4冊め.布団の中まで冷える、ある冬の日のことでした。(わたしの体温で、きみの心が埋まればいいと願います)

〇場所 寝室。

〇シチュエーション あなた(聴き手)は布団を重ねて寒さに抗っている。



・椅子に座っている。首元のマフラーを口元まで上げているため、ややこもった声。両耳。

「寒いね」


「雪が降るかもって、天気予報で言ってたよ」


「あっという間に冬だね」


「ん?」


「心配してくれるんだ」


「平気だよ」


「エアコンが苦手なのは相変わらずだって、わかってるから」


「喉がイガイガするもんね」


「わかってるよ」


「きみのことは、なんでもわかってるから」


「だからこうして厚着を……」


・くしゃみ

「くちゅん」


「え」


「まあ……寒くないって言ったら、嘘になるよ」


「今日は一段と冷え込んでるし……」


「でも、だいじょうぶなのはほんとだよ」


・驚きで声にならない声。

「ぅえ!?」


「本気で言ってるの?」


「いやいや」


「さすがにそれは」


「……それは、ずるくない」


「きみが寝れるなら、そりゃあ、なんでもするって言ったけど」


「でも……布団のなかに、って」


「添い寝は……その、お姉ちゃんがしていいことの限度を超えてる気がするんだ」


「いや」


「幼馴染だから、もっとだめでしょ」


「それは……」


「友達とのハグは、また違っているでしょ」


「修学旅行のときは別々の布団で寝てるし」


「どうして今日はこんなに聞かんぼなの」


「いつもはもっといい子なのに」


「うぇ!?」


「人肌恋しいって」


「やけに素直だね」


「冬の魔力ってやつなの?」


「……心配って」


「……本末転倒、か」


「きみが、そうだね……安心できないなら」


「安心して眠れないなら、お姉ちゃんは心配だよ」


「あーあ」


「なんか口車に乗せられた気分」


「どうしてこんな悪い子になっちゃったんだか」


「でも、お姉ちゃんはそんなきみも受け入れてあげます」


〇SE マフラーやコートを脱ぐ衣擦れの音。


・緊張で少し上ずった声。

「じゃ、入るね」


「おじゃまします」


・左耳から声。

「ん」


「あは」


「きみの体温を感じるよ」


「お布団も暖かいけど」


「それ以上に」


「きみの熱が伝わってくる」


「ずるいよ」


「これじゃ、わたしが寝ちゃうよ」


「だから」


「ん」


「ぎゅって、する?」


「……ちょっと」


「ここできみが照れるのは、違くない?」


「わたしだって勇気を振り絞ったんだよ」


「それに応えるくらいの甲斐性は見せてほしいな」


「はい、わんもあ」


「んっ」


〇SE 早鐘を打つ心臓の音。


・両耳から声。

「……ふふ」


「じょうずじょうず」


「えらいぞー」


「うん」


「きみの腕のなかに、わたしがいるって感じるよ」


「きみの腕のなかに、お姉ちゃんは、いる?」


「そっか」


「じゃ、もうちょっと強く」


「こう」


「ぎゅ」


「なんで強くするのかって……」


「そんなの、決まってるよ」


「わたしの体温が、きみの心まで伝わるようにだよ」


「言葉だけじゃ、足りなくても」


「こうして、伝えるから」


「安心して、って」


「何も心配なんていらないよ、って」


「きみがこうしてここにいてくれることが、何よりも嬉しいから」


「心臓の音、聞こえる?」


「そっか」


「これはね、幸せの証」


「きみがいてくれるだけで、お姉ちゃんはいつだって、幸せな気持ちで心臓がどきどきするの」


「どうかな」


「少しでも、きみの心音と重なったら」


「きみが、きみの生きていることを、嬉しいって思えたら」


「そのことが伝わったら」


「本当に嬉しいなって、そう思うよ」


「だから」


「おやすみ」


「だいじょうぶ」


「今日のきみは、眠れるよ」


「お姉ちゃんが、そばにいるからね」


〇SE 心音。



〇SE 寝息。


・起こさないように、ささやき声。

「眠っているのかな」


「どうなんだろ」


「きみのことはなんでもわかる、なんて言ってみたけどさ」


「わかんないよ、何も」


「きみが眠れているのか、そうじゃないのか」


「そんなことも、わたしにはわからないよ」


「きみのことを、わかろうとすることしか、わたしにはできないよ」


「この世界で、きみの心だけがわかればいいのに」


「わかるのは、わたしの心だけだよ」


「だから」


「ずるいのは、わかっています」


「でも、どうか」


「お願いします」


「きみが、眠れていますように」


「わたしのために」


「この心臓の音が、その意味が、伝わらないように」


「わたしは、お姉ちゃんだから」


「おやすみ、わたしの恋心」


「いい夢を……夢の続きを、いつまでも」


「だから、もし、きみが起きていても」


「これは夢」


「せめて、悪夢ではないと、願うけれど」


「でも、起きたら忘れているから」


「そうしたらまた、お姉ちゃんに戻っているから」


「……あーあ」


「寒いのにさ」


「ちょっと弱ってるとこに」


「きみの体温を知っちゃったから」


「本音が溶けてきちゃったじゃんか」


「いつだってきみは、わたしの心を満たしてくれるね」


「だからさ」


「それだけで、じゅうぶんなんだ」


「きみが、何より幸せでありますように」


「おやすみ」



〇SE 寝息。

〇SE 心音。






〇SE 寝息。

〇SE 心音。






〇SE 寝息。

〇SE 心音。





〇SE 布団から起き上がる音。



「んんっ?」


「おはようには、まだ全然早いよ?」


「そうじゃない、って」


「きみは、寝てたんだよ」


「お姉ちゃんは、きみのことなんでもわかってるんだから」


・好意を伝えられ、言葉を失う。

「……」


「だめだよ」


「だってわたし、お姉ちゃんだもん」


「自称でも、だよ」


「自称、だからこそ、なんだよ」


「血のつながりと同じくらい、許しちゃいけないんだ」


「法律よりも気持ちが大事?」


「それってちょっと危ない思想だって、お姉ちゃん思うかな」


「でも」


「嬉しいよ」


「でも……」


「え」


「……ずるい言葉」


「きみが言うの?」


「幸せになることを怖がらないで、なんて」


「そっくりそのまま、返してやるんだから」


「だから、って?」


「ふぇ!?」


「その……」


「え」


「わたしと一緒じゃなきゃ、幸せになれないの……?」


「抱きしめて、実感したって……」


「そりゃ、わたしだって、幸せだったよ!」


「でも」


「でもじゃないって」


「じゃあ」


「……うん」


「きみの言葉を、否定したくはないよ」


「なら」


「夢、じゃないよね……」


「……ふふ」


「うん」


「夢みたいな、現実だ」


「そのふたつは、違ってなくていいんだね」


「反対じゃなくて、同じでいいんだ」


「え?」


「ほんとだ」


「よく見てるね」


「雪だ……」


「綺麗だねぇ……」


・息を呑むような沈黙。

「……」


「この瞬間がなくなっちゃうかもって考えると、寝るのが怖いけど」


「でも、続くんだもんね」


「起きても」


「一緒の気持ちでいられるんだもんね」


「うん」


「そうだね」


「わたしも幸せだよ」


「それを続けていくために」


「眠るんだね」


「あいことば」


「いっしょに」


「おやすみ」

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