第8話 女の試練、男の試練3
翌日吉鷹晶にメッセージを送ると、なんとか体調は持ち直したと返事が来た。
それでも慣れない体で二日目はまだキツイだろう。無理せず休んでくれと伝えたら、素直に「お言葉に甘えてそうさせてもらう。ごめん」と返ってきた。
吉鷹晶が悪いわけじゃない。むしろ自分の体の不調を放置していた私の責任なのに、謝らせてしまって申し訳なさがすごい。
慣れでどうにかするんじゃなくて、婦人科に行ってちゃんと医者に相談して体質改善をしようと心に決めた。
これから先誰かと入れ替わることなんてないだろうが、自分の体を見直すいい機会だ。
そして吉鷹晶の職場二日目というわけなのだが、今日は吉鷹晶が生理休暇の為連絡が細かに取れる。
優秀なオペレーターがいるおかげで一日目の時よりもつつがなく業務が終えられたように感じた。
「吉鷹」
ホッとしながら定時に帰り支度を始めていると、無駄に色っぽく美山さんから声をかけられた。
「この後何人かで飲みに行くんだ。吉鷹も来ないか?」
なんとか根性で顔を歪めなかったことを、誰か褒めて欲しい。
私にとって職場の飲み会ほど嫌なものはない。しかし、吉鷹晶はこういう場に参加してそうなイメージがある。私の中の吉鷹晶像から推察するに、よほどの理由がない限り断るのは不自然だ。
「ハイヨロコンデ」
できる限り感情が出ないようにした結果、返事がオーダーを受けた寿司屋の店員の様になってしまった。
何かある度に江戸っ子になったり寿司屋になったりするので、私の前世はもしかしたら江戸っ子の寿司屋なのかもしれない。
「かんぱーい!」
「…………」
そして飲み会と聞いていたが、完全に合コンだった。一応社内の懇親会、という名目だが、男女比五対五の完全な合コンだ。
私は下戸なのでウーロン茶を頼もうとすると、「アルコール入れないでどうするんだ」と言われて勝手に生ビールを注文された。
一応女性側には聞いているようでホッとしたが、これはアルハラにならないのかと思ったが、相手が私ならいざ知らず、吉鷹晶相手なら喜んで酒を飲むだろうなと思った。
「吉鷹さん、飲まないんですか?」
隣に座った女子から心配そうに声を掛けられる。
様子のおかしい自分を元気付けようとしてくれた折角の心遣いを、無駄にするのも申し訳ない。何より、望んでいないとはいえこの飲み会の空気をぶち壊したくなかった。
それにひっくり返ったら強制送還されて逆に都合が良いのでは? という打算も働き、グイッと生ビールを一気にあおる。
「…………おいしい」
思わず感想がこぼれた。
自分の体だったら美味しいと感じなかったし、すぐに気分が悪くなっていたがそんなことにはならなかった。
初めて知るお酒の美味しさに感動した。
「やっぱり仕事の後のお酒は美味しいわよね~!」
「そうですね……!」
吉鷹晶と入れ替わらなかったら、一生知らなかった事だ。これは入れ替わって役得だなぁとしみじみ思っていたら、今自分の置かれている状況にはたと気付く。
両隣を完璧武装の美人に挟まれ、全く身動きが取れない。
「吉鷹くんはお休みの日何してるの~?」
私の右側に座っている、いい匂いのするお姉さまがものすごく距離を詰めてくる。確か、秘書課の人だ。
ありふれた、初心者英会話の例文に出てきそうな質問だが、私の脳内は超絶パニックだ。だって、非オタって休みの日何してんの!?
ちなみにオタクの休日は原稿、アニメ消化、原稿、積み漫画消化、原稿、時々イベントの地獄のデスマーチなので吉鷹晶としての答えとしては不適切も甚だしい。
しかし、オタクのデスマーチを延々と繰り返している私に一般的な社会人の休日の過ごし方が全く分からん。
「……旅行とか、行きます、ね」
吉鷹晶の部屋にあったものを思い出し、必死にひねり出した答えが旅行だ。おそらくキャンプでも良いのだろうが、詳しく聞かれたら答えられなくなりそうなので、私でも誤魔化せそうな所にとどめておく。
「そうなんだ! 行った事のない土地に行くのって素敵~!」
全く面白みのない返事にもテンション爆上げで答えてくれるお姉さんに惚れそうだ。
いや、これは吉鷹晶仕様なだけであって、普段の私相手なら「オチは?」と恐怖の関西人みたいなことを言われるに違いない。
「今までどんな所に行ったんですかぁ?」
そして左隣の年下清楚系女子も参戦してくる。こっちも距離が近い。この二人は間合いというものを知らないのだろうか。戦国時代なら死んでるぞ。
「え~っとぉ、北海道とか、香川とか……」
北海道は高校の修学旅行で行ったし、香川は母方の祖父母がいるので何か聞かれてもある程度は答えられる。
キャンプはしたことがないが、旅行は行っているので嘘はついていない筈だ。
「え~! 北海道って素敵ですね~! 私も行ってみたいと思ってるんですけど、どんな所がオススメなんですか~?」
「香川といえばうどんですよね! 他に何か名物ってあるんですか?」
こちらは会話を続けるのに精一杯なのに、卓球の高速ラリーの様にすぐさま質問が返ってくる。
吉鷹晶なら何事にもニコニコとスマートに返すのだろうが、なにぶん現在の中身はしがないただのオタクだ。自分の得意分野以外のことをポンポンと話せるはずがない。しかも吉鷹晶がしそうな振る舞いを想定しながらなので、どうしてもテンポが遅れる。
だが、中身がオタクだろうと女子達には関係ないらしく、右から左から途切れることなく質問が飛んでくるので目が回りそうだった。
結局席替えをしても同じ事のエンドレスループで、必死になるあまり神経がすり減るだけだった。
私はお酒は飲めないのでそもそも楽しめないし、よく知らない人とご飯を食べに行くのはストレスにしかならない。
だが、吉鷹晶や美山さんにとっては気分転換になるのだろう。実際他の人達は楽しそうにしている。
逆に休日に部屋にこもるのは、二人にとっては苦行かもしれない。いや、もしかしたら静かに読書をするのも好きかもしれないが、おそらくずっとはできないだろう。
ちなみに私はずっと一人で部屋にこもっていても問題ないというかそっちの方が好きだ。
自分にとっては好きなことも、人によっては苦行だし、逆もまた然り。
自分の価値観で人に押し付けたりしないようくれぐれも気をつけよう、と改めて思う。
「あんまり気分転換にならなかったか?」
店を出て小さくため息をついていると、美山さんが話しかけてきた。
「あー、いや、ちょっと疲れちゃって。飲み会はすごく楽しかったで……よ」
慌てて語尾を吉鷹晶っぽくしてみるが、妙な言葉遣いになってしまった。
「本当に大丈夫か? 余計なお世話だったらすまんかった」
余計に無理をしているように見えたのか、美山さんは眉間にシワを寄せて謝って来てギョッとする。
「い、いやいやいや! その気遣いがまず嬉しいからさ! 本当ありがとう!」
「そうか? だったらいいんだが」
慌てて否定すると、美山さんは苦笑を浮かべた。
「何かあったらいつでも相談してくれ。お前が元気じゃないと、張り合いがない」
「お、おう……」
こんな少年漫画の永遠のライバル同士が言うような事を、シラフじゃない時とはいえ普段の生活の中で言う人いるんだ……と感心してしまった。
私だったらお酒飲んでても言えない。自分自身の体だったらまず飲んだ時点でぶっ倒れるし、吉鷹晶の体でもお酒に強すぎて理性が残るので絶対に言えない。
私の周りの人達もおもしろ人間が集っているが、吉鷹晶の周りも普通の人の皮を被ったというか、本人も気付いていないおもしろ人間が集っていそうだなと不覚にもワクワクした。
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