第70話

「あ、そういえば、両親はどうやって探すんですか?」

 ユウの両親に会おうと言い出したのは春樹はるきなのに、彼は歩き始めてすぐに立ち止まった。

 佐伯さえきはその問いに口角をあげると、肩に乗った鳥の幽霊ピーちゃんをちらりと見る。

「ピーちゃん、頼んだぞ」


 するとピーちゃんはユウに向かって羽ばたく。

 ユウは突然飛んできたピーちゃんに驚き、顔の前で手をぶんぶんと振った。しかし抵抗むなしく、ピーちゃんはそのまま彼の中に吸い込まれていく。


 人間相手でなくても記憶や感情を読み取ることができるのだろうか。

 秋斗あきとが関心したのもつかの間、ものの数秒でピーちゃんはユウの体から出てきた。

 ピーちゃんは佐伯の肩に再びとまると、ふふん! と得意げに胸をはった。その姿に秋斗はちょっぴりいやされる。


「よし、じゃあ行くか」

 ピーちゃんの誘導ゆうどうしたがい、探偵サークルの面々はユウの両親のもとへと向かった。電車に揺られること一時間、たどり着いたのは昔ながらの瓦屋根の一軒家だ。

 ここがユウの家だという。

 さすがに見知らぬ秋斗たちが家に突撃とつげきするわけにもいかないので、ユウだけで家の中に入ってもらった。


 数分後、ユウは家から出てきた。佐伯は「ほらな」というように肩をすくめる。

 ユウがここにいるということは、彼の未練は両親ではなかったということだ。ユウ自身も気づいていたようで、特に落ち込んだ様子はなかった。


「で、どうする? 成仏したいか?」

 そうたずねる佐伯から、ユウは視線をはずした。口をとざしたままな少年に構うことなく佐伯が駅へと向かうので、秋斗たちもそれに続く。秋斗が後ろを振り返ると、ユウはゆっくりながらもついてきていた。これから彼はどうするつもりなのだろう。


 駅にたどり着くと、学校帰りなのであろう学生服姿の人がちらほら見受けられた。ユウは彼らをそっと見つめるが、すぐにうつむいてしまう。


「ねえねえ、ユウくんもさ、レイさんみたいに探偵事務所でお手伝いすればいいんじゃない?」

 唐突に春樹は口にする。


 こいつはまた勝手なことを。


 秋斗とのぞみは肩をすくめる。佐伯もあきれたように息を吐いたが、彼女の口元は少しだけゆるんでいた。

「ま、私は別にそれでも構わないがな」

「ですよね! レイさんと一緒にいたら絶対楽しいよ~」

 春樹は視えないユウにそうアピールした。ユウはレイには会っていないため、誰だ? と首を傾けているが、やがてゆっくりと口を開いた。佐伯になにかを話している。

 佐伯はそれに対し、ユウの耳元でなにかをささやくと、少年は首をこくりと縦に振った。


 佐伯は満足そうににんまりと笑う。

「とりあえず探偵事務所にとどまってみるってさ」

「おお~、良かったです! 俺たちもいつでも遊び相手になるしね!」

 楽しそうに笑う春樹は最後に「まあ俺は視えないんだけど!」と言うと、ユウは困ったような表情をしてから、初めて笑みを見せた。


 その日、再びオー・ハライ探偵事務所に戻った探偵サークルは宗介そうすけに報告をし、ユウもあずかって欲しいと頼んだ。変人な宗介は即答で「いいよ」と言い、レイは仲間が増えて大喜びだった。

 ユウがこれから楽しい日々を過ごせると良いな、と秋斗は感じた。


 *


 ――それから一か月がち、いたるところで桜が満開になるころ、大学では卒業式が開かれた。体育館には佐伯をはじめとする大学四年生、そして院二年生が集まり、会場は人であふれていた。


 秋斗、春樹、希の後輩三人は、探偵アジトで卒業式が終わるまで時間をつぶした。事前に連絡をしておいたので、佐伯は式が終わると探偵アジトまで来てくれた。両親を待たせているみたいなので手短にすませる。

「佐伯さん、卒業おめでとうございます!」

 春樹が満面の笑みで花束を佐伯に手渡す。

「ありがとな」

 花束を見ながら、佐伯は礼を言った。


 四人は探偵アジトを出て、キャンパス内に咲く桜の樹のそばに移動した。

 四人は同時に桜の樹を見上げる。

「なんか最後の一年は濃かったなぁ」

 佐伯がしみじみとそうこぼすので、後輩三人は顔を見合わせて笑った。


「俺らにとっても濃い一年でしたよ」

「ははっ、だろうな。でも案外楽しかっただろう?」

 にやりと口角をあげる佐伯に、春樹が真っ先に声をあげる。

「はい! めっちゃ楽しかったです!」

「まあ貴重な経験できましたしね」

 希もそう言って頷いた。


 風が吹き、桜の花びらがひらひらと舞い落ちてきた。佐伯は花束を左腕に抱え、右の掌を空に向ける。可愛らしい花びらが三枚、その手におさまった。

 佐伯は一度目をせ、ふっと柔らかく笑う。花びらを包み込むようにそっと握った。



〈第十章 探偵の卒業 終〉

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