第55話

「おおー、ゲーセンとか久しぶりだ」

 佐伯さえきはゲームセンターに到着すると、楽しそうに笑った。入り口の外で彼女を待っていた秋斗あきととともに、店内に入る。

 佐伯は斜め後ろを歩く秋斗を振り返った。

「それで? うつわ探しを依頼されたんだったな」

「はい。なで牛の魂だから、牛のぬいぐるみを器にしようって話になりまして……」


 そんな会話をしながら牛のUFOキャッチャーがある場所までいくと、春樹はるきはまだ取れていないようで、千円札を片手に両替機に向かっているところだった。

 それよりも、秋斗の目についたのは春樹の頭の上にあぐらをかいて座る少年だ。なぜか右手にはうちわを持っている。彼は口元に左手を当て、にひひっと不敵ふてきな笑みを浮かべていた。


 幽霊かと思ったが違う、その少年は色がある。

 ……神様ってことか?


 佐伯も春樹の頭の上に座る少年に気づいたのか、ん? と片眉をつりあげた。途端とたん、佐伯の体から疫病神やくびょうがみのヤクが姿をあらわす。

 佐伯は突然自分の体から出てきたヤクを見上げた。

「なんか変なのいるな。ヤクの知り合いなのか?」

 彼女がそう問いかけるも、ヤクは聞こえていないのか一目散いちもくさんに少年めがけて飛んでいく。


 なにもえていない春樹は千円札を両替機に入れていた。秋斗と佐伯もヤクを追いかけ、とりあえず春樹の元へと近寄る。


 ヤクは少年を思いっきり突き飛ばしてなにかをしゃべっているようだったが、もちろん秋斗には聞こえない。二人のやりとりを興味深そうにながめている佐伯は通訳をする気がないようなので、秋斗は春樹に声をかけた。

「春樹、まだとれそうにないのか?」

「う~ん。俺UFOキャッチャーわりと得意なんだけどな。ってうわ! もう二千円も使っちゃったんだけど!」

 財布の中身を見て春樹は頭をかかえた。集中しすぎて今まで気づかなかったのだろう。


 佐伯はヤクと少年から一瞬目を離し、春樹の財布をちらりと見ると、「なるほどな」と一人納得の声を上げた。


 なにがなるほどなのかさっぱりわからん。のぞみはいないし、通訳をしてくれ。

 秋斗は肩をすくめた。


 ヤクと少年はいまだに言いあらそっているようだが、佐伯はやっと状況を説明してくれる気になったのか、秋斗たちを振り返った。

「あの少年は貧乏神びんぼうがみだそうだ」

 楽しそうにそうげる佐伯は、「そうちゃんに教えてあげよっと」とスマホをいじり出す。

 秋斗と春樹は首をかしげた。

「「貧乏神?」」


 春樹はもう自分に視えないなにかが近くにいることに慣れてきたのか、それほど驚くこともなく佐伯が指さす空間を見つめた。

 佐伯はスマホに視線を落としたまま、にやりと口角をあげる。

「貧乏神が後藤ごとういていたから、どんどん金を使ってしまったんだ」

「ええ! そんな~」

 春樹は肩を落とし、財布の中身をもう一度のぞいた。何度見ても増えることはないが。


 秋斗は「どんまい」と春樹の肩をポンと叩くと、すぐさまスマホで貧乏神を調べた。貧乏神は名前から想像できる通り、とり憑いた人やその家族を貧乏にする神様である。人に悪い影響を与える点で疫病神と似ているな、と秋斗は思った。


「疫病神と貧乏神はいうなれば犬猿けんえんの仲みたいだな」

 はははっと豪快ごうかいに笑う佐伯。ヤクと少年は空中で取っ組み合いを始めた。


 なんで神様同士のケンカを見ているんだろう。

 声が聞こえないからなにが原因でケンカをしているのかわからないし、ここにいてもしょうがない。秋斗は春樹をつれ、再び牛のぬいぐるみがあるUFOキャッチャーのところへ移動した。

 疫病神と貧乏神については佐伯に丸投げしておけばいいだろう。


 UFOキャッチャーの前では「待ちくたびれたぞぉ」とでも言っているようななで牛の魂が春樹をつついた。視えていない春樹はそれに気づくことはなく、腕まくりをし、気合を入れた。

「よーし! 今度こそ一発でとるぞ~」

 その宣言通り、春樹はすぐにぬいぐるみを取った。火の玉の姿をしたなで牛の魂は嬉しそうに上下に動いている。秋斗は彼(?)に向かって話しかけた。

「はい、これが器になるかはわからないけど」


 すると、火の玉はぬいぐるみの中にするすると入り込んでいき、ぬいぐるみが秋斗の腕から飛び跳ねた。声は聞こえないがどうやら無事に器にできたようだ。

「成功みたいだな」

「おお~! 良かったね!」

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