第12話 ファンの鑑2
「はぁー……お腹いっぱーい」
デザートのアップルパイの最後の一口を食べきり、椅子の背もたれにもたれかかる。
「それだけの量を食べてお腹いっぱいにならなかったら心配するわ。ていうか本当に太らないの?」
「それが太らないんだなぁ」
「羨ましすぎる……」
我々女子は年々老いを感じている。昔はアッサリ落ちていたはずの肉が落ちないし、寝ても疲れが取れない。
その点吉鷹晶の体は食べても太らないし、眠れば翌日スッキリ目が覚める。もしかして不老不死の類ではなかろうかと最近疑っている。
「ていうかさ、けいちゃんよく普通に話せるよねぇ。私なんか鏡にこの顔映っただけでびっくりするよ」
「まぁ、イケメンで目の保養にはなるけど私のタイプじゃないしね。しかも中身は結子だし。言っとくけど言うことはもちろん、仕草や表情がいつもの結子だから、慣れるっちゃ慣れるよ。ほら、美人は三日で慣れるって言うでしょ」
適応能力が高すぎる。
しかし、イケメンの体をお借りしても消えない私のオタクオーラがヤバイなと思った。
一応世を忍んでいるので、職場などでは一般人として過ごしているつもりだが、果たしてきちんとオタクを隠せているのか不安になった。
「でもさ、そんなに意識してるってことは、やっぱり吉鷹くんのこと少しは気になったりしてるの?」
けいちゃんの言葉に思わずげんなりとした表情を浮かべてしまう。
「けいちゃんは学生時代の吉鷹くんを知らないからそんなことが言えるんだよ……しかもイケメンってだけでみんながみんな好きとは限らないでしょ。自分だってタイプじゃないって言ってたじゃん」
「ごめんごめん」
別に吉鷹くんの事が嫌いってわけじゃないけど、存在が真逆すぎて近付きたくなかったのである。
吉鷹晶は入学式の日からとびっきり目立っていた。
その整った容姿はもちろんのこと、誰にも分け隔てなく接する好ましい人柄で、部活は剣道部所属で主将を務め、三年生の時には確かインターハイを制した。
本職の剣道以外でもスポーツはなんでもできた様で、球技大会の時は観客が吉鷹晶が出場する競技に集まりすぎて、他の試合は閑古鳥が鳴いて実に寂しそうであった事を思い出す。
少女漫画から飛び出してきた様な男の子に夢中にならない子はいなかった。女子はもちろん、時には男子も例外ではない。
私の世代の前後二年の学年で彼のことを知らぬものはいないだろう。
おそらく本人は無意識だろうが、吉鷹晶は常に舞台の中心でスポットライトのまばゆい光を一身に受け、注目を浴びる様な人だった。
彼の行く先、彼に話しかける人、彼に話しかけられる人は、否応なく周りの注目を集める。
「向こうは悪気がないのは分かってるんだけど、自分の影響力も全く分かってないから、いつでもどこでもお気楽に平民に話しかけちゃうんだよ。で、平民は事故に遭ったも同然なのに、周りから「身の程を弁えろ」とか言われちゃうわけ」
「最早天災レベルじゃん。ウケる」
「とんだ災難じゃない? 災害保険適用されるべきじゃない?」
今は笑い話だが、学校という狭い箱庭で地味なオタクが目立って反感を買うことは死を意味する。
ビビリが故に危機察知能力が高い私は、できるだけ吉鷹晶の巻き込み事故に遭わない様、平穏な高校生活の為彼をはじめ、目立つ人に近づかない事を徹底していた。
おかげさまで高校生活はそれなりに平穏な日々を送れていたと思う。
「だから、吉鷹晶の顔を見るとびっくりするの。高校三年間ずっとそれだったんだから、二、三週間で治るはずがない」
「まさかその天敵とも言える男と入れ替わるなんて、神様って本当に気まぐれよねぇ」
けいちゃんが言っているのは運命を司る様な絵に描いたような神様のことだろう。
だが、私達の魂を入れ替えたのは、ふわふわもふもふのお調子者のたぬきの神様だ。
「気まぐれなんじゃなくて、うっかりでしょ」
「そうね」
私の言葉にけいちゃんは笑みをこぼしながら頷いた。
このままここでゆっくりしていたいところだが、席は時間制なのでそろそろ出なければいけない。
身支度を整えて出入り口近くのレジへと向かう。
会計を待っていると、次の時間の予約をした人達が入れ替わる様に店内へ入って来た。
いいなぁ、私ももう一回入りたい。
列を眺めながらそう思っていると、入り口から知っている人が入ってきて息が止まった。
「えっ、兄貴!?」
店に入ってきた吉鷹晶の妹こと環(たまき)ちゃんは、入り口でこちらを見た途端、大きな声を上げた。一緒にいたお友達もびっくりして目を丸くさせている。
まさかこんな所で会うとは思っておらず、こういった時どうすれば良いのか全然分からずに固まる。きっと私の頭には虹色のグルグルか砂時計が浮かんでいると思われる。
「なんで兄貴がここにいるの!?」
「えっと……」
環ちゃんが興奮気味に聞いて来る。
好きだから、以外に何も言えないが、その返答をすると戻った時に困るのは吉鷹晶だろう。
いや、本人は気にしないだろうが、多分環ちゃんの方が気にする。
おそらく彼女は自分の身内が自分の好きなジャンルにハマってくれたら喜ぶタイプのオタクだ。
ここで私が吉鷹晶の身で「とりのこ」が好きと言えば、彼女は一生懸命いろんなものを勧めてくれるだろう。
しかし、元の体に戻ったら、いくら吉鷹晶といえど私ほどの熱量で環ちゃんに付いていけない。
自分の胸の内を晒したのに、相手の熱が冷めてしまったらちょっと気まずくなると思うのは考えすぎかもしれない。だが、なるべく兄妹仲を悪くしたくない。
「吉鷹くんの妹さん?」
どうするべきかグルグル悩んでいたら、会計を終えたらしいけいちゃんがやってきた。
「え、あ、はい。彼女さんですか!?」
「いえ。友人です。別の友人が来れなくなって、吉鷹くんに付いて来てもらったんです」
な、ナイス~!! と心の中で拍手喝采してしまう。
しかもけいちゃんの説明の素晴らしいところは、嘘を言っていないというところだ。
来れなくなった友人とはまさに元の私のことである。
「そうだったんだ! ついに兄貴もオタクに目覚めたのかと思った! 残念!」
「あははは……」
残念なんだ。
陽キャのオタクの考えることはわからん。
「また帰ったら感想聞かせてね~!」
特に疑問を残すことなく、環ちゃんとお友達は席へと向かって行った。
自分の分の会計を終えて帰路につく。
「はー、あれが吉鷹くんの妹さんか……めちゃくちゃ美人じゃん。全くオタクに見えない。吉鷹くんと一緒で、あそこだけ作画が違う」
「分かる。私達の周りにはいないタイプのオタクだよねぇ」
類は友を呼ぶとはよく言うが、私達の周りのオタクはできるだけ目立たない様日陰を好む人種が多く、環ちゃんの様なハツラツ美人タイプのオタクはなかなか珍しい。職場でもオタクを隠してないんだろうか。
「あの子が吉鷹くんに私の同人誌買って来てって頼んだんだなぁってしみじみしちゃう」
「聞いたときはどんな妹だよ、って思ったけど、あの妹さんならやりかねないだろうなぁ」
環ちゃんが吉鷹くんに同人誌の買い物を頼まなかったら、今のこの生活はなかった。
もし、環ちゃんが吉鷹くんに買い物を頼まなかったら、事故に遭うことはなかったのか。
それとも、私だけが事故に遭って、助かることはなかったのか。
今となってはそれを確かめる術はないが、もし後者だとしたら、彼女は私にとっての幸運の女神だったのかもしれない。
全ての人に平等にあるもの。
それは時間だ。老いも若きも、男も女も、富める者も貧しい者も、時間の感じ方はそれぞれ異なるかもしれないが、時間はみんなに平等に時は訪れる。
それはオタクとて例外ではない。
「マジきちい」
頬杖を付きながらストローで甘いフルーツティーを吸い上げる。
目の前には先日吉鷹晶に持って来てもらった液晶タブレットとペンがある。
現在私は原稿地獄に突入していた。イベントギリギリまで粘ってもいいのだが、そうなると当たり前だが原稿料金が高くなる。
自分の努力で安くできるのなら、できる限り安くしたい。資金には限りがある。
その為、ここ最近の休みの日は部屋にこもって原稿に勤しんでいた。
吉鷹晶の普段の生活からは考えられない行動だそうで、お父さんとお母さん、環ちゃんにえらく心配された。
「……トイレ」
このあま机にかじりついていても進まない。気分転換にトイレに立つ。ついでにコンビニに行って何か脳のエネルギーになりそうなものを仕入れてこよう。
そう思って家を出たのだが、財布を忘れた事に気付いて家に戻る。スマホ決済もできるが、時々電波が良くなくて決済できなくて肝を冷やした事が何度かあるので、念のため家に戻った。
はああ、とため息をついて吉鷹晶の部屋まで行くと、部屋の扉が開いていた。
「!?」
嫌な予感がして慌てて部屋に入ると、案の定、机の前で立ち尽くしている環ちゃんがいた。
「た、環……?」
私の声に、環ちゃんが弾かれたように顔を上げる。
「兄貴! これどういうこと……!? これ、いいいいいいイトヨシさんの絵!?」
環ちゃんが指差しているのはさっきまで私が作業していた液晶タブレットだ。そこには私の描きかけの原稿が表示されている。
スリープモードもっと短めに設定しとけば良かった……と思っても今更仕方ない。
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