不眠なあなたをあの手この手で寝かしつけようとする、幼馴染お姉ちゃんの奮闘日記

綾埼空

1冊め.暖かな、ある春の日のことでした。(寝かしつけに初挑戦!)

(〇 台詞外指定

 ・ 台詞指定)


〇場所 寝室。


〇シチュエーション:あなた(聴き手)は寝相を変えながら布団の上で横になっている。




〇SE:ドアを開ける音。


・ベッドへの距離は五歩ほどかかる。仰向けになった聴き手の右手側から。息をひそめた静かな声で。

「そぉーと……」


〇SE:ドアを閉める音。

〇SE:床をスリッパが摺る音。


・三歩ぶん、近づいていきながら。

「最近、寝れてないみたいだけど……」


「今日は、寝てるかもしれないし」


「起こしちゃったら困るもんね」


・一歩ぶん近づく。

「さてさて、寝顔を拝見、と」


・布団横に着く。仰向けの顔を覗き込んで。

「ん?」


「……あれ、もしかして、起こしちゃった?」


「起きてたの?」


「じゃあ、寝つけないってほんとなんだ」


「だれからも聞いてないよ」


「顔を見ればわかるって」


「お姉ちゃんに隠しごとができると思う?」


「恥ずかしがんなよぉ」


「かわいいきみのお姉ちゃんでいたいって、わたしはいつも思ってるんだよ」


「だからさ」


・右の耳元まで近づく。やさしい声音のささやき声で。

「お姉ちゃんに、ぜーんぶ任せてよ」


・姿勢はそのまま。

「え?」


・身を引く。布団のふちに手をかけて、少しだけ上体を前のめりにした距離で。

「わたしはお姉ちゃんじゃないだろうって?」


「……ふーん」


「そーゆーこと言うんですか。言っちゃうんですか」


「あのね、昔は背伸びしてたよ」


「でもね」


「今のきみを見てると心配だよ」


「心配なんだよ」


「いつもへろへろになっててさ」


「がんばりすぎだよ」


「……そうやって、もっとがんばってる人はいるとか、自分よりつらい思いをしてる人はいるみたいに言うけど」


「きみはきみなんだよ」


「ほかのだれかとか関係ないの」


「きみがつらい思いをしてるのが、わたしは何よりも悲しいの」


「だから」


「お姉ちゃんになるって決めたの」


「きみのお姉ちゃんになって、癒してあげるって決めたの」


「だから、わたしはお姉ちゃんなんだよ」


・覆いかぶさるように近づく。左耳に。甘えるような声で。

「お姉ちゃんって言って、甘えていいんだからね」


・姿勢を起こす。仰向けの聴き手を見るようにして。

「よいしょっと」


〇SE:布団を手のひらで軽くたたく音。心音より少し遅いリズムで。


・両耳。ささやくように、声量を落としたためにやや低音の声色になるイメージで。

「よしよーし」


「がんばっててえらいね」


「きみががんばってるって、お姉ちゃん知ってるからね」


「きみががんばってるおかげで、いろいろなひとが助かってるよ」


「がんばってないって、きみは言うけど」


「きみがいてくれるだけで、お姉ちゃんは救われてるんだよ」


「ありがとうね」


「今日もこうしてきみがいてくれることが、お姉ちゃんは嬉しいよ」


「だから、怖くないよ」


「眠ったって、ちゃんと起きられるから」


「もし途中で起きちゃったって、隣にお姉ちゃんがいるから」


「だいじょうぶだよ」


「きみがれるまで、こうして一緒にいるから」


「だいじょうぶだから」


「起きた後が嫌で、寝るのが怖いなら」


「そんなこと、考えなくていいよ」


「お姉ちゃんの声だけに集中して」


「この世界には、きみとお姉ちゃんしかいないよ」


「怖いことなんて何もないよ」


「安心して」


「ほら」


「目をつむって」


「そうそう、じょうずだね」


「真っ暗で怖かったら、お姉ちゃんのこと思い浮かべて」


「百人もいないけど」


「ここに、わたしはいるからね」


「ひとりだけだけど、きみだけのお姉ちゃんが、いるからね」


・SE:布団を叩く音、さらにゆっくりに。


「布団をたたく音、きこえるよね」


「ん? お返事してくれたの?」


「ありがと」


「そういうとこ、立派だね」


「身じろぎのつもりだった?」


「そっか。お姉ちゃんの勘違いか」


「どっちかさ、お姉ちゃんわかんないけど」


「もしよかったら」


「声は出さなくて平気だから」


「軽くうなずいてくれたら、嬉しいな」


「コミュニケーションができてるって、わたしが嬉しくなっちゃうから」


「あ」


「眠いときとか、恥ずかしいときとかはしなくてだいじょうぶだからね」


「きみがゆっくりと、安心してねむれるのがお姉ちゃんの望みだから」


「だから、ね」


「今からお姉ちゃんが言うことをよく聞いて」


「そして、その通りにしてくれると嬉しいな」


「じゃ、言うね」


「布団を叩く音」


「お姉ちゃんの手の動きに合わせてね」


「ゆっくり、息を吸って」


「ゆっくり、息を吐いて」


「じょうずだよ」


「じゃあさ、それを繰り返してみよ」


「きみならできるよ」


「少しづつ」


「吸って」


「お腹に息をためるように」


「ゆっくり」


「ゆっくり」


「息を吐いて」


「少しづつ」


「呼吸、してるね」


「お姉ちゃん嬉しいよ」


「きみが生きてるんだって、こうしてわかるから」


「また吸って」


「吐き出して」


「お姉ちゃんの声と手の動きだけに集中して」


「吸って」


「吐いて」


「吸って」


「吐いて」


「吸って」


「吐いて」


「……ねむたくなってきた?」


「そっか」


「ねれそうかな?」


「わかんないか」


「だいじょうぶだよ」


ねむれないのは、悪いことじゃないから」


ねむれなくたって」


「眠っていても」


「隣にお姉ちゃんはいるから」


「だから、ね」


「あいことばを決めよ」


「お布団に入ったら言う言葉」


「目をつむる、おまじない」


「眠ろうとするきみにかける、魔法」


「うん」


「決めてあるよ」


「まだ言ってなかったね」


「きみの今日までのがんばりに」


「明日のきみの幸せを願って」


・鼻先をくすぐる距離で。

「おやすみなさい」

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