14話 変な夢
僕の過去を見させられる悪夢かって思ってたら謎のお色気シーンで心にダメージを負って、そうかと思えば今度はどこかの南の島にいるらしい。
まぁ夢だし……辻褄なんてあってないようなもんだし……。
「うーん? これ、どういうことなのかしらね?」
さぁ?
というか、それを僕に聞かれてもなぁ。
むしろ僕がそれを聞きたいところだし。
夢の中の人物に話しかけられるっていう、斬新な体験のまっ最中な僕こそが。
「……ねぇ。 あなた、とりあえず「響」でいいのよね? ちょっと一緒に来てもらってもいい?」
…………急に話しかけられた。
けど、なんていったらいいのかがわからない。
なんか僕の名前だけアクセントが違うし。
「……ねぇ、ちょっと、大丈夫なの? もしかして具合悪いの? どっか痛いところある?」
と、考えていたらいつのまにか黒い子の顔がまん前にあって、かがんできて、おでこがこつんと。
続けて、立ち上がると、ちょっとだけある胸にぽすんと押し当てられて、頭を撫でられている。
「……ぷは。 いや、平気、だよ。 …………ちょっと驚いていただけ」
そして、お腹を押しながら顔をのけ反らせると、僕の口からは、さっきとは違って、ふだんの、幼いけどちょっとだけ低めの声が響く。
というか、近くで見ると、ほんとうに。
鏡で見慣れた僕の顔そのもの……を、ちょっとだけ大人びた感じにしたような…………。
「……そ? よかったわっ」
と、離れようとしたらまたぐいっと引き寄せられて、なんでかもういっかいぎゅむっと抱きしめられて、それから離されたけど、片手は握られたまんまで。
「じゃあ、こっちよ。 私に着いて来て?」
……この有無を言わさない感じ、僕の見た目にかがりをインストールしたような、ミックスしたみたいなものだろうか?
とはいっても現実のかがりよりはいくらかは背が低いのと、なによりもメロンの代わりにレモン……くらいしかないから、圧迫感はほとんどない。
あれは、歩いているだけでも目の端っこで動き続けているからな。
本能に逆らうのはとっても難しいものだ。
砂浜をさくさくと……いつのまにか靴を履いていたらしい……足の裏、濡れていたはずなのにな……彼女に引っ張られながら歩き始める。
……そんなに僕は、年下の子に頼りたい願望があるんだろうか。
「……ここの海。 どう? きれいでしょ? この島、海のまん中にぽつんってあって、いちばん高いところからでも、隣の島も見えないの」
砂浜を過ぎて、砂混じりの、かろうじて道らしき道を手を引かれつつ歩いていると、いつのまにかそんな説明が始まっていたらしい。
夢の中だってどこだって、ついつい聞き逃しちゃうクセは変わらないようだ。
「で、このへんはね、もう少し暖かくなってくると、たくさんの人が来てね、泳いだりして遊んで、バーベキューとかして……」
……ひとりでずっとしゃべっている黒髪の子。
ひとりでずっと話し続けていても、苦にならないっていう、かなりの割合の女の子が持っている性質を、この子もまた持っているらしい。
うらやましい限りだな。
別に僕はいらないけど。
まぁ勝手にしゃべって幸せになってくれるなら、お互いに幸せなわけだし、悪いことはないか。
「……もうっ「響」ったら!!」
と、目の前にぽいんとかちんと当たるものがあって、見上げたら僕と似た顔がすぐそばに浮かんでいる。
…………とうとう夢の中の人物にも怒られるようになったらしい。
やっぱりかがりの言動とかを中心に構成されているんだろうか?
「せっかくお話ししているんだから、ちゃんと聞いてよっ!?」
「ご、ごめん」
「……うわの空なのはいっつもだけど、もうちょっとは人の話を……」
なんだかお説教が始まったから、本格的に怒り出さないよう、きちんと話を聞いて、反省の態度をあらわにしつつ、怒りが収束するのを待つ。
たとえ正しかったとしても、ここで反論を試みたり事実を羅列してみたり、さらにはそれはおかしいよ、とかちょっとでも口にしたら、彼女たち女性は怒りを一段階上げて、爆発する。
「ちゃんとついて来てね?」
「…………………………………………」
「返事は?」
「はい」
夢の中なのに、いつものごとく年下なのに背が高い女の子に年下として手を引かれてうねうねうねうねとした道をずーっと歩き続ける。
夢の中なのに。
夢の中くらい好きにしたいんだけど身長差はトラウマになっているらしい。
「ねえ、聞いてる?」
「うん、聞いている」
「ほんとー?」
「本当だよ」
ちょっともの思いに沈もうとすると敏感に察知されるけどいつもの会話術で乗り切る。
だってこの子どうでもいいことしか話してないっぽいし、夢の中の存在だし。
「それでね、あのとんがってるのが島いちばんのお山で、そのふもと……あ、わかる? ふもとって。 そ? そのお山の手前に広がっているのが島で2番目に大きい町で——……ねえ聞いてる?」
「うん」
「んでね、資材が追いついてないからこのへんはまだかんたんな木造の家がほとんどでね? ……聞いてて理解できてる? 学校の先生とかの話とかって」
話を聞かないと怒る、聞いても怒る、でも答えが意に介さないともっと怒る。
めんどくさい系のJCさんらしい。
人工物といえば木と藁で作られたものしかなかった砂浜を過ぎ、軽い丘のあたりからはじめてだんだんと石へ、そしてなめらかな感じの不思議な材質でできた道へと合流し。
丘を越え。
山を越え。
……山?
……山だ。
歩いて山越えしちゃったんだ。
たいして高くなかったし視界が開けていたから忘れていたけど何にも意識しないで峠を越えていて、もう下りだ。
だからか植生も道の両側にいろんな種類の見たことがない木々と花とかが、等間隔に植えられている人工的なものになっているし。
そのまま下るかと思ったらまた登っているうちにごつごつしていた山とかも次第に小さくなって行って視界をさえぎるものがなくなってきた……と思ったら今度はいろんな建物。
みんなわりと新しいみたいだけど、でも道とおんなじでやっぱりコンクリートと木とアスファルトと金属を混ぜ合わせたみたいな不思議な感じの材質でできているのを、見たことのない感じの建築様式を興味深く見続けて。
でもやっぱり大半の家は色も塗っていないのが多い木造。
ひとことで表してみるとファンタジーっぽいけどリアルっぽい景色?
なんだかよくわからない。
けど、こういうの大好き。
だからこんな夢見ているんだろうけど。
「……着いたわ! ここの中! さぁ入って入って!」
「だから転びそうになるからいきなり」
「あ、ちょっとそこに立って? ……クリア。 大丈夫ね、まぁあたりまえよねっ」
…………まぁ女の子っぽくなるほどに人の話聞かないのはもう諦めるしかないというか女性ってそういう生物だってこの半年で諦め尽くしたから……。
なんかひときわメタリックで平面だけのばかでかい建物に入ったと思ったら、あちこちの扉のそばで……たぶんこれSF映画の要素も入ってきてるんだろうな、指を適当に動かしたりしているお姉さんっ子を片目に、さっきよりもちょっとだけわくわくしながらぼーっと突っ立つ。
さっきよりはずっと楽しい。
「終わったわ、それじゃ『響』、こっちよ」
「はいはい」
「ちょっと、『はい』は1回なのよ?」
「はい……」
危うく口答えをしようとしてしまった。
ぐっと抑えられた僕はえらい。
慣れているともいう。
進む内に歩く音も金属的なものに変わっていて、映画とかでよく見るような感じになんかこう、なにかしらの基地の中とかでかい船の中とかそんな感じの作りになってきていて退屈しない。
けどときどきやたら古い感じの作りとか材質とかあるし、なによりも書かれているプレートとかの字がひとっつも読めない。
こういう未知の空間ってロマンがあってわくわくする。
どうせなら初めからこんな感じの夢なら良かったのに。
ついでに言えばこういうところをひとりで延々とただ黙って静かに冒険できるんだったらもっともっと良かったのにな。
狭い通路を進んだと思ったら倉庫的な空間が広がる。
工場みたいな、けど機械はそんなに多くないっていう機能性しか考えられていない空間。
もちろん電気は蛍光灯とかじゃなくって壁全体が光っている的な映画とかでよくあるやつ。
僕こういうの好き。
隅まではっきりと見えてちらほらと機械とか箱とかアームとかがあるけど、別に怖い感じは受けないし。
「ちょっと待ってて? ごめんね? 何回も」
「いや別に」
「たぶんこのへんに……あ!!!」
……イヤな予感がしたと思ったら耳もとででっかい声でキーンとなる。
この子のモデルは絶対にくるんさんだ。
歩いていて「いいもの」を見つけたときのくるんさんとおんなじだもん。
やはりトラウマになっているのか。
「お————い!!! こっちよ——!!」
子供って声おっきいよね。
人っていつから大声出さなくなるんだろうね。
「あり?」
「ほよ?」
そうして少し、変な声のする先に目を合わせると……倉庫にある程度規則性を持って置かれている物のうちひときわ大きい装置から女の子たちの顔が覗いていた。
金色と赤髪の女の子たち。
鮮やかすぎる髪色は隣の真っ黒な女の子のそれよりはっきりと夢の住人って分かるもの。
そんなに派手な髪の毛を腰まで伸ばしている子たち。
――――また、僕とおんなじような顔をした子たち。
今の僕を何歳か成長させた姿って感じの若干慎ましいって感じの体つきをした子たち。
黒、金、赤の色違いで中学生から高校生くらいの僕がオリジナルの僕を囲んでいる形になる。
……なんか合体とかする?
もしかして。
金髪と赤髪が黒髪に合流してひそひそひそひそひそと話し合っている。
そして夢の中でもひとりぼっちにされる銀髪な僕。
「いえ、でもそれは!」
「でもでもっ、だって現にこうして『こっち』にいるし。 ゆーれーとか思念体とかじゃなかったよ? 触れたしあったかかったし良い匂いだったし」
「ゆ、ゆーれーとか怖いこと言わないでよアメリちゃん…………」
こうして見てみるとみんなほとんどおんなじような……ちょっと硬めな素材でできたコートみたいな、だけど涼しそうな証拠として生地は薄いらしくって光が少し透けている感じの春コートみたいなものを着ているらしい。
一応はかがりみたいに世話焼き……お姉さんぶりたがる黒と、その黒と仲がよさそうな赤、それと引っ込み思案なのかちょっと腰が引き気味な金、と性格は違うみたいだけど誤差の範囲でしかない。
まるでゲームの色違い程度の違いしか無いもんな。
ぱっと見てわかりやすいのはいいんだけど……もうちょっとこう、違いとか作れなかったんだろうか僕の脳みそ。
みんなでいつもの僕みたいにぼけーっと立っていたら色以外では見分けつかなさそうだし。
これが僕の想像力の限界なんだろう。
「それじゃあ、あなたはもしかして……?」
話が終わったのか黒よりも動きが大きい赤がにじり寄ってくる。
ちょっとつり目っぽいって思ったけど違って、ただ目がもっときらきらしてる感じってだけか。
「え、う…………うそ……じゃないの、ほんとうに…………?」
もはやへっぴり腰って感じの金色が赤に隠れて僕を見てくる。
僕よりもまぶたが重そうな感じでけど眠そうじゃないのはきっと、ちょっとは成長していてほっぺたがしゅっとしているからそう見えてるだけ。
「そうなの!!」
「!?」
どんっと衝撃を受けてびくってしたら……けっこう離れていたはずのが僕に体当たりをかましていて後ろから抱きつかれていた様子。
そしておもむろに僕の肩へ彼女の両手の、僕の背中へ彼女の……お腹から胸の、僕の頭の上には彼女のあごの重量が乗ってくる。
「重いよ……」
「ふふふんっ! 私たちは『響』よりもずーっとお姉さんだからねっ」
重いって言っても怒らない。
……この子本当に女の子?
あごが頭のてっぺんをぎりぎり痛くない感じに押し込んできて、ちょっとだけある感じの胸がうなじを包んでくる。
香ってくるのは今まで……あの4人とお隣さんくらいだけど……今井さんとかもあるか……とにかく僕の限られた経験の中でもまだ嗅いだことのない海の香りって感じの香り。
海外の人の香水とか日焼け止めって独特の匂いしてるけどちょうどこんな感じ。
僕この匂い好きかも。
あとでシャンプーの銘柄をいやいやこれ夢だから僕の妄想だから危ない危ない、ついいつもの思考回路になりそうだった。
「そうなのよ! この子がソニア……じゃなくって『響』! おんなじ『響』みたいなのよ!! たぶん」
ソニアって誰?
「なんでか分からないんだけどね、このぼーっとしたちっちゃい感じの『響』を北の海辺で見つけたのよ!! すごくない!?」
「え、でも、それって…………」
拾得物とか保護した小動物みたいな扱いをされているのはきっと、この子のモデルになったかがりのせい。
起きたらもう一緒に服を買いに行ったりはしないって……もちろんムリだってわかっているけど彼女ににそうメッセージを飛ばして憂さ晴らしをしないとな。
それくらいはしても良いだろう。
いつも世話を焼いてあげてるんだからさ。
「でも、やっぱりおかしいよ……いくらなんでもそんなのあるはずが」
「そうよねー、あとこんだけちっちゃくなってるのも変だし。 それじゃあまるで『響』がこっちに来たとき…………あ、ダメだったっけ言っちゃ?」
「止めといたほうが……」
主語と目的語を省略する仲の良い女の子たち同士の会話が続いているけどもう慣れてる。
僕は興味ないからどうでもいいけど。
話し振りからして僕は犬とか猫扱いらしく、頭上でなにやらを相談しつつ代わる代わる3人におんなじようになで回された。
ちなみに体のバリエーションもないらしく、みんなおなじくらいの身長で胸もおなじくらいの大きさだった。
抱きつかれ慣れていると背中とかうなじの感覚でだいたいの大きさがわかるしなぁ……悲しいことに抱きつかれる経験だけは豊富だから。
と思ったらもういっかい順番に後ろから抱きしめられるツアーらしい。
やわらかいし温かいしみんな似た感じの匂いするからいいけど。
この子たちが現実にいる年下の女の子たちじゃないって分かってるから罪悪感とか無しにされるがままだ。
「……これは一時的なものだとは思うのよ。 けどこれ以上のなにかとかわからないじゃない? だから念のため、ふたりのどっちかでもいいから直接報告して連れてきてくれる? タチアでもノーラでもどっちでもいいから」
なにやら黒髪の子のトーンが下がっている。
あれ、なにか僕怒られるようなことしでかしたっけ?
あぁいや、これは怒っているほうのトーンじゃなくて大切で内緒な話をするときの感じか。
「なんだったらあなたたちに預けて私が行ってきてもいいんだけど……」
「でも私、『響』はアメリ、あなたと一緒だったんだからあなたはそばにいたほうがいいと思うよ?」
「そう……だね、誰かが話しかけていたほうがきっと気が楽だし……私じゃうまくお話しできないからなぁ」
でもなんで僕はいつもお世話される側なんだ。
たまにはお世話する側でも良いって思うんだけど?
アメリ、タチア、ノーラ。
なんでここへ来て洋風な名前なんだろう。
まったく聞き覚えない感じの響きだから覚えづらいんだけど。
とりあえずひとりだけ覚えよう、黒はアメ……黒飴……アメリと。
よし。
お姉ちゃんぶるのが黒アメさん。
今はそれだけ充分だ。
「ないとは思うんだけど、もしこのままになっちゃったら……だし」
「そうね、今日はようやくのおやすみなのにまたひとりでどっか行っちゃって。 どうせまた連絡つかないだろうし。 なら私とノーラで手分けして来たほうが早いんじゃないかな?」
「うん…………そうかも。 お話しできるアメリちゃんとタチアちゃん、どっちかはここで一緒にいてあげてほしいし」
赤がタチアちゃん……じゃなくってタチアで金色がノーラか。
……夢の中なんだからもっと覚えやすい単純な名前にしてほしかったなぁ。
僕の無意識が自動生成した名前だからか案外素直に頭に入ってきているしそんなに問題はないんだけど。
「私はこのへんで『響』と待っておくわね。 ……けっこー歩いてきたし、これ以上どっか連れ回しても困っちゃうし? ひととおり見て回ってもいなかったらまたここへ来てちょうだい?」
「いや僕は1人の方が」
「了解よっ!」
「はいっ! アメリちゃんも『響』ちゃんのお世話、お願いしますっ」
「…………………………」
僕とタチアとノーラの声がぴったり重なって誰にも聞かれなかった。
夢の中でも僕はこうなのか……まぁ現実の再現だしな。
「赤色のタチア」と「金色のノーラ」ってせっかく覚えたのにどっかに走って行っちゃって「黒髪のアメリ」とのふたりだけになって、急にしんとなる。
最初に戻っただけなのに無性に寂しくなる謎だ。
「えと、それでね? んー、とにかく今はよくわからないだろうけど、っていうかどこまで言ったらいいのかわからないから言えないだけなんだけど。 ここで私と一緒にほんの少し待っていればうまく説明できるようになるはずだから安心して!! …………たぶんだけど」
どうやら根拠のない自信らしい……いまいち安心できないなぁ。
「なら2人で腰掛けて休もうか。 僕を案内してくれてありがたかったけど君も疲れただろう」
「でも」
「僕が疲れたんだ。 人を立たせておいて自分だけ座るのはなんだか悪いから」
「そ、そうね!」
お客さんの方から「座ってくれないかな?」って言われて初めて座れるって言うあれで、すとんと勢いよくいい感じの箱に座り込んでいる黒アメさん。
「ふぃ――……」
完全に脱力している。
さっきから疲れているような感じだったしな。
ついつい夢の中だからって忘れていたけどこの子たちも女の子だ。
女の子は察してほしいっていう生きもの。
それをこの半年で嫌というほど味わったんだ。
「……っ! ………………っ!!」
……すごくいい笑顔でぽんぽんと横を叩いているからおとなしく座ったほうがいいんだろう。
それにしてもさっきからちょくちょく「僕を前から知っているような」口ぶりが気になる。
「……ね、ねぇ『響』?」
「なに?」
「『響』はさ、そのー。 ……最近元気してる?」
……ろくにコミュニケーションが取れない父親か君は。
見た目が僕の成長版で色違いだしなんだか…………哀愁を感じてしまう。
ある意味僕自身を正しく正確にちゃあんと反映しているとも言えるけど。
「聞いてる? 『響』」
「もちろん」
「あ、よかった。 それでね、えっとその、ね。 ……困ってること、なんかない? 私でも……少しくらいはなにか助けになれるかもしれないし。 何かあるんなら……あるんだと思うんだけど、相談乗るわよ?」
「相談……ね」
「そうっ! なにかある?」
なんだか食い気味のアメリさん。
ずっと2人で居たから話すことがなくなってきたのか、あるいは景色っていうちょくちょく変わるものだったから話し下手だけどガイドとかして時間を稼いでいただけなのか、いろいろ飛ばしての話題は僕の悩みらしい。
なんだか自分相手のセルフヒーリングのような気もするんだけど……そもそもそれを僕の意識自身が自覚しちゃっているから意味がないし、なにより話題の変え方が下手で唐突すぎて逆に安心してきた。
でも困ったことねぇ。
「あ、あの子たちは私の妹なんだけどね? あの子たちの名前は覚えてくれた?」
な、名前……そういうのっていきなり言われると覚えていたような気がするのに吹っ飛んじゃって、とっさに出てこなくなるんだ。
「あははっ、その顔! ほんっと、おんなじなんだから! いーい? 元気なのがタチアでおとなしいのがノーラ! あと私はアメリ! ちゃんと覚えてね?」
「あぁ……うん」
僕としては初めて聞いた名前をすぐに覚えるっていうのがムチャぶりなんだと思うんだけど、女の子ってみんなこうだからなぁ……。
いや、女の子って言うより人と仲良くなるのが好きな人かな。
でも、いくらがんばっても覚えられないものは覚えられない。
それに今回の場合はさらに見た目がみんなほとんど同じでまとめて会ったんだし無理でしょ。
「で! 最近悩んでいることとか困っていることとか無ーい? なんでもいいから言ってみて? 『響』の周りで起きていることとかがいいんじゃないかな? お姉ちゃんのおすすめよ、おすすめっ!」
この押しの強さはこの前の山で会った人たちの再現かな?
「わくわく……わくわくっ」
……どうせここはもうじき覚めるはずの夢の中でこの子も実在しないどころか僕の意識の一部なんだし、なんだかどうも僕の無意識はストレスを抱えているらしくってある程度は吐き出さないとこの会話劇場が終わらなさそうなんだ。
ならさっさと話しちゃうか……ただの自己対話みたいなものだけどしないよりマシなんだろうし、きっと僕の脳みそはこのことについて悩んでこんな夢見てるんだろうし。
「…………ここのところ、少しだけど」
「うんうんっ!」
「自己嫌悪で参りそうになっていることがあるんだ。 アメリ、よかったらそれについて聞いてもらえないだろうか」
「……じ、じこけんお…………?」
「……………………………………」
「と、とにかく私がなんとかしてあげる! まかせなしゃいっ! ……あっ」
「…………………………」
口を押さえて真っ赤な顔になった黒髪な僕ことアメリさん。
「い、今のは……そのぉ……」
いくらなんでもここで笑っちゃうのはかわいそう。
僕だってそれくらいの配慮はできるはず。
噛み噛みとかかがりとの初対面を思い出すな……やっぱりこの子の原料はあの子か。
「……こほんっ! とにかく何かイヤなことあったのね? 会ったときからなんとなくそう思っていたの! いいわ、しょーがないから私が相談に乗ってあげるんだから!」
噛み噛みだったのは不幸な事故としてお互いの記憶から消してそのいっこ前の会話に戻ったアメリさん。
「うん。 まぁ、……嫌なことというか何と言えば良いのか……その」
ずいっと顔を近づけてきた彼女から距離を置きながらどう話せば良いのかなって考える。
「ふむ……」
「あ、おんなじクセね! 難しいの考えてるのね!」
「……僕がついてしまった嘘についてなんだけど」
「ふんふんっ」
「ずっと前からついている嘘を……止められなくて今でもつき続けているっていうのが、ここのところ辛くなってきたんだ。 でも今さら嘘だって言えないし言ったらどうなるか分からなくて……それでどうしたものか、迷っているんだ」
口を動かしながらついて出てきたような……けど、昨日の僕がああなったのは突き詰めればそういうことだったんだって、すとんと来るようなものだった。
……やっぱり夢の中だからちゃんと口が動くんだろうか。
「……『響』がそんな顔するくらいなんだから、お菓子をこっそりひとくちのつもりでぜんぶ食べちゃったとかみたいな昨日私がした……おっとと」
うん、ほほえましいウソで羨ましい限り。
「……じゃなくて、そういう軽いものじゃなさそうねぇ」
「君は昨日盗み食いを?」
「そ。 昨日ね、私、ソニアが隠してたとびきりのを…………って! わっ、私のことじゃなくて今は『響』のことなんだからどうでもいいでしょっ」
どうやら黒髪な僕は、夢の中ではそういう人格と過去を持っているらしい。
……この体があんまり食べられないの、もしかしてこれもまたストレスになってたり?
なんとかして解決策を見つけないとな。
ストレスって自覚ないの多いみたいだし。
「……いや、言おうと思えば言うことはできるんだ。 できるんだけど……なんというか」
「なんていうか?」
近いところにあっておんなじようなところの毛がぴょんと跳ねている黒髪を見ているうちに、さっきみたいにまた言葉が出てくる。
――顔が浮かんでくる。
ゆりか、かがり、さよ、りさ。
本来なら僕との接点がなかったはずの子たちの、顔。
「……本当のことを言って。 言ったとして」
その子たちの……怒ったり泣いたりしている顔。
「僕が嘘つきで、今までのことが……なにもかもが嘘だったっていうのを知ったときの……知り合いの顔や、言われるだろう非難の声を聞くこと。 それが、恐ろしくて怖い。 ……そうなんだと思う」
「……わかるわっ! 私もわかるっ、その気持ちっ!!」
「近い」
両手で、僕よりちょっとだけ大きいけど僕とおなじくらいぷにぷにしているほっぺたを押しのけようとする。
僕がせっかく思っていたのを言葉にできたのにこの子はもう……。
「辛いわよねっ、苦しいわよねっ! 分かるのよ!」
「だから近い」
柔らかいほっぺたじゃ彼女の体重を支えきれず、もう少しでおでこか鼻か口がごっつんしそうでひやひやする。
どうして女の子っていうのはこう、興奮するとすぐに顔をセンチ単位まで近づけてこようとするのか……男である僕にはついぞ理解が届かない感覚だ。
「少し離れてくれ」
「ひょっほひひひ」
しばらくむにむにしてやったりしてにらみ合いが続いていたけど、ふと目と目が合って彼女がフリーズする。
そうしてさすがに気がついたのか一気に顔が赤くなってきて、それからそろそろと手でガードしないで済むけどまだまだ充分に至近距離なところへ下がってくれた。
「な、なんだか暑いわねぇここ」
「そうだね」
僕は空気が読めるからそう頷いておく。
「それでね! 私も分かるのよ『響』っ! 私もよくウソついて怒られるんだけどね? でもね、ばれて叱られているときよりも叱られるのってすっごくイヤなんだけど、逆にばれていないときのほうがずーっとどきどきして不安なのよね! とっても辛くて苦しいのよねっ!!」
「う、うん、まぁ……?」
「やっぱりそうよね! 『響』なら分かってくれるって信じてたわ! そうよ、あのときもあのときもいっつも……」
ウソをしょっちゅうついているらしい。
そしてだいたいすぐにばれているらしい。
「……でもね? 『響』」
うつうつしているときの僕とおんなじ表情をしていたアメリはいつのまにか元気を取り戻していて、ふたたび目の前にどアップになっていた。
「そんなときはね、なるべく早く謝っちゃえばいいのよ! いさぎよく! 思い切って!」
「うん、でもそれができたら」
「『ずっと』っていうのがどのくらいなのかわかんないけど、でも今の私たちにとっては今がいちばん早いのよ! ソニアがそう言ってたわ!! 『過去は変えられないけど未来は選べるんだ』って! それにいくらうまく隠せたり、たまたま気がつかれていなかっただけだったって、どうせいつかはバレて怒られるんだもの! それにそれに怒られればすっきりするし! 怒られたくないけど」
しょげている黒髪。
「怒られるあいだはとっても怖いし泣いちゃうし、後で何度かちくちく言われるけど……だからね! 私、問い詰められたりする前に白状しちゃったほうがいいの! 自分からごめんなさいするのって思いついたの! どう? これが私が編み出した鉄則よ!」
どやっとしているアメリさん。
そもそもそういうウソをつかないようにすればいいんじゃ?
というかそういう怒られるようなことしなければ怒られる原因がないんじゃ。
「この鉄則なんだけど、ごめんなさいするのにはコツがあるのよっ」
「コツ?」
さっきからちらちらと「ソニア」とかいう人の名前が出て来て気になるけどどうせ覚えられないし気にしないでおこう。
「そう! 怒る予定の人がとても嬉しそうにしていたりぼーっとのんびりしているときだったり? おいしいものとかお酒とか飲んでるときとかもいいわね! そんな感じのときを狙ってうまーくごめんなさいするとね? …………泣きたくなるくらいまでには怒られないで済むのよ!!」
さっきよりもさらにどやってるアメリさん。
ということはどっちにしろ怒られるというわけか。
まぁ非は僕らにあるし避けられないことではあるんだけど。
「『響』ならきっと軽いウソをつくような子じゃないだろうし、だからごめんなさいするっていうの、慣れていない……よね? ……そ。 それならせめて、怒っているときとか悩んでいそうな顔をしているときに言いさえしなければいいのよ。 とにかくタイミングよ! タイミングが大切なの! 命なのよ!」
どんどんと自説もとい僕の本心を語ってくれる自称お姉さん。
この子を見ているとなんだか……そう、よく小さい子の面倒を押しつけられていたときのいたずらっ子とかをお世話していたときを何年ぶりに思い出すな。
そのときはまだ、父さんと母さんがいたときで。
………………懐かしいな。
「……ふふっ……」
「…………あっ!! 『響』、ようやく笑ってくれたっ!」
なぜか両手でほっぺたをぐにぐにとされつつ確かに今日ここで笑ったのは初めてかなって思う。
「今日久しぶりに……いえ、初めて! 会ってからようやく見たけどいい笑顔ね! 私の鉄則を伝授したかいがあるってものよ! だてに怒られ慣れてないんだから! ……怒られるの怖いけど……」
喜んでいたと思ったら落ち込んでいる黒アメさん。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆……む、また変な感覚。
「あぁ、ありがとう……『姉さん』」 ◆
なんだか意識がぼんやりしてきたしそろそろようやくいい加減に夢が覚めるらしい。
だから僕はいつもよりも口が軽くなっていたのか、口がぽつりとなにかを漏らしてから「?」ってなる。
姉さん?
いや、僕はひとりっ子だしそんな関係の年上の子とかも居なかったはずなのに?
……まぁ夢だし、変なこと考えることもあるか。
「え、『響』? 今なんて……じゃないわ!!」
頭にこつんと痛い感覚。
ぽかりとされたらしい。
感覚的にげんこつじゃないけど軽いおこだ。
ぷんすかって感じのふくれっぷりがそこにあった。
「そこは『姉さん』なんてのじゃなくって『昔』みたいに『お姉ちゃん♥』のほうが嬉しいかな!」
「そこに感情を込める理由は?」
「私が嬉しいのよ!」
「僕の気持ちは?」
「それに『響』はまだちっちゃいんだからもっとかわいい言葉づかいしないと!」
「僕の気持ちは?」
「せっかくのちっちゃくてかわいい体なんだし、『2回目』なんだから楽しまなきゃダメよ! ほらほらー、お姉ちゃんに甘えなさい? なんだったらっ◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆ ◆!」
◆◆ ◆ ◆◆◆ ◆ ◆ ◆
ざざっと目の前が色あせていく。
そう言えば最初はモノクロだったけど色つきになって、匂いとか音とか感触とかのどごしまで感じるようになってたんだなーって今さらながらに気がつく。
どや顔って感じの表情を浮かべつつ何かを披露しているらしいんだけど、いよいよと起きられるっていう安心感で生暖かい視線を投げておく。
だんだんと薄れていく明晰夢の向こうの子。
話している声は聞こえているんだけどそれを認識できていないない感じ。
なんだか変な感じ。
意識はぼんやりしてこないのに五感がぼんやりしてくるっていうまたまた新しい感覚を味わっていると、とうとう声自体も聞こえなくなってきて体の感覚も薄れてきているらしい。
黒のアメリと金のノーラと赤のタチア。
あとソニアって名前も聞いたかもしれないけど結局会わなかったな。
ただのセルフセラピーな空間なのかもだもんな。
ぼーっとしていたら視界がゆさゆさとしている。
黒アメさんがなにかを話していてすぐそばにいて。
……たぶん肩をつかまれてさっきみたいに揺すぶられているんだろう。
そのせいで視界が上下して余計に周りが見えづらいし見えなくなってくる。
……あ。
遠くのほうでクレーンの先から赤髪の子と金髪の子。
タチアとノーラ。
……?
もうひとり、誰かがいる?
誰かが走ってくる?
ざらざらになった視界の中でがんばって目を凝らす。
――その後ろからおなじように走ってくるのは彼女たちと同い年くらいで。
————銀色の髪の毛をぱさっと振りまいていて、最近お手入れを怠っているのかわりとぼさぼさとしている感じで、だけどなんだかムダにきらきらと輝いていて、体力がないのかそれとも不摂生なのかはわからないんだけどともかくインドアっぽいノーラよりも疲れた様子で。
それでも年相応に中学生くらいの年齢相応の走り方をしていて、みんなとおんなじように硬そうだけど軽そうな服を……ちょっとばかり装飾が派手だけど……を着ていて。
きっとかちゃかちゃ鳴っているんだろう装飾と、服のせいか女らしさはうかがえない……女の子の域を出ない見た目で、でもよく見てみれば顔からは幼さが抜けていなくって、目を見開いていても眠そうで、つまりあの姿は
◆◆ ◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆ ◆ ◆ ◆◆ ◆ ◆◆ ◆ ◆◆ ◆
◆
◆
「ん」
薄い日の光が差し込んでいる僕の部屋の天井にぶら下がっているライト。
「…………んぅ」
横を向いてみれば、枕の横に置いている机の上の時計とかスマホとか読みかけの本とか。
「…………んー」
反対側を見てみれば、今日着るために用意していたらしい……酔っていてもちゃんとできたらしいな……今日に着るはずの服が、上下、鏡の上に掛けられていて。
――今の僕になってからの目が覚めて最初に見る光景が広がっている。
僕の呼吸の音しか聞こえない静かな空間。
僕の部屋。
僕の匂い。
前の僕と今の僕のが混ざって、でもほとんど今の僕の……小さい女の子の匂いになっている部屋の香りに包まれていて。
がばっと起き上がってみれば、たしかな僕の体の感触。
サイズは……変わっていない。
どうやら夢の中で危惧した事態は起きていない様子。
そのまま着ていた白のワンピースのふっりふりも一切変わっていなくって、だから今この瞬間は僕が寝た次の時間って確定したわけで。
だけど、ちょっと………………ほこりっぽい?
気のせいかな。
「……けほっ」
喉が、いがいがする。
「……ぼくのへや」
ちょっともぞもぞしていたらなんだか肩周りとかがきつい気がする。
「……もしや」
よく見てみると、なんと!
……裾はワンピースなのにその上からパジャマを来ている形になっている。
なんでふりふりの上にパジャマを着ているんだろ。
おんなじ色だからぱっと見てわからなかった。
それほどまでに酔っていたんだろうか。
覚えていないけど、たぶんそうなんだろうけど、寝る前に着替えるって言う本能は作動したらしい。
でもおかげで……あ、ズボンはあいかわらず履いていないのか。
……でも、ズボン?
「!!!」
あわてておまたに手をやる。
「……ほっ」
冷たくも温かくもなっていない。
人肌のぬくもりの股ぐらだ。
よかった……本当に良かった。
粗相はしていない様子だ。
していなくて良かった。
していたらきっと、僕はしばらく立ち直れなかったから。
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