第66話

 そんな形でそれぞれの依頼を無事にクリアするころにはすっかり日も短くなり、クリスマスがやってきた。ちょうど今年は24、25日が土日だったため、秋斗あきとは人手不足のコンビニバイトにいそしんだ。

「はぁ……」

 ため息をつきながら、秋斗はロッカーについた小さな鏡を見る。サンタ帽子をかぶった自分の姿に再びため息をついた。

 クリスマスシーズンになると、店員はみなサンタ帽子ぼうしをかぶって売り場に立たねばならないそうだ。


 ――朝から夕方までのシフトを入れていた秋斗はレジに立ちながら店内の時計をちらりと見る。退勤まであと一時間。


 来店を知らせる軽快けいかいな音楽が鳴り、秋斗が反射的に「いらっしゃいませー」と自動ドアの方を向くと、思いっきりスマホを向けられていた。

 カシャリ。

 写真を撮ることを悪びれる様子もない客の正体に、秋斗はげんなりとする。ふふふっと小声で笑う彼女はスマホをおろした。


「なに撮ってんだよ」

 秋斗が目を細めると、のぞみは口角をあげた。

「いいじゃん。減るものじゃないでしょ?」

 秋斗は大きく肩をすくめる。

 ホットコーヒーを買った希は流れるようにイートインスペースに移動した。彼女を目で追っていると、隣のレジに立つバイト仲間の田中たなかに声をかけられる。

「彼女さんですか?」

 にやにやとしているその顔を、秋斗は横目で見る。

「大学の友だち」と即答するが、「へぇ~?」と最初から全く聞き耳を持っていないであろう田中は依然いぜんとしてにやにや顔のまま、レジ業務に戻った。


 秋斗のバイトが終わるまでの一時間、希はイートインスペースで漫画を読んで待っていた。秋斗が私服に着替えて出てくると、彼女はパッと顔をあげる。

「お疲れー」

「それじゃ、行くか」

 秋斗はそう言って希とともに店の外へ出た。街中はいたるところでイルミネーションが輝いており、立ち並ぶお店もクリスマス仕様の飾り付けがほどこされていた。


 クリスマスに男女二人で歩いていたら、なぜ恋人だと思われるのだろうか。本来はキリストの降誕を記念する日であるはずなのに、いつからクリスマスは恋人と過ごす人が増えていったのか。

 まあクリスマス関係なく、希と二人でいると「付き合ってんの?」と聞いてくるやつは多いが。


 めんどくせぇ、と秋斗は心の中で吐き出した。そんな彼の心中を察したのか、希は秋斗の顔をのぞき込むようにして言った。

「クリスマスに男女二人、イコール恋人って思われるのめんどくせぇなって顔にかいてあんね」

 くつくつと笑う希に秋斗は苦笑した。

「希も同じだろ?」

「まーね」

 秋斗と希の距離感はずっと変わることはない。街中を流れるクリスマスソングが二人の間を通過していった。


 *


「おおーやってるやってる」

 目当ての人物を発見し、秋斗は真っ先に声をあげた。二人の視線の先には、全身サンタクロースの格好をした春樹はるきがいる。白いひげもちゃんとつけているから表情はよく見えないが、満面の笑みだろうなと予想がついた。


 せっせとクリスマスケーキをお客さんに手渡す春樹は秋斗と希に気づくと、仕事中だというのに二人に大きく手を振る。彼は同じくサンタの格好をした隣のスタッフにすぐに注意された。


「メリ~クリスマ~ス! 二人ともありがと~!」

 春樹はクリスマスイブと当日、ケーキ屋で短期バイトをすると言っていたため、秋斗と希はそこでクリスマスケーキを買おうと決めていた。

 一人暮らしの秋斗は一人用の小さめケーキを買い、実家暮らしの希はホールケーキを購入した。

「んじゃ頑張れよ」

「ファイトー」

 秋斗と希はそう言ってお店をあとにした。

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