2冊め.寝苦しい、ある夏の日のことでした。(こわい話は苦手です)

〇場所 寝室。

〇シチュエーション あなた(聴き手)は布団で仰向けになりながら、声を聞いている。



〇SE 扇風機の風で揺れる風鈴の音。


〇SE 椅子に座る音。


・布団の横、椅子に座って日常会話をするように語りかける。

「今日も暑かったね」


「めっきり夏模様だね」


「まあ、夜も暑いんだけどさ」


「寝苦しいなって思うよ」


「今日も寝られそうにない?」


「そっか」


「どうしようか」


「え」


「こわい話?」


「……なんで?」


「きみ、こわい話は得意じゃなかったはずでしょ」


「うん」


「心霊動画見ながら横になってたら、よく寝れたって」


「たしかにそんな日があるのは知ってるけど」


「お姉ちゃん的にはそれ、失神してるんじゃないって思うんだ」


「楽しかったから?」


「そう……まあ、受け止め方はそれぞれだよね」


「でもなあ……」


「え」


「な、なにを言ってるのかな?」


「それは小さい頃の話」


「もう克服しました」


「この世にお化けなんて、非科学的な存在はいません」


「デジカメが出てしばらく姿を消してた存在を信じるなんてありえないから」


「見間違えだったり、聞き間違えだよ」


・うつむいて、声がややしぼむ。

「だから」


・わずかに上ずった声で。

「そう」


・顔を上げる。

「任せてよ」


「わたしがきみの期待に応えないなんてことないから」


〇SE 衣擦れの音。


・椅子の上で姿勢を正す。

「じゃあ、そのね」


「ひとから聞いた話なんだけど」


・少し硬い口調。思い出しながら喋るように。

「オンライン授業でね」


「回線の調子が悪くて、いつも途中で退席になっちゃう人がいたんだって」


「その人は友達に相談して、詳しい人たちに対処法を聞いてもらうことにしたんだ」


「みんな、ルーターの不調だろうから買い替えればいいって」


「そんなわかりきった答えのなかで、ひとつだけ毛色の違う返答があったんだ」


「混ざってるんじゃないかって」


「何が、とは言わないけどね」


「理屈としては写真と同じだって」


「波長が合う、なんて言うからね」


「その解決方法だけどね」


「ルーターを買い替えろって」


「結局それかよって、少し肩透かしを食らって」


「呆れたふうに言うとね、オカルトもサイエンスも、ひとがやれることなんて一緒だって返ってきたんだ」


「早めにやったほうがいいとも」


「それが、何かを伝えたがっていて、聞いちゃったら、いいことがあるとは思えないって。ましてや答えようもんなら、もっと大変だからって」


「正直なところ今まで冷やかしだと思ってたけど、その言葉がやけに真に迫ってたように感じたからから」


「出費が手痛かったけど、新しいルーターを買うことにしたんだって」


「だから、もう消えるおまえを見れないなんて友達が笑って、一件落着」


「急ぎの課題もないからゆっくりセッティングしな、なんてねぎらいの言葉までかけてくれて」


「その人は笑ったよ」


「授業前のアンケートがそろそろ締め切りだろって」


「そんなのないよって友達は言ったんだ」


・長く息を止めていたように、息を吐く。

「どう、かな?」


「ひんやりできたなら何よりだよ」


・小さな声で、拗ねるように。

「お姉ちゃんは今日は寝られそうにないけど……」


「ん?」


「なんでもないよ」


「きみが寝れるならいいなって」


「そう思ったんだ」


「ありがと」


「そうやって目をつむったらすぐだよ」


「すぐ、眠れるから」


「おやすみ」


〇SE 衣擦れの音。


・椅子から降りて、枕元に顔を寄せる。左耳。ささやき。

「眠りのなかで、きみの心が癒されますように」


「きみの寝顔が、お姉ちゃんの癒しだよ」

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