3冊め.夜のながい、ある秋の日のことでした。(読み聞かせはむずかしい)

〇場所 寝室。

〇シチュエーション あなた(聴き手)は布団の上でうつぶせになって、本を読んでいる。


〇SE 扉を開ける音。


・本を読んでいる様子を見て、部屋の外から驚くように。

「あれ」


「珍しいね、本を読んでるなんて」


・戸当たりに頬をつけて、わずかにほほ笑む。

「寝れるようにがんばってるんだ」


「えらいね」


「読書の秋だ」


「紅葉もゆ日中にも、鈴虫の鳴く夜長にだって」


「物語が寄り添ってくれるもんね」


「うん」


「そしたら今日は、お姉ちゃんはお暇しようかな」


「え」


「だって、お邪魔でしょ」


「本ってひとりで読みたくない?」


「珍しいね」


「来てほしいなんて」


「何か企んでる」


「なんて、きみに対して思わないけどさ」


「どういう風の吹き回しなのかな」


「追い風でも向かい風でも、まずは上着を着こむよ」


「北風と太陽をなぞらえるまでもなくね」


「正直なことを教えてほしいな」


「ん」


「言いづらい、って」


「え」


「わたし、何されるの」


・信頼しているので、からかう声音で。

「こわいな」


「十五夜の名月を見て狼さんになっちゃったんだ」


「なおさら、うちに帰らなきゃ」


「レンガより頑丈な、立派なおうちに」


「三匹の子ぶたに倣ってね」


「ばいばい、狼さん」


〇SE 扉を閉める音。

〇SE 扉へ駆け寄る音

〇SE 扉を開ける音


・扉の前で待ち構えている。笑いをこらえる声で。

「すぐに追いかけてきてくれるんだね」


「必死な顔して」


「そんなにお姉ちゃんはおいしそうかな?」


「違うって」


「どう違うの?」


「それを教えてくれなきゃわかんないよ」


「それに、平気だよ」


「安心して」


「きみになら、お姉ちゃんはいつだって食べられていいって思ってるから」


「食欲の秋だよ」


「顔まっ赤だ」


「何を想像してるのかな?」


・意外な答えに意表を突かれて。

「……へ?」


「本を読んでほしい?」


「えっと……」


「読み聞かせを、してほしいってこと?」


「それで、その」


「照れてたの……?」


・胸のなかに愛おしさが湧き出つつ、それを抑えて震える声音で。

「いいのに」


「照れなくたっていいんだよ」


「きみが寝られるなら」


「きみが眠れるためなら」


「お姉ちゃんは、なんだってしてあげるんだよ」


「だから」


「素直に、お姉ちゃんに甘えてね」


「で、どんな内容なの?」


「頭がぼんやりして内容が入ってこないって」


「だから読み聞かせなんだね」


「まったく、初めから言ってくれればいいのに」


「なんてね」


「その葛藤も、きみの大切な感情のひとつだからね」


「そのうえで、伝えてくれて嬉しいよ」


「聞き出したなんてひと聞きの悪い」


「きみが、お姉ちゃんに教えてくれたんだよ」


「はい、このお話は終わり」


「布団にいこっか」


「本、読んであげるね」


〇SE ふたり分の足音

〇SE 扉を閉める音

〇SE 布団に入る音

〇SE 椅子に座る音


「さて」


・わずかに深呼吸。初めての読み聞かせの緊張でやや喉が絞まる。

「はじめから、読んでいくね」


「目をつむって」


「うん、ありがとう」


「お姉ちゃんの言うことを聞いてくれて嬉しいよ」


「眠くなったら、いつでも寝ていいからね」


「きみが寝息を立てても、お姉ちゃんは本を読み続けているから」


「物語が、きみの夢になるように願っているから」


「だから、聞けないことは悪いことなんかじゃないよ」


「物語は、続いていくから」


「きみが聞こうとしてくれている、この瞬間から」


「お姉ちゃんの声は、余すことなくきみのなかに響くって信じられるから」


「ありがとうね、聞いてくれて」


「おやすみ」


・小さな子供を寝かしつけるイメージを抱いて、優しい声色で。読み聞かせ。

「その女の子は、桜を咲かせることができます」


「女の子の目の前には、花瓶がありました」


「そこには、やせ細った小さな木が根づいていました」


「女の子は、自分の指よりも細い枝に手を当てました」


「すると、薄紅色をした花弁が、ぽつぽつと、枝先に咲き始めました」


「奇跡のようです。魔法のようです」


「でも、その木がかつてのように、桜の雨を降らせることはありません」


「千年咲けば永遠とわに至る」


「そんな迷信を信じる人は、そういませんでした」


「どれだけ美しく着飾っても、衰えは隠せません」


「その木の姿は、みんなにいつか訪れる老いを突きつけます」


「だから、だれも見なくなったのです」


「水をあげることもなく」


「忘れ去られていました」


「女の子は、それを知りながら、お化粧をするように花弁をつけていきます」


「老いた木が、せめて安らかに朽ちていくことを」


「そんな願いに砂をかけるようにして」


「今にも折れてしまいそうな体から、花を咲かせます」


「その代償に、長くはない老木の寿命を使いながら」


「一瞬で散る美しさのために、それより長い寿命を奪っていきます」


「それを桜の木が望むかは、わかりません」


「ただ、散った花弁が風に舞って、遠くのだれかの目に映ったのなら」


「それは桜の願いなのか。少女の願いなのか」


「その美しさは記憶として運ばれて、千年後も咲き誇ります」

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