第68話

倉田くらた葛城かつらぎ後藤ごとうへの通訳頼むぞ」

 佐伯さえきは公園のベンチに座るなりのぞみにそう言い、幽霊に顔を向けた。

「君、名前は覚えているのか?」

 すると幽霊は眉間みけんにしわを寄せたまま、口を動かした。もちろん秋斗あきと春樹はるきには聞こえないが、なんでこんな不機嫌そうなのだろう。


「『覚えてない』って言ってる」

 希が幽霊の真似まねをしながら通訳をすると、幽霊は彼女をぎろりとにらんだ。だが、希はあっけらかんとしている。佐伯は少年の答えに「そうか」とうなずいた。

「じゃあ今日から君の名前はユウだ」

 ネーミングセンスのない佐伯は、また安易な名前をつけている。

 場違いなくらい明るい声で春樹は笑った。

「レイさんと並んだらユウレイだね!」

 秋斗はマイペースな友人の発言に苦笑いを浮かべた。レイ本人も春樹と同じことを言いそうである。


 ユウと名付けられた少年の幽霊は、口を尖らせながらもゆっくりと首を縦に振った。

 佐伯は太ももの上にひじを置き、手を組む。

「んで、ユウ。君の依頼は生前の両親に会う、でいいんだな?」

「『そうだ、幽霊は未練みれんがなくなれば成仏じょうぶつできるんだろ?』って」

 またも希がユウの真似をしながら通訳をすると、少年は眉をつりあげて希の方を向いた。なにかを彼女に言い放つと、希はスッと眼鏡の奥の目を細める。

「あ?」


 いつもの彼女からは想像できないほどの低い声に、秋斗は一瞬びくりと肩を揺らす。隣にいるユウの声は聞こえないが、彼も体を縮こまらせた。

「あとは任せますね、佐伯さん」

 希はそう言ってそっぽを向く。初めて彼女がキレている姿を見た。ユウになにか言われたのだろうが、言い返すこともなく「あ?」の一言で少年は完全におびえてしまっている。


 一方で春樹は、急にキレた希にびっくりしながらもなぜかうっとりした顔をしていた。春樹は秋斗の腕に抱きつき、肩におでこを当ててくる。

「……やばい……ちょっとときめいた」

 秋斗にしか聞こえないくらいの声量でそう呟く春樹。

「はあ?」

 思わず秋斗は大きい声を出してしまった。

 好きなやつの怒ってる姿にときめくやつなんているのだろうか。さるポイントがまったくわからん。


 秋斗は自分のかげに隠れているユウと、自分にまとわりつく春樹を交互に見てから、大きなため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る