第三話 最高に上手くいった日

 春に高校生になった。中学校からの親友も俺と同じ高校だった。嬉かったし、安心した。

 ある程度クラスにも馴染み始め、高校に馴れてきた頃、進路というものに悩まされた。

よく考えれば自分が何をしたいのかよく分かっていないのだ。先の事を考えるというのが得意ではなく、それよりも先に「そんなの分からないだろ……」と考えてしまうのだ。結局、いつも何をしたいのか分からないまま終わる。その繰り返しだ。

 母親は忙しかった。父親は俺が小さい時に亡くなった。そのため親と会話することもあまりない。二者面談もあったが就職という道を視野に入れるのも悪くないという結果に終わった。

 実際母親も忙しいのだから俺が働く分多少は家に余裕が出来るのではないかとも思う。ただし問題はそこではなかった。

 まだ分からないのだ。分かるのはそれがしたいこととは言えない事だけだった。

ある時、ふとノートが目に入った。この前買った五冊入りのノート。

 それを一冊取り、俺は日記を付け始めた。

 その頃、桜には散り始め、春の終わりが近づくのを感じた。それを見ると同時に日記を付けようとシャーペンを握った手を見た。

 突然だが、花と散るという言葉がある。そのまんまの意味で花のように散るそれだけだ。ただどうもそれが美しくまさに華のある言葉だと感じたのだ。もし散るのなら最後は綺麗さっぱり散れるとしたらどうだろうと思った。決めたのはその時だ。最後は親友と話そう、と。

 それからというものいつものように親友と小難しい話をして、それを日記に付けていた。1ページ目がまさにそれで内容は人は愚かなのかという事についてだ。これに関して結論は出ていないし、聞けてすらいない。つまり1ページ目のこの部分だけ始まりの部分だけが書けていなかったし、欠けていたのだ。

 しばらくして、親友はこう問いかけた。

『もし僕が死ぬと言ったらお前はなんと言ってくれるんだ?』

 これに対して俺は繰り返し、どうもしない、と続けるしかなかった、それしか出来なかったのだ。だが、あいつが死なない事に確信はあった。死なない筈なのだ。

 いや、彼はそれを普段なら選ぶ事はない。どうしてかと問われるのならそれもまた難しい『問い』になる。強いて言うならば付き合いだ。どれだけ彼といたかという話だ。

 俺は少なくとも彼の家族の次くらいには彼との付き合いがあると勝手に思っている。その中で彼は死を選ぶよりもそれに関連する問題を解決しようと這い上がる筈だと感じた。例え、周りの人間が死んでしまおうと耐え抜き、考えを止めない、そんな人間だ。

 もし彼を問いから背けさせるような事ができるのならそいつはそうとう彼にとって大きな存在だったという証明になると思うほどだ。

 では何故そんな彼がそんな問いかけをするんだ……? その疑問は残り続けた。それは同時に俺に焦燥感を与えつつ、花が散ってしまう程の風を吹かせるようなものだった。

 その時期は丁度二者面談など進路について考えさせられる事もあり、親と話す事もあった。

 その上、親には将来の希望押し付けられ、挙げ句の果てには進学はしたいと願望にすら文句を言い始める始末、どうしたものか。実際学力もないので俺も悪い。

 いや、俺が悪いんだ。産まれてこの方親に褒められるような事もしていない、怒らせてばかりだ。

 そんなこともありとうとう、俺は実行する事にした。いや、なってしまった。

 親友を呼び出す前、休みなのに学校に行った。だが、部活動はあったらしく普通に学校は開いてる。最後の学校だしとか思いながら休みなのに9時頃にいった。

 その途中、普段なら気にしない木々も道端に広がる雑草もふと現れては死角に消える猫も何故か目に止まる。木々から溢れる光、揺れる葉、錆びた校門。そんな事に目を向けていると学校に着いた。教室は閉まっていなかった。

 とりあえず夕方に呼び出そう。そう思いメールを送った。6時半頃に来てくれ。と送った。昼は、昼ご飯を買っておいたのでそれを食べてゆっくり教室の窓を眺めていた。

 夕方になった。屋上にいった。鍵はまだかかっていない。あと5分だ。そう思っていると親友は来た。

『なんだよ、わざわざ呼び出して』

 その言葉を遮るように問いを投げた。

「人はなんで愚かなんだろ……」

 これでいい。これでいい。これで…。

 最後の言葉を続けてそれに流れるように俺はしっかり頭から逆さになった。その夜はまるで風に吹かれたカーテンだった。

 夜空が徐々に広がる。

 星が煌めく。花が散る。

 最後に見れた景色。親友。何もかもが最後の日だけ上手くいったのだ。悔いはある。

だが、後悔とまではいかない。


 それでも親友は来たのだから。


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