第7話 ブルーメモリー
ウチは知っている。
自分がどうやって死んで、どうして自分の遺影がないのか……
手なんて始めから震えていなかったように集中した彼を見て、笑みをこぼす。
カシャ。
小さい時の私は周りから大人びていて物知りだと言われていた。いつか役に立つと思うといろんなことをもっと知りたいと思っていたからだろう。けど、そんな知識は意味を持たなかった。
父が死んだ。
仕事帰りに乗った飛行機が墜落したらしい。それはあまりにも突然で非現実的な出来事だった。
それに続いて母がおかしな宗教にハマった。
母の話を聞くと神様に祈りを続ければいつか父が蘇るらしい。そんなの馬鹿げた話だよ。要するに教団にお金を払って家族を戻そうとしているんでしょ。もう父はいないのに。
母を止めようするとまるで取り憑かれたように私を罵り殴った。
私がおかしかったのかな。
そこから思い出したくもない生活が始まる。
私は高校生になれなかった。
もう、母が私に払えるお金はないんだろう。おかげで私はずっと家にいる。スマホも取られて友達とも疎遠になった。それでも母は心配ないでと言う。
だから、正しいはずなんだ。
それから、母は学業の代わりにとおかしな文章が書かれた聖書を渡し、それを読むように言った。他にすることが無いので大体それを読んで時間を潰す。
そんな生活での楽しみは月に一度の母とのお出かけだけだった。
行き先はいつも教団だったが教会の人たちは猫なで声で寄ってきて私にお菓子をくれる。久しぶりのお菓子は美味しかった。
きっと、私のことを母が飼っている犬だと思っているんだろう。
そんな日々が三年続く。
父は生き返らない。
母は相変わらず私を家に閉じ込める。
「あなたを守るためにやっているのよ」
そう言って私が家から出れないようにいつの間にかつけていた南京錠に鍵をかけて母は外出する。
「あなたのため」
母の口癖だ。もうその頃にはその言葉をつぶやく機械と成り果てているように私は感じた。それでも私はそんな母を置いていけなかった。
母は焦っていた。もしかしたら、こんな事なんの意味ないと薄々感じ始めているのかもしれない。それでも縋れるものはもうないんだろう。
家にいる時、母は些細なことで私に八つ当たりするようになった。そしてその後すぐ泣いて謝る。
だんだんと母が家を空ける間隔は開いていった。
お腹が空いてしょうがない時は物置にしまってあったそうめんで餓えをしのいだ。父はそうめんが好きだったからたくさんあった。母は私を危険から守るためにと言ってガス栓も止水栓も絞めていた。だから茹でずにそのまま食べる。
カリカリカリカリ……
それが無ければ餓死していただろう。私にとってありがたい存在だった。
古びていたので味はしない。私はただ生きるためだけに白い棒状の物質を口に入れる。
確か長いときで一ヶ月帰ってこなかった気がする。
そのせいで、その頃には私の主食はそのそうめんとなっていた。
たくさんあったそうめんはなくなっていき、いつ食料がなくなるかわからない生活だった。私の生命はか細いそうめんなんかに繋がれていた。
母は私がどうして一ヶ月もご飯を与えないで死なないのか不思議に思わなかったのだろうか。
いや、そんな余裕が無いないのかな。
外に出れず、ただ母を待ち、母が泣いたら大丈夫だよと慰めるだけの日々。
もう、日にちの感覚はなかった。
ミーンミンミン。
ジリジリ。
蝉が鳴いていた暑い夏のある日。
ふと、窓を見た。青い蝶が自由に舞っている。
─羨ましい─
私は誘われるように窓を開け、手すりに登った。もちろん、母はいない。
夏だというのに風は清々しく私の心は晴れやかだった。
─今しないと─
そう、確信した………
私は穏やかに前へと倒れる。長いこと切っていなかったボサボサの髪が私を包む。
その時懐かしい音がした。
カシャ。
あぁ、写真を撮られたのはいつぶりだろう。家族と写真を撮るのが大好きだったな。何も感じない時間はあっという間だった。
彼女の家族はバラバラになってもう5年経っていた。
「やっと自由になれたぁ。」
そう…呟いた。
そして、私は蝶になった。
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