第58話

 佐伯さえきはタロットカードをいまだシャッフルしながら、後ろにひかえる秋斗あきとのぞみ一瞥いちべつし、目の前でそわそわしている原田はらだに再び顔を向けた。

「依頼内容はなんだ? 手短に頼む」

「サークル仲間の財布が盗まれたんです……」

 すると、佐伯は「なるほど」と眉間みけんにしわを寄せ、シャッフルが完了したタロットカードを机の上に広げた。


「少々お待ちを」

 と、男性二人組に言い放ち、床に置いたリュックの中から長方形の木箱を取り出す。それを秋斗に投げ渡した。急に投げられた箱に驚きつつも、秋斗はしっかりとキャッチし、ふたを少し開けて希と中身を確認する。

 箱の中には数枚のおふだが入っていた。なにやら文字が書かれているようだが、達筆たっぴつすぎてなんと書いてあるかはわからない。


葛城かつらぎ倉田くらた盗人ぬすっとを捕まえてやれ。あ、ワンを連れていくといいぞ、役に立つ」

「え、は? これはどうすんですか?」

 ムチャぶりはいつものことだが、幽霊案件でもないし、このお札は一体なにに使うのだろう。秋斗は思わず立ち上がって、箱をかかげた。


 佐伯はあごを少しあげてにやりと笑う。

「犯人の腹にそれを貼れ。そうすると、お馴染なじみのあれが発動する」

 ポンポンと自分の腹を叩きながら、佐伯は「まかせたぞ」と言い、タロット占いをやり始めた。

 

 お馴染みのあれ。

 秋斗と希は遠い目をして苦笑した。お馴染みのあれ、とはきっと、夏休み前に試験問題を教えて欲しいと依頼してきた白石しらいし陽平ようへいが約二カ月ほど苦しんだ腹痛の呪いのことだろう。

 佐伯は意外と用意周到しゅうとうであった。


「まあ、やるしかないよな」

「だね」

 なんだかんだ依頼をこなしてきている二人は顔を見合わせ、肩をすくめた。


 ここではガヤガヤしていて話を聞くにきけない。くわしい話を聞くため、秋斗と希は原田を連れて商学部とうの中に入る。各学部棟にそれぞれもうけられた休憩室へと向かった。


「詳しい話を教えてもらえますか?」

 希が率先そっせんして質問を投げかけると、原田は神妙しんみょうな面持ちでうなずいた。

「私、ハンドメイドサークルに入っていて、学園祭でもブースを出しているんです。財布を作った子がいたんですけど、販売しているものと色違いなんです、って話をお客さんにしていたら、近くにいた別のお客さんがその子の財布を見せて欲しいって言って……手にした途端、そのまま走って逃げたんです」


 秋斗と希は考えるように同時に視線を下げた。秋斗が先に顔を上げる。

「それって何時ごろの話ですか?」

「十五分くらい前です」

 スマホで時刻を確認しながら原田がこたえると、秋斗は顎に手をそえた。まだ犯人はキャンパス内にいるだろうか。


「あ、ちなみにそれって一般来場者ですか?」と希。

「いえ、リストバンドしていなかったので、在校生だと思います。それにたぶん……バンドサークルの人な気が……」

 犯人の顔を思い出そうと頭をひねる原田。


 この大学にはバンドサークルと一口にいっても様々な種類がある。洋楽を中心に演奏するサークル、ポップスを中心に演奏するサークル、オリジナルソングを作って披露ひろうするサークル、ロックバンドをコピーするサークル……それらのバンドサークルはこの学園祭期間中、北門ステージで順次パフォーマンスをしているらしい。

 原田はたまたまそこのステージで見たドラムの男性と犯人が似ていたと話す。


 秋斗はスマホで大学のサークル紹介ページを開いた。サークル会員数がっているが、バンドサークルは目が回りそうなほど人数が多い。SNSの集合写真も人数が多すぎて、顔の判別がしにくかった。


 秋斗はスマホの画面を開いたまま、原田にたずねた。

「外見の特徴とかって覚えてますか?」

 彼女はうーんと首をかしげる。

「グレーのフード付きパーカー着てました……えっと髪の毛は肩につかないくらいの黒髪」

「わかりました。じゃあ今度は被害者のところに行きましょうか」


 ――三人が立ち上がって休憩室を出ると、待っていましたと言わんばかりにおすわりをした犬の幽霊、ワンがいた。

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