第2話 エンカウント2
よく分からないサプライズ再会はあったものの、イベントを無事終えてけいちゃんと帰路につく。
「柴村さん!」
行きよりもずっしりと重くなったキャリーケースを引きずりながら最寄駅に向かっていると、後ろから本名を呼ばれて思わずギクリとした。
今日この場で本名を知っているのはけいちゃんともう一人だけである。
両腕で同人誌を抱えた吉鷹晶が爽やかな五月の風を背負ってこちらに駆け足で駆け寄って来ていた。周りの人たちは何事かとモーゼが海を割ったがごとく道を開ける。
できることならもう関わりたくなかったが、ここで無視するわけにもいかず人通りの邪魔にならないように横に避けた。
ちょうど小さな神社の前で、朱塗りの鳥居の前に立つ。
「さっきは本当にありがとう! おかげでなんとか買えた!」
「そ、それは良かったです」
せめてその戦利品はエコバックか何かに入れた方が良いのではなかろうか、と思った。しかしこれ以上世話を焼いて恩義を感じられても困る。
良い人がゆえに、頂いた恩を返さねばと思うのは良いところだが、それは別に出会った人全員に感じなくても良いんですよ。
「てかあそこにいた人達はみんな柴村さんみたいに、漫画家じゃないのか!? みんなスッゲー絵うまかったんだけど!?」
「たまにプロの人もいますけど、ほとんどはアマチュアかと……」
「柴村さんの本もチラッと読んだけどさ、あんなに綺麗に細かく絵描けるのまじで尊敬するわ! 本物の漫画家みたいだな!」
読んだんですか!? 私の同人誌を!? と叫び出しそうになった。
高校時代の同級生、しかもそこまで仲良くなかった人に同人誌を読まれるとか、一体どんな罰ゲームですか……。
本人が本気で感心しているので、やめてくださいとも言えないところがまた辛い。これ、どうすれば正解なんだ。
あまりの事態に気が遠くなっていると、車のエンジン音が聞こえて現実に戻された。
ものすごい勢いで車が車道からこちらに突っ込んできている。
あ、と思った瞬間には衝撃で体が吹っ飛び、意識がぶつりと切れた。
ふわふわとした意識がだんだんとハッキリとしていく。
目を覚ますと、白い天井と点滴のパックが見えた。
なんか体のあちこちが痛い。起き上がって不意に頭に触れると、スカッと手が空をかく。
私の髪は今鎖骨につくくらいの長さだった。なんでこんな短くなってるんだ!?
「えっ!?」
そして驚いて上げた声にも驚いた。めちゃくちゃ声が低い。風邪を引いたとかのレベルじゃない。
「え、え、え!? どういうこと!?」
喉に触れるとぽこっと何か出っ張った感触がする。喉に何かできた!? と慌てていたら、ベッドを囲っていたカーテンからひょっこりとけいちゃんが顔を出した。
「あ、気が付きました!? 看護師さん呼びますね!」
「え、あ、うん」
なんか、けいちゃんの様子がいつもと違う。ちょっと距離があるというか。
「吉鷹さん、ご気分いかがですかー?」
看護師さんがやってきて色々体のことについて聞かれる。いや、てか私柴村さんなんですけど……とは思ったが、人が話している最中に割って入ってまで訂正する勇気がなかったのでそのままにしておく。
どうやら私達がいた所に車が突っ込んできたそうだ。
目立った外傷はなかったものの、意識が戻らなかったので近所の病院に救急搬送されたとのこと。
「吉鷹さんが結子を庇ってくれたので、あの子はほぼ無傷した。本当、ありがとうございました」
けいちゃんが私に向かって深々と頭を下げる。
「……けいちゃん」
嫌な予感がひしひしとする。
私に名前を呼ばれたけいちゃんは、少し眉間にシワを寄せてから返事をした。
「鏡を貸してくれませんか」
私の要請に首を傾げながら、けいちゃんは自分の鞄から手鏡を出して渡してくれる。
おそるおそる手鏡を覗き込むと、
いつもののっぺりとした私の顔はなく、やたらと整った吉鷹晶の顔面がそこにはあった。
「ぎゃーっ!!!?」
「うわっ!?」
なんとなく予想はしていたものの、突然まみえたイケメンの顔面の圧に絶叫する。
反射で手に持った手鏡を放り投げると、けいちゃんがびっくりして少し後ずさった。
「だ、大丈夫ですか」
へっぴりごしになりながらけいちゃんが話しかけてくる。いつもの私に対してならけいちゃんは絶対敬語なんて使わない。信じたくないが、やはりそういうことだ。
「大丈夫じゃない! 顔が良すぎる……! 怖い……!」
必死に訴えると、けいちゃんは胡乱な目つきでこちらを見つめてくる。その目を見て慌てて否定した。
「違う! 違うの! 私は柴村結子! なんでかわかんないけど吉鷹くんと入れ替わってる!」
アニメの説明台詞みたいになってるけど、本当にそうとしか言えないので困る。
入れ替わり系の作品を見た時にわざとらしいな……と思ったこともあったけれど、自分がその状況に陥ると本当そうとしか言えないことが分かった。もうちょっと自然な台詞あるんじゃない? とか思ってすみません! ってそうじゃなくて!
「……冗談を言っていい時と悪い時があると思います」
けいちゃんは汚いものを見るような目でこちらを見てくる。だめだ、全く信じていない。
「本当なんだって! あ、けいちゃんの歴代の推し言えば信じてくれる!?
私がけいちゃんの歴代推しキャラと性癖をまくし立てると、けいちゃんは胡乱げな表情からギョッとした表情に変わる。
「あんた一般人でしょ!? てかなんで私の推し知ってんの……!?」
「だから、見た目は吉鷹晶だけど、中身は柴村結子なの!! 見た目はイケメンだけど中身は超絶オタクなの!!」
けいちゃんはギュッと眉間にシワを寄せて数秒考え込む。
数秒の沈黙の後、じろりとこちらを睨みつけた。
「……本当に結子なの?」
「結子だよ!」
自分のせいとは言え、いい声で女言葉で話すのは違和感がすごい。
けいちゃんはまだ完全に信じられないらしく、腕を組んで小さく唸っている。
そうこうしていると、外から誰か走ってくる音が聞こえた。
バタバタとした足音がだんだんと大きくなり、けいちゃんが部屋の外に目をやると、あ、とつぶやいた。私からはカーテンがあって外は見えない。
ずんずんと足音の主が近付いてくる。
けいちゃんが立っていた場所から後ずさると、さっきまでけいちゃんのいた所に飛び込んできた人影がいた。
「俺だ!」
ガニ股でこちらを指差す私、もとい吉鷹晶だった。
「えー、改めて現在の状況を確認しますが、結子の体になぜか吉鷹晶さんの意識が入っており、吉鷹晶さんの体に結子の意識が入っているということで間違いないですか?」
けいちゃんの問いかけに二人揃って神妙に頷く。
病院は意識が戻り、特に異常がなければ帰宅していいと言われたので、今は病院近くのファミレスに入って状況の整理とこれからについての話し合いをしている。
いや、異常はありまくりだが、こんな事を訴えたところで正気を疑われるだけなので、大人しく帰ることにした。
「信じたくないけどそういうことです……」
「なんか視点が変わって新鮮だな!」
私はもうこれからどうすればいいのか分からず絶望に打ちひしがれていると言うのに、私の姿をした吉鷹晶はそんなこと全く気にしておらず、なんだかとても楽しそうである。なんでだ。
今までこんなに笑ったところを見たことがないくらい私の顔がニコニコしていて、そんな所に表情筋あったんだ私……と感心するほどだ。
「なんか視覚と聴覚がバグるな……」
けいちゃんが眉間のシワを揉む。
私から見ても変な感じだ。なんてったって隣に自分が座っている。写真で見る自分の姿よりも堂々としていてなんか変。
そして自分の発した声は吉鷹晶の声で発声される訳で、いい声で情けない事を言っていることが大変な違和感だが、中身は私なのだからしょうがない。
そもそもこの妙な状況にパニックを起こしているが、自分の感覚がいつもと違うことでより一層混乱に拍車がかかる。
「原因といえばやっぱり事故なわけだけど、ぶつかったりとかしたの?」
確かにこういう入れ替わりの定石は物理的にぶつかった時だ。
だが二人で顔を見合わせて首を傾げる。
「あんまり覚えてない……」
「俺も」
頭を打った感じもしない。
「もう一回同じ状況になれば戻る気もするけど、車で突っ込むのはリスクが高すぎるしなぁ」
けいちゃんが恐ろしい事をサラッと言うので、思わずひえっ、と小さく悲鳴を上げてしまう。吉鷹晶の声で再生されるので、ちょっと気持ち悪い感じになってしまって大変申し訳ない。
「同じ状況を再現するのは無理でも、現場に一度戻ってみてもいいのかもしれない。何か手がかりが見つかれば御の字だ」
私の体で吉鷹君が賢そうな事を言う。中身がイケメンだからか、外見が私でも不思議とかっこよく見えてしまう。
彼は真のイケメンであったと、今この時をもって証明されてしまった。
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