9話 ゆりかって言う、ちょっと変わったレモンな子

「くぁ……」


体のサイズに比べて大きなあくびが出た。


全然成長してないのはこの数ヶ月で確認済みなのにこの眠気。

ちっちゃい体だからしょうがないか。


出てきた涙をふきふきした先にはいつも通りにつけっぱなしのテレビ。

どの局にしてもとめどない音と光という情報が流れ出ているにぎやかさ。


別に見ているわけじゃないんだけど、こうして誰かの姿をちょうどいい音と距離で聞いているっていうのはとっても安心するから居間に居るときはほとんど付けているんだ。


……あんまり良くない習慣って言うのは知ってる。

こういうの、人寂しいからするものらしいしな。


でも人との接点が無いんだからしょうがない。


春まではひとりでひきこもってニートしてたんだから僕のせいで、春からは幼女になっちゃって誘拐犯になっちゃうから僕のせいじゃないからしょうがないんだ。


でも最近はがんばってるんだよ?


JCさんたちな知り合いが4人になっちゃって予定が重なると毎日お出かけだもんなぁ。


ちょっと前だったか何年か前だったか、何週間かじとっと引きこもっていたら会話ができなくなってたことがあったけど今はそういうことないし。


気がつけばいじいじしている長い髪の毛。


さわさわすると気持ちいいそれを無意識にくるくるすべすべしている僕。


だってちょうどいいところにあるし触り心地いいし安心するし……せっかくもっさり生えているんだから使わないともったいないし。


うん。


モフれるうちに存分にモフっておこう。

男に戻ったら多分消えるんだろうし。


ひと晩でもっさり生えたんだから戻るときもひと晩ですっきりするに違いない。


「…………………………………………」


……これだけ生えた代償とか言って生えなくなるのとかは止めてね……?


この歳ではげたら悲しすぎるんだよ……?


僕も男だから薄毛の悲惨さは僕自身のことのように意識している。

男って案外に繊細だよね。



――――――――――――◇の思考にノイズが◇◇る。


でも、そのときの僕がそれを自覚することはなかった。



そう言えばなんで僕今日はずっと居間に居るんだっけ?


普段は部屋がメインなのにな。

まぁいいや。


「◇◇◇ニュースです」


そんなときに◇◇◇とイヤな感じのテロップとともにスタジオがぶつ切りになって急にマジメな顔のニュースキャスターの人。


…………なんだろう、これ。


頭が…………ちりちり?

ちみちみする◇な?


深いことを考えられない。

なんか不思議な感覚。


あ、でも、これってちょっと前に経験した気がする……いつだっけ?


あ、そうだ。


これって僕がこの体になった◇◇◇◇に。


「……え? もう始まって? …………失礼しました、◇◇長官の会見の様子を中継します……」


◇◇◇…………、ざらざらする。


「……政府は…………今朝の臨時閣議によって次の…………措置法を」「…………合同対策本部を設置し、速やかに◇◇◇混乱を最小限に抑えるよう……」「……以後は……した関係各国との連携と…………の救済を目標とし、また同時に国民の皆様にも……」「……また、周知活動はもちろんのことその第一弾として…………」


「……そこで今回は、周知活動キャンペーンとして、◇◇◇…………の方々、を…………」「……として起用することになったそうです」


「…………◇◇、もう準備できているんですか!? ……こほん、失礼しました。 それでは中継をつなぎます! フラッシュに……」


目が覚めるときって急に物を考えられるからすごいよね。


「?」


なんで僕そんなこと今考えてるんだろう。


まぁいいや。


それよりなんだか画面に映っているこの子たちに見覚えがあったんだ。


誰だっけ……?

そんなに前じゃないような……?


あのときはメガネだったはずだけど◇な子と、髪の毛を後ろでひとくくりのポニ◇テールさん。

どこかで見◇覚えがあるような?


なんか印象的だったのは間違いないんだけど、多分僕から一方的に1回くらいしか見てない気がする。


誰だっけ?


確か僕がこの体になって――。


「むー?」


「えー、彼女たちは……として有名な◇◇◇……として1年ほど前から……」

「今回は彼女たちが……で影響力のある、今人気のアイドルということもあり……」


……あのガタイの良さと高い身長、だけどどこか僕と似た雰囲気を感じないでもない感じの彼。


…………あぁ、萩村さんだ萩村さん。


ついこないだ来ていたDMまがいの◇◇の送り主が画面に映る。

スマホって便利だな。


登◇しておいてよかった。


それにしても最近会っていないからけっこう懐かしい感じまでするな。

連絡はメールでいちおうは取っているけどしょせんデータでしかないし。


ということはこの子たちは……あぁ、思い出した。


僕がハサミに追われていたころ、家から出て駅に向かっていたら萩村さんにばったり会ったんだっけ。


そのときに黒塗りの3台くらいの車から出てきたのがポニーテールの子と学生服で目立つメガネをかけていた子だ。


2人とも高校生くらいの女の子で……あー、そうだった、結構はっきり思い出せた。

テレビに映ってるのこの子たちだ。


萩村さんも隅っこに映ってるし……お仕事もらえたんだね。

けどなんかアイドルさんたちにしては物々しい雰囲気。


なんなんだろう。


けどそれを目指してたんだろうし、応援してあげよう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


でもこの時の僕の頭は、それより先へは上手に働いてくれなかった。


「なんだか懐かしいなー」「あのときはまだスカートにも慣れてなかったなー」「あとあの日にかがりに再補足されてこうなってるんだよなー」くらいしか考えられなかったんだ。





映画館って独特の雰囲気だよね。


滅多に行かないけど僕は好き。


行くって言っても月に1回程度が上限だろうけど。

だってほら、普段は高いし……。


あ、でも、そっか……レディースデー。

僕は肉体的には女なんだし、来ようって思えば結構お安く……?


ああいやでも子供ってことで安くなることは確かか。

ああいやいやでもでも学生証って言う切り札がないんだ。


「さっすがに封切りしてすぐだから人でいっぱいだねぇ。 普段はがらがらなのにさ?」


僕の次にちっちゃい子が言う。


「いちばん見やすい席くらいしか埋まらないことのほうが多いのよねー、最近は。 最近はって言っても私が産まれる前からこうだってお父さんが言ってたけど」


床は絨毯で色合いは高級感を醸し出している空間。

歩くとぼふぼふとかぽふぽふって感じの足音が返って来る。


そうしてポップコーンの匂いで包まれている独特の空間。


僕はゆりかとその隅っこで、ほんの十数分の時間をつぶすために普段以上に中身のない会話をしている。


だって今日はミニマム級ふたりだ。

この人混みに飲まれたら息苦しくて仕方ないので意見が一致しているんだ。


「今から観る映画。 評判もかなりいいみたいだね」


何日か前に「観ない?」って誘われた映画館での映画。

「観ない」って言おうとしたけどなんだかんだで来てる僕。


だってほら……かがりの相手に比べたらすっごく楽だし……。


「みたいだねー、だからこそなるたけ早くって思ったんだけどね? せっかくだし? この監督の作品も外れは少なくてヒットも多めだしさー」


「まぁね……なかなかおもしろそうだな。 僕も普段は来ないけどたまには映画館で観るというのも雰囲気があるからいいね」


「そだねぇ。 映画館には映画館の魅力があるよねー。 まー、本来映画ってそういうものだったはずなんだけどさ? 私たちが生まれるずーっと前の話らしいけど」


「いつの話になるだ、それ」

「んにゃ、先代のかな?」


ゆりかってよく適当なことを言う。

それで分からなくなったり飽きたりするとまた適当な返事でごまかす。


ふと目を上げると黙った僕を見ていたらしいレモンさんと視線が合う。


だいぶ伸びてるなぁ、前髪。


もはやぱっつんと呼べなくなりつつある。

いちど定着したからたぶん呼び続けるだろうけど。


「やーん、ねつれつー」


あと、今日は冷房が寒いかもって言ったおかげでいつもより露出が少ないから安心だ。


僕は別にこの子の肩とか二の腕とかおへそとか太ももが見えてたってなんとも思わないけど……でもやっぱり中身が男なもんだから、どうしたって視線が引き寄せられる。


それをごまかすのが大変なんだ。


「…………………………………………」

「…………………………………………」


どうやら何十秒か顔を見たままにしちゃってたらしい。


顔が赤くなっちゃってるゆりか。

人と目がじーっと合うと誰だってそうなるよね。


「おぅ……ん、んーっ。 そ、そうだ響! ポップコーンとか食べるよね? せっかくだし映画館だし! たぶんゆっくり食べても序盤で食べ切っちゃうだろうけどさ! だったらでっかいの頼んで分け合わない? その方がお得でしょ?」


「うん……そうだね」


学生的にはここに来るのだって結構お高いもんね。

僕の金銭感覚と彼女たちのそれとは違うんだから。


人のあいだをふたりでぬいぬいしながら売り場へと向かう。


駅とか繁華街とかと違って、人の流れがほとんどないのがこれほど楽だって感激してる僕。

いつもこうして楽に、前みたいにぬえるといいんだけどなぁ。


人って無意識で他人を避ける生き物。


でも目線より低いと悪意がなくても、たとえスマホに意識を吸い取られていなくって視界に入らない。

視界に入らないと避けることもできないわけだからみんなは僕の方へぶつかりに来る形になるんだ。


だから子供が人とぶつかるって言うのがあるんだろう。


子供自身も物理的な視野が狭くって、大人もそんな子供を見る方向な下へなんて視線を向けてないんだからな。


「ひびきー、ちゃんと前見てー」


せめて普通の人の視界に入るくらいには背が伸びてほしい。


「あ、ダメだこりゃ。 いつもの響になっとるわい。 すいませーん、私たち並んでまーす」


この体。


幼女。


成長にはあと数年は待たないといけなくって、場合によってはそれすら危ういのが悩みどころ。


横を歩いていたはずがいつの間にか前を歩いていた関澤さんの後ろの髪の毛の先っぽが、歩くのに合わせて肩に乗っかってはぴょんぴょんと跳ねている。


「ひびきー、このセットなんだけどさー、安いから――……ってやっぱ聞いてない……い、良いよね? あの、私たち……」


なんかこの子もかがりもそうなんだけど女の子ってせっかちだよね。

この子は小さいのにいちいち動きが大きいから余計に幼く見える。


「はぁぁ――……はずい。 けど本気で聞いてない響、ある意味すげぇ」


ん。


気が付いたらゆりかが身の丈に合わない大きさのトレイに顔まで隠れる大きさのポップコーンを抱えていた。


なんかサイズ感違くない……?


「でかい」


ちっこいのがでっかいのを抱えている。

そりゃあ重くなくてもでかいよね。


「持とうか?」

「嬉しいけど……でも響が持ったらこけたりしない?」


うん、僕もそう思う。


「響、私より腕の力とかないじゃん……いいよ、私のほうが大きいから。 少しだけど、でもマシだから。 ほら、10センチって言ったらちょうどこのポップコーンの上の端っこがはみ出るかどうかっていう超重要なとこで!! あ、落ちそう……ちょっとだけ食べちゃおっか」



そして子供のときに覚えてるように、ポップコーンを最初のCMくらいで食べ切って映画を堪能した僕たち。


暗い空間でひと言も話さず、なのに隣に座っていているってことがはっきりと感じられて。


序盤まではときどき手が当たったりしつつポップコーンをがさがさしたりジュースの氷の音が聞こえたり、ふいの静寂でぷちぷち食べている音がお互いに聞こえたり。


10年ぶりだったけどなかなかに懐かしい体験だった。


エンディングが終わって明るくなってからの非日常感もまた良いもの。

普段そのままパソコンの操作とかに戻っちゃうしな、家だと。


それにゆりかも、いつもはずーっと話し続けているのに映画が終わったあとちょっとだけ無言のままで歩いていたのもまた新鮮。


こんな感じならいくらでも一緒にいてもいいんだけどな。

でもこの子もやっぱり女の子、普段はとにかくやかましい。


どこかにほとんど話せずにいられる知人候補は存在しないんだろうか。


ただ傍に居てくれるだけで、できたら男が良いんだけどなぁ……いないかなぁ……。


「ふぃー……それにしてもやっぱこー、あれだよね。 映画館から出たあとしばらくってさ、今みたく夢見心地でふわふわしてるよねー」


「そうだね。 あのスクリーンからの光と音しかない環境がいいんだろうな。 真っ暗闇の中でただ座っていて……家だと他のことで気を取られたりして、つい気が散ってしまうし。 インターホンとか電話とか外の音とか……スマホの通知もそうか」


気がつけば映画館からファミレス。


もうお昼は過ぎているんだけど、でもまだ僕はお腹がいっぱいのままで、でもゆりかは少し空いているってことで入ったらしい。


「でもさー響」


ぷんやりと言うゆりか。


「やっぱりさー、見終わったあとこうしてさー。 おんなじような感性持ってる友だちとすぐに感想言い合えるのっていいよねー。 こうしてダラダラ食べたりしながらさー。 響はまだお腹空いてないから付き合わせちゃってごめんだけど」


まだ非日常が抜けない日常感が良いよね。


「こうしていい具合に気が抜けた状態でおもしろかったところやダメだったところを話せるのは……楽しいね」

「だよね――……良いよねー、こーゆーの。 ……じゃ、じゃーさ、ひびき」


意識を元ぱっつんに戻すと珍しくもどかしげにしている様子。


「……じ、じゃあ、さ。 …………今度からさ、私の家で。 じょ、上映会とかしない? とか言ったりしてー!」


「あははー」といつも通りの演技過剰で体をくねくねさせながら顔も真っ赤にしているゆりか。


この子って演技するからどこまでが本心なのかがいまいち分からないんだよなぁ。

その点かがりみたいな単純……裏表が存在しない……演技する必要がない子よりも難しいんだ。


「親もいない家の中でふたりっきりとかはずかしーっ!」


なんでこう女の子ってテンションの上げ下げが極端なんだろう。

目の前でくねくねしているゆりかを見ながらそう思う。


「やーん!」


かがりとはまた別の方向性で元気だよなぁこの子。

会話の中のふとした何かですぐにこうなるもん。


「やーんっ……あはは……」

「………………………………」


で、いつも途中でテンションが元に戻って来始めて自分のそれに気がつくと。

いつも絶対最後まで気がつけないかがりとはまたまた違いがあって興味深い。


「…………………………………………」

「…………………………………………」


……反応、しようもないよね?


僕がこういうのに反応してふたりして騒げる性格じゃないって知ってるだろうし……。


だから僕はただただ待っているんだ。


彼女はしばらくそのままくねくねしていたけど……すぐに疲れたらしくぜーぜーとして「こほんっ」とこれまたわざとらしく、そして顔だけ赤いまま何食わぬ顔で続けるらしい。


「……うち、テレビもたいして大きくないしさ、響んとこほどの環境じゃないだろうけどさ。 でも響のとこは……そのぉ、あんまり人を呼びたくないかもだし?」

「ん、まあね」


呼んだらこの関係も終わるしな。

どうせ終わらせるんだけどそうにしても穏便にしたいところ。


なにが洋館の豪邸か。

どこからどう見ても普通の一軒家だもんな。


じいやとかメイドさんとかなんて空想の存在だ。


かがりが毎回テンポ良く妄想を吐き出すもんだから……。


「どお、かなぁ……?」

「……夏休みはともかく、そのあとは学校もあるだろうし。 たまになら良いかな」

「やたっ!」


ぐっと握りつぶしな演技さん。


よっぽど友だちと観る映画が好きらしい。

純粋に喜んでる姿ってほっこりするよね。


「……やっぱりさ」

「ん」


「やっぱね。 響とだとさ。 好きなものとか話題とか。 好きなこととかおもしろいって感じるツボっていうのかな。 そういうの、合うんだよね」


珍しく自然なトーンで話し出す彼女。


「それにさ……その、響ってクールっていうより無関心って見えるんだけど……実際は違うよね? 私が『こんなの見た』『こんなの知ってる?』って聞いたりしたのとか、あとで見といてくれたりするしさ。 別に頼んでいないのにね。 でも、実は知っていてほしかったりするの。 それを次会ったときに響から言ってくれるの。 そういうのってすごく珍しいし……私に合わせようってしてくれているのが分かるから、その。 えーっと……あはは、けっこう嬉しいんだよ。 他の子はそもそも関心がなくって『ふーん』で終わるかだしさ」


……僕も今「ふーん」って返事しそうになって焦った。


「……うわ、こういうのこっぱずかし……」


ずずーっと音を立てて、ストローの先からかすかに残ったジュースをすすっているゆりか。

そういうところが子供っぽさで僕以下なんだけどなぁ。


春。


良いよね。

僕も体験したかった。


「私ね、響。 響みたいに価値観とか近くって、性格も合って。 んで一緒にいて心地よくって。 こうやって趣味についてたくさん話せる友だちって、ずーっと欲しかったんだ」


今日のゆりかはやけにセンチメンタル。

さっきの映画に影響されたんだろうね。


僕もそういうのあるから分かる。


「だから、響とこうして映画にきて嬉しくなっちゃった。 ごめんね、映画のあとだからなんだか感傷的になっちゃって」

「良いんじゃないかな」


指でぱっつんをくるんくるんとしながら立ち上がって「混ぜてくる!!」って宣言してドリンクバーへと小走りで行く関澤さんの後ろ姿をぼんやりと見る。


「あ、そーだ響」

「ん?」


ぽふんと座って話しかけてきた調子は完全に普段のそれ。


「さっきさ、買うときにぱっと店員の人に答えちゃったけどさ……そのー、カップル割ってやつ。 あははっ、期間限定だったし珍しいからつい頼んじゃったよー、響もこっち見てなくてどうしようか聞かなくてごめん! あれ、イヤだったりした? やっぱカップルとさー!」


いつも通りの無駄なテンションがまぶしい。


「いや? 別に、安くなるに越したことはないと思うよ?」


カップル割。

そういうものがあったらしいね。


でも帰るときになんとなく見てみたけど大したことはなかったけどなぁ。

カップル割とは言いつつ単純に2人用のセットのことでしょ?


別に男女じゃなくても家族連れとかでもなんでも2個ずつならどういう組み合わせでも割引しますよっていうだけのやつ。


「……そっか。 …………んぅ――……」


何杯目かになるジュースを飲みながら何かを考えている。


「……んじゃ……さ。 ね、響。 この話の流れのついでだし……聞いちゃっていい? やだったら聞かないフリ、してくれてもいいから……さ」

「いいよ?」


なんだか妙に歯切れ悪い感じの関澤さん。


なんだか髪の毛を触りだした……少しでも大きい服を着ているとレモンが確認できなくなる悲しい元レモンさんは「んー」とか「んぁー」とか言うばかり。


1分くらい経っておずおずと見上げてきた彼女は……けどすぐに僕から目を逸らしながら言った。


「ひ、ひびきって、さ。 今、その、ね? その……付き合ってる人とか。 あ、えぇっとつまりなんだね、好きな人とかっているのかねって聞いてみたかったのだよ。 ……じゃなくて、その……いる、の、かな……?」


……かがりのときもそうだけど、最近立て続けに変なことばかり聞かれている気がする。


本当に女の子って好きだよなぁ……。

きっと学校での話題もそういうのばっかりなんだろう。


「……あ! 今のカップル割とかでそーゆーのでなんか浮かんだ疑問だし! あ、いや私はきょーみなくもないんだけどともかくそんなわけだから、ぜんぜん答えなくっていいから!!」


「僕は別に平気だよ? ただ君が話し終わるのを待っていただけだから」

「あぅ」


なぜかさらに赤くなっていくゆりか。

よく分からないけど、多分思ってもないことまで話しちゃったんだろう。


緊張してると勝手に口がしゃべっちゃうんだよね。

すっごく良く分かる。


「君は普段から恋愛の話題とかしたことなかったから少し驚いていただけ」


「それに」

「それに?」


「……あ、いや。 ただ、つい先日も同じようなことを聞かれたばかりだったからデジャヴみたいな感覚になってね」


こういうのは立て続けに起きるものなんだ。

この子たちと出会ったときもそうだったしな。


「……ね。 もしかしてそれ、この前の……えっと、大きい子」


どっちの意味で大きいんだろう。

多分どっちの意味でもだよね。


「……かがりって子だったりする? なんとなくだけど」

「ん、よく分かったね」


妙な化学反応が起きないようにってばらばらに会っていたのにばったり会っちゃったこの子とかがり。

かがりもそうだけどこの子も結構相手のことを気にしているらしい。


なんでだろ。


同じ学校なのにお互いのこと知らなかったからかな。


学校で話すようになったのかって思ったらそうでもないみたい?


「そっか。 …………………………」


これまた珍しくぼんやりとしているゆりか。

僕もぼんやりしながら見つめ返す。


なーんかこの子と一緒にいると、ふとしたタイミングでこういうの多いんだよな。


こういう感じ、昔の母さんと少し似ているかも?

目が合う確率が高いというか目が合っていても嫌な感じにならないというか、そんな感じが。


……こんなにちっちゃい子なのにね。

性格が似てたんだろうか。


「……んで、どうよ? 聞いたことないけどいるの? 相手」

「そんな相手、僕には居ないよ」


「ほんと?」

「うん。 好きな人も付き合っている人も。 そういうの興味ないし……そういうゆりかはどうなんだ?」

「え……わ、私ぃ!?」


「うん、君には居ないのか? 肝心なときにも冗談を言って失敗しそうな性格をしているけれど」

「……響ってときどき辛辣だよねぇ……」


ふたたびぱっつんの下の目と合う。


「でもそうねぇ……私もね?」


真っ黒な目のふちに光る窓の外の光。

黒と白と緑の混じった明るさのコントラスト。


ふだんはおどけていることが多くって口の端が上がっていることが多いんだけど、今はどちらかというとぎゅっと力が入っている感じ。


めったに見ない、ちょっとだけ大人びた感じのゆりか。

こういうの見ると「この子もやっぱり女の子なんだなぁ」って気持ちになる。


これが父性か。


「恋人とか、付き合った人とか。 …………私も。 今までいたこともないし、考えたこともなかったよ」

「なんだ、一緒か」


大丈夫、中学生ならまだまだ大丈夫だから。

それに君なら望めばすぐにお相手は見つかるだろうし。


「だけどね、響」


まぶたが少しだけ下がってぱっちりしていた目が、切れ長になっている。

僕としてはこういう目つきのほうが普段の元気すぎる感じのよりも似合ってる気がする。


「気になってる……かも? そんな人。 最近いるかなーって感じ……かな?」


ちょっとうつむいてちらちら見上げてくる、不思議なことをしてくるゆりか。


「青春しているね」

「あり? 予想外の反応」


どんな反応を期待してたんだろう。


「あ、いや……あー、まぁ響だもんね。 そーだよねぇ、こっちの方が自然だよねぇ……」


どう言う意味なんだろう……いや、そのまんまか。


そうして「うぁー」とか言いながら普段の僕のように急にぐだっとした関澤さん。

この子も僕と同じくうつ伏せになってもなんら支障はなさそうで何より。


「その話、今度会うとき彼女……かがりにしてあげると、きっと喜ぶと思うよ? この前会ったときはなんだか君にしては珍しくぎこちない感じだったけど、その話題ならすぐに打ち解けるんじゃないかな」


「…………………………………………………………」


がばっと頭を上げてなんかすっごく見てきたゆりか。

なんかすっごく変な顔してる。


……なんで……?


あ、そうか。

かがりから怒濤の恋バナというものの講義をされたことがないのかな?


「いーや、なんでもない。 別にいいのよ」


ずずーっと溶けた氷だったものをすするゆりか。


なんか微妙に不機嫌?

なんで?


「……じゃ、話戻してさ。 あの映画のモチーフだけどさ? さっき響が言ってたみたいに」

「ああ、うん。 やっぱりギリシャ神話だね。 分かりやすすぎる嫌いはあるけれど……」


元ぱっつんゆりかはコイバナに飽きたのか、そんな感じの話題に戻ってくれたから楽になった。


……ファミレスとかでただ適当に話す時間。


こういうのもなんだか良いなって思うようになってきた今日このごろだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る