見たことがない

三鹿ショート

見たことがない

 これが夢であることは、間違いがない。

 何故なら、彼女が笑顔を見せているからだ。

 現実世界において彼女の笑みを見たことは一度も無いために、夢の中での彼女の笑顔は私が想像したものなのだろうが、それでも良いものだった。


***


 翌日、昼食を共にしている彼女を見つめていると、彼女は私に対して視線を向けることなく、

「何か用事ですか」

 そう問われたため、私は食事の手を止めたまま、

「食事をする姿も美しいと思っただけだ。まるで高級な食材を使用した料理を口にしているかのようだ」

「やはり、あなたは奇妙な人間ですね」

「それは、どういう意味だ」

「私のような愛想も無い人間に愛の告白をしてきたではないですか」

「きみに対して好意を抱くということが奇妙だと言うのかい」

「それどころか、私に接触しようとする人間自体が、珍しいものですから」

 その言葉通り、彼女には親しい人間が存在していない。

 それは彼女の変化しない表情が示す通り、物言いが率直であることが影響している。

 虐げられるということはないが、腫物に触るような扱いを受けていた。

 ゆえに、私が彼女と交際をしていると知った友人たちは、一様に驚きを示していた。

 だが、私は何故それほどまでに驚いているのかを理解することができない。

 他者に迎合することなく、自分という人間を示し続けているその姿は、格好が良いではないか。

 だからこそ、私は彼女に対して愛の告白をしたのである。

 その際、彼女は驚く様子も見せることなく、淡々と告げた。

「恋人と化すことは構いませんが、私の身体が目的ならば、諦めてください。いくら恋人とはいえ、そのような関係に至ることを許可するほど、私はあなたと親しくはないのですから」

 その言葉を受けて、私は首肯を返した。

「当然だろう。そもそも、私はきみの肉体になど興味は無い。きみという素晴らしい人間を間近で見るためには、恋人という関係が相応しいと考えたのだ」

 そして、我々は交際を開始した。

 学校では昼食を共にし、放課後は最寄りの駅まで並んで歩き、休日には外出をすることもあった。

 彼女の表情が変化したところを目にしたことがないために、親しくなっているかどうかは不明だが、私と共に過ごすことを拒否しないことを考えると、私との時間をそれほど悪いものだとは考えていないのだろう。

 無駄なことは無駄だと断ずる常の彼女を思えば、その考えは間違っていないといえる。

 彼女が私に対して心を許してくれているような感覚と化し、自然と頬が緩んだ。

 そこで、私は彼女が見つめていることに気が付いた。

 見れば、彼女は既に食事を終えているが、私が終わっていないために、無言で待っていてくれているのだろう。

 私が慌てて食事を進め、食べ終わると、彼女はやおら立ち上がり、

「では、教室へ戻りましょう」

 そう告げて、歩き出した。

 私は少しばかり遅れて、彼女の背中を追った。


***


 休日に彼女と外出をしているところで、私は友人に遭遇した。

 その友人は他の学校に通っているために、彼女との関係を驚くことはなかった。

 私が紹介した際に頭を下げただけで、彼女はそれ以外に何の行動も示すことはなかった。

 やがてその友人が去り、再び二人の時間を過ごしていく。

 日も暮れてきたために彼女を近くの駅まで送ろうとした際、彼女が突然立ち止まった。

 何事かと振り返ると、彼女は珍しく俯いたまま、

「やはり、あなたは他の相手と交際するべきでしょう」

 その言葉に、私は眉を顰めた。

「急に何を言っている」

「先ほどの友人とのやり取りを見ていて、あなたが常よりも楽しそうな様子に見えたのです。それならば、恋人も、先ほどの友人のような相手を選ぶべきなのです」

 私は彼女に近付くと、その手を掴んだ。

 そのとき、彼女に告げようとした言葉を、私は口から出すことができなかった。

 彼女の手が、わずかだが震えていたからだ。

 そこで私は、当然といえば当然のことに気が付く。

 どれほど彼女が同年代の人間と異なっていたとしても、私と同じ年齢の人間なのである。

 ゆえに、我々が不安だと感ずることに対しても不安を抱くことがあるだろう。

 だからこそ、恋人である自分と過ごしているよりも楽しげな様子を見せていた私に対して、思うところがあったのかもしれない。

 そのようなことにこれまで気が付かなかったなど、私が彼女を美化しすぎていたことが影響していることは間違いがないだろう。

 彼女は私とは変わらぬ、一人の人間であるのだ。

 認識を改める必要があるだろうと考え、私は彼女に告げた。

「確かに、友人と過ごす時間も良いものだが、きみと過ごす時間もまた、私の人生には欠かすことができないものなのだ。ゆえに、きみが引け目を感ずる必要は無い。きみがきみのままで存在し続けることが、恋人である私が望むことなのだ」

 そこで、彼女は顔を上げた。

 彼女は常と変わらぬ声色で、

「やはり、あなたは奇妙な人間ですね」

 その口元は、緩んでいた。

 それは、夢で見た作り物の笑顔よりも素晴らしかった。

 感動のあまり、私は彼女を抱きしめた。

 彼女は拒否するどころか、私のことも抱きしめてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見たことがない 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ