ex1.雨の続く、ある梅雨の日のことでした。(紫陽花柄の浴衣で、ふたりだけのお祭り)

〇場所 屋外

〇シチュエーション 雨の続く日の夜。眠れないあなた(聴き手)は、幼馴染からの提案で散歩に出かけることになった。


〇SE 雨粒が傘を叩く音。


・隣を歩く。傘は別々。傘と傘がぶつかり合わない距離。右側に立つ。

「雨、続いてるね」


「梅雨だね」


「きみは雨が嫌いだったよね」


「走り回れないし、傘で手が埋まるからって」


「いつの話って」


「つい、二、三年前に聞いた話だよ」


「今は違うの?」


「そっか」


「うん」


「そんなこと思わないよ」


「頭が痛くなるのは心配だし」


「濡れちゃって、風邪をひいたら大変だって思うけど」


「晴れの日のほうがつらいなら」


「おひさまを見て、心が重たくなっちゃうなら」


「雨の音でひとの足音が聞こえにくいのに安心するなら」


「それを言い訳だなんて、思わないよ」


「それに」


「きみが何かを好きな理由を、否定なんかしないよ」


「お姉ちゃんは、いつだってきみの心の平穏だけを願っているからね」


「そりゃ、前向きでいてくれるのがいちばんだけどさ」


「どんな方向を向いていても、きみが生きていてくれるだけでお姉ちゃんは嬉しいよ」


「ありがとう」


「きみのつらさを解決してあげられないのがもどかしいよ」


「けどさ」


「ここまでがんばってきたきみの、そのがんばりを肯定することくらいはできるはずだから」


「ありがとう、今日まで生きていてくれて」


「私は隣にいて、こうして言葉をかけることしかできないけど」


「明日からも、きみが生き続けてくれたら、お姉ちゃんは世界一の幸せものだよ」


・話題が急転換して、驚きの声。

「え」


「夏祭り?」


・嫌なことを思い出して、その動揺を表には出さないように装いながらつぶやく。

「懐かしいね」


「小さいころは一緒に行ってて」


「お互いに、お互いの友達と一緒に行くようになって……」


「ちがう?」


「へ?」


「……あは」


「そんなこと、憶えてなくてもいいのに」


「……そうだね」


「わたしは待ってたよ」


「けど、仕方ないと思うんだ」


「そういう年頃だったんだよ」


「近すぎたら、見えなくなるものってあるよね」


「磁石やパズルじゃないからさ」


「くっついたり、うまく嵌まったりするわけじゃない」


「ひとは、ひとだから」


「くっつくから離れて、うまく嵌まらなくても隣にいるんだ」


「わたしたちが、こうして一緒にいるようにね」


「約束か……」


「したね」


「また次も一緒に行こう」


「きみは、違う子と一緒に行っていたね」


「だからわたしも、その次の年からはべつの子と回るようになって」


「約束を、守りたい?」


「……もしかして」


「わたし、ちょろい子だって思われてる?」


「お姉ちゃんはきみの幸せを願っているけど」


「あの頃のわたしの悲しみだって、忘れてあげるわけじゃないんだからね」


「謝れたのは、素直にえらい」


・降り続ける雨粒に震える傘を眺めるように、上を向く。

「けどまあ」


「そうだね」


「もし、あのときのわたしを救ってあげられるとしたら」


・隣に顔を向け、いらずらっぽい、照れ隠しの口調で。

「また、きみとお祭りに行くしかないんだよね」


「あーあ」


「ショックだったのになぁ」


「きみに嫌われたんだって思って」


「次の日に、いつもと同じように挨拶するのが、どれだけ怖かったと思う?」


「無視されたら、本当に嫌われたんだって知ったらどうしようって」


「どうしたら許してもらえるんだろうって」


「ずっと考えてたんだよ」


「……へ」


「お姉ちゃんだって自称してきたのがだんだんうっとおしくなったから」


「離れたくなった?」


「言わぬが花って知ってるかな?」


・顔を背ける。やや震えた声で。

「じゃあさ」


「今も、その」


「嫌だったり、するの?」


「わかってるよ」


「確かめるのはずるいって」


「そんなの関係ないって、決めてるよ」


「でも、さ」


「やっぱり」


「嫌われてるんだって」


「あの日みたいにさ」


「考えるだけでも」


「どうしようもなく、怖いんだ」


「だから」


「もし嫌なら」


「やめるよ」


・思わず振り返る。驚きの声。

「……いいの?」


「今さらって」


「言い方はともかく」


・緊張の抜けた、やや喜色の入った声色。

「たしかに、そうかもね」


「うん」


「伝え方は変かもだけど、これがわたしの素直な気持ちだから」


「受け入れて、なんてわがままは言わないけど」


「少しでも聞き届けてくれたら嬉しいよ」


「うん、そうだね」


「お姉ちゃんは、きみの言葉をいつだって受け入れたいって思ってるよ」


「だから、行こうか、お祭り」


「わかってるよ」


「ひとがいっぱいいるとこはむずかしいよね」


「靴音だっていっぱいするし」


「だいじょうぶだよ」


「あの頃から、今だって」


「わたしが望んでいるのは、きみと一緒にいることだから」


「りんごあめがなくたって、花火が咲かなくたって」


「お祭りだって思えば、どこだってそうなんだよ」


「明日?」


「それは早すぎるかな」


「情緒は大切だよ」


「浴衣の準備をしたいから」


「気持ちはあの頃から変わってなくても」


「背丈は変わったからね」


「どんなのがいいだろう」


「きみは、どんなのが好き?」


「暗い生地に、紫陽花柄のやつ?」


・視線をさまよわせて、あなたが何を見ているのかを見つける。その嬉しさが、やや言葉ににじむ。

「あ」


「咲いてるね、紫陽花」


「安直じゃない?」


・驚きで息を詰まらせるように。

「……え」


「この時間が大切だから、って」


「……言うねぇ」


「わかった、探してみる」


「帯は、わたしが似合うと思うものにするから」


・聞こえないくらいの小さな声を、雨音に溶かすように。

「もうわたし以外とは、お祭りに行こうと思えないくらい、かわいくしてやるんだから」


・嬉しそうに、跳ねる声音で。

「お祭りの日、雨だといいね」

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