第3話 エンカウント3

 

 

 

 もう一度、イベント会場近くの神社へと三人で向かう。

 昼間とは違って人通りも車通りも少ない。

 早朝ならともかく、深夜にこの辺りをうろつくことなんてまずないから、ちょっと怖い。

 イベントの早朝なら、オタクが大名行列のごとく列をなしてイベント会場へ行脚するので、人がいない景色を見るのは初めてだった。

「二人が一番戸惑ってるのは分かるんだけど、私もどうすればいいのか判断に迷うのよね。中身が結子って分かっていても、外見が吉鷹さんだから、こう、距離を取りたくなると言うか……」

「私だって距離取りたいよ! 鏡やガラスに顔が映る度にびっくりするもん!」

「俺はゾンビか幽霊かよ!」

 吉鷹晶が私の顔で愉快そうにケラケラ笑っているが、正直幽霊かゾンビよりもタチが悪い。

 私とけいちゃんがじとりと吉鷹晶を睨め付けるが、彼はニコニコ笑ったまま頭の上にはてなマークを飛ばすだけだった。

「ここだったよな」

 そうこうしているうちに件の神社の前に到着する。

 神社の周りは今の私の目線の高さくらいまでの生垣に囲われていて、小さな社と手水舎、そして朱塗りの鳥居というこじんまりとした神社だ。鳥居の中央にかかっている額には「源次郎げんじろう神社」と書かれていた。誰か昔の偉人を祀った神社なのだろうか。

 歩道には急ブレーキの跡が残っており、よくあれで死ななかったな、と今更ながらにゾッとした。

「あの時吉鷹さんが抱えてた同人誌が道路一面にばらまかれてさ……周りの親切なオタク達が救急車が来るまでにかき集めてくれたのよ……」

 けいちゃんの言葉に、またしても小さな悲鳴が漏れた。

「そりゃあ悪いことしたなぁ」

 吉鷹晶は申し訳なさそうな顔をしているが、おそらく事の重大さに気付いていない。

 あれは本来一般の方の目には触れてはいけないもの。何も知らない一般人の目に留まれば、最悪公式様に迷惑がかかる。そんなことは絶対にあってはならない。

 オタク達は親切心半分、保身半分で吉鷹晶の同人誌をかき集めてくれたのであろう。

「周りにいた人で看護師さんもいてさ、めっちゃテキパキ指示出してくれて本当助かったわー。私一人じゃテンパってどうにもならなかった」

「本当ごめん……」

 オタクの真の姿は実に様々である。

 クリエイティブ系のお仕事をしている人もいれば、公務員や医療系などお堅い職場で働いている人も少なくない。オタクが一丸となれば、世の中のある程度の問題は解決してしまうかもしれない。

「夜の神社って初詣くらいしか行かないから、なんか不気味……」

 暗闇に風雨で少し色褪せた朱色がぼんやりと浮かぶ光景は、雰囲気があって怖い。怖さで体を縮こませて周りの様子を伺っていると、けいちゃんがう~ん、と唸り声をあげる。

「その外見でオンナノコ発言するのはちょっと控えたほうがいいかと……吉鷹さんのキャラが壊れてる」

「しょうがないじゃん! 中身私なんだもん!」

 いきなり吉鷹晶の様に振る舞えと言われても無理なものは無理だ。今までの人生で真逆の生き物だもの。

「でも、いつ戻れるか分かんないし、周りに怪しまれない様に吉鷹さんの振りをすることは大事なんじゃない?」

「うぐっ」

 もっともな事を言われて、返答に窮した。

 私はともかく、吉鷹晶が今まで積み上げて来たものを私が台無しにする訳にはいかない。

 お互いにそれらしく振る舞い、入れ替わりが終わったときにつつがなくいつもの生活に戻れる様にしなければ。

 これからのことを思って憂鬱になっていると、私の隣にいた吉鷹晶がいきなり生垣に飛び込んだ。

「えっ!?」

「なんかいた」

 小枝や葉っぱを髪に絡めた状態で生垣から吉鷹晶が何かを抱えて起き上がる。小型犬くらいの大きさの生き物がジタバタ暴れている。

 たぬきだ。

「らららら乱暴しないでください~!」

 こんな街中にも野生動物っているんだなぁ。とか思っていたら、たぬきがしゃべった。

「おお、しゃべった」

 私が驚いて固まっていると、吉鷹晶は軽すぎるリアクションをしていた。

「え、おもちゃ……?」

「おもちゃじゃありません! 源次郎たぬきです!」

「げんじろうたぬき……」

 自己紹介されたが、状況は何も理解できない。

「源次郎はなんでしゃべれるんだ? アレクサでも背負ってんのか?」

 戸惑うばかりの私に対して、吉鷹晶はなぜかサクサクと話を進める。

 源次郎たぬきの前脚の後ろ側に両手を突っ込んで、犬猫の様に抱えて目線を合わせている。

 どちらかというと空想の世界に触れる機会の多いオタクの方に分がありそうな気がするが、リアルになった途端適応能力がダダ下がりしてしまう。やはりリア充が最強なのか。

「源次郎たぬきは神様だからです! 源次郎たぬきが二人を助けた事でご縁が結ばれ、二人は源次郎たぬきがしゃべっていることが分かるのです!」

「そうか……」

「えええええ……」

 どこの日本昔話だよ。

 吉鷹晶は神妙な表情で納得しているが、私はたぬきに化かされている説を推す。

 吉鷹晶と入れ替わってしまったのも、たぬきの見せている悪い夢だ。きっと、もうすぐ覚めるに違いない。

「ストップ」

 私が思考を放棄しかけていた所で、けいちゃんからストップがかかる。

「二人とも、何してるの?」

 けいちゃんは眉間に深いシワを刻み、こちらを見つめている。

「何ってたぬきとしゃべってる……」

 甚だ不本意だが、そう説明せざるを得ない。

 だが、けいちゃんの眉間に刻まれたシワが解消されることはなかった。

「私には二人がパントマイムしている様にしか見えないんだけど」

 吉鷹晶と一緒にたぬきを見下ろす。

「普通の人に源次郎たぬきは見えませんよぅ。さっきも言った通り、源次郎たぬきが二人を助けたから、お二人には源次郎たぬきが見えているのです」

「ちょっと待った。源次郎が俺達を助けたってことなのか?」

「そうなのです!」

 吉鷹晶の問いにたぬきがえっへんと誇らしげに言う。

「当社の前でお二人が事故に遭われてしまい、危うく天に召されかけていたので、源次郎たぬきが慌ててお二人の魂を器に戻したのです! 死にかけた人の子を助けるのは神の役目ですからね!」

 源次郎たぬきがふんす! と胸を張る。

「ただのしゃべるたぬきかと思ったらお前神様だったの?」

「そうなのです!」

 吉鷹晶は感心した様に頷いているが、私はたぬきの発言に引っかかった。 

「……てことはあんたが私と吉鷹くんを入れ替えたってこと!?」

「きゃああああああ!?」

 元凶が発覚して思わずたぬきを引っ掴む。

「魂を戻すことができたってことは入れ替えることもできるでしょ!? 今すぐ戻して下さいお願いしますうううう!」

 このままでは鏡やガラスに映る自分の顔を見る度に死にそうになる。他殺なのに自殺だ。まだ読みたい漫画も観たいアニメも描きたいものもたくさんあるんだ。

 自分の死因が吉鷹晶がイケメンすぎた為とか笑えない。

 ガクガクとたぬきを揺さぶると、たぬきはもがいて吉鷹晶の腕の中に戻った。吉鷹晶は鈍臭い私の体だというのに、おっと、と軽い声を上げてたぬきをキャッチしている。

「むっ、無理ですぅ!」

「なんで!?」

「力が溜まっていないんでできないんですよぅ! そもそも氏子が少なくて大した力がありませんし、お二人の魂を戻しただけで源次郎の神通力はすっからかんでございます!」

「ってことは死ぬまでずっとこのままなの!?」

 自分が死ぬのが先か、吉鷹晶の顔に慣れるのが先か。

「そこはご安心を! 僕の神通力は月が満ちると回復します。たぬきは満月が大好きですので!」

「はぁ」

「たぬきって満月の夜に腹鼓打つって言うもんなぁ。やっぱり満月と縁が深いんだな」

 相変わらず私よりも吉鷹晶の順応力が高い。

 けいちゃんはもう話についていけなくなったからか、社殿の階段に腰掛けてこちらの様子をぼんやりと観察している。

「次の満月までに元に戻れるんならいいんじゃないか? 本当なら俺達死んでたかもしれないんだしさ」

「確かに……」

「そんなぁ! お礼なんていいんですよぅ!」

 ありがたい話ではあるが、吉鷹晶の様に素直に感謝できないのは私の器が小さいからだろうか。

 

 

 

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