第九章 学園祭

第57話

 木々が赤や黄、オレンジに色づく秋。

 四日間に渡って開催される学園祭は、大学の一大イベントだ。各サークルによる出店がずらりと並び、夏休みに二人と行った花火大会を秋斗あきとは思い出していた。


「すっげーな……」

 全然前に進まない人のれの中で秋斗がこぼすと、のぞみは「それね」と同意を示す。

「お腹空いてるのに」

 と、不満そうに顔をしかめた彼女のお腹の音は、たくさんの人の声にかき消された。


 我が探偵サークルもブースを出しており、秋斗と希は佐伯さえきからお昼ご飯のおつかいを頼まれていた。

 色々なサークルに加入している春樹はるきはそれらの手伝いに奔走ほんそうしているため、探偵サークルにはあまり顔を出せないとのこと。


 やっと買い出しが終わって探偵サークルのブースにたどり着いた秋斗と希は大きく息をいた。まだ学園祭が始まって間もないというのに、どっと疲れた。

 夏休みのあの猛暑からしたらだいぶ気温も落ち着いてきたけど、キャンパス内だけ夏に戻ったかのように暑く、余計にエネルギーを消費する。


 秋斗はひたいの汗をぬぐった。

 探偵アジトで使っていた机と椅子が置かれた小さなブースで、佐伯は腕を組んで待ち構えている。

「遅かったな。待ちくたびれたぞ」


 秋斗は大きなため息をつき、頼まれていた昼食を乱雑らんざつに机の上に置いた。

「この人の多さ見えてます? 移動するの大変だったんですよ」

「ご苦労ご苦労」

 佐伯はそう言って後輩二人の肩をポンポンと叩いたあと、すぐに昼食が入ったビニール袋をがさごそとあさり始める。


 あきれた様子で秋斗と希は顔を見合わせると、二人は通行人の邪魔にならない位置に折り畳みの椅子を設置し、出店で買ってきた品々を取り出した。


 希は紙コップにいれられたからあげを楊枝ようじでさし、秋斗に渡す。ゆずぽん酢がかかったからあげはさっぱりしていて美味しかった。

 二人でからあげを黙々もくもくと食べていると、チラッと後ろを振り返った佐伯は希に向かって口を開けた。くれ、ということだろう。希は新しい楊枝でからあげをさし、佐伯の口に勢いよくぶち込む。


「おふっ、乱暴だな」

「占い、どのくらい人来ました?」

 目を細めた佐伯を気にすることなく、希は唐突とうとつに問いかける。


「さんじゅーにん」

 左の指を三本立て、右はゼロの形を作り、佐伯は自慢げにこたえた。

 探偵サークルのブースでは、いつものように依頼を受け付けつつ、タロット占いをやっている。もちろん秋斗たちはタロット占いのやりかたを知らないので、佐伯が一人で担当していた。


 占いが盛況せいきょうの一方で、探偵への依頼人はゼロのようだ。

「占いはやっぱ地味に人気なんですね」

 秋斗はペットボトルの水を口に含み、辺りを見回した。


 右隣のブースでは、文芸・イラストサークルが作成した同人誌やイラスト集、アクリルスタンドを販売している。サークル会員たちはみんな楽しそうに、客に作品の説明をしていた。

 左隣は製菓サークルのブースだ。佐伯は焼きそばを食べながら、ずっと製菓サークルを気にしている。甘党だから食べたいのだろう。手作りクッキーやカップケーキ、ブラウニーなど見た目にもこだわっているお菓子が並び、ブースの前には列ができていた。


 *


「すみませーん」

 三人で昼食をとっていると、探偵サークルのブースに新たな占い希望者が現れた。占いは女性の方が好む印象があったが、お客さんは男性二人組だ。手首には一般来場者を示す赤いリストバンドがつけられている。


 佐伯は焼きそばを食べていた手をとめ、名残惜しそうにパックのふたをしめると、タロットカードを机の上に出した。

 念入りにシャッフルをしていると、二人組の後ろからこちらの様子をチラチラとうかがう茶髪ボブの女性が目に入る。その見覚えのある姿に秋斗が思わず「あ、」と声をらすと、佐伯も彼女に気づいたようで、タロットカードから顔をあげた。


原田はらだ、どうした? また依頼か?」

 佐伯が女性に声をかけると、男性二人も後ろを振り向く。

 茶髪ボブの女性、原田未来みらいは秋斗が出会った初めての依頼人だ。彼女は申し訳なさそうな顔をしながらうなずいた。

「はい……依頼をお願いしたいんですが、大丈夫ですか?」

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