第15話 たぬきときつね2

 

 

 

「ありがとうな、環背負ってくれて」

「いや、今の吉鷹君じゃ無理ですし、気にしないで下さい」

 酒盛りは盛り上がりに盛り上がり、環ちゃんはべろんべろんに酔っ払って潰れてしまったので、私が背負って帰宅中である。

 源次郎たぬきも幸せそうにヘソ天して爆睡していた。そのままでは寒かろうと吉鷹晶がマフラーをかけてあげていた。

「お酒も、吉鷹くんだけ飲めなくてすみません……」

 元々の私の体は下戸だ。アルコールはほぼ受け付けない。

「いやいや、体質だししゃーないって」

 吉鷹くんも先日やらかしていたので、今日の酒盛りも吉鷹晶だけソフトドリンクだった。

 元々飲めないのならまだしも、お酒の美味しさを知っている身でお酒が飲めないというのは辛いだろう。

 申し訳なくて私もソフトドリンクにしようとしたら、気にするな、と爽やかに笑われた。見た目は完全に自分なのに、言っていることと表情が爽やかで男前で別人に見えて脳がバグる。

 環ちゃんも酒にはまぁまぁ強い様だが、今日は盛り上がりに盛り上がってちゃんぽんしていたので潰れてしまっている。

 源次郎たぬきは女子が飲むような甘いおしゃれ酎ハイを飲んで踊り狂っていた。最初は盆踊りとかだったのに、最後の方はなぜかパラパラを踊っていた。妙に古いのがおかしかった。

「自分の体の時は酒飲んで気持ち悪くなったことがなかったからさ、人によったらこんなに具合悪くなるんだなぁ。生理痛の時も思ったけど、分かってたつもりで全然分かってなかったわ」

「まぁ、それはお互い様かと思いますけれど……」

 アルコールを受け付けなかった時はあれを飲んで何が楽しいのか分からなかったけれど、吉鷹晶の体に入れ替わったおかげで、アルコールが美味しいものだと生まれて初めて知った。そりゃあ飲みすぎてお祭り騒ぎにもなりますわ。

「分かってるつもりでいたけれど、他人のことで本当に分かっていることなんて一握りなんだろうなぁ」

 何気なく呟いたであろう吉鷹晶の言葉に、思わず急所を刺された気持ちになった。

「今回俺は柴村さんと入れ替わったことで身をもって知ることができたけど、みんながみんな経験できることじゃないし、相手の立場を考えるのって本当に難しいな」

 この困難の時にあっても、前向きにこれからの自分の人生の糧にしようとしているところが本当に恐ろしい。

 私なんてこれから描く同人誌の解像度が上がったなくらいにしか思っていなかった。本当にすみません。

 吉鷹晶の事は生まれ持った容姿と性格で、生まれながら人生勝ち組だと思っていた。

 他の人が血反吐を吐く思いで得たものを、何の苦労もなく最初から持って生まれた運の良い人種だと。

 確かに運の良い部分もあるだろう。しかし、そこにあぐらをかかず、相手の立場に立って物事を考えようとする姿勢が眩しすぎた。

 

 

 

 酒盛りの翌日、酒の残っていない爽やかな頭で、よく分からない仕事を今日も今日とてこなす。

「結子殿おおおおおお!!!!」」

「!?」

 事務所でお客さんからの電話に対応していたら、ものすごい声で本名を呼ばれて凍りついた。

 慌ててお客さんに断りを入れて電話を保留にし、誰だ!? とキョロキョロ周りを見渡していたら、足元に軽い衝撃が走る。

「げ、源次郎!? なんでここにいるの!?」

「一大事でございますぅ~!!」

 声の主は源次郎たぬきだった。えぐえぐと泣きながら、足にしがみついている。多分、スラックスで涙と鼻水拭きやがった。

 とにかく電話対応をなんとか終わらせて、源次郎たぬきを抱えて事務所を出ようとしたら、

「吉鷹?」

 入り口で出先から戻ってきたらしい美山さんとかち合った。

 こちらの慌てている様子を感じ取ったのか、眉間にシワを寄せている。

 そしてなぜか小脇に抱えている源次郎たぬきの方を見ている気がする。

 源次郎たぬきの姿は視えていないはずなので、何か別のものを見ていると思われるが、どうにも居心地が悪い。

「ちょ、ちょっと体調悪いから早退します! 課長に言っておいて下さい!」

「え、おい!」

 制止の言葉を振り切って、脱兎の如く事務所を後にした。

 駐車場に停めてある社用車に乗り込み、源次郎たぬきを助手席に降ろして一息つく。

「結子殿~! どうしましょうどうしましょう!」

「一体何があったの……」

 ハンドルにもたれかかったまま、げんなりとした表情を助手席に向ける。

「うちの御神体の鏡がなくなってしまったのです……!!」

 源次郎たぬきの慌てっぷりと、ことの重大さがイコールにならなくて首を傾げる。

「鏡を失くしたの? 貸してあげようか?」

 職場に乗り込んできた理由が鏡の紛失と聞いて、一気に力が抜けた。

「鏡と言ってもただの鏡ではございません! 神にとっては力の源となるものです! 鏡を失ったままでは術が使えません!」

「え」

 力が抜けたところに衝撃の事実を告げられ、それが見事クリーンヒットして間抜けな声が漏れる。

「その鏡がないと、私達戻れなかったり……?」

「します! というか戻れません!」

 源次郎たぬきにキッパリはっきり言い切られ、冷や汗が一気に吹き出た。

「ややややばいじゃんそれ!」

「やばいから来たんですってばー!!」

 ポカポカと源次郎たぬきに殴られる。フカフカの前脚で殴られてもあんまり痛くはないけれど。

 パニックになりながらもとりあえず吉鷹晶やけいちゃん、環ちゃんに連絡する。

 全員仕事終わりに源次郎神社に来てくれるとのことなので、私は勢い余って早退してしまった為、先にそのまま源次郎たぬきと一緒に神社に向かって鏡を探してみる。

「もー、化粧してそのままそこら辺に置いちゃったりとかしてないの!?」

「御神体の鏡を化粧するのに使うなんて罰当たりなこと、いくら源次郎でもしませんよぅ!」

 二人でギャアギャア言い合いながら拝殿の中も外もそこらじゅうありとあらゆる所をひっくり返すが、源次郎たぬきのヘンテコな私物が出てくるばかりで、大切な鏡とやらが出てくる気配は一向にない。一応神聖な場所なのにこんなにごちゃごちゃで良いのか。

「おーい、鏡見つかったかー?」

 夕方になると吉鷹晶が神社にやって来て鏡の捜索に合流し、

「うわっ、これ見つかるものも見つかりそうにないけど大丈夫?」

 けいちゃんが合流し、

「遅くなってすみません!!」

  環ちゃんが合流し、大人四人とたぬき一匹で狭い社殿の中と境内の中をそれこそひっくり返す勢いで探したが、鏡は出てこなかった。

 疲労困憊で四人と一匹で拝殿前の階段に座って呆然とする。

「とりあえず時系列に状況を整理してみよう。そこから何か分かるかもしれないし。鏡を最後に見たのはいつ?」

 けいちゃんの提案に源次郎たぬきはええと、ええと、と記憶を掘り返そうと頑張る。

「昨日の酒盛りの前です。酒盛りの間はあまり覚えていませんが……」

 源次郎たぬきの言葉をけいちゃんに伝えると、顎に手を当てて、ふむ、と考え込む。

「酒盛りの間もあったと思うぞ。鏡があった方には誰も行ってなかったし、持っていきようもないだろ」

 あの中で唯一の素面だった吉鷹晶が証言を追加する。

「なくなったって気付いたのは?」

「今朝目が覚めてからです」

 これもけいちゃんに私から伝える。

「ということは、鏡がなくなったのは昨日の酒盛り終了後から今朝の間と仮定できる。酔っ払った源次郎がどこかに持って行った、という線も捨てきれないけれど、それを除外すると第三者が関与している可能性があるんじゃない?」

 けいちゃんの指摘に、その場の空気が凍りつく。

 第三者が関与しているかもしれない、ということは、何かしらの意図があって鏡を持ち去ったということだ。

 こういう時の何かしらの意図、というのは大体が悪意に基づいたものだ。

「源次郎が寝てる間に誰かが持ち去ったってこと?」

「ありえなくはないでしょう。源次郎は結子達が帰ったの覚えてるの?」

「覚えてません……」

 そりゃああれだけ気持ちよく寝ていたら、ちょっとやそっとのことでは起きないだろう。

「でも、誰かが持ち去ったとしたら、一体誰が、なんの為にこんなことをしたんだ?」

「一般的に考えると、嫌がらせとか?」

 けいちゃんの言葉に、源次郎たぬきがピャッとその場に飛び上がった。

「げ、源次郎は誰かに恨みを買うようなことはしたことありません!」

「近くの大きな神社に悪態ついてたじゃん」

「うっ!」

 私の指摘に源次郎が分かりやすく言葉に詰まった。

 だが、源次郎たぬきがよそで言いふらしているならまだしも、私達しか聞いていないし、あんなの聞いたところでほぼ嫉妬100%のあの内容を聞いても「かわいそう……」としか思わない。

 人の感覚は色々なので絶対とは言い切れないけれど、私ならあれを聞いて腹は立たない。

「犯人が分かった方が速いけど、ここは人海戦術でしらみ潰しに探していくしかないんじゃない?」

 とにかく当事者である私と吉鷹くんは急遽有給を取り、けいちゃんと環ちゃんは仕事が終わり次第捜索に合流してくれるとのこと。持つべきものは友達と妹である。

 

 

 

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