10話 夏休みの終わり

「んああぁぁぁ――…………夏休みも、今日でとうとうおしまいかぁー」


ただでさえ小さいゆりかが溶けたような声を上げる。


「私たちの天下は早いものでしたなぁ……これが俗に言う三日天下か」

「ちがうと思うわよ?」

「細かいこた良いのよりさりーん…………明日休んでもいいかな? なんかだるいの」


半分溶けている関澤さんの気持ち、よく分かる。

でも僕は学校がないからすごく嬉しい。


ニートしてると平日とかに特別な優越感あるんだ。


「けど、長いようで短いのよねぇ。 明日から学校って思うと憂鬱ね、本当に」


「部活だけとは違って部活に加えて勉強だもの」と忙しそうな運動部のりさりんさん。


「でもゆりか? ほんとうにダメよ? 明日さぼったりしちゃ」


りさりんさんもとい杉若さんが同じく溶けそうになりながらたしなめている。


まるで姉と妹だな。

精神的にも体格的にも。


「もちろん言ってみただけよ。 あたりまえじゃん?」

「去年ずる休みして連休増やしてたのどこの誰だっけ?」

「さぁ? 私は過去を振り返らない女なのよ」

「こいつは……」


さぼったんだ……中学生にしてだらしない大学生のような自主休校具合。


さぼりって癖になるから良くないって思うよ……?

ほら、僕みたいになるからね……?


「あぁぁ重い! 重いよりさりん!!」

「さぁ? 私も過去を振り返らないから分からないわ?」

「このおっぱいめ……中身ぎっしり詰めおって」


完全に崩壊したぱっつんさんの上にりさりんさんが覆い被さる。


女の子特有の肌が吸い付く面積が広いっていう近すぎる距離感。

服越しでも弾力と温かさと匂いとが感じられる、くっつき合うゼロ距離。


「ほんとうね……もう夏休みが……」


左に向けていた視線を今度は右へ向けてみる。


「何回も登校したし、部活もあったし。 ……もちろん普段よりはずっと短いけれど、でも朝早くに起きて電車で通って……。 なにより私、宿題だけすればよかったはずなのになぜか苦手分野の勉強まで去年のぶんまでまとめてさせられたから遊んだ気がしなかったわっ!」


話している内にぷんすかと怒り出す性質を露わにするかがり。


「やっぱり響ちゃんはスパルタよねっ」


めんどくさいから反応しない。


「むーっ」

「ふいっ」


……のぞき込んできて目が合いそうになったから適当にそのへんを眺めることにする。

いじけてる子供の相手は疲れるんだ。


「…………そうですね。 私も、そう……思います」


ぽつりと珍しい声。


僕よりも少ない口数で僕より静かなのが好きな、僕のお仲間の眼鏡っ子仲間な友近さん。


「…………計画とか、立てていても。 自分を、律して、自分の意思で…………勉強をするというのは……その、とても、難しい……から……」


結構賑やかな空間が今だけ静かになっている。


「……あと下条さん……は。 …………最初のころ、遊びすぎていた、せい……私、心配、していました」

「…………え、私!? ひどいわさよちゃん!」


そこへ投げかけられる強烈な一撃。


ああ……この子って会ったときからかがりの友だちだったから遠慮ないんだね。


仲が良いんだろうな。

なんでくるんさんと眼鏡さんが仲良いのかさっぱりだけど。


「……だって。 私、何度も……連絡、しましたよね? ……ちゃんと、宿題してるかって。 何度も、何度も」

「え、ええっと……」


「響さんが、………………助ける、その前に、です。 何回も……試験の時だって何回もです……よ?」

「…………あ、あれはその、忙しくてつい…………」


かがりが絶対に敵わない雰囲気を発している友近さん。


普段はかがりがぐいぐい押しているようにしか見えないんだけど、実は力関係逆なのかな?


左には鏡餅みたいになっているりさりんとレモンさんなリサレモンペア。

右にはメロンさんに詰め寄っている感じのメガネさんなメロンメガネペア。


解放感と絶望感とでいつもよりも覇気がなくて静かだ。

とても嬉しい限りだな。


みんなが勝手にぼそぼそと話す感じのだるだるな空間だから、僕もまたぼーっとしていても平気なのも良い。


なんかばったり会っちゃったばっかりにゆりかとかがりに加えてりさりんさんと友近さんって言うJCさんたち4人に囲まれる日々。


相手がたった1人でも僕にとっては大変なのに4倍っていう修羅場を何度も経験して。


ゆりかはまとわりついてきてせがむし、かがりはのしかかってきてせがむし……眼鏡さんと運動部さんもついでって顔して来るし。


でも何で僕はいつもこうして……みんなに挟まれたお誕生日席に座らされるんだろう。


すっごく居心地悪いんだけど?


席順なんてジュースを取りに行ったりしているうちにばらばらになるものなのに、僕だけ無言の圧力で、ど真ん中にいさせられるのはなんでなの……?


しかもそれが当たり前って顔されるし……眼鏡さんでさえそういう顔してるし……。


「そうやって……聞かなかったことにして…………下条、さんは……いつも……」

「ご、ごめんなさいね? さよちゃん」


そうやってぼんやりしているうちに友近さんがちょっとだけ涙声になっていたらしい。


「響ちゃん」

「ん?」


友近さんからのじーっとした視線に耐えられなくなったのか、僕に注意をそらそうと企んでいるらしいかがり。


「お勉強。 今日改めて言わないとって思っていたの。 ほんとうに助かったわ。 ありがとう」


ぺこりと頭を下げてくるくるんさん。

さっきまでのふざけあっていた雰囲気から一転、まじめな感じになっている。


「……僕が役に立てたみたいだね」

「えぇ、とってもよ!」


「下条さんの気持ち、私は分かるわー。 こうして最後の日になにもしなくてよくって、もうぜんぶカバンの中で揃えておくことができて明日寝坊さえしなければ良くなるだなんて。 こんなの夢にも思っていなかったもの」


「あら、りさちゃんも? 準備できているって気持ちいいものなのね! もうなにも怖くないこの気持ちって、いいわね!」


なんだか似てる雰囲気を醸し出す2人。

お胸のサイズも近いもんね。


「なんかいつにも増してやたらテンション高くない? りさりん」

「気のせい気のせい! 普段のアンタに比べたら全然よ!」


「……ま、その気持ちも分かるし……いっか」

「そうよー、いーのよ――――……」


完全にダメなかがりと、できるはずなのに観たい番組とかの誘惑にころっといっちゃう系なりさりんさんがふたたび溶けている。


「あの……響、さん」


今度は眼鏡さんが話しかけてきた。

普段は必要なことしかしゃべらないのに今日は元気だね。


「……私も、えっと、……ありがとうございました」

「君は、ほとんどできていたじゃないか」


かがりのついでって言うよりは監視目的っぽい感じでときどき来ていた友近さん。

僕並みに空気に溶け込むからとっても気楽だった。


「でも、その。 わからなかったところ、とっても、えっと…………わかりやすく、教えてくれて……」


恥ずかしがり屋なメガネさんはいつも通りに視線を微妙にずらして話しかけてくる。


……けど。


騒がしいみんなとは対照的に、僕の胸の奥は少しだけちくちくしている。


中学生たちに……それこそカンニングみたいなことをして、したり顔で教えていたツケが今来ているんだ。


いちど勉強したことだっていうカンニング……チートを隠してさも「最近勉強したんだ」って顔してたのが。


照明のせいかメガネがきらきらしている友近さん。

一身上の都合上どうしても見下ろされる形になるかがりと杉若さん。

目線がちょっとだけしか上じゃないから安心できるゆりか。


みんなの視線がむず痒いし、……痛いんだ。


「僕は君には、友近さんはほとんど何もしていないよ。 応用問題くらいだったじゃないか?  気にしなくて良いんだ」

「そんなこと……ない。 …………と思いますけど」


そんなことあると思う。


「……ま、いちばん大変だったのはかがり。 君だったな」

「響ちゃん!?」


こういう微妙な気分なときには気軽に文句を言える相手が良い。

普段迷惑をかけられているからこそ遠慮なく投げつけられるんだ。


「まさか問題集を探すところから始まるなんてな。 ……初めて部屋を訪れた知人に、まず宿題そのものを一緒に探して……なんて初めて聞いたよ?」

「ちょっと響ちゃん、みんなの前で言わないでっ! 恥ずかしいじゃないっ!」


「……やっぱり…………だから学期末に声をかけたのに……」

「さよちゃんも響ちゃんと一緒にならないで!?」


「おー、珍しく静かな2人がノリノリ」

「2人も嬉しいのね」


ちょっとちがうけど……こういう悪ノリも悪くないって思う。


本当は中学生じゃなくて大人だし明日からも夏休みがずっと続くし……女じゃない僕だけど。


今日くらいは……こうしていても、良いよね。


「意外だよねー。 知らない人が私たちをぱっと見たとしてさ、いちばん頭よさそうでまじめそうなさよちんはそのまんまでー、りさりんもサボりがちだけどまーフツーにできてー。 なのにしっかりしてそうなかがりんが実は…………って。 黙ってればモデルさんみたいだから余計にね」


メガネ友近さん、りさりん杉若さんから相当離れてかがりだもんな。


学年すら下に見られるゆりかとか僕の方が勉強できるって言うのもびっくりされそう。


「ゆりかちゃん?」

「あは、ごめんごめん」

「もうっ」


この子たちには随分振り回されたけど、でもこういうのを見ているのはなんていうか和むよね。


「…………でも、響さんって。 ほんとうにすごい………………ですね」


ドリンクバーとかトイレとかで何度めかの席替えが起きて……角を挟んで隣に来ていたらしい友近さんが僕の手を取る。


「?」


視線が眼鏡さんの眼鏡と長い髪の毛とお手とを2回くらい往復する。


いつもびっくりする……だってみんな距離近いんだもん。


僕の同類だって思ってたこの子でもこうして隣に座ったら手を握ったりするんだ。


「あ、ずるいわ! さよさん! 私も……むぎゅ」

「はいはい静かにしましょうねーあなたの親友が勇気出してるのよー?」


「りさりんって気配り屋さん☆」

「むー」


かがりの「ずるい」は防がれたらしい。

なんでも「ずるい」って言うもんね、君。


「響さん、分からないところを……ていねいに教えてくれて」

「そうなのよ! 響ちゃんってば……うひゃっ!? あなたたち手冷たいわっ!? ……あ、でもひんやりして気持ちいいわねっ」


呆れているらしい2人にお口チャックされたらしいかがりさん。


そんなくるんさんを見てたら……冷たい手に握られたままだった僕の左手が、今度は上のほうからいきなり温かい感触でサンドイッチされてまたちょっとびくってした。


「なにやつ?」って思ったらその手の持ち主はりさりんさん。


りさりんさんからは他の子とは違う匂いがする。


あ、体育会系だしスプレーとかかな。

他の子はしてないみたいだし、きっとそう。


なんか良い匂いだね。

今度買って試してみよう。


「本当、響さんってすごいわよね。 ヒマなときとか高校の教科書……じゃなくって参考書とか問題集よね、あれ。 眺めるように勉強しているのすごいって思っていたの」


「ああ、いや」


まずい、この子も僕を褒めようとしている。


「いや、それは」

「ほんと小さな……響、なにか言った?」


「いや、良いよ」


声が被ったら相手に任せるのが僕だ。

話題変えてくれないかな。


「あ、良い? そ? ……響ってちっちゃな先生みたいだよねーって思ってさ」


悪化していた。


「でもさー、響ってここのテーブルの高さだと微妙に背丈が足りないのよねー」


ゆりかが背中を丸めて僕の真似をしているらしい。


「このへんでいちばん私たちサイズのテーブルとイスあるお店のなのにそれでも足んないの、座高。 んで、勉強教えてくれるときにはひざ立ちになったりとかテーブルに恐る恐るって感じで乗り出したりして教えてくれるのよ! それがちょっと背徳的っていうかなんていうかなのよねー」


「…………わかりますっ」

「さよちんも分かるかね」

「ええっ」


眼鏡がきらりと輝いている。


今のどこにきらりポイントがあったのかいまいち分からない。


「んでこういう話するとちょっといじけるのよねぇ響ったら」

「いじけてなんかいないよ」


「なるほど、これがギャップ萌えというやつで! マンガでは定番だけど、こーリアルだと破壊力がちがうねぇ……!」

「だからそんなのじゃない」


明日から学校だからか妙なテンションのゆりか。


「まぁ僕はこの通り、体も弱くて発育不良でそのうえ家の事情で満足に自由ができない身だ。 これくらいできないといけなかったからな。 環境の違いだよ」


この子たちと僕との違いを並べてみると結構な差があるな。


不自由って言う一点でしか合ってない……はずなんだけど妙にしっくり来る僕の詐称。


「ひゅう、かっこえーのう。 自然に真顔で言ってのけるのよ」

「…………今のセリフ! 忘れない内にっ……………………!」


「ハンデをものともしないで……すごいです。 見習わない、と……」

「フツーの中2の発想じゃないわよねー。 大人びてるって言うか」


うそっぱちの僕を褒める流れを変えようとしたら不発だったみたい。


かがりはなんか急いで手帳……学生手帳って懐かしいなぁ……を広げて今の言葉を書き留めているらしい。


なんかこの子、独特の感性してるよね。


近い順に目を向けると、会話が始まってから少し経って場が温まってきたころからぽつぽつと混ざれるようになる、引っ込み思案で度の強いメガネ仲間……元、だけど……そんな友近さよさん。


身長がこの中でいちばん高くて、でも二の腕とかが健康的に引き締まっているからふくよかさでは負けている、ツッコミ体質なりさりんもとい杉若りささん。


ひたすらに書き貯めたらしいセリフを音読し始めてみんなにドン引きされつつあるメロンさんこと下条かがり。


というかそういうところだけマメなんだね……それを普段から発揮したら良いんじゃない……?


そしていちいち小さい体を動かしてアピールしている関澤ゆりか。


ちょっと元気すぎる感じだけどバランスが取れているようなこの子たちのお世話はけっこう大変だったんだ。


それはもう夏休みに過ごした記憶が結構抜けているくらいには疲れたんだもんな。

きっと僕の脳みそがストレスだからってシャットアウトしてクラウドにでもアーカイブ化したんだろう。


「響って考えてるとききょろきょろするからすぐ分かるよね」

「あ、そうよね!」

「私、分かる気がします……」

「没頭するタイプなんでしょ。 あんまりじろじろ見ちゃダメよ?」


「小さいと言えば」

「ああん? りさりん私にケンカ売ってんの……?」

「なんでいきなり怒ってるのよ」

「いや、なんとなく? とりあえずりさりん相手には怒っちゃう乙女心」


「そんな乙女心なんて捨ててしまいなさいゆりか。 あんたのことじゃなくって響さん」


ん?


また僕の話題に戻った?


「響さん、ごめんね? なんかこんな雰囲気だから言っちゃうけど、響さんってこの中でいちばん……精神年齢みたいなの? 学力もだけどそういうの高いって感じるの。 でも見た目のせいでどうしても、話したことのない他の人たちからは私たちのなかでいちばん小さくって……その、幼く見られちゃうって大変だなぁって。 店員の人とかの対応見てるとなんだか不思議な感覚になっちゃうのよ」


りさりんさんの口が良く回っている。


精神年齢が高いと言われてちょっと嬉しくはなった。

りさりんさんはいい人だ。


過剰に吸い付いたりしてこないしそこまでうるさくないしいい匂いだし。


「ここの店員の人…………場所がいいからって、いつもここで、集まりましたけど………………その、おかげで覚えてもらえましたけど。 最初の何回かは……えっと、お子様ランチ、セットみたいなものとか………………サービスでジュース、とか勧められていました、よね」


「仕方ないさ。 人は見た目だから」


小さいって言うのはそういうこと。

この体になってよくよく思い知ったんだ。


「響って割り切ってるねぇ。 それはもしやおとぎ話な社交界とかで会得した心の強さなん?」

「そんなものに出た覚えはないよ?」


「ちぃ……そう簡単に口割ってくれないなぁ」

「だから違うって」


「ねぇ。 せっかく夏休みになってからみんなが知り合って友だちになれたんだからよ?」


そんな時間が苦手らしいりさりんが無理やりに思いついた感じで言い出す。


「来年はみんなでどこか……あ、もちろん夏休みのことね……遊びに行きたいわね。 いえ、冬休みとかでも楽しいって思うけど」


「おぅ、りさりんいいこと言うねぇ。 たまには」

「ゆりかー?」


「あ、え、えっと……ともかくさ! 響がいなかったらこうしてみんなが友だちになれて、こーやってぐだぐだしてたり勉強会したりして集まって話すなんてできなかったんだよね? 多分」

「そうねー、私も友近さんは移動教室で知ってたけどそれくらいだったし」


「わ……私も、杉若さんのことは顔くらいしか……あ、ごめんなさい……」

「良いのよ、私だってたまたま覚えてただけだし、友近さんの名字」


別のクラスで特に仲が良いわけでもない相手の名字を覚えてるだけですごいんだけどなぁ。

僕なんか同じクラスでもほとんど覚えられなかったし。


「そそ、そんなわけでさ、私たちは顔くらいしか知らなくってしかも響は別の学校で。 違うかー、違う出自ってのだし! なんだかうまい表現が思いつかないけど、とにかくなんか感慨深いなーって」


魔法さんに生み出されたのを出自だって言えばそうなるね。


「……いいわねゆりかちゃん!! 青春よ!!」

「おぅ元気だねぇかがりん」


くるんさんのくるんがより一層にくるんくるんしている。


……この子、まだ遊び足りなかったのか。


「明日から新学期も始まってしまうからすぐには難しいけど……みんなで遠出したりお泊まり……そう、パジャマパーティーを!! 私、パジャマパーティーしてみたいわ!!」

「お…………おぉぅ。 かがりんは大胆だねぇ…………」


唐突に話を飛躍させるかがり。


「お泊まり、ですか……」

「え、えぇっと……し、下条さん、それはちょっと……」


お泊まり発言に引いている友近眼鏡さんとりさりんさん。


友近さんならともかくりさりんさんの反応を見るに、女の子って言っても意外とすぐにお泊まりし合う関係になるわけじゃないのか?


あー、かがりをスタンダードって思っちゃいけないのか。


どっちかって言うと小学生男子に近い感性のゆりかとかこの子とかより、ちゃんとした感じのりさりんさんを基準にした方が良さそうな気がしてきた。


「あら?? みんなでパジャマパーティーとか憧れるじゃない?」


その反応にはてなしか浮かばないらしいくるんさん。


「まじですかぃ。 ……かがりん、いや、かがりさんマジパねぇ……」


ゆりかが真顔になるほどらしい。


なるほど、本物のJCでも知り合って1ヶ月程度じゃお泊まりはしないと。

僕はひとつ学習した。


「? ゆりかちゃんどうかしたの?」

「見よ、りさりん……あれがマジもんの天然ぞ?」

「すごいわねぇ…………」


ぼそっとささやきあうゆりかとりさりんに向けておにぎりみたいなお口をしているかがり。


なかなか珍しい光景だ。


「わ……………………私もっ」


眼鏡さんが急に大きめの声。


うん、緊張してると声とかびっくりするくらい大きくなって裏返るよね。

でも落ちついて?


「…………私も、運動はまだ、控えるように言われてますし、すぐに病院に……連絡が取れないと、いけないので。 けど…………近いところとか、誰かのお家だったりとか。 だったら、ぜひ、ご一緒したい、です」


ひと思いに吐き出してほっとしている様子がほほえましい。


……でもこの子は僕とは違ってほんとうに体が悪いらしいからいろいろと大変そうだな。

顔真っ赤にしてるけど心拍とか血圧とか大丈夫なんだろうか。


「海はもうシーズン過ぎちゃうけどさ、山はこれから見頃だしね? 紅葉とか」

「山ねぇ……良いわね」


「でしょでしょー!」


「そうね! せっかくですもの、遠出……疲れてしまうから遠すぎない範囲ね? 響ちゃんとさよちゃんが平気なところなら!」

「でしょ!」


メロンとレモンの相乗効果が生まれ始めている。


「…………でも、下条さん……私たち、これから運動会と学園祭が……あとは中間試験も」


「さよちゃん。 その先は駄目よ。 そんなことを考えてはいけないの」

「え? ………………あ、はい」


でもくるんさんはやっぱりくるんさんか。


「下条さん、諦めなさい? というか勉強、響さんに教わって今までの範囲大丈夫なんでしょ? 軽ーくやれば良いのよ勉強なんて、軽ーくやれば」


「りさりんりさりん。 それりさりんが言うのかい」

「へ、平均点目指せば良いんでしょ?」


「うぅ……でも勉強はやっぱりイヤぁ……」

「下条さん、……が、がんばりましょう……」


なんだかんだでりさりんも大変そう。

ゆりかと友……さよさんは平気そうだけど。


「……試験もあるし2学期は忙しそうね。 ならやっぱり私はお泊まり会を推すわ!!」


なんで?


「うちならいつでも歓迎よ! なんならこのまま今晩でも良いくらい!?」


いやいやまずいでしょ……なんでこの子はくるんくるんしてるの……。


「……うーん、お泊まり会かぁ……」

「どうしよ、りさりん。 このままじゃ」


そんなくるんさんを置いておいてぼそぼそ話してるゆりかとりさりん。


何かこの体、聞こうってすれば結構聞き取れるんだよね、ひそひそしてるの。


目も良ければ耳も良いの?

身長以外に欠点ないの?


あ、胸がないのは致命的な欠点か。


「お泊まり……大丈夫かなぁ……? ねぇ、ゆりか」

「悩むねぇ」

「だから私はそこまで抵抗ないんだけどゆりか、あんたは」

「そだねぇ……かがりんってけっこーそういうとこ無頓着だからねー」


体育系の部活なら合宿とかで慣れてるって思ったけど……そうでもない感じ?

まぁ前からの友だちなゆりかの家に1泊とかなら平気だろうけどそうじゃないもんね。


それにしてもりさりんさんとかがりって仲良いよね。

よく分からないけど結構真剣に話し合っている。


「…………………………………………」


あ、それ見てる友近さんがうらやましそうな眼鏡の光らせ方してる。


かがりは……トリップしてるからどうでもいいや。


「でもさ? 旅行とかはおいておいてさ」


視線を上げるとみんなに見られていたのに気がついた。


「とりあえずみんなでこうしてテキトーにだべったり食べたり。 あとはゲーセンとかで遊んだりしたいね。 それくらいなら大丈夫でしょ? 響もさよちんも」

「……そうだね」


「今度はみんなで映画館行ったり、お泊まりじゃなくっても誰かの家で遊んだりしてさ。 どんだけ忙しくなったりしても……ね! 響!」


学校が始まっちゃったら怒られるから切らなきゃって言ってる、ぱっつんに戻るらしいゆりか。


「そうねっ。 お話しするくらいなら、響ちゃんさえ都合が合うのなら学校の帰りとかお休みの日だっていくらでも集まれるわよね!」


くるんはくせっ毛で天然もの、パーマでもなんでもなくって……あと夏休みで体重に合わせてカップもひとつ上になったと知らされてしまったメロンさんことかがり。


「……たまになら」


何日おきとかは僕の精神力だとやっぱりつらいから月に1回くらいなら。


「いいよ。 たまになら、こうしてみんなで集まるのも。 ……悪くはない…………って思うし」


今までを思い出しながら口にした途端に「かしゃっ」っていううるさい音。

びっくりして見上げたらゆりかのスマホのレンズがこっちを見ていた。


「あ――――! 響のレアな表情!! これ絶対実はものすんごく照れてるやつ!! はい、いただきました――!」

「あ、ゆりかちゃん私にも送って送って!!」


…………………………………………え?


「もっちろん! この人類の秘宝はプレシャス!! グループのに乗っけるよー」

「止めてくれ」

「どうしてよ、いいじゃない!! かわいいわよ!!!」

「やめて」


隠し撮りとか良くないって思う、僕。


「顔赤ーい! ふだんは真っ白なのに!!」

「くすっ、響ちゃん、かわいいっ」

「消して」


誰も僕の抗議を聞き入れてくれない。

こういうときに女の子って酷いよね。


「ゆりか、なんでどアップなのよ……? いや、すごくお肌も綺麗だけど」

「………………でも、その。 ……美しい……です」


「だから……」


……女の子女の子する格好をさせられたのを撮られて共有されるよりかはずっとマシかって思って諦めるか……。


後ろを向いて両手をほっぺに当ててみる。


……確かに熱くなってる……かも。


「…………………………………………」


いや、誰だって至近距離で見られたくない表情隠し撮りされたら恥ずかしくてこうなるはず。


うん。


「ぴろんっ」

「…………………………………………」


手元で鳴ったスマホにはたった今僕がしていたらしい、……うん、見事な照れ顔というやつ。


どアップで。


前髪が軽く掛かっていてまつげと合わせて光ってるのが余計に恥ずかしい。

……もう、この体も顔も僕自身のものって感じるんだから止めてほしかったなぁ。


四角い画面には……いつも鏡で見るような眠そうな顔じゃなくって、目を見開きながらもちょっとだけそらしてうつむき加減。


でも口がすっごく緩んでいる、年相応に見える笑顔が映っていた。

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