第11話 ファンの鑑1

 

 

 

 たとえ私達が入れ替わったとしても世の中は関係なく回っていく。

「うう……視線が刺さってる気がする……」

「自意識過剰って言いたいところだけど、そうじゃないものねぇ」

 今日は仕事終わりにけいちゃんと「とりのこ」のコラボカフェにやって来た。

 吉鷹晶と入れ替わる前に熾烈な入店予約の抽選があり、私とけいちゃんも協力しあって何度も抽選に臨んでは敗れ、やっともぎとった貴重な入店予約だ。

 私の外身が入れ替わったとしても、予約日はやってくる。外身が吉鷹晶になっても問題はなかったが、圧倒的数の女性ファンの中で長身で顔のいい男は目立つ。

 予約した時間より早めに来てしまったので待機列に並んでいるのだが、視線が刺さりまくっている気がする。

 どちらかというと「あいつ何者……」的な探る視線だ。獲物を狙う目ではないので、すぐに興味は薄れるが、それでもいつもは紛れている側で全く目立たないので今日は勝手が違って居心地が悪い。

 多分けいちゃんと一緒に来ているので、彼女の付き添いで来た彼氏、と推測されていると思う。

 これがけいちゃんと一緒ではなく一人で来ていたらもっと状況は変わっていたかもしれない。モテる男は隠密行動すら取れない。

「吉鷹晶の体でこの量足りそう?」

「多分三人前くらい行くかも」

 張り出されたメニュー表を眺めながらけいちゃんに問われ、遠い目になる。

 私はもともと大飯食らいではない。だが、吉鷹晶の体はめちゃくちゃお腹が減る。普段食べていた量の二倍、下手したら三倍は食べている。

 それだけ食べても気持ち悪くなることなく、ご飯おいしー! となるところが吉鷹晶の体のすごいところだ。

 今回の「とりのこ」コラボカフェは女子ウケ間違いなしの、野菜をふんだんに使ったおしゃれメニューだった。目にも鮮やかで、コラボカフェのメニューとして力が入っているなという印象だった。

 普段の私ならガッツリしたものはたまに胃もたれを起こすので、胃や体に優しいメニューはホッとして嬉しいのだが、

「見てるだけでお腹が空く……」

 代謝が良すぎる吉鷹晶の体では食べる前から全く満腹になるイメージができなかった。現にくるる、と腹の中で鳩でも飼ってるのか、みたいな音が鳴っている。

 やたらとお腹が空くこと以外は、吉鷹晶の体は本人が言っていたように健康そのものだった。

 私より体も大きいのに筋力があるからか体が軽いし、冷え性知らずだ。今は秋で寒さが身に沁みてくる季節なのだが、気が付けば暑くて上着を脱いでいることが多い。毎日のように悩まされていた肩こり頭痛も入れ替わってからは無縁だ。身体スペックが本当にすごい。

「でも、今回ばかりはたくさん食べれて感謝じゃない? 普段以上に食べれるからコースターたくさんもらえるじゃん」

 コラボカフェでは料理やドリンクを一つ注文すればキャラクターのコースターが付いてくる。これがランダムになることが多いので、たくさん量が食べられるのは確かに強みだ。

 しかし、

「まぁ、そうだけどさ……財力ないと色々厳しいのは変わんないよ……」

「それもそっか」

 こういうカフェは少しお値段が張ることが常だ。今の体で満足するまで食べようとすると、かなり財政を圧迫される。今月は他にも買いたいものがたくさんあるのでどこにどれだけ使うかの配分は大切だ。

  結局はこの体で石油王になるのが一番だという答えに行き着いた。

 

 

 

「ひええええ……!! ここが天国か……!?」

 時間になったので店内に通されたのだが、店内は観葉植物や色とりどりの花々で埋め尽くされていた。

 葉っぱや花の裏にちょこんとキャラクターのフィギュアが飾られていて、人間世界との共存感がある。おしゃれな空間でありながら、寄り添うようにいる推し達がめちゃくちゃ良かった。どちらかというとアニメカフェというよりも某夢の国の感じに近いのかもしれない。こりゃあそれなりのお値段しますわ。

 でも、許されるのなら何度でも通ってこの世界観に少しでも長く浸りたい。やはり石油王になるべきか。なりかた知らないけど。とりあえず地球を掘ればいいのだろうか。

 結局お腹の減り具合と財布と相談して、ハンバーグプレートとパスタとグラタン、デザートにアップルパイとアイスの盛り合わせを頼んだ。

 量が女子用でそもそも少ないので、メイン三品という大暴走したかのような頼み方である。

 けいちゃんは私のオーダーを引きつった顔で聞きながら、オムライスとカフェオレを頼んでいた。私の現在の食欲がここまでとは思っていなかったらしい。

 料理が運ばれてくると、店員さんが最後に裏返した状態でコースターをテーブルに置く。私は五枚、けいちゃんは二枚だ。

「行くよ……」

「うん……」

 二人揃って恐る恐るコースターをめくる。

「諸行無常」

「分かってたことね」

 全てのコースターをめくり終えたところで、二人で天井を仰ぎ見る。

 いや、ランダム商品が全てではないけれど、推しとご縁がなかったことが単純に悲しい。たかがコースター、されどコースターである。

「けいちゃんはまだいいじゃん。私なんて五個も頼んで推しゼロだよ……運なさすぎか」

「それだけ頼んで推しゼロは確かにへこむ」

 自分で言ったこととはいえ、同情されて更に悲しくなってしまった。

 決して外れではないのだが、やっぱり推しにも来て欲しい。オタク心はオトメ心並みに繊細で難解なのである。

「今度源次郎たぬきのところで神頼みしてみようかな……正直、源次郎たぬきに頼んでも当たる気がしないけど」

「まぁ、それは分かる。多分、私らの推しを勘違いして覚えそう」

 すっごくトンチンカンな事をして「これですよね!? 源次郎たぬきもやればできるのですよ!!」とふかふかの胸を張って鼻息を荒くしてそうなところまで想像できた。

 源次郎たぬきの妄想のおかげでショックが少しだけ薄らぐ。これは素直に源次郎たぬきに感謝である。

 とりあえずコースターのことは一旦置いて、冷めないうちに料理に手をつける。

「こう考えると小学生の時からやってること変わってないのよね」

「分かる。小学生の時もカードとか鉛筆とかシール集めてたもん」

「変わったのは注ぎ込む金の桁が変わったくらいかしらね」

 言葉だけ聞くと非常に物騒に聞こえるが、金の桁が変わったと言っても千円が一万円に変わったくらいだ。小学生の頃は千円あれば大金だったし、すごく悩んだ末に推しグッズを買っていたが、今や千円なら迷わず買う。大人になったものだとしみじみ思う数少ない点だ。

「昔はさ、大人になったらアニメも見なくなって、おしゃれな洋服着て、お化粧も毎日バチっと決めて、アフターファイブは素敵な彼氏とデートするんだって思ってた」

 コースターの悲しみを引きずっているのか、少しアンニュイな空気でけいちゃんが語り始めた。

「けいちゃんおしゃれじゃん。アニメは今も見てるけど」

「そうよ、見てるのよ、アニメ。いつになったらオタクを卒業するのかと思ってたけどさ、気付いたわけ。オタクは卒業するもんじゃない。人種なんだって。だから私達はどこまで行ってもオタクなのよ」

「嬉しいやら悲しいやら」

 最近は世間もオタクへの理解があるらしく、ニュースでたまに取り上げられる所も見かける。

 一般の方に「オタクについてどう思うのか」みたいな、我々がずっと自分に対して問いかけ続けている命題をさらりと街頭インタビューでしているのだが、大体の人が「何かに夢中になれる人っていいですよね」的なことを言っている。(否定的な発言はそもそもカットしている可能性もあるが)

 だが、よく考えてみて欲しい。オタクというのは推しに運命を握られているのだ。

 推しに何かあればそれこそ精神的な生死に関わってくるし、推しに間することには情緒不安定になりやすい。

 自分に直接関係のない存在で一方的に取り乱している姿は、自分で俯瞰しても気持ち悪いというかなんでそうなったと自分に問いただしたいが、なるべくしてなったのだから仕方ない。そこに理由はないのである。

 強いていうなら好きなのだから仕方ない、だ。恋愛と一緒である。現実で恋愛をしたことがないので知らないが。

 自分から見てどうかと思うので、一般の方の「何かに夢中になれる人っていいですよね」発言には「あなたは本当のオタクをご存知なのだろうか……」と不安になる。

「職場の後輩にさ、『先輩ってお休みの日何してるんですか?』って聞かれていつも返答に困るのよ。同人誌の原稿して、漫画読んでゲームしてるって言えないし、映画行ったって言えば何の映画見たのか言わないといけないでしょ?」

「映画観に行ったは言いやすいけど、アニメ映画観に行ったは言いにくいよねぇ」

「それで、ごろごろしてるだけだよーって言ったら『彼氏いないと私休みの日何していいか分かんないんですよねー。あ、今度よかったら合コン行きませんか?』って言われてさ。彼氏いないと休みの日暇なの!? 私全然暇じゃないんだけど何で!? って聞きたかった。謎だわ~。しかも合コンとか苦行中の苦行よ。あの子達は修行でも行くつもりなのかしら」

「まぁ文化の差だよね」

 何で人ってそんなに他人の休日の過ごし方に興味があるのだろうか。私は全く興味がないのだが。

「そういえば吉鷹さんの職場どうなの? 慣れた?」

「慣れる訳がないよ~。毎日死にそうだよ~」

「でしょうね」

「隣の同僚がお色気ムンムンの筋肉パチンパチンだしさー」

 私の言葉にけいちゃんが手を止めて顔を上げる。

「……それ男?」

「男」

「くわしく」

 気になりますよね。分かるよ。

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