第54話

「ぬいぐるみといったらやっぱここでしょ」

 腰に手を当て、のぞみは自信満々に看板を見上げた。その視線をたどって秋斗あきと春樹はるきも斜め上に顔を動かす。

「てっきり雑貨屋とかに行くのかと思ったらゲーセンかよ」

 秋斗があきれたように呟くと、希は「あ、その手があったか」と目を見張った。


 だが、もうすでにゲームセンターに心を持っていかれている春樹は希と秋斗の手を引き、カラフルな照明とポップな音楽が鳴り響く店内に足を踏み入れた。

「うわ~! ゲーセンとか久々!」

 春樹は瞳をキラキラさせながら、首をせわしなく動かした。UFOキャッチャーやメタルゲーム、プリクラ、シューティングゲーム。音ゲーと呼ばれる音楽ゲームの周りには特に人が集まっていて、だいぶ盛り上がっているようだ。


 三人と二体(?)は、牛のぬいぐるみを探すため、店内をゆっくりと散策していった。

「お、あった」

 秋斗が指さしたUFOキャッチャーには、可愛らしい牛のぬいぐるみがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

「『なかなかキュートな牛じゃのぉ』って言ってるよ」

 希が急にカスカスの声で通訳をした。

 一人称がわしなのに、キュートというワードを使うのはミスマッチな気がするんだが。


 ……ほんとに変なやつが多い。


 春樹は意気揚々ようようと財布から百円玉を取り出し、早速ぬいぐるみ獲得に向けて動き出す。様々な角度からねらいを定める春樹の動きはなんだか可笑おかしかった。


 真剣な春樹をながめていると、ズボンのポケットからブーッと振動が伝わり、秋斗はポケットに手を入れた。スマホを取り出すと、佐伯さえきからのメッセージが届いていた。

「あ、佐伯さん来るって」

 なで牛に遭遇そうぐうしてすぐ、秋斗は佐伯に連絡をしていた。宗介の探偵事務所からここのゲームセンターまではそこまで距離もないし、すぐ来てくれるそうだ。牛のぬいぐるみは春樹にまかせ、秋斗は入口で佐伯を待つことにする。


 しかし、スマホから顔をあげると、希がいないことに気がついた。春樹に聞こうとしたが、彼はUFOキャッチャーに夢中でこちらの声が全く聞こえていない。春樹のそばにはなで牛の魂が浮いており、応援しているかのようにその場で激しい動きをかましていた。


 秋斗は希を探すため、入口に向かう前に店内を一周してみる。彼女は一人でガンシューティングゲームをしていた。

 周りは声を出しながらゲームを楽しんでいる人が多い中、希は一言も声を発さず次々とゾンビを打ち抜いていた。ゲームをしながら暴言をいている人よりも無言の方がなぜだか怖く感じる。希が怒っているところはほとんど見たことはないが、きっと彼女はキレたら黙るタイプだろう。


 カシャリッ。秋斗はスマホのカメラでしれっと彼女の写真を撮り、三人のグループに送った。まあ二人とも集中していて通知に気づかないと思うが。

 秋斗はふっと笑い、一人で入口へと向かった。

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