4.恩返し

「おりゃ!」


巨大な黒いドラゴンは、両手で組み合っていた人面鳥を押し切って吹っ飛ばした。こいつ、こんなに強かったのか!?


「お前、本当にクロ?」


信じられなくてそう聞くと、ドラゴンはこっちを振り返ってうなづいた。


「もちろんです、ご主人!助けに来るのが遅くなってしまってごめんなさい」


朝会った時は柴犬サイズだったのに、今のクロは自動車よりも大きい。それに、子どもが大人になったかのように顔つきや体つきがたくましくなっていて、思わず


「かっこいい……」


と、声が漏れた。クロには聞こえてないみたいだけど。そういえば、元の姿はもっと大きいって朝会った時に言ってたな。

ぼくがクロに見とれている間に、人面鳥は体勢を立て直して再び飛んできた。


「しつこいですね!」


クロはもう一度人面鳥の攻撃を受け止める、そのままのしかかって動きを止めた。人面鳥はジタバタと暴れているけれど、クロの重さで動けないみたいだ。


「ご主人!こいつのおでこについてる石を取ってください!」

「は!?ぼくが?」

「あなた以外誰がいるんですか!」


あんな怖いやつに近づけって言うのかよ!

でも、人面鳥は少しずつクロを押し戻して起き上がろうとしている。このままだと、流石のクロもあまりもたない。考えてる暇はなさそうだ。

人面鳥に駆け寄ると、額の真ん中に石がついている。夕焼け空のような、茜色の宝石だ。


「ヤメロ!サワルナ!」


人面鳥が叫ぶ。本当に取られたくないんだ。思い切って宝石をつかむと、それは簡単に額からはずれた。


「ギャアアアアア!」


人面鳥は悲鳴を上げながら、霧のように消えていく。同時に、夕闇に染まっていた空が青色に戻っていった。


「はあああー……」


安心して、その場にへたりこんでしまう。


「ご主人、お見事でした!」


声のした方を見ると、クロはもう柴犬サイズに戻っていた。後ろ足2本で器用に立ち、前足で拍手をしている。なんか、アレみたい。レッサーパンダ。


「クロ、一体なんだよあの化け物は!?」

「説明は別の場所でしましょう。ここは人目があります」


クロの言う通り、さっきまで誰もいなかった道に人が戻ってきている。そうだ、クロはぼく以外の人間には姿を見られちゃいけないんだ。


「……仕方ない、ぼくの家に行くこう」

「オレを拾ってくれるんですね!ヤッター!」

「違う!とりあえず移動するだけ!」


家に着くと、急いで自分の部屋にクロを連れて行き、ドアを閉める。家族は誰も帰ってきてないけど、犬たちに見つかったら大変だ。


「ほらクロ、早く説明してくれよ」


ぎゅるるるる


クロはお腹の声で答えた。恥ずかしそうに目を伏せる。


「すみません。今朝から何も食べてなくて」

「……今何か持ってくるから待ってろ」


キッチンの戸棚を探すと、しょうゆせんべいしかなかった。人間と同じもの食べられるって言ってたし、大丈夫かな。


「おいしい!ご主人、なんですかこの食べ物?」

「せんべいだよ。そんなに気に入ったのか?」

「はい、とても!ご飯は毎食これでお願いします」

「だから、まだ飼うって言ってないだろ!……で、さっきの化け物はなんだったんだよ」

「ナーガというドラゴンです。蛇の神様ですね」


ナーガ……確かゲームでそんなモンスター見たことある。人面鳥じゃなかったのか。

クロはせんべいをモグモグしながら話し続ける。


「ご主人には、まだオレがこっちの世界に来た理由を話していませんでしたね」

「ああ」

「さっきのナーガのようなドラゴンから、人を守るためです。ひと月ほど前から、なぜかこちらの世界に凶暴なドラゴンが迷い込んでいる。しかも、竜胆町にだけ出現するんです」

「なんで竜胆町にだけ?」

「それはわかりません。ですが彼らはご主人がさっき取った石……竜石を無くすと、ドラゴンの世界、ドラシルに帰ります。そうやって、地道に退治していくしかないんです」

「じゃあまた、他のドラゴンに襲われるかもしれないってこと?」

「そうです。でもご安心ください!ご主人もこの町も、オレが守ってみせますから」


ぼくをまっすぐ見てクロは言った。……せんべい食べてなきゃかっこいいんだけどな。

そういえば、まだ助けてもらったお礼を言ってなかった。


「クロ、ありがとう。助けてくれて」

「いいえ、お安いご用です。だってご主人は、オレのご主人ですから」

「だからぼくは——」


ご主人じゃない。そう言いかけて、クロの腕に傷がついているのに気がついた。きっと、ぼくを守った時についたんだ。

……少しだけ、恩返しをしてやってもいいか。


「外に出る時は散歩用のリードつけるからな。文句言うなよ」

「はい」

「あと、せんべい以外も食べてもらうからな。お菓子だけだと体に悪いんだぞ」

「もちろんです」

「あと……あんまり無茶はするんじゃない」

「ええ。ご主人は優しい方ですね」


クロは安心したのか、この場にゴロンと転がった。さっきまでとは打って変わって、なんて情けない姿。

でもぼくは、その姿をどこかで見たことがある気がする。真っ黒で、人懐っこくて、ちょっとバカっぽい。そんなやつと、ずっと昔も一緒にいたような……。


「なあ。クロって、昔どこかでぼくと会ったことある?」


ぼくが聞くと、クロは首をかしげてニヤけた。


「ご主人、オレのこと口説いてます?」

「なんでドラゴンを口説くんだよ!」

「アハハ、すみません。でも、残念ながらオレはこっちの世界に来るの初めてですし、運命の再会というわけではなさそうです」

「……そうか、そうだよな」


それでもやっぱり、クロを見ていると懐かしいような、悲しいような気持ちにならずにはいられない。なんでだろう。

まあ今気にしても仕方ないか。クロも知らないみたいだし。


こうして、ゴールデンウィーク明けの憂うつな月曜日、ぼくはドラゴンを飼うことになってしまった。

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