5.もう一匹の仲間

「ほらクロ、このとうもろこしも食べて」

「ありがとうございます!お母さん」

「クロ、今日は早く仕事が終わるからぼくと一緒に散歩に行こう」

「わー!楽しみですお父さん!」

「クロ〜、ナデナデさせて〜」

「ヒャヒャヒャ!くすぐったいですよ育さん〜」


朝食の納豆を混ぜながら、ぼくは家族とクロが楽しそうにしている様子をぼんやりと眺めていた。

クロがうちに来て一週間。ぼくの家族は、ドラゴンがペットなことにも、そのドラゴンがしゃべることにもすっかりなじんでいた。説明した時はみんな驚いていたけど。


「父さん、クロの散歩気をつけてよ。この前、近所のおばちゃんに見つかっただろ」

「ちゃんと犬だって紹介したさ。翼もアクセサリーだって言っておいたし」

「その言い訳、いつまで通用するかなぁ……」


クロは、竜胆町を守るためにドラシルの王様からこっちの世界に派遣されたドラゴンらしい。ぼくら以外に正体がバレると、この前戦ったナーガみたいに、ドラシルの世界へ戻らなきゃいけないんだとか。クロがいなくなったら竜胆町が危ないのに、父さんはお気楽すぎる。


「じゃ、いってきまーす」

「いってらっしゃいませー!」


学校に行こうとすると、クロが見送りに来た。外の人に見つかるかもしれないから、玄関には出るなって言ってるのに。父さんに負けず劣らずクロもお気楽だ。本当に王様の命令で働いてるのか?


「イッテラッシャイ」

「ワスレモノナイ?」


ウメとモモにも見送られて、通学路に立た時、


「お、おはよう!飯塚くん」


後ろからそう声をかけられた。振り返るとそこいたのは、タマだ。


「偶然だね!せっかくだし、一緒に学校行かない?」

「おはよう。いいけど、偶然にしてはタイミング良すぎないか?」

「うっ、あはは、そんなことないよ!」


タマ、もしかしてぼくの家の前で待ってたんじゃ……。

ちょっと不思議に思いつつも、一緒に学校に行くことにした。


「飯塚くん、この前の猫ちゃん、助けてくれてありがとう」

「いいって。あと、そのお礼なら何度も聞いたよ」

「あ、そうだったね。ごめん」


別に謝る事じゃないと思うんだけどな。

それから、しばらく無言で歩いた。

……。

気まずい。小学生の頃はよく2人で登校してたけど、最近はあんまり話さなくなったから、どう話題を振ったらいいのかわからない。

昔は道端にいるハト追いかけたり、草笛吹いたり、明日の給食の話したりしてたけど。でも、中学生になってまでそれはないよな。


「飯塚くん、実は聞きたい事があって」


ぼくが話のタネ探しに必死になっていると、タマが突然そう切り出した。


「本当は学校で話したかったんだけど、他の人に聞かれるとちょっとまずいかなって」

「聞かれるとまずい?」

「うん。あのね」


もしかして、その話をするために家の前で待ち構えてたのか?

タマは急に声を小さくして、ぼくの耳元に顔を近づけてきた。耳をくすぐるような音に思わずドキリとする。

おいおい、まさか朝から告白とかされるんじゃ……!


「もしかして、おうちにドラゴンいるんじゃない?」

「はあ!?」


ぼくのあまりの大声に、電線にとまっていたスズメが一斉に飛び去った。

えっ、なんで。まずい、どうしてバレた!?


「な、何言ってんだよタマ!人面鳥とかドラゴンとか、最近おかしいぞお前」

「ビックリさせてごめんね。でも、この前散歩してるところ見ちゃったから」


あんなに気をつけてたのに、いつ見られんたんだ!いや、それより今はなんとかして誤魔化さないと!


「あいつは最近買い始めた犬なんだよ!ちょっと固そうだけどさ。で、翼みたいなのも実はアクセサリーで、その、オシャレだろ?ええと、それから〜……」

「大丈夫だよ、飯塚くん。私の家にもいるんだ。ドラゴン」

「……へ?」

「ユリちゃんっていう、白くてきれいな子だよ。ほら」


タマはそう言ってスマホを取り出し、写真を見せてきた。しゃがんでひかえめなピースサインをしたタマが写ってる。そして、タマに寄り添うようにして座っているのは、白くて、鹿を思わせる二本の角があって、長い胴体の生き物だった。クロと違って翼がないし、全身を覆う鱗は魚のように繊細な銀色だ。クロが西洋のドラゴンなら、「ユリちゃん」はアジアの竜に近い。


「ユリの花みたいに白くて凛としてるから、ユリちゃんって名前なんだよ」

「ど、どこで会ったの?」

「入学式の帰りに、びしょ濡れになってた所を保護したんだ。ほら、あの日は雨がひどかったでしょ?最初は警戒されてたんだけど、すごく弱ってたから放っておけなくて」

「相変わらずお人好しだな……」

「そ、そうかなぁ?」


クロなんか、自分から飼われようとしてたのに。すごいプライドの違いだ。

入学式の帰りってことは、タマは1ヶ月くらい前からドラゴンを飼っていたことになる。けっこう先輩だ。


「やっぱり、飯塚くんの家にもドラゴンがいるんだね?」

「……うん、いるよ。クロっていう、図々しいのが」

「わー!良かった!」

「良かった?」

「うん。実はね、ユリちゃんが、飯塚くんちのドラゴンと話してみたいって言ってたんだ。もし嫌じゃなかったら、会ってくれないかな?私も、他のドラゴンがどんな子なのか見てみたいし、飼い主として飯塚くんに相談もしたいから」


確かに他にドラゴン飼ってる家なんてないし、色々相談する相手がいるのはぼくも心強い。


「わかった。じゃあ今日の放課後にタマんち行っていい?」

「うん、いいよ!飯塚くんありがとう」


タマは花が咲いたような笑顔になった。困ってる時と嬉しい時で表情の差が激しい。


「ゆっくり話してたら、遅刻ギリギリになっちゃったね。行こっ」

「わっ、待てよ!」


タマの後ろを追って、ぼくも駆け出した。学校ではいつもおとなしい感じなのに、意外と足速いな!ドラゴンを自分から助けたり、飼ってるのをひと月も隠してたり、タマはぼくが思ってるよりずっと強かなのかもしれない。

前を行く小さい背中を見ながら、そんな事を考えていた。


「えー!?オレの仲間が近くにいるんですか!?会いたいです!ぜひ!」


放課後、家に帰ってクロにタマの家のドラゴンの事を伝えると、飛び上がって喜んだ。やっぱり、こっちの世界にドラゴン一匹だけっていうのは寂しかったんだろうな。


「派遣されたドラゴンって、クロだけじゃなかったのか」

「はい。正確な数はわからないんですが、他にもいると王様に聞いてます。でも、オレも会うのは初めてです。楽しみだなあ!」


クロはコハルと追いかけっこをしながらはしゃいだ。コハルはクロに会ったばかりの時は警戒して吠えまくってたけど、今はいい遊び相手になってるみたい。でも、クロは鎧みたいな体をしてるから、ドスドスと重い音がしてて床が抜けないか不安になる。


「ご主人、そのユリさんという方は、どんなドラゴンなんですか?」

「ああ、クロとは全然違う見た目だよ。白くて細長くて、翼もないし」

「白い……ですか。……わかりました。行きましょう」


ユリの特徴を聞くと、さっきまで張り切っていたクロの歯切れが急に悪くなった。


「もしかして仲悪いのか?」

「いえ。会ったことはないですが、ユキさんはオレのこと、良く思ってないかもしれません」


会ったことないのに良く思われてない?なんだそれ?


「でも、嫌いだったらあっちから『話したい』なんて言わないはずだろ」

「……そうですよね!」


クロが気を取り直したから、さっそく出かけることにした。

タマの家はすぐ近くだけど、念のためクロを散歩用リードにつないで家を出る。ちなみに、リードはチビに使ってるのと同じ大型犬用の太いタイプだ。最初はサクと同じ中型犬用を使ってたんだけど、少しクロが力を入れるとすぐに千切れてしまった。柴犬サイズでも、クロはかなりの怪力なんだ。

玉尾家のインターホンを押すと、「はーい」という声がしてタマが出てきた。薄桃色のカーディガンにグレーのショートパンツ姿。タマの私服、久しぶりに見た。


「飯塚くん、いらっしゃい。わー!あなたがクロくん?」

「タマさん初めまして!ご主人がお世話になっております」

「お前はぼくの親か!」

「ふふ、仲良しなんだね」


仲良しとも違うと思うんだけど……。という言葉は、タマとクロが楽しそうだから飲み込んだ。


「ユリちゃーん、クロくんが来てくれたよ!」


タマが呼びかけると、家の奥から「ユリちゃん」が歩いてきた。

背筋を覆う真っ白な体毛、長い2本の角。鼻先の長くなった顔と切れ長の目つきが、ちょっとキツネっぽい。軽やかな足取りで上品に歩く姿も相まって、確かにタマの言う通り、すごくきれいだ。

クロも嬉しそうに、ユリに近づいていく。


「初めましてユリさん。オレ、クロっていいます。お会いできて光栄で——ビャッ!?」


あいさつが終わる前に、クロは短い悲鳴を上げて後ろに吹っ飛んだ。

ユリが、強烈な足蹴りをお見舞いしたからだ。

ぼくとタマは、口をポカンと開けたまま動けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三丁目のワイバーン @Nohashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ