第5話 沈黙列車

 それからというもの、母親の前では流石に無視をしたが二人きりの時は少しずつ会話をする日々が続いた。

 慣れというのは怖いもので、このうるささはもう僕の生活の一部になりつつある。

 そして、僕は段々と質問のコツを掴んできた。

 その反面、遺影を撮ることはできていない。



夏の暑さが最高潮に達しそうなある日。

 幽はいつもとは違う神妙な顔で言った。

「今日も遺影、撮りに行こう。」

 僕は頷く。手慣れた様に準備をし、家を出た。

 僕の使命感は最近、幽に向いているのかもしれない。

 今日は向日葵畑に行く予定だ。どこに行くかは大体、幽が決めている。

 僕らは二両編成の電車に乗った。流石にこの暑さで外に出る人がいないのか、それとも元々僕の街の人口が少ないのか電車内には僕と幽しかいなかった。

 電車の揺れる音だけが響く。

ガタンゴトン

 すると、珍しく存在感を消していた幽が口を開いた。

「ウチ、どうして君が人の写真を撮れないのかわかったよ。」

 は?突然過ぎて僕は次の言葉が出ない。

「君さ、人の目が怖いんでしょ。」

 急におかしな汗が出てくる。呼吸は出来ているのだろうか。

 そういえば、初めて手が震えなかった早朝の時、僕は逆光で幽の目がろくに見えなかった。

「なんで、そんな事言い切るんだ。」

「ウチそういうのがわかるの。勘がいいっていうやつ。そのせいでよくお母さんに怒られたなー」

 ほんとに分かるものなのかはわからない。僕は僕の目線でしかものを見れない。幽が何を見て、何を考えているなんてわかりようがないから。

 だが僕には納得せざる得ない理由がある。

 思い出した。



幽を撮ったのは、今年が初めてではない。

 あれからちょうど一年経っていた。積乱雲が大きく出ていた。僕は。

叫びたかった。

 だが幽が穏やかな目でこちらを見ている。きっと何も知らないんだ。

 そんな彼女の目の前で叫んでいけないという僕の常識が僕を黙らせた。

 再び電車の音が沈黙をかき消すように鳴る。

ガタンゴトン…………

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