第62話

「ワン、犯人はちゃんと盗んだ財布持ってる?」

 動物と話ができないと言っていたのぞみだが、その場にかがんで犬の幽霊に問いかけた。こちらの言葉を理解しているワンはうなずき、希のズボンのポケットのあたりを何度もつつく。

「ズボンのポケットに財布があるってこと?」

 もう一度質問すると、ワンはぶんぶんと首を縦に振った。


 よし、と立ち上がった彼女は、踊り場で待機する如月きさらぎに声を掛けた。

「如月さん、財布はポケットにあるみたいです」

「わかりました」


 希は三人を踊り場に残し、ロックバンドサークルの部屋へと向かった。ノックをすると、男性が一人出てきたが、目当ての人物ではない。男性は「入会希望?」と希にたずねるが、彼女は首を横に振り、少し開いたドアの中をさりげなくのぞいた。


 グレーのフードつきパーカーに、肩につかないくらいの黒髪。盗人ぬすっとの姿を視界にとらえる。希は目を少し細めたが、すぐに表情を変え、じらいを見せた。

「さっきステージで演奏しているのを見て、かっこいいなって人がいたんですけど……顔しかわからなくて、お、思わず来ちゃいました……!」


 あいつ演技上手いな。

 秋斗あきとは気づかれない位置から希を見守る。


 希を出迎えてくれた男性はへらっと笑った。

「いやー、まじ? どいつのことだろ?」

 そう言ってドアをより開き、中を見せてくれた。


 希は恥ずかしそうにうつむきながら、犯人を手で示している。

「あ、あの人です……」

 すると、部屋の中は大盛り上がり。お前にも春が来たな、などとバカでかい声が聞こえた。そのまま希は犯人を引き連れて、踊り場の方へと移動する。何食わぬ顔で階段を下りていく希の後ろで、しまりのないにやにや顔の犯人は彼女のあとをついていった。

 踊り場にいる如月たちは目に入っているだろうが、全く気にした様子はない。可愛い女子からの訪問に浮かれているのだろう。


 如月はすばやい動きで犯人の目の前に入り込み、無言のまま真正面からみぞおちに一発かました。犯人はうめき声を一瞬あげたが、すぐにその場に倒れ、動かなくなる。


 ……つえぇ。

 秋斗が呆然ぼうぜんと如月をながめていると、視線に気づいた如月はさわやかスマイルで「終わりました」と言った。


 *


 犯人の意識が戻る前にと、秋斗はすぐさま佐伯さえきからもらったおふだを一枚取り出し、そいつの腹にペタッとった。お札はすぐにみえなくなったが、ちゃんと腹痛の呪いがかかるのだろうか。


 如月が犯人のポケットから財布を抜き取り、原田はらだに渡す。

「ありがとうしゅうくん。お二人もありがとうございます……!」

 原田はスマホで財布の写真を取り、被害者である峰岸みねぎしにメッセージを送ると、ものの数秒で彼女から電話がかかってきた。原田はスピーカーにして秋斗たちにも聞こえるようにしてくれる。

「ありがとうございます! 助かりました!」


 ――そのあと、倒れたまま動かない犯人をその場に残し、四人はハンドメイドサークルに向かった。


 峰岸はこれでもかというほど四人に礼を言い、探偵サークルへの報酬ほうしゅうとして四人分の学食一食分の料金を支払った。四人分なら協力してくれた原田や如月に、と秋斗は思ったのだが、彼女たちはボランティアだからと受け取らず。

 佐伯は呪いの札とワンで貢献しているけど、今回春樹はるきはなにもしていないので、彼の分は必要ないと思う秋斗であった。

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