕は気が付く。

ここから先のやつ、意識が遠のいたりよくわからない光の狭いところを抜ける感覚とか、これ以上砂嵐がひどくなるっていうあのときの感覚が無いなって。


あれぇ……?


両手でにぎにぎぺたぺたさわさわしてみる。


……手のひらと指の感覚から触ったところまで、ちゃんと確かにある。


感じられる。


試しに目の前のお茶をすすってみる。


「……ずずっ」


1口食べてみる。


「もむ」


……食器を触った感覚がある、味覚も、嗅覚もある。

ごくんと飲み込めばお腹の中に送られる感覚も……たぶん、ある。


……なんかよく知らない内に収まってきてる……?


いや、でもおかしな感じは続いてるし……うーん?


しばらく考えてたけども人って変化がないと落ち着いてくるらしくって、だんだん冷静になってきたから目の前のふたり、ポニーさんな岩本さんと猫メガネさんな島子さんを見てみる。


よく観察してみると、そのふたりが会話している相手のはずの僕が相づちどころか返事どころか反応さえなんにもしていないのにそれをおかしいとは思っていないみたいで。


それどころか僕が返事したり話しているのを聞いているかのようなそぶりさえ見せていて。


……雰囲気から察するに、さっきの自己紹介のあとの会話ってやつ……っていうか説明っぽい感じだけどそれを続けているらしい。


僕が話していないのに、目の前の人たちにとっての僕は普通に話している。

まるで「僕じゃない誰かと話している」感じ。


それは……すっごく怖いもの。


けど、自己紹介。


……もしかしたらこれが魔法さんの逆鱗に触れちゃった可能性があるかもな。


だって「僕は男」って言っただけでみんな変になるんだ、それ以外にも何かあるかもしれない。

今までたまたま……会話の内容的に大丈夫だっただけで。


「僕が男」って言うのはこの姿とすごく矛盾すること。


だから魔法さんが変なことするんだって考えてみると彼女たちの自己紹介の中で出てきた何かが引っかかったって考えることもできる。


あれ、でも僕が黙りこくってるのに全然気にしている風がない?


……こんがらがってきちゃったから、とりあえずで「他人の僕に対する認識を歪めるような作用」をしているものだって思っておこ……相変わらず因果関係が不明だし流れ的には今までの逆だけど。


時計を見てみると15分以上は経っているらしいのが確認できる。

ということはあと同じくらいしたらお店を出て地下に……ってことになる。


くるくる変わるふたりの表情とイントネーションとジェスチャーでなんらかの説明とかコントとか質問とかされているらしくって、変な顔しないから僕もちゃんと返事したことになってる様子。


「………………………………………………」


そういえば確か。


――飛川さんに対して僕が「前の僕が男でしたよね?」って言ったとき。

――スーパーとかで僕が「成人してます」って免許見せながら言ったとき。


どっちでも僕が話したから前の状況が変わった……上書きされた?


……それなら。


「……あの、すみません」


相変わらずに理解できないふたりの話す声。

だけど注意が僕にはっきりと向けられていて耳を澄ませているのだけはわかる。


……これもお隣さんのときとおんなじだ。


なら。


「あの……話の途中で流れを切ってしまって申し訳ないんですけど、どうしてもひとつだけ伝えておかないとって思いまして」


「何?」「何だろ?」そんな反応。


岩本さんのポニーテールが傾き、島子さんのしっぽがくるんとはてなになる。


……やっぱり僕が言ったことは通じている……なら大丈夫。


それなら、僕が普通なら言わないようなこと。

もう慣れきってるから僕的にはどうでもいいこと。


でもきっと他の人が聞いたら「そりゃあ据えかねて話の途中で怒るよね」って思うようなこと。


――魔法さんが動くはずの認識。


「さっきから女の子女の子って……これまで言わなかった僕も悪いですけど、僕は――「男」、なんです。 こう見えても、男なんですけど?」


ソレを口にしてみた。


そう言った途端にさぁっと波が退くような感覚。


そうして僕は――中途半端な夢の中みたいな状況から戻って来られたって感覚で理解した。


あれ……ひょっとして僕が男ってのを知り合いに言ったのって、前の僕を知っていた飛川奥さん以外で初めてかも?


そうしてさーっという音が引いたあとには……不意の静寂。


耳が痛いほどの静けさが僕を襲う。


……今度は何が起きる。


そう身構えていても何かが起きる気配は無い……みたい?


「……え、ウソ……冗談です、にゃ?」

「本当です。 冗談ではなく、僕は男なんです」


ちゃんと――言葉が聞こえるようになっている。


やっぱり魔法さんの謎のあれは無くなっている?


「……ええと、唐突に済みませんでした。 驚かせてしまって。 ……僕は女の子扱いされていても……こんな見た目でこんな格好ですし、慣れているんです。 けど、最近ちょっとこのことでいろいろあって……済みませんでした。 もう平気です」


よし、それっぽい感じのをうまく言えた。

子供なら癇癪くらい起こすものだから多分納得するだろう。


「……う、うん。 よーし、分かった!」


ぱんっと両手を叩いて急に声の調子を元に戻したポニーさん。


「びっくりはしたけどさ、私たちこそごめんね? 気がつけなくって……無神経なこと言ってたら本当にごめん!」

「私もごめんなさいですにゃっ」


大人だなぁ……やっぱり人生経験値が違うんだろうなぁ。

僕はニートで学生のまま止まってて、2人は小学校か中学校から社会の荒波に揉まれて。


本当、今の見た目そのまんまな関係だもんな。


「いえ、僕はそう言われるのに慣れてはいるんです。 なにより事実ですし……今のはその、僕が……」


「男の子を女の子扱いしてたら当然ですにゃ、謝る必要ありませんにゃ?」

「そうよねー。 ……さっきから不機嫌そうだったのってこれかぁ……ごめんね?」


僕が魔法さんになにかされていたときの印象はそんな感じだったらしい。


「でも、むしろ言ってくれてありがと。 気をつけていても決めつけちゃうって結構あるって知ってたつもりなのになぁ」

「私たちこそが気がつかなきゃいけませんでしたにゃあ」


すっかり砕けている……わざとだって思うけど、そんな感じで明るく話してくれているふたり。


……ああ、大人と話すのは気が楽。


「あれ? でもですにゃ?」


くるんっと尻尾がハテナっぽい形になる。


「さっき私たちをかばってくれたとき……あ、見えちゃったのでごめんなさいですけど、ブラとかショーツとか……」

「え、えっと」


……そっか、男って言ったらそうなるか。

さっきはなんにも考えずにやったからなぁ……色仕掛け。


色気なんて皆無な体だけども。


「シャツの裾から下ガン見してた先輩、どうだったんですにゃ?」

「そこまでは見てないよ!?」


「せんぱーい。 響さんがちゃんと話してくれたんですにゃ?」

「……こういう男の子ってどんなの穿いてるんだろって思って見ちゃいました……」


「ショ、ショタコン……うわぁ……ドン引きですにゃ」

「誤解なのっ」

「そーゆーの今どきアウトですにゃ」

「だから違うの!? ひ、響さんも違うからねー??」


でも……男って言いながら女物の下着。

これはどう言い訳したらいいんだろうね。


……この歳にして女装趣味とかややこしい誤解されるより本当のことを分かりやすく言った方が良いか。


女の子の体に男の心。


そういうのは……本当にそのせいで苦しんでいる人たちには悪いけど、今の僕も似た状況な以上こう言うしかない。


「……僕は、その……いわゆる心と体の性別が、意識が違うというもので」


「あぁ、性同一性障害、トランスジェンダー……そういうものですかにゃ? つまりは男の子ってことなんですにゃ?」


あっさりと納得している様子。


……時代が違うって本当なんだな。

少なくとも僕の子供のころにはここまでじゃなかったって思うし。


「でも本当にごめんね? 初対面の私たちに話しにくいこと言わせちゃって。 後でこの子の耳でもしっぽでも好きに弄っていいから許してね?」


動いている猫耳と尻尾?

もちろん許すけど?


「人を売らないでくださいにゃ! というか同罪ですにゃ?」

「年上とはいえ女の子のねこみみとしっぽよ? 男の子なら余計に、ね?」


この人……僕が男だって言ってから余計におねえさん振ろうってしてない……?


一応僕の方が年上なんだけど……?


「でもなるほど、それで納得が行きました。 だから最初にぱっと見た感じが男の子だったんですね」

「あー、確かにですにゃ?」


「あの、僕のことよりさっきのおはなしの続き、聞きたいんですけど。 ……あ、いえ」


さっきの。

自己紹介の後のなにかについて。


その話題のときにさっきみたいな状態になったんだった。


「……僕、それについては初耳だったのであんまり理解が追いつかなかったんです」

「え? でもそんなことって」

「あり得るんですかにゃ?」


……そこまで大切な話じゃなかった……?


いやでも魔法さんが発動したしな、せめてどんな話題だったかは知りたい。


「……僕は家庭の方針でテレビとかネットをあまり……」


「……あぁ、そうでしたにゃ、これは失礼しましたにゃ。 秋からずっと『これ』について解説する役割ばっかりしていたので、初めの頃にしていたようなゼロからの説明っていうものが抜けていましたにゃ」


「じゃあ簡単に説明し直しましょう!」


――これでようやく、僕の。


魔法さんの、幼女の、「これ」に関係のあるなにかについて普通の人が知っているらしい知識――あるいは関係のあるそれを知ることができる。


「みさきちゃんと私が『かかった』、見た目が変わったり何かが生えちゃったりしちゃう、けど人に移ったりはしなくって、遺伝とかでもない『病気じゃないナニカ』についてです」


――見た目が変わったり。


「いちばん分かりやすいのが『ねこみみ病』。 『病』って言うけど病気じゃないのよ? ただ最初にそう呼ばれていたから今も使ってるだけのただの名称なんです」


ねこみみ?

どういうこと?


ねこみみ?

しっぽ?


ぐるぐるしてくる頭の中。


「おぉ――……ほんっとうに初耳だったんですねぇ……」

「最初の頃はよくみんなそういう顔してましたにゃ!」


「そりゃさっきの会話について行けないわけです」

「人には事情がある……そうですにゃ、知らない人もまだまだ居るんですにゃ?」


多分僕だけだって思うけど……駄目だ、インパクトのせいで頭が。


魔法さんが僕を乗っ取るほどの何かなんだからきっと大層なものだって思ったら……ねこみみ。



僕は非常に満足している。


どれだけかって言うと、美味しいお酒をがぶ飲みしたくらい。


……人の体に生えてるねこみみってのを触ったんだ。


温かかったんだ。

柔らかくてふわふわだったんだ。


3ヶ月も寝ちゃってげんなりしてたけどもなんか元気出てきた。


「……ふぅ。 それで響さん? 今触ってもらって分かったって思いますけど、この耳もしっぽも本物ですにゃ?」

「はい」


「えーっと、みさきちゃんはね? 典型的な『ケモノ化』って呼ばれてる、いろんな症候群の中でも典型的なものなのよ」

「そうですか」


「『小さいころからずっと生えていたかのように』違和感なく自然と体の一部になるのがねこみみ病のケモノ化なんです」


……自己紹介で魔法さんが起きた。


自己紹介と言うからにはこの話題も出たんだろうし、僕に掛かっている魔法さんが何らかの形でねこみみ病に関係している可能性もある。


……どうせだから聞いてみよう。


大丈夫、キャンセルして戻って来る方法は、もう分かったから。


「えっと、その……それって、マンガとかアニメで昔からよくある……『魔法とかで変身する』っていうもの……っていう理解でいいんでしょうか?」


「そんな感じでOKですにゃ」


さらっとすぐに答えが返って来る。


「……それじゃあ……それはいきなり生えるものだったりしますか? たとえば――『ある朝いきなり生えている』とか」


「あ、そうですにゃ。 私のときはですね、もう2年くらい前になりますけどにゃ、その日の朝に起きてたら生えていたんですにゃ」


つまり、魔法さんに似ているねこみみ病ってのは生えるタイミングもおんなじ、と。


「って言うことでみさきちゃんのケモノ化についてはいいとして……実は私も同じようにねこみみ病にかかっているんだけど……分かりやすく言ってしまうとです。 響くんみたいな若い子にはまだピンとこないかもしれませんが――私のねこみみ病の症状は『若返り』なんです」


「え」


若返り。


岩本さんがかかっているって言う、ねこみみ病のもうひとつ。


若返る。


つまりは幼くなる。

それはまるで僕に起きたような。


「……その、若返ったというのはどうして……いえ、どうやって分かったんでしょうか」


「ある日を境に……って言っても私の場合もみさきちゃんみたいに正確には覚えていませんけどね。 私はたいして見た目変わりませんでしたし」


「私にはまだよくわかりませんけどにゃ、とにかく私のついでに調べてみたらお肌とかだけじゃなくて内臓とか骨とか……科学的に調べてもらったら体のすべてが明らかに高校生くらいのものだった、でしたにゃ?」


――ねこみみ病は、カラダが変わるもの。


その総称。


――成人男性から幼女は?


魔法さんのあれは?


――「魔法」、超常現象、未知の病気、ありえないもの、あるいは運命のいたずら。


魔法さん。


ねこみみ病。


もし。

もしそうだとしたら僕は。


やっぱりこの子たちに「僕もそうかも」って言えば――すぐに楽になれる。


「……興味本位。 そう、なんとなくで思いついたんですけど」


僕はとうとうそれを口にした。


「それって、その――性別が変わったりする変化。 男の人から女の人へ。 あるいは、女の人から男の人へ。 それとか、顔が親戚の誰にも似ていなくなったり……そういうのもあるんでしょうか」


……けど、すぐに返って来たのは明るい笑い声。


「あははっ、響くーん、そこまではありませんよー」

「笑っちゃダメですにゃ。 響さんマジメですにゃ」

「うん、ごめんごめん」


目じりを拭う彼女が「本当にごめんね」って言う。


「この病気……っていうよりは症候群とか変化とか変異とか呼び方も学者さんそれぞれなのでどう表現してもいいんでしょうけど、とにかくこのねこみみ病には『それはありえません』ねぇ」


「……ありえないんですか?」

「えぇ、ぜったいに」


ばっさり切り捨てられた。


だって見た目が変わるっていうことは……性別が変わったとしてもおかしくはないはずなのに。

なんでそんなにはっきりと断言できるんだろう?


「見た目が変わるとは言いましたけど、それは家族とか親しい人が見ても見た目はすこーし変わってはいるけど、でも昨日までの本人だってわかるレベルの話です」


「そうですにゃ。 なので、みみとかしっぽが生えたりした私みたいな場合には、それ以外の変化は起きません。 顔認証とかそういうもので引っかかるようになるレベルの変化は、つまりは骨格までが変わるっていうことはほんっとうにレアケースなんですにゃ」


「………………そう、なんですか」


せっかく見つけたって思ったのにな。

仲間に入れる、そう思ったのにな。

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