第17話 たぬきときつね4
「いいですか! 今日の満月が沈むまでに見つけなければ入れ替わり生活は一ヶ月延長! 鏡が戻ってこなければ一生延長! ついでに僕は神籍を剥奪されます! ここにいる三人の生活がかかっています! 鏡捜索、気張っていきましょう!」
「おー!!」
「おー……」
拝殿の階段に仁王立ちしてホワホワの拳を天に向かって源次郎たぬきが突き上げる。
吉鷹晶はこんな状況でもニコニコして源次郎たぬきと同じように拳を突き上げており、片や私は全くノリについて行けず、腑抜けた小さな声で一応そぶりだけ真似る。
吉鷹晶は私の手持ちのスキニージーンズにパーカーという、動きやすさ重視の地味極まりない服装だというのに、背筋がシャンと伸びていて長い髪をきっちりポニーテールにしているからか、いつもの私と違ってめちゃくちゃ運動ができそうな雰囲気だった。
そういえば入れ替わってから何度か吉鷹晶の同僚達にスポーツに誘われたことがある。
元は運動神経抜群な吉鷹晶の体なのだから、中身が私でも多少動けるのでは? と思っていたが、ところがどっこい。
いつもの私より邪魔にならない程度で、いつもの吉鷹晶からすれば調子の悪いレベルだったらしい。
しきりに周りの参加者から体調を心配され、居た堪れなくなって「ちょっと体調が悪くって……」と謝りながら戦線離脱した。
運動というのは鍛え上げられた肉体があればいいというわけではないらしい。それを操るセンスや感覚も重要で、結局、吉鷹晶のハイスペックな肉体も中身が私では豚に真珠ということを思い知った。
今日の作戦は実に単純明快。
源次郎神社からしらみ潰しに目撃情報がないか当たって行くという、捻りも何もない直球どストレートの作戦である。最早作戦と呼べるかどうかも怪しいが。
しかし時間は刻一刻と迫っているし、万が一鏡が無事確保されないと一生このままだ。やるしか道は残されていない。
こんな輝ける顔面と一生を共にしたくない。色々不満はあれど、元の平凡な自分の顔が一番ホッとする。
人間、なんでも失ってから初めてその大切さに気づくものだ。
それにしても今のご時世、聞き込みに協力してくれる人なんているのだろうか。怪しまれるのが関の山では? と私は思っていた。
「神社の物を盗むなんて罰当たりねぇ! 何か手掛かりになりそうなものがないか、私も近くを探してみるわね!」
というのは犬の散歩中のおばさまで、
「ちょっと私は心当たりないんですけど、友達とかに聞いてみます!」
と前のめりに協力を申し出てくれたのは登校中の女子高生。
「そこらへんの奴らに聞いてみるわ! おいちゃんに任せとけ!」
八百屋のおじさんもすごく協力的。
なぜかというと、無敵の吉鷹晶の顔面が抜群の効果を発揮していたからである。
声をかけた瞬間は面倒臭そうな反応をするのに、吉鷹晶の顔を認識した途端に態度がガラリと変わる。
そう、八百屋のおじさんですらも。
吉鷹晶、恐るべし。学校中(我ら少数の陰キャを除く)を虜にしていただけのことはある。
「いい人達ばっかりで俺達運いいな」
「ですねー!」
「…………」
当の本人は自分の顔面が役立っているとは全く思っていないようで、呑気に源次郎たぬきと笑っている。
次のお店や人に聞き込みをしていると、さっき聞いた人達から色々な証言が舞い込んで来た。
休憩がてら、通りすがりのパン屋さんで昼食を買って近くの公園で情報を整理する。
「ふぉふぉふぉふぇふ、ふぉふぉふふぉ」
「げんじろー、喋るなら口の中片付けてから喋りなよー」
源次郎たぬきは私の膝に乗り上げて、パンをモリモリ食べながらタブレットをテシテシと叩く。
ごくん、とパンを飲み下してミルクティーで優雅に口を潤した源次郎たぬきは、ケプっと小さなゲップをして改めて口を開く。
「多いのはこの、黒髪長髪の女性の証言でしょうか」
口元にパン屑を付けたまま源次郎たぬきが指摘する。
集めた色々な証言を、吉鷹晶がタブレットに整理してくれていた。
老若男女様々な証言が集まったが、圧倒的に多かったのは源次郎たぬきが指摘する通り、黄色のワンピースを着た黒髪長髪の女性に関する証言だった。
「でも、なんか、目撃現場が正反対じゃないか?」
吉鷹晶が具材たっぷりのサンドウィッチに男らしくかぶりつきながら指摘する。
彼の指摘通り、同時刻に全く違う場所で、同じような人物が目撃されているのだ。
一人は源次郎神社の近くで、もう一人は秋里稲荷近くで。
黄色のワンピースを着た、二十代くらいの長い黒髪の女性だ。
その人が、源次郎神社の方から走ってくるのを目撃した人がいた。
「とりあえず、秋里稲荷の方でこの女性について聞き込みしてみましょうか」
しかし、世の中にどれだけ長い黒髪の女性がいるのか分からないが、今の所最有力情報はそれなので、全力で縋るしかない。
捜査方針が決まり、それぞれ手早く昼食を押し込んで秋里稲荷の方へ向かう。
源次郎神社から秋里稲荷までは歩いて三十分の距離だ。遠くはないけれど近くもない。
「こっちは栄えてるねぇ」
門前町というのか、表参道は広く綺麗に舗装されており、道の両側には飲食店やお土産店が並んで大層人で賑わっている。
人が多い為、源次郎たぬきは私の頭の上に乗っかって移動している。
「あっ! あっちにパンケーキ屋さんがあるそうですよ!」
源次郎たぬきが指差す先には古民家を今風に改装したカフェがあった。
ブラックボードにはふわふわのパンケーキが三枚重ねられ、生クリームやフルーツがこれでもかとトッピングされている絵が描かれていた。
源次郎たぬきはどうやら甘党の様で、たい焼きを差し入れたあの日から何かと甘いものをねだられる。さっきの菓子パンもチョココロネとメロンパンを食べ、ミルクティーを飲んでいた。糖尿病にならないか心配になる。
「後でね。食べてたら日が暮れちゃうでしょ。鏡を取り戻して、私たちは元に戻って、それからゆっくりと食べに来よ」
人気のカフェの様で、店の前には長蛇の列ができている。並んでいたら絶対日が暮れる。
「それもそうですね!」
私の提案に源次郎たぬきは素直に頷いた。
こんな時にでも食い気が勝るとは恐れ入る。結構大切な鏡ではなかったのか。
食い気のすごい源次郎たぬきに呆れながらも、人に聞き込みをしていく。
「この辺りでそのくらいの年代の女の子って言うと、お豆腐屋さんの菜々子ちゃんのことかねぇ」
お店の人に聞き込みをしていると、三人目に聞き込みをしたお土産屋さんのおばあちゃんがそう証言してくれた。
「黄色のワンピースがお気に入りらしくて、よく着て出掛けてるのを見かけるよ」
結構初っ端に超有力情報を手に入れることができた。
もしかすると、案外簡単に犯人が見つかってしまうかもしれない。
「これは最早我々の大勝利では!?」
源次郎たぬきが頭の上で声を上げる。
私もそう思いたいところだが、どうにもうまくいき過ぎている気がする。いや、このまますんなりと事件が解決してくれればそれに越したことはないが。
「しかし、もし仮に豆腐屋の娘さんだったとして、何の為に源次郎の鏡を持ち出したりしたんだ?」
「確かに……」
吉鷹晶の指摘に頷く。
「嫌がらせをする理由第一位は多分怨恨だと思うけど、ご近所さんのペットを襲ったり、畑の野菜を盗んだりしてない?」
「源次郎はそんなこと致しませんっ!」
私の問いかけに、源次郎たぬきは目を三角にして怒った。
「生き物に悪戯をする意味が分かりませんし、神は食べ物を食べなくても生きていけます!」
「ええ、でもさっきもパンむしゃむしゃ食べてたじゃん……」
「お供え物は美味しく頂くのが礼儀ですっ!」
腹は減らないが、趣味嗜好により人の食べ物を楽しむことはするらしい。
「でも、源次郎に心当たりがないだけで、恨みを買ってる可能性は十分にあるんじゃない?」
「うっ」
私の指摘に源次郎たぬきが言葉に詰まる。
可能性の話ではあるが、正直その可能性は低そうだと私も分かっている。
恨みを買うのは大体景気が良い人や、人が羨むものを持つ人だ。それに源次郎たぬきは本当に何も考えていないので、人のイラつきポイントになかなか到達できない様に思う。逆に怒りを削ぐ奴だ。ある意味すごい才能である。
お土産屋さんおばあちゃんに教えてもらったお豆腐屋さんに向かうと、エプロンをつけた若い娘さんが軒先に出てきた。
当たり前だが黄色いワンピースは着ておらず、セーターにジーンズという動きやすい服装をしており、長い黒髪は後ろで一つにくくられている。
「あの~すみませーん……」
「はーい」
軒先で話しかけると、振り返った娘さんは私の顔、否、吉鷹晶の顔をみて目を見開いた。
「私達、二日前に隣町の源次郎神社にいた人を探しているんですけれど、何かご存知ないでしょうか?」
娘さんは後ろにいる吉鷹晶、もとい私の姿を見て、ああ……とこちらに視線を戻す。
あからさまに自分に興味のない態度を取られるのは辛いが、客観的に自分の存在にがっかりされる様子を見るのも辛い。
「えっと、私は特に心当たりはないんですけれども……」
私と吉鷹晶を交互に見ながら、娘さんは首を傾げる。なぜ私達が自分の元に来ているか分からないからだろう。
「単刀直入に申し上げますが、黄色のワンピースを着た長い黒髪の女性が目撃されています。この近くで聞き込みをしたところ、あなたの特徴と一致したので、お話を伺いに参りました」
吉鷹晶がものすごい切れ味で単刀直入に聞きに行ったので、思わず今は目線の下にある頭を見つめる。
いつもの吉鷹晶ならもう少しやんわりと聞きそうな所だが、今はもう昼過ぎだ。時間がないのでさっさと本題に切り込んだのだろう。
「確かにその日は黄色のワンピースを着ていましたけれど……出かけたのは秋里稲荷に行く為でした。春季大祭の巫女舞の奉納の練習があったので。神職さんに聞いて頂ければ、そう答えてくださると思いますが……」
苦笑いを浮かべながら、娘さんはそう話してくれた。
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