第69話

 それからというもの、のぞみは一切口を開くことはなかった。

 面倒くさがりな佐伯さえきは随時通訳はしなかったものの、少年から前世や依頼内容をくわしく聞き出し、まとめた上で話をしてくれた。


 少年の幽霊ユウは、自身の前世のことをだいたい覚えているという。


 中学生だったユウは、学校にあまり馴染なじめず、不登校が続いていた。同級生とめたりいじめがあったりしたわけではない。ただただ行きたくなかったのだそうだ。

 ユウは生きている意味がわからず、自室で自殺。目が覚めたら幽霊になっていた。自分や両親の名前、家の場所などは覚えていなかったため、今まで家族に会えなかったらしい。


 生きている意味がわからずに自殺したのに、幽霊になってしまったら死ぬことができない。早く成仏じょうぶつするためにユウが思いついたのが、自分の未練をなくすことだった。その一つが両親の顔を見るというものだ。


「成仏したいなら佐伯さんがおはらい? することはできないんですか?」

 春樹はるきが不思議そうに首をかたむけた。

 本間ほんまゆい久保寺くぼでらがくが依頼人だったストーカー事件では、幽霊のストーカーを佐伯が祓った。

 成仏したいなら祓ってもらえばいい気がする。秋斗あきとも「たしかに」と春樹の考えに同意を示す。


 佐伯は少年を一瞥いちべつしてから口を開いた。

「まあできなくはないけどな」

 するとユウは予想外だったのか目を大きく見開く。

「ただなぁ」と佐伯は腕を組んで言いしぶるので、秋斗はたずねた。

「祓うとなにか問題があるんですか?」

「んー、そうちゃんいわく、幽霊は未練がなくなると自然に成仏するらしくて、その場合は前世や幽霊だったときの記憶が来世に残ることはない。だけど祓って成仏させた場合、前世や幽霊だったときの記憶を来世にそのまま引き継ぐんだ」

「なるほど……」


 となると、ユウは生きている意味がわからないと感じていた気持ちを持ったまま生まれ変わることになる。まっさらな状態で新しい人生を期待していたのであろうユウは、佐伯の説明にむむむっと眉根を寄せた。


「とりあえずユウくんの両親に会いません?」

 春樹は佐伯にそう言った。両親に会って未練がなくなれば自然と成仏できるはずだと彼は思っているのだろう。

 だが、佐伯も秋斗も、きっとユウの未練は両親ではないことを薄々感じている。

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