2話 かがり・ゆりかとの出会い(僕は知らないままで)

体力が少ないと、休憩ってすごく大切って実感する。


それは男だったときから変わらないけど、さらに言えば中学生くらいからは自覚していたけども……僕はとにかく休む。


外に出たらベンチとかで座る、電車とかバスでも座るしついうたた寝しちゃう。

帰って来たら2時間くらい爆睡しちゃう。


そんな性質は幼女になってさらに強くなったらしく、はじめてのおかいものな感じで疲れ切った気はするんだけども、気を取り直して目的地な服屋さんへ向かった僕。


チェーン店だから店員さんもそこまでやる気がなくって服を見ながらうろうろしていても、あんまり話しかけられないのが好きだからずっと通ってるとこ。


……のはずだったのに今日の僕は何人もの店員さんたちから見られている。


なんで?

外じゃそんなんじゃなかったはずなのに。


ダサいから?


サイズも合ってない子供の服だし、やっぱり服屋で働く人的にはアウトなの?


「お客様、その服装は服屋に来るための服ではないようですのでご遠慮を……」とか言われちゃうの?


そんな被害妄想が立ちこめたけど、ふと鏡を見て悟る。


「あ」


そうだった、ご近所対策で顔も見えない格好にしていたんじゃないかって。


フードに帽子を入れたまま外して髪の毛を肩あたりまで出してしゅるしゅるって口元を隠していたストールも解いていく。


「……ふぅっ」


息が涼しい。


さっきまでの「怪しい少年」から「どう見ても女の子」な印象になっている。


なんか余計見られるようになった気が……もうわけわかんない……気がつかないフリしながら見て回るけど、気が付いた。


僕、女物の服なんてよく分からないって。


なんか男みたいに「シャツとズボン! 上着とかおしゃれな小物はこっち!」じゃなくて「お買い物を楽しみましょう?」って感じにすっごい種類がある。


え、なにこれよく分かんないこわいたすけて。


棚を一目見て拒否感を発動した僕はお店の人に頼ることに決める。


髪の毛を振りながら探した僕は、ちょっと観察したのちに遠巻きにしていた店員さんの中でもわりとまじめにもくもくと作業をしている人に目をつけた。


接客をしているわけでもないし特別に忙しそうでもなく……ときどきこっちを見ている程度の控えめさが気に入った。


あと、ガワの年齢がいちばん近そうな人っていうのも大きなポイントだ。


今ちょうど目の合ったその子は高校生のバイトって印象。


身長もわりと高めでウェーブのかかった毛先だから髪の毛は縦に長いし、あと体つきも結構凄いけどおとなしそうってのが大事。


他人の見た目なんてちょっと前までだったらこんなに意識することもなかったけど、なまじ視点が低いから近づくにつれて頭上にせり出してくる球体がどうしても意識せざるを得ないものになっている。


普段の僕なら別になんとも思わなくって視線を素通りしているはずなんだけど、目線に近いんだからしょうがない。


「えっと、すみません。 服を探しているんですけど」

「ひゃいっ!?」


想像していたよりもずっと若い……幼い感じの声。


「……あ、はい、ど……どのようなものを、おしゃがし……ですか……あぅぅ……」


噛んだ。

かみかみだ。


服屋の店員としてはちょっとメンタル弱いんじゃないかこの子?

どうやらこの子は僕サイドの子らしい。


……親近感はいいんだけど大丈夫かなこの子で。


まぁ女の子としてこういうところで働いてるんだ、僕よりは女物の服に詳しいだろう。


不安になりながらも僕はその子へ「ひとつ良い感じにコーディネートして?」って言ってみた。


しゃべりながら「今の僕ってこんな声なんだ」って、幼い感じだけど舌足らずとかはない小学生って感じの声を僕の耳で聞いていた。


「……分かりました、お持ちするのに少々時間がかきゃ、かかりますので、こちらの更衣室で、少しお待ちくだしゃい!」


最後まで噛み噛みだったけど、とりあえず今の背丈に合ったのを選んで来てくれるらしい。


どうせ棚を見てもよく分かんないしそもそも今の僕の背丈的に子供用の服だしっ……て、待つように言われた更衣室でぼんやりすることしばし。


「お待たせしました!」


噛み噛みJKさんから声をかけられて顔を上げた僕。


「とりあえずはこちらです!」


服を持っていたらどうぞといつも渡される布でできた大きい袋の中にみっちりの服が。


えっと僕、そんなに頼んでない。


「他の者と手分けしてお客さまに似合いそうな服を集めてきました! サイズも大きかった場合と小さかった場合と両方揃えましたし色のパターンも揃えました!」


僕頼んでない。

両手で抱えるようなサイズの着替えなんて頼んでない。


「着慣れていらっしゃると見受けられる男の子っぽいファッションにしましょうか? あるいは中性的で、それとも大人びた服装ですか? それともまずはかわいらしい服を試してみますか?」


なんか押せ押せ過ぎて僕は引き引きになる。

僕はこういうのが苦手なんだ。


苦手だからおしゃれな店員さんがいるおしゃれな店じゃなくてここに来たのに……なんで噛み噛みからここまで豹変するんだ。


あれか?

猫かぶるってやつだったの?


……しょうがない、こういうときは全部丸投げだ。


諦めたとも言う。


この見た目だ、高い服とかは買わされないだろうから上も下も任せちゃおう。


僕がそう返事したのを聞いた店員さんは目を輝かせて「じゃああと10着くらい持って来ますね」とかおかしいことを言い出した。


「そんなに要らないです、これで充分です」って言おうとしても……もういない。


僕は地獄のフタを開けちゃったみたいだって気づいてる。


……知っていたじゃないか。

女の人の買い物はやたらといろいろ大変らしいんだって。



そこから先は断片的。


僕の脳の処理能力が追いつかなかったからかくかくなラグラグだったんだ。


「お客さま! こちらの服もとってもお似合いですよっ!」

「よかった、じゃあこれを」


「では次はこちらです! これまでとは違って少し大人っぽい服装もきっとお似合いだと思うんですよ私! さぁ!」


「でも」

「さぁ!」

「いえ」

「!!」


「……わかりました、じゃあ着てみます」

「はーいっ! 今サイズ用意しますねっ」


女の子って良いね。

他人の着せ替えで楽しくって。


中身が男な僕は全然楽しくないよ。

どうしてこんなことに。


「お手伝いは本当にいりませんか?」

「いらないです」

「本当に?」

「本当に」


お着替えのたびに何度も聞かれるのを華麗にかわす。


「サイズとか、きちんと測ったほうが」

「合っているので大丈夫です」

「おひとりでも」

「着替えくらいできるので結構です」

「でも」

「結構です」


入って来ようとして手がわきわきしてるのが分かる店員さんからディフェンス。


僕はいかにも小学生の女の子が着ていそうな服装を何着も次々と手渡されて「着ろ」って言われたから仕方なく着た。


どさりとカゴが置かれてカーテンの下から滑り込んでくる。


「こちら、置きますね」


こんもりとした服を見るに、なんでも今度はかわいい系からオシャレ系らしい。

女児向けの服ばっかりだったのに文句を言ったからかちゃんと女の人の……レディースが混じってきたのはいいんだけど。


いちいち服を脱いで苦労してどうにか着て、見せて……なぜかひとしきりいろんな店員に見られて感想を聞かされてから次を催促される。


時計を見るともう30分は経っている。


なんていうことだ。

お酒を呑むよりも無駄な時間を過ごしている。

こんなことならお酒を呑んでいたかった。


「お客さまー、さっきのがガーリーでとてもお似合いでしたので……」


止まらない店員さんの声。

カゴのおかわりが来てしまった。


僕はもう逃げられない。



「……はっ!?」


分からないけども気が付けばお会計を終えていたらしい。


嫌な時間をすっ飛ばしたんだ。


そうしてお財布にカードを……む、子供らしくするためには財布もそれらしいものにしなきゃだし、あと今は服屋だからか変な顔されなかったけどもなるべく現金の方が良いの?


そんな僕の前にでかい袋が2個。


……え?

そんなに買ったっけ?


買ったんだろうな、多分。

買わせられたんだけども。


「お買い上げいただきありがとうございました……えっと、その」


裏切り者が言う。


「重さはなるべく同じくらいになるようにしましたけど……本当に大丈夫ですか?」


大丈夫じゃない。


けども一刻でも早くこの地獄から脱出したかったから「大丈夫です」っていう大丈夫じゃないときのセリフを言いながら両手で引きずるようにして逃げ出した。



それから10分くらいして僕は溶けていた。


だって重いもん。

疲れたもん。


今の僕は見た目通りの幼女、重いものなんて無理なんだもん。


なんとか帰ろうってがんばってたけどもとうとうに目眩がしてきたからどっかで休まないと。


で、外で休むって言ったら飲み食いするところになるわけで。


どうしよっかなって思ったけど、家を出てすでに2時間ほどが経ってたし、半ばではあるけど往復の長い道のりとあの地獄を経験した僕のお腹は結構空いている気がする。


ってことでファストフードでジャンクなバーガー店に来ていた。


必死でずりずり歩いてきたからかまたまたよく覚えてないけど多分がんばって並んでがんばって注文してがんばって席探した僕。


しかし僕の体のサイズに比して目の前にあるテーブルが高い。


イスも高いし、なのにテーブルに対しては低い。

まぁ体重からして大人の半分だししょうがない。


買ってきた服を何枚か敷いてもやっぱり変わらないしな。

足も宙に浮いてるし……不安定この上ないけどこれもしょうがない。


普段は自炊だしほとんど外出しないしで何ヶ月かぶりの体に悪そうなお昼を食べようと試みる僕。


両手で包み紙をなんとか持ち上げて……バーガーってでかいんだな……紙の中でぐちょっとはみ出してくるくらいに上下をぐーっと押しつぶすようにした上で口を大きく開けて頬張……ろうとして、盛大にほっぺたにぐにゅってはみ出る感覚。


口の大きさがバーガーに負けたらしい。

なんてことだ。


「……もむもむ」


ようやく昔からの懐かしくもないケチャップの味を堪能して落ち着く。


こういう学生時代に食べ飽きたジャンクは1回食べたら「しばらくいいや……」って感じになるんだけど、何ヶ月かするとふと食べたくなるんだよなぁ。


カップ麺とかもそうだけどなんでなんだろうね。


何口か胃袋に落しているうちに周りを見る余裕ができてから気が付く。


レジからお店の外までの列が並んでいて席は全部埋まっているように見える。

トレー持った人がうろうろして食べるタイミングを逃してるのも見える。


僕が来たときでも8割くらい埋まってた席が満席か……お昼時だもんね。


「みんなでかく見えるなー」って思いながら無意識に飲み込んだジュースで咳き込む僕。


「けへっ」


炭酸がきつい。


のどがいがいがする。

しゅわしゅわが辛い。


……炭酸に弱い人がいるって聞いたけど、まさかこの僕がなるなんてなぁ。


「お客様、すみません」


炭酸に負けて深呼吸して落ち着いてきたって思った僕に話しかけて来るお店の人。


「混んできたので空いているイスのあるテーブルのみなさんにはご相席をお願いしているんですけど……」


「いやです」って言う勇気がない僕は素直に「大丈夫です」って表明。


断れる人って居るんだろうか、こういうの。

結構居そう。


でも僕はそういう人間じゃ無いから無理だな。

人には適性があるんだ。


なんかもやってる僕の前でがががって席を引く音。


「相席助かりましたー。 やーあのままだと持ち帰りとか大人の人と一緒に食べることになっちゃいそうだったからありがたかったですー」

「いえ」


あー、話しかけて来ちゃうタイプの子かー。


まぁこの後話しかけてこないんだったらいっか。


たった数十センチという近距離からときどき漂ってくるのは……誤解を招きそうな表現だけど若い女の子の匂い。


シャンプーとかその辺のやつ。

さっきの……髪の毛がくるんくるんしていたJKさんともまた違う匂い。


今の僕のハチミツとミルク系統の甘い体からの匂いも気になる。


……変態チックだから止めておこう。

食べてる最中だし。


「………………あの――……」

「んく……なんでしょうか?」


え、ここで話しかけて来ちゃうの?


……しょうがない、適当にあしらおう。

そう思って顔を上げる。


「わぁ…………」


「うわっ……」みたいなニュアンスじゃないからよかったけど、なんか顔を上げたら反応された。


言われたことはないけど「うわぁ……」みたいなのを年頃の女の子に言われたら、いくら僕でも1週間くらいはダメージを後から後から受け続ける自信がある。


せめて平均でありたい。

そう思う今日このごろ。


「あ、いぇ…………っ、せ、席っ。 ありがとうって。 …………聞こえてない、と思った、から……」

「いえ、お互いさまですから」


なんだ、ただ礼儀正しい子だっただけか。


変に疑ってごめんね。

友達すらいなくて機微が分からない僕を許して?


そう心の中だけで謝っておく。


今初めて目が合ったっていうより合わせたんだけど……斜め前に座った子は今の僕よりも3つ4つ上くらいの……小学校高学年から中学生くらい。


つまりはJCさん(仮)。

若いっていうか幼いな。


今の僕の方が幼い体なんだけど、おとといまでの価値観は20代の男なんだからしょうがない。


その子は髪の毛は肩くらいまでで特に何もしていない普通の女子中学生って感じ。


けばけばしくない時点で僕的には安心できる感じ。

さっきのJKさんと対称的なJCさんだ。


顔は幼い感じだけど細かいところはきれいにしているし、小学生じゃない気がする。

なんていうか感覚だけど、小学生と中学生のあいだにははっきりと分かる雰囲気の違いがあるし。


「………………………………」

「………………………………」


目が合って10秒を超えている。

それにしても見つめられている。


すごく。

長く。


なんで?


何言いたかったの?


「……あの、なにか?」

「あっ、……い、いえ、なんでもっ」


よく分からないけども僕に話したかったことは無くなったらしい……まぁいっか、見られるだけなら。


目と髪の色が珍しいだけかもしれないしそのうちに興味もなくなるだろうし。


それよりも両手で持っている、まだ相当残っているバーガーとプレートの上に残っている外側から冷えて固まり始めているポテトを……どう考えても食べ切れなさそうなのが問題だ。


正直もうお腹いっぱい。

お子様セットとかでも半分も食べ切れなさそう……どうしよこれ。


持って帰る?


いや、こういうのは持って帰るとおいしくないんだ。

あとニオイとかでお腹いっぱいになるし……ほら、ジャンキーな食べものってニオイきついからさ。


夜食べたいかって考えたら食べたくないしむしろお茶漬けとかお蕎麦とかのあっさりしたのが良いって思うし。


じゃあ捨てる?


それはもったいないかも。


「じ――……」


じーっと前から届く視線。


やめて。

僕は視線に弱いんだ。


口に出しているような幻聴が聞こえるほどの視線。


なんで?


なんでこの子はさっきからじーって僕のこと見てくるの?


不思議っ子なの?

子供なの?


子供って「近くに座ってひと言でも会話したら友達」な価値観だから友達認定でお話ししようって思ってるの?


僕、最低でも3ヶ月くらい経たないとクラスで友達できなかったタイプだからちょっとそういうのヤなんだけど?


でもずっと見られてるのもまたヤだからとりあえず目的を尋ねてみよう。


「あの」


「うっひゃぁぁぁぁ――――!? ごめんなさい! じろじろ見て! もう見ません!」


声の主はがたんって席ごと飛び跳ねるようにしてのけぞって叫んで慌てて下を向く。

一瞬周りが静かになる。


「あ。 ごめんなさい、ごめんなさい……」


ぺこぺこと頭を下げているらしいびっくりJCさん。

なんなんだろこの子……。


けど、いいこと思いついた。


捨てるのはもったいないし、持って帰ってしなしなのを食べる気にはならない残飯。

多分明日改めてごみ箱に入れられる運命。


ポテトだけなら口もついてないし、子供同士ならもしかしてって。


「残ったんですけど食べます? これ」

「うぇ?」


「もう食べきれないので残すところだったんです。 これなら指も口もついていないので、よければ」

「食べます!!」


……もしかして君、僕が残しそうだからって待ってたの……?


そんなにお腹が空いていたの?

いやしんぼなの?


まぁこの年ごろはいくらでも食べられるんだ、不思議じゃないか。

僕だったら初対面の人からなんて絶対にNOだけどこの辺は子供とか学生特有の距離感なんだろう。


目と口を中途半端に開けているその子にポテトをほぼ手つかずのまま手渡してさっさと荷物をまとめる。


たくさん食べて大きくなるんだよ。

食べないとこんなにちっちゃくなるからさ。


そんなことを思いながら「じゃ、これで」って席を立つけど……お、重い。


両手の荷物がさっきより重い気がする……けどもうちょっとがんばろ。

あと家まで10分なんだから……今の足だと20分かかると思うけども。


くいしんぼに餌やりして気を引いているところでそそくさとお店を出る。


……うん。


重いけど少し休んで食べたからいくぶんは楽になっているみたい。

重いけどこれなら家までの残りもなんとかなりそう。


今日は疲れたから早く寝よう……ほら、重労働してるし店員のJKさんとか今のJCさんとかと話して僕の中のゲージのHPが1になってるから。


「……あのね。 うん、そう。 この前話した……」


さっきの子がそんな感じの電話をし出したのがぎりぎり聞こえるけど、特に興味もなかったからそのままお店から出て……HPが0にならないようにってがんばった。

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