第7話 女の試練、男の試練2
緊急事態発生の為、吉鷹晶の上司に早退したい旨を伝えると「早く帰って休んだ方がいい」と言われた。それほどまでに私演ずる吉鷹晶は本調子に見えなかったらしい。
ありがたく早退させて頂き、タクシーをとっ捕まえて自分の職場へと向かう。途中、ドラッグストアに転がり込んで必要なものを買い込んだ。
ナプキンと生理用ショーツ、そして痛み止めとカイロとおにぎりと水を引っ掴んでレジに並んだ。
被害妄想なのかどうなのか分からないが、周りからの視線が刺さる。
吉鷹晶のイケメンパワーのおかげで変な感じには捉えられていない様だが、イケメンが故に注目を集めてしまっている気もする。気のせいだと思いたい。
自分の職場に到着して校内に立ち入ろうとするが、今の私は完全部外者だ。仕方がないので電話して吉鷹晶に校門まで出てきてもらう。
「大丈夫ですか!?」
「やばい……死ぬほど腹痛い……」
吉鷹晶は真っ白い顔でよろけながらなんとか校門に出てきた。
もともと私は生理痛がひどい体質である。今はなんとか薬で抑え込めるが、学生時代は痛みで動けなかったほどだ。しかも痛みがひどくなる前に薬を飲まなければ薬は効きにくい。今日は完全に痛みが引くのは難しいだろう。
自分の体の一番ややこしい時期を経験させてしまい、申し訳なさでいっぱいになる。
「これ、途中で買ってきました。使ってください。使い方分からなかったら、また電話してください! 鎮痛剤も入っているので飲んで下さいね!」
脇に抱えていた紙袋を渡して、吉鷹晶を再び校内に戻らせる。後ろ姿がよろよろしていてかわいそうだった。
高校近くの公園でしばらく待っていると、電話が掛かってきた。言わずもがな吉鷹晶からである。
「大丈夫ですか? 使い方分かりました?」
『なんとか……多分、ネットで調べたから使い方は合ってると思う』
覇気のない声で吉鷹晶が答えた。その言葉に思わずホッと胸をなでおろす。
自分の体のこととはいえ、男相手に生理用品の使い方を伝えるとか嫌すぎる。ネットの力があって本当に助かった。
もしこれが女性の体に疎い人だったら、大病だと思って救急に電話していたかもしれないと思うとゾッとする。
「今日はもう早退した方がいいかもしれません。一度痛くなっちゃうと鎮痛剤効きにくいので」
『そうする……』
私の進言に吉鷹晶は素直に従った。
家まで送り届ける為にもう一度校門に向かうと、とぼとぼと歩いて来る私の姿もとい、吉鷹晶の姿が見えた。
「カイロお腹と腰に貼りました?」
「いや……」
「血行を良くすると痛みが和らぐんですよ。家帰ってもできるだけ薄着は控えてあったかくして下さいね。食べるものも冷たいものはできるだけ避けて、あったかいもの食べて下さい。母に言えば察してくれます。遠慮せずに生理で調子が悪いと言って下さい」
「わかった……」
心配になるくらいショボショボしている。
多分私のいつもの生理痛だと思うので、病院に連れて行かなくても大丈夫だとは思うが、さすがに心配になって来る。
「あんなに血が出るなんて思ってなかった……」
血の気の引いた顔で、吉鷹晶がポツリと呟いた。
私達にとっては日常茶飯事だが、そうでない人からすれば確かに一大事だ。生理以外での出血は大体おおごとである。
「すみません、いつもだったらまだ来ない時期だったので油断してました」
「いや、柴村さんは悪くないだろ……てかいつもこんなに痛いのか?」
「まぁ……今は痛くなる前に薬飲んじゃうのでなんとかなるんですが」
「地獄じゃん……」
げっそりとした表情で吉鷹晶が言葉を吐き出す。
確かに慣れているとは言え生理期間中は憂鬱だ。
しかしあの吉鷹晶がまさかここまでダメージを受けるとは思っていなかった。
「俺なんて薬飲むのなんて二日酔いか腹が痛い時くらいだし、腹痛は大体出したらスッキリするけどさ、生理はこれが数日続くんだろ? しかもみんな普通に仕事してるしさ……頑張りすぎてる……」
「え、頭痛とかで鎮痛剤飲まないんですか?」
「そもそも今まで頭痛になったことがない」
「そんな人類がいるんですね……」
生理痛はあまりひどくないという人はいるが、頭痛になったことのない人類など初めてお目にかかった。頭痛は社会人みんなが持っているものだと思っていた。
「とりあえず、そこまで痛くなっちゃたらもう後は安静にするしかないです。家帰ってあったかくして寝て下さい」
「はい……」
流しのタクシーを捕まえて、吉鷹晶を押し込む。
「後で細かいアドバイスとかメッセージで送っておくので、体調が回復したら読んでください。分からなかったら電話してください。申し訳ないんですけど今日はお休み頂いたので、この後は空いてます」
「いや、こっちこそ申し訳ない。ありがとう」
走り出したタクシーを見送り、ホッと息を吐いた。
早い時間に家に帰るのは気が引け、職場の学校の近くにあるカフェでコーヒーを飲みながら吉鷹晶に送る文面を書いていた。
自分の体に関することを文章で説明するのはとても悩んだ。相手は異性なので、できれば話したくないことだし、説明するなら婉曲な表現に止めたい。
だが、まわりくどい表現だと伝わらないかもしれないので、そのせめぎ合いで大層頭を悩ませた。おかげでめちゃくちゃ疲れた。
ぐったりしてぬるくなったカフェオレを飲んでると、けいちゃんから連絡が入る。「調子どう?」とメッセージが送られ、思わず今日起きた出来事を端的に説明すると「何それkwsk」とメッセージが返ってきた。
昨日の今日で物事が進んでいるとは考えにくいが、やっぱり気になるので進捗確認も兼ねて源次郎たぬきの神社で待ち合わせをすることになった。
「うわー、それは盲点だったわ」
「だよねぇ……私もびっくりした」
「女性の生活は大変ですねぇ」
神社の小さな社の階段に二人と一匹で腰掛けて、今日あったことを説明した。
私とけいちゃんが並んで座り、源次郎たぬきが一段上の所に座っている。三人のちょうど真ん中の所にここに来る途中で買ってきたお菓子を広げていた。飲み物は人数分のペットボトルを購入し、私はりんごジュース、けいちゃんはコーヒー、源次郎たぬきはミルクティーを飲んでいる。
けいちゃんはやはり源次郎たぬきの姿が見えないので、宙に浮くペットボトルを見てギョッとしていたし、私はたぬきがミルクティーを飲んでいる姿にギョッとした。
見た目がたぬきなので、源次郎たぬきに人の食べ物あげちゃって大丈夫だろうか、という心配があったが、源次郎たぬきはこちらの心配をよそにミルクティーを美味しそうに飲んでいるし、お菓子をもしゃもしゃと食べている。
たぬきの神様とか言っていたが、中にちっさいおっさんでも入っているのではなかろうかと思った。
「トイレとか着替えとかお互い見られることは分かってたけど、生理のことまでは頭回らなかった」
「入れ替わりとか早々ないことなんだし、しょうがないんじゃない? こんな時はこうしよう! みたいなトラブルシューティングの本とかあるわけでもないんだし。てか今まで結子達以外に入れ替わった人とかいるの?」
「結子殿と吉鷹殿が初めてですよぅ!」
「私と吉鷹くんが初めてだって」
もちろんけいちゃんと源次郎たぬきは直接の意思疎通ができないので、私が間に立つ。
それにしても入れ替わり時のトラブルシューティングの本って何だ。一体誰向け、と思ったが、現に私がそのトラブルの真っ最中だったので、これは後世のためにトラブルシューティングを書き記すべきなのかと思った。
すっごくマニアックな同人誌とかでありそうだ。ズバリ、同人誌の題名は「異性と入れ替わった時の傾向と対策」だろう。誰が買うのかは知らないが。
「そういえば源次郎たぬきって元々はなんの神様なの?」
気になっていた事を問いかけると、源次郎たぬきは耳と尻尾をピン! と立てて、社の奥に駆けていく。
すぐに戻ってくると、彼は古そうな一冊の書物を手に抱えて帰ってきた。
私たちの間に持ってきた書物を置くと、丁寧にゆっくりと表紙をめくる。オタク二人が何々、と書物を覗き込んだ。
「僕は昔、それはそれは立派なたぬきでした」
「え、それ自分で言うの?」
「源次郎なんて?」
「自称すごいたぬきだったって」
「自称じゃありませんよぅ! ちゃんとここにも文字と絵姿で書かれているじゃないですかぁ!」
私の訳に源次郎たぬきがプンスカと腹を立てる。
確かにそこには大きく少し凛々しい顔つきのたぬきが描かれていた。文字は流麗すぎて読めなかったけど。
「これ自分で描いたんじゃないの?」
「昔の氏子が描いてくれたんです!」
プンプンしながら、源次郎たぬきは前脚を器用に使ってさらにページを捲る。
「昔の僕は神通力もそれはそれはすごくて、何にでも化けられましたし、ちょちょいのちょいと妖術を扱うこともできました。たまに人間に化けて人間のお祭りとかに行ったりしましたよ。そこで出会った人に悪さをする鬼の退治を頼まれたんです」
「鬼退治を頼まれたんだって」
「へぇ、桃太郎じゃん」
「結子殿! 話を端折り過ぎです! もっと的確に僕の勇姿を伝えてください!」
「いや、勇姿まだじゃん」
全部をそのまま話すのが面倒くさくて大事な所だけけいちゃんに伝えていると、源次郎たぬきからクレームが入った。
「それで僕は大鬼に化けて、鬼を驚かして追い払ったんです。この社は、その時に村人から感謝の証しとして贈られたものなんですよ。だから僕は人の守り神なんです」
「へぇー」
「全然心がこもってない! もっと感動して下さい!」
源次郎たぬきがリテイクを求めてピーピー喚くが、自称なことに変わりはないのでいまいち感動に欠ける。
「でもたぬきの神様なんて初めて聞いたよ、私。狐はよく聞くけどさ。お稲荷さん、だっけ?」
「あ、私もそれ思った」
私の言葉にけいちゃんが同意する。源次郎たぬきは私の言葉を聞くと、耳と尻尾をペタリと垂れさせた。
「結子殿のおっしゃる通り。ここ最近では稲荷信仰が大ブームで、たぬきは信楽焼の置物が店先に飾られるのが精々です……」
「気にしてたんだ」
「源次郎なんて?」
「信楽焼でてっぺん取るってさ」
「結子殿は報・連・相が苦手なんですか!?」
私の適当すぎる通訳に源次郎たぬきがキレた。
「ごめんごめん、稲荷信仰? がブームでたぬきは信楽焼が精々で悔しいんだって」
「へぇー」
ちゃんと伝えてもけいちゃんも反応が薄い。
「確かこの近くにも大きな稲荷神社あったよね?」
けいちゃんの言葉にうんうんと頷く。
「あったあった。確か「秋里稲荷神社(あきさといなりじんじゃ)」だっけ? 境内もすごく大きいし、お正月は露店もいっぱい出るからすごい賑わうよね」
お稲荷さんといえば総本宮である京都の伏見大社が有名で、何と言っても朱塗りの鳥居を連ねた千本鳥居が名物だ。
秋里稲荷もそれに倣ってか朱塗りの鳥居を連ねた場所があり、とても華やかだ。規模も大きく見応えがあるので、常に参拝客と観光客で溢れている。
お祭りとイベントの日程が被った時は交通機関がオタクと一般人が入り混じって大変なことになるので、我々もなんとなく存在を知っているのだ。
「たぬきは「他を抜く」と言って商売繁盛にも通じているんです! なのに! なのに! なんでお稲荷さんばっかり人気なんですか!? ずるいです!」
私達がお稲荷さんの話で盛り上がっていると、源次郎たぬきはヘソ天をして四肢をジタバタと動かす。
私はけいちゃんに「たぬきだって商売繁盛背負ってるのに、お稲荷さんばっかりずるいって駄々こねてる」と説明した。
するとけいちゃんは顎に手を当てて数秒思案しはじめる。
「狐って神聖さがあるからじゃない? たぬきはなんていうか……畑の端で柿食べてそうっていうか……かわいいけどしっかりしてそうに見えないっていうか……現に結子と吉鷹くん入れ替わっちゃってるし」
けいちゃんの鋭すぎる指摘に、源次郎たぬきはガーン! と分かりやすくショックを受けていた。
「ぼ、僕だって、僕だって一生懸命にやってるのにひどすぎますぅ~!!!!」
「あー、源次郎たぬき泣いちゃった……」
「え、マジで? ごめんって」
「けいちゃん、源次郎たぬきこっちだよ」
虚空に向かって頭を下げるけいちゃんに突っ込む。
結局源次郎たぬきはふくれっ面でミルクティーをヤケ飲みしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます