7話 しゅらば

テレビの向こうはいつだって物騒だ。


『で、現場の状況を……どうなっていますか?』

『はい。 ……の衝撃で辺りが一面』

『これはやはり初期の対応が……だったためでしょうか?』

まだ情報が入ってきていないのですが、おそらくは』


でも僕には関係ない話。

どれだけ悲惨なことでも僕自身の身に迫らないんだったらやっぱり他人事なんだ。


目を背けちゃ行けないって言う意見も理解もできるし納得もできる。


でも、こんな僕に何ができるって言うんだ。


「ふぅ」


集中力が切れたしキリのいいところだったからノートも問題集もぱたんと閉じる。

顔を上げるとまだ勉強を始めて1時間といった様子。


日課になっていたからなんとなく集中するモードになれる時間帯なのに急な手持ち無沙汰。

ただの休憩じゃなくって、するはずのものがなくなっちゃった虚無感。


でも結構かかったって言うべきなのか遅かったって言うべきなのか分からないなぁ……中学生の範囲を終えるのに2ヶ月くらいかかったのって。


終えたっていっても完璧じゃないし主要教科だけ。

けどまぁ復習っていう意味ではこの辺で充分だろう。


これで中学までの範囲なら……特に空っぽかがりに教えてあげられるようになったしな、自信持って良いだろう。


どうせみんなができないところをできるようになったってそこまで誇れるものじゃないしな……大人が中学生に「僕の方が勉強できるんだぞ」って威張っても「そうなんだ」でおしまいだし。


学生のときは「1回覚えたんだし、こんなのは絶対忘れないよね」って思っていたのに、完全に使わない期間があっただけでもう忘れてる。


人って、使わないと本当にゆっくりと忘れるものなんだなぁって実感する。


今までだったらこの時間、午前って言うのは……勉強をはじめる前だったらネットとか見たり二度寝したりして適当にダラダラしていたんだけど1回勉強の習慣がつき始めたんだ、そうやすやすと途切れさせたくない気がする。


「めんどくさい」


けど仕方ない、買っていなかったんだから買いに行こう……高1の参考書。

この時間だったら人は少ないだろうし、気分転換だ。



ここのところの外出で体が慣れてきたのか、いつもの格好で出てきてもほとんど疲れないままに駅前へたどり着いた。


お店とかって意外と開くのが遅いよね……ニートやってるとその辺がよく分かるんだ。


だから開いたばっかりなビルの中に入ってちょっと別世界を味わいつつ、空いている中を気楽に歩いて上って参考書コーナーへGO。


やっぱりひとりは気軽で楽だ。

男は孤独じゃないとね。


好きなペースで好きなところに行けて遅れがちな歩幅で振り返られて落ち込むことがないし、かがまれて身長差で落ち込むこともないし「妹さん?」とか言われて落ち込むこともない。


気がついたら書店のいちばん奥で隅っこの、けどかなり広い感じの教材が揃っているエリアにたどり着いた。


こんなエリア、学生時代ならいやいやで来る場所だから今は逆に新鮮だ。


にしても迷うなぁ……参考書とかってなんだか魅惑的だからどれも欲しくなる。

こういうのって好き。


ぱらぱらと見るだけで重いって分かる参考書を数冊横に置いてよーく吟味する。


む……これはいいけど紙が硬いしこれは色が少ない。


「…………あれ? 響?」


声をかけられてフリーズした僕。

顔を上げると……歩いてくるのはなぜか制服を着ているぱっつんレモンさん。


……なんで君がここにいるの?


今日は約束とかしてないでしょ……?


やだよ?


休日も子守なんて……ああいや、この子相手なら大丈夫か。

かがり相手ならまだしも……いや、やっぱり話が長いからご勘弁だ。


さて、休日……ニートだけど人と会うって言うのはニートにとっては重労働なんだ……そんな中でばったりゆりかと遭遇。


これ、どうやって乗り切ろうか。


「やっぱ響だよね! そのミニマム銀色ぼでー! こんちゃー」


……君だってミニマムじゃん。


そう言いたいけどぐっとこらえる。


遠くで目が合って合わなかったフリをしてお互いに離れるってのは望めなかったらしい。


あっという間に50センチを切る距離まで迫ってきて、ぐーっと顔を近づけてくるゆりか。

この距離感……ほんとうに小学生と言っても過言ではない。


彼女の悪戯っぽい目元とか口元がはっきりと見える。


でもなんで制服も着ているの?


「……ゆりかか。 おはよう」

「奇遇だねぇ、こんなとこで合うなんて。 まさか運命!?」


ないない。


「……なわけないけどさー。 にしても離れたとこから見てもほんと小さいねー響は。 迷子かって思っちゃったくらい」


「……うるさい」

「えへへぇ、お互いさまだし仕方ないよねー。 ……あ、この前も私、迷子って間違われて警備員の人に優しく声かけられたトラウマがぁー」


落ち込むゆりかはどうでも良いとして、今はゆりかだけじゃないから気が気じゃない。

つまり彼女は学校帰りかなんかで……同級生か誰かを連れているんだ。


関澤さんの隣には友人と思しき距離感で立っている女の子。


身長が高い……たぶん平均よりは……だから僕を見下ろす形になっている普通の中学生的な子。

横にいる関澤さんと比べるとその差は明らかだ。


ちっちゃいって悲しいね。


いやそれでも背が高いというか全体的に……こう、大きい。

運動部って感じな子。


ワイシャツから覗くうっすらとした筋肉は多分ちゃんと動いてる人のもの。


健康的な感じだから男子から人気がありそうな印象だな。


髪の毛は長くもなく短くもない感じだけど、最近見た雑誌に乗っていた髪型になっているからおしゃれはしているらしい。

派手なヘアピンもしているし。


……さりげなく相手のヘアスタイルを気にしているのに気がつく。


最近いろいろとあれだし、ちょっと気をつけないと……。

本格的に心まで女になるわけにはいかないんだ。


僕の知り合いにこういう子はいなかったからまだ言語化できないけども。

あ、アニメとかマンガで言うならバレー部とかしてそうって言えば通じそう。


小学生みたいなゆりかとバレー部的な子。

いろいろな意味で凸凹コンビだ。


「………………………………」


そのうちの凸のほうからずーっとじーっと見られているんだけど……。


なに?


ガンつけられてる……?

いやまさか。


単純に上から見下ろされているだけだ、気にしても無駄なんだ。

そういう言葉に出来ない思いをを込めてゆりかを見てみる。


お願いだから挨拶だけでおしまいにして?

この子を紹介したりしないで?


そんな気持ちを込めて。


「えっとね? うちのクラス、今日登校日だったんよ? なんにもすることないし、ただ朝早くに集まってイスに座って話聞くだけのやつ。 だからこの時間なの」


僕の気持ちは届かなかった。


「で、このでかいのは『りさりん』って言ってね? うん、名字が『りさ』で名前が『りん』。 りさりんって名前に見合わずでっかいんだけど、もちふたつの意味でね? りさりんと私は去年からおんなじ……あいた!?」


「『りさ』ね? り・さ! 名字は杉若! あと余計なことは言わない!!」


「んー、痛いよりさりーん」

「だからー、り、さ! ちゃんと名前で呼びなさいって! 初対面の相手でしょう!」


ぎゃいぎゃい始まる中学生たち。


……あぁなるほど……ゆりかはいつも人の名前、変な風に呼んでいるのか。

いつもみたいにゲームとか流行りのネーミングをもじったりして。


僕のこともときどき変な呼び方するし1人でぶつぶつつぶやいていたりするしな。


……あれ?


もしかしてこの子、ちょっと変?


……ちょっと考えてみたらくるんメロンはあんなだけどゆるふわで一括りにできるし、それに比べてぱっつんレモンはって言うと……。


僕は常識人しか相手したことがないからこういうときに動けない。


そんな僕の前であっという間の決着。

身長差っていうか体格差であっという間に後ろから抱えられるぱっつんだ。


「……ごめんね、うるさくって。 で、あなたが響さん……だっけ? 最近コイツが噂してたから名前だけ知ってるわ」

「みぞおちは地味に来るんだよりさりん……」


「あ、はい……よろしく。 えっと……りさ、さん」

「ん、よろしくね?」

「りさりんだってうう゛ぉえ」


すごいうめき声が聞こえるんだけど大丈夫だろうか……。


「ゆりか、あなたがいっつもいっつも学校でそう呼んでるからすっかり定着しちゃったじゃない! 顔だけ知ってるような人からいきなり『りさりん……さん?』とか呼ばれることもあるのよ!? それもしょっちゅう!!」

「おぅ、私のりさりんが浸透している……良いね!」


「よくないわよ……って、こら! ちょっと、止めなさいってば!」

「えー、ケチー」

「ケチ言うな!」


ゆりかがりさ……さんにしがみついてうねうねもぞもぞしている。


することもないからぼんやり立ってるしかない悲しみ。


こうして女子中学生同士のやりとりを見ていると……ふだんのゆりかもスイーツと着せ替え以外のときのかがりもけっこう遠慮してくれていたのがよく分かるな。


あのかがりでさえ結構控えめだってことが分かる程度に距離が近いって言うか肌同士が密着しすぎている。


制服の硬いはずの生地がふんにゃりしてるもん。

きっと柔らかいんだろう。


「……ようやく静かになったわね……。 あ、ごめんなさい。 確か体が弱い……んだったわよね? このアホから聞いているの」


「えーっと……事情持ちっていうか? そういうの、どこまで言っていいのか分かんなかったからさー。 同い年でクール系で……そんくらいだよねぇりさりん?」

「あ、それでいつもふわとしか言わなかったのね……って! だから名前!」

「りさりんのこと?」

「り・さ・よ!」

「ふーい」


……ひとまずゆりかは大丈夫と。


線引きできる子だって分かったから少しは安心だ。


じゃあ残るはかがりだけだな。


もう手遅れかもしれない……けど話されるのはイヤだって伝えておかないと。

どれだけ聞いてくれるのかは分からないけどなぁ……あのおしゃべりくるんは。


「で、ところでさ響? YOUはなぜここに! こーんなイヤーなコーナーに来てるってことは参考書とか単語帳? マジメさんねー」


「うん、ちょっとね」


もうだめだ、話がどんどん進む。


「さすが響ー、まじめさんだ! ……だってよー? りさりーん? 夏休みの熱い中わざわざ1人でお勉強のものを買いに来る精神を見習いなー? 話も上手で先生ウケもよくって頭もよさそうってイメージしかないのにダメな科目はとことんダメなりさりーん?」


「……こんの、今回の成績で勝ったからって……。 私は毎日少しずつやってるって言ってるよね……?」

「今回だけじゃなくて中学入ってから……あ、はい、おとなしくします。 で、響は今日どんなの買いに来たの?」


「うん」


「うん」じゃないけども、思うように口が動かないからってしずしずと差し出してみる参考書。


「これ? 見ていい? あ、どもども……うぇ?」

「へー、見たことないわねー。 どこの出版社の……かし、ら……」


なんかゆりかの手が止まる。

りさりんさんは固まっている。


ページを見てから表紙を見て、2人顔を合わせて、もういっかいページへと忙しい。


仲良いな。

息も表情の変わりようもぴったりだ。


「……えっとー、響さんやい。 これ、高校のじゃない? お間違え?」

「いや、合っているよ。 高1のだからね」


「あっれー? たしかこの前退院……してからまだ勉強追いついてないって言ってたって思うんだけど……?」


しどろもどろなゆりかはわりとレア。


「あれは家に戻ってきたばかりだったからね。 今までは全然勉強していなかったんだ」


嘘は言っていない。

意図的に僕の状況を曲解しただけだ。


意訳とも言う。


「退院? ……響さん入院してたの? たしかに体が弱いって言ってたしゆりかよりも小さ……あ、ごめん。 背もかなり低いし……聞いていいのか分からないけど重い病気とか……?」


「りさりん、もうちょっと待ってて? それ、初対面で聞いちゃいけないやつ」


僕は初対面で話したけどね。


「……のはずなんだけど響って結構そういうのオープンだよね。 初めて会ったときもそうだったし。 私、結構気ぃつかってそこまでは言ったりしてなかったんだけど……」


「ゆりかの友だちだろう? ならこの先どこかで会うかもしれないし、それなら知っておいてもらったほうが話が早いしな」


知り合っちゃった以上、これから先もゆりかとの会話では出てくるだろうし。


「えと、そういうわけでりさりん。 響はこないだまで、ずーっと何年も……10年まではいかないよね? …………あ、さいですか。 10年以上……え、そんなときから? 入院しててろくに勉強もするどころじゃなくって。 でも退院もできるくらいに元気になってきてそっから勉強するほどまじめさんでね?」


彼女によって僕の遍歴が構成される。


「……そうだったのに! 何? この1ヶ月で何があったのひびきぃ!? もう勉強は追いつくどころか追い越しちゃって手元には高校の参考書とか!! なにその超ハイスペック!? マンガのキャラみたい!」


「……いや、その。 みんなよりも、……時間が、あっただけだよ。 それさえあれば、きっと君たちだって同じこと、できるはずだ……」


「いやいやいやいや絶対ムリだから! 私だったら隠れてゲームとかしちゃうしさぼるし! ねぇりさりん!! りさりんなら分かるでしょ!!」

「え、えぇ…………ごめんなさい、毎日ヒマなのに宿題さえしていなくて……」


りさりんさんが僕に向かって何故か謝る。


「ほれ、見習いたまえりさりんくん。 勉強はやればできるんだよ?」

「えっと、すごいですね響さんって」

「……いや」


「あの、……知り合ったばかりであつかましいって分かってますけど、勉強。 響さんがよければ、教えてくれ……もらうことって、できますか……? あ、もちろん時間があるときにちょっとだけで良いので……」

「でた、りさりんのコミュ力! あとなんか敬語! 敬語りさりん良い!!」


ぐったりしていた僕をかがみながら見下ろす感じでりさりんさんが迫っていた。

その後ろからぴょんぴょんとゆりかが跳ねている。


……うん、全体的に大きい。


いろいろと。

メロンさんとは違って健康的でがっしりとした感じにいろいろと。

それに反比例する憐れなゆりかの髪の毛が跳ねている。


けども僕はさっさと帰りたい。


人と話す時間は短い方が良い性質の僕にとってはこの時間は大変。

心の用意がないんだ。


だから「じゃあ帰るね」って言おうと息を吸って溜めたところで気がつく。


……通路の先にまたしても女の子がいる。


分厚い本を抱えるようにして歩いているメガネの子がふらふらと儚げだ。

あの子もこの子たちと同じ制服らしい。


珍しいものもあるもんだって思ったけど今日は登校日だって言っていたしな、他の子がいたって不思議じゃない。


「あら友池さんじゃない! 珍しいわね、こっちまで来るなんて!」


耳の上を大声が通過してびっくりした。

いや、そこまでの声じゃないんだけど、ちょっとぼーっとしていたから。


その文学少女的で友池さん的な子も僕と同時にびくっとしてたし「ぴゃっ」みたいな発声も確認できたから一瞬で僕の同族認定だ。


僕たちみたいな存在はそれだけで分かり合えるんだ。


「およ、りさりんが元気」

「そっか、今日はどこのクラスも同じタイミングで下校だったものね。 部活とかなかったら同じ電車に乗るわよねっ」


儚げな文学少女さんもとい友池さんとやらは客観的に見た僕みたいな反応をしながらふらふら歩いてくる。


僕はりさりんさんの後ろに居る形。

ゆりかの前に居る形。


つまりは身動きが取れないんだ。


「友池さんもこっちにも来ることあるのね。 偶然ね!」

「……あ、えっと」


りさりんさんに呼ばれてしまったメガネの子が本を重そうに抱えながらのそのそと歩いてくる。


腕の力がなくて抱えてるものが重いときとかそうなるよね。

あと、この動きとこの表情……あんまり呼ばれたくなかったと見た。


わかるー。


「……その。 杉若さん。 …………こんにちは」

「ええ、こんにちは。 学外では初めてよね!」


ぎこちない感じのあいさつ。


うん、僕の同類だな。

君もかわいそうに。


「ほう。 りさりんりさりん、この黒髪ロングで儚い系メガネっ娘お知り合いですかい?」

「うん、ときどき話すのよ。 あれあんた知らなかったっけ」


「私、りさりん一筋だからー」

「まーたそんな思ってもいないことを……で、ゆりか? 友池さんは近すぎる距離感苦手だからね? 今みたく軽口ばっかしてると嫌われるわよ?」


なるほど。


つまりこの子は完璧に僕側の人間、と。


ふたりがテンポの速いトークをしているから手持ち無沙汰だったのか、ふと儚い系の……メガネさんと目が合う。


なんかじっと見られてる。


なんで?

僕がちっこいから?


いや無い無い、ゆりかも居るし。


じー。


まだ見られている。


というか僕は制服も着ていないしそもそもちっこいし、たぶん「なんでこの子はここで立ったままいるんだろう……子供だけどりさりんさんの知り合いかな……」とか思っていそう。


僕もそう思う。


何でだろうね。


僕も分かんないや。


「で、友池さんもなにか買い物? えっと、いつも……たしか…………うーん、名前、ここまで出てきてるんだけど、とにかく仲よさそうな子と一緒にいるわよね?」

「えっと……はい……」


ピタッと会話が途切れる。


息を吸い込むためだ。

僕はその間合いを知っている。


「今は…………今日は別に。 …………いえ、一緒に来ているんですけど。 ………………………………でも、近くなんですけど、違うところ、コーナー見てて。 その、違うジャンルの本が、好きだから…………あ、です」


複雑な文章を高速で理解する脳みそと、簡単でも発音する文章を組み立てる場所ってかなり離れてるよね。


「そうなのね。 いつもふたりでいるところしか見たことなかったから新鮮だわー」

「い、いえ……」


けどりさりんさんこういう子の扱いにも慣れてるんだな。

コミュニケーションに長けているとはこういうことだ。


そうして話し終わって脱力している友池さん。


「私、友池さんとはたまに話すくらいだったし改めて自己紹介しておくわね?」

「ぇ…………はい」


うわ嫌そう。

嫌そうって言うのはりさりんさん相手が嫌なんじゃなくって、多分会話が続くことに対して。


僕だからこそ分かる。


「来年はおんなじクラスになるかもしれないし、たしか高校からは選択制のクラスもあるらしいし、お友だちは多い方が良いものね!」


そう?


「え、えーっと、私が杉若りさ。 で、この小学生みたいなのが関澤ゆりか。 全校集会とか移動のときとかで見たことある? 私、今年一緒のクラスになってからいっつもつきまとわれてるんだけど」


「…………はい。 廊下、とかで何回か」

「つきぎゅむむ」


ゆりかの発言はキャンセルされる。

何言いたかったのかちょっと興味が湧いた。


「なら早いわねっ。 で、こちらは響……さん。 えーっと、同じ学校じゃないし、このゆりかよりも幼……若……小………………ええっとぉ……」


ちらちらと困った顔で見てくるりさりんさん。


いいよ、ちっこいで。

客観的に見れば僕は幼女なんだから。


「……背は低いけど同い年なんだって。 私もさっき知り合ったばっかりなの」

「りさりん重い――……もしかして、太った? あ待って待ってちょい待って、もっと重い!! 深刻な重さだよりさりん!!!」


「で、途中で逸れちゃったけど響さんにも名前言っちゃってもいい? 今さらだけど……そ? こちらが友池さよさん。 で、合っているわよね? 良かった、ときどき図書室とかでお話しするの」


話の展開が速いりさりんさんは図書室系友池さんが「えっと」とか言うだけで意見を察知したらしく話したいことを話している。


「よろしく………………………………お願いします」


「つまりさよちんとか……んむむむ!」

「あだなは親しくなってから、よ? しかも相手が良いって言ったのじゃなきゃ駄目よー?」

「んむむむうむむ!」

「あはは、何言ってんのか分かんない! おっかしー!」

「んむ――――!!」


姦しくて何より。


と、ほんわかしたところでメガネさんがぶつぶつしていたのに気がついてさりげなく1歩離れておいた。


……この子はこの子でひとり言とか出ちゃうタイプなのかな……って思ったから。


「……すみません。 あの。 ……ちょっと待っていてもらっても、いいでしょうか。 その、一緒に来ている……を、呼びます、ので」

「あ、別に見かけたからあいさつしただけだしいつも一緒の子でしょ? わざわざ呼んだりしなくたって」


「……いえ、その人が……ちょっとあるの、で……」

「そう? 私たちは別に良いわよ?」


僕は良くない。


さっきまでよりもさらに小さい声でスマホに向かって話し出す友池さん。


断片的にぼんやりと聞こえるだけで、むしろ電話相手のやかましい感じの声のほうが大きいかもしれない。


あれ、でも。


電話口の声。

やたらとテンション高くて嬉しそうな声。


……なーんだか聞き覚えがあるような。


いや、気のせいだろう。

うん、気のせいだ。


気のせいに間違いない。


僕は僕の頭が解析した声の波形を意図的に無視する。


切れた通話から戻って来た儚いさんはぼーっとしながら僕を見ている。


やっぱりじーっと見られてる。


……いやいや、無い無い。


無いでしょ?


き、きっと同級生の誰かに違いない。


僕はありえない偶然っていう妄想を意識して排除しながら逃げようとしてゆりかに抱きつかれて逃げられなくなる。


「……ゆりか。 ……………………………………ゆりか」


聞いてない。


楽しそうにりさりんさんと話すついでに彼女の両手を、彼女から見てちょうど良い感じに背の低い僕の肩に乗っけているらしい。


ああ、女子ってやつの距離感……。


そんなのはどうでも良くって、とにかくただでさえ想定外の関澤さんにくっついたりさりんもとい杉若さん、杉若さんが呼び寄せた友池さんという3人がいるんだ。


「あの……」


「りさりん、頭使ったしおなかすいたー」

「そういえばそうね」


「えっと」


「もともとお腹が空くまで適当に本屋でもって感じだったんだし、まだちょっと早いけどお店はもう開き始めているわよねー」


「僕はそろそろ」


「お昼行っちゃう? 良いって言ってくれたら響さんも友池さんとお友だちも誘って。 せっかくお友だちになったんだし!」


会って10分で友だち認定はちょっと早すぎるって思うな。


眼鏡さんもそう思うでしょ?


「だから」


「良いねぇ! えっと、全部で……5人? 結構な大所帯になりそー」

「だったらまずお店決めるところからね。 みんなの好みとかあるだろうし……あ、食事制限とか響さんは大丈夫なのかな。 入院してる人とかってそういうのあるって」


「響はだいたいのもの平気だって言ってたし平気っぽい! あんま食べないけど」

「そうなの」


聞いてくれない。


なんで聞いてくれないのこの子たち?


無視してるわけじゃなくて単純に耳に届いてない雰囲気。


眼鏡友池さんと視線が合い続けている。


……君なら僕の気持ちをよーく分かってるでしょ?


助けて?


「……僕は迎えが」


「友池さんたちも、ご飯。 よければこのあと一緒に食べてく?」

「……えぇ、よろしければ」


僕はしょげたけどがんばってみる。


「あの、済まないのだけど」


「さよちゃ――――ん、お待たせ――――っ!!」


僕のか細い声はそのでっかい声に吹き飛ばされた。


……間に合わなかった。


失敗したんだ。


「さっきの電話あまり聞き取れなかったのよーごめんなさい。 でも屋内だし並んでいたから長くなってしまってもって思ったのよ。 でも、待ち合わせにはけっこう早いけどどうしたの? 急にこのあいだ話した響ちゃんのことを聞きたがるなんて……あ、響ちゃんについてまた聞きたくなったのかしら!!」


怒濤の文章がひと言に凝縮されて発せられる。


僕はゆっくりと振り向く。


振り向いた。

そして見上げた。


「………………………………?」


くるんっとかしげるくるんくるん。


……いや、分かっていたんだ。

第六感でなんとなく分かっちゃってたんだ。


振り向くと……いろんな意味ででかい下条さんがそびえていたんだ。


なんで君がここにいるの?

……呼ばれたからだよね……。


「……ってあらあら、そこにいるのは響ちゃん?」


人違いです。


その辺を無作為に抽出したら絶対に1人はいる感じの男だったときの僕ならまだしも、長い銀髪で背が低くて……な今の僕は言い逃れできない。


そもそもこの服装もこの子が選んだものだしな。


もう終わりなんだ。


「およ? 響? 響ちゃんだなんて……そんなかわいい呼び方されてるの?」


ぐいっと僕の肩を引き寄せられて抱き寄せられたけど女の子な部分が当たらないから平気。


でもやっぱり良い匂いがして困るんだ。

年下でも異性は異性。


……精神的な性別が大切なんだってよーく分かるな。


「あらあら?」

「うぉでけぇなにこれりさりんなんか目じゃねぇ……」


気持ちは分かる。

中学生どころか一般的な女性にあるまじきでかさ。


ゆりかがこの場のみんなの代弁者だ。


「……………………………………」

「……………………………………」


ひと呼吸置いて……なぜかメロンとレモンがすっと対峙する。


僕を挟んで。


目の前にはメロンの気配が……うなじにはレモンの気配が詰め寄ってくる。


なんで?


っていうかなんか怖くない?

どうしちゃったのふたりとも。


「響ちゃんと仲良さそう……響ちゃんのお友だち?」

「響? ちゃん付けって響的にオッケーだったん?」


「そうよね、響ちゃんって人とおはなしするのが面倒くさいだけで人見知りではないものねぇ」

「ひびき? 響の性格知ってるけどヤなものはヤだって良いなよ? なんなら私が言うよ?」


前と後ろから全くの同時に話しかけないで欲しい。

まるでヒマなときに聞いてるイヤホンで聴くあれみたいじゃないか。


そうして僕の上で視線が合っているらしいふたり。


僕は蚊帳の外なのに中心だ。


「響ちゃん?」

「ひびきー?」


どうして女の子っていきなり声が低くなるんだろう。


誰か教えて?





誰も教えてくれなかったし疲れた。


もうすぐにでも寝たい。


せっかく別々に時間を調節してうるさくならないようにって、顔を合わせないようにって気を配っていた下条さんと関澤さんとがまちがってエンカウントしてランデヴー。


そうしてちょっとのサイレンスの後、僕は両手を片手ずつつかまれてアブダクト。


その先はいつも彼女たちと会っていたファミレスだ。


『いつもの…………そう』

『へぇ。 いつもなんだ』


「いつもの」って言ったらもうワントーン声が下がったのが怖かった。


漏らしそうだった。


トイレを早めに行く習慣がなかったら多分漏らしてた。

危うく男どころか人としての尊厳を失うところだった。


しかもふたりだけに説明するならまだしも、この場にはりさりんこと杉若さんと眼鏡さんこと友池さんも同席している。


なんで「友だちだから!」で新しいふたりの前ではじめっから説明しなきゃならなかったの……?


女子ってそういう種族なの……?


そういう種族だったかも。


4人の中学生の前で説明させられた代償は強烈だ。


……別に経緯を話すのは良いんだけど、僕は何でかボックス席の「お誕生日席」っていうところに座らされてずっと4対の視線に晒されていたのが効いている。


そっかぁ、人生で初めて座ったけどここって注目されたくない人間にとっては苦痛でしかないんだ……。


「んで、いろいろごっちゃになってるからここは考察班な私が話を整理してみるとね、まず響は、さるお金持ちの家の子。 しかもそんじょそこらの小金持ちじゃなくてガチの。 ……響? まちがってたりこういうのイヤだったら言ってね?」


これまでの設定全部合わさるとそうなるから良いです。

そういう意味を込めての沈黙。


それにどうせ「やだ」って言っても謎の尋問は続くんでしょ……?


「で、どんだけかっていうとメイドさんとかいて着替えとかからお手伝いされるレベルで? でも響はそういうの嫌いな感じ。 んで送迎と護衛をいっつもされてるくらいの過保護で、あと年の離れたお兄ちゃんっ子」


メイドさんとか執事さんとかはかがりさんの妄想でお兄さんは僕です。


なーんて言ってもどうせかがりが「私、見たもの!」とか何歳児かって感じで言い張られるからそれで良いや。


「でも響ちゃんはこの春、私たちと会うまではずっと病気で入院していたのよね? あと、今もまだお家で療養中だって聞いたわ!」


何故か威張っているメロンさんがいる。


「そして、ゆりかちゃんと『も』『お友だち』なのよね?」

「うん。 私『も』響の『お友だち』だよ?」


トーン下げるのやめて?


「……この夏は君たちとの。 せっかく知り会ったんだからということで……外との友だちを作るという理由で許可を得て外出している……んだ」


こうでも言わないと納得しなかったからしょうがない。

僕は無言のプレッシャーに負けてかがりが納得してくれそうな論理を引き出した。


ようやく必死のつじつま合わせが上手く行ってこっそりため息。

どうにかこうにか齟齬なく繋げられた……と思う。


「波乱なのね……生まれも違うって感じだし別世界の話すぎて実感がないくらいよ。 人並み外れて……背が低いし、美形だし。 髪の毛が羨ましいし」


「あ、髪の毛すっごいよね。 日の光苦手だからいつも隠してるけど」

「あら、そうだったかしら?」


左側にはレモンさんとりさりんさんが座っている。


「でも……そう、体が。 ずっと病院にいるほどだったの……でも退院できてほんとうによかったわね。 でも、まさか……あの、知らなくって連れ回しちゃってごめんなさいね?」

「大変だったけど平気だ。 大変だったけど」


その件についてだけは強気で文句を言っておく。

口を尖らせるも気がつかれないのは知ってたけど。


「それにしても、洋館、召使い、メイドさん…………セバスさん…………一族。 いいかも…………」


かがりさんが謎の詠唱を始めた。


「おや、魂が疼くかい下条さんとやら」

「たましい……えぇ……とっても良いわね……」

「ぐっときておる。 闇の住人か」


それにゆりかが共鳴している。


ここは本当に現実世界なんだろうか。

ひょっとして魔法さんのせいで幻覚とか見てない?


「……ほんとうに、そういうご家庭、あるんですね…………」


話が途切れてちょっとした静けさに口を開くさよ・友池さん。

話すの苦手にしてはこの子、けっこう話すらしい。


「……私も体が弱くて、何度も入院と、それと、手術……しているので。 気持ちが、響さんの。 分かる気がします…………。 同じくらい、過保護にされすぎると、嫌気が差す、というのにも、……です」

「おおう、こっちもまたディープなのをさらりと」


そして右にはメロンメガネが塞いでいるんだ。

ついでにメガネさよさんは本当のご病人だったらしい。


……なんかごめんなさい、こんな嘘ついて。


もう芯から疲れ切っているから帰りたいんだけど、あえて忘れていたんだけど……僕が座っているのはお誕生日席で左右にふたりずつでブロックされているわけで。


つまりなにかというと……話をしながらみんなが食べ終わって満足するまで逃げられないんだ。


「? 響ちゃん? ひとくち食べる?」

「あ、ずるいっ」


そうじゃない。

そうじゃないんだ。


でも僕の祈りは届かなくって、JCさんたちの姦しい昼食兼おやつの間、僕はお誕生日席で悲しい思いをしながら座っていた。

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