第52話

 宗介そうすけはお茶を一口飲んでから口を開いた。

「科学の発達にともなって、証明できない神様や幽霊、妖怪ようかいなんかが信じられなくなったことは知ってるよね」

 質問者である春樹はるきは勢いよくうなずく。


「どんどん神社仏閣ぶっかくが撤去されていって、まつられている神様たちの居場所がなくなってしまっているんだ。神様だけじゃなくてお地蔵様だったり神社にある狛犬こまいぬ、キツネやサルなんかの動物の像も取り壊されてしまうから、彼らのたましいだけがこの世界に残ってしまう」

「魂の姿のままではダメなんですか?」

 秋斗あきとが気になったことを聞くと、宗介はうーんと眉尻を下げた。

「どうなんだろう。あ、こういうことはヤクに聞いた方が良いかもね」


 宗介はそう言って佐伯さえきに視線を向けると、彼女はまぶたを閉じ、投げやりにこたえる。

「魂のままだと体力を使うんだとさ」

「な、なるほど?」

 神様たちのことは人間にはわからない。秋斗は頭にはてなを浮かべたままだが、一応納得したように座り直した。


「じゃあ結局、この傘の中には笠地蔵の魂が宿やどっているって認識でいいんでしょうか?」

 黙って話を聞いていた溝口みぞぐちは、おずおずと口を開いた。

「うん、そういうことになるね。笠地蔵の意思いしで傘を自由に動かしているんだよ」


 宗介が話をまとめると、溝口は不可思議な現象の謎が解けてスッキリとした表情をしていた。彼は事務所の時計を見ると、ハッとしたようにあわてて立ち上がる。

「すみません。オレ、そろそろバイトなので行きますね。今日は急な依頼だったのにありがとうございました」

 ゴールドのネックレスがお辞儀じぎをする拍子ひょうしに揺れてキラリと光る。溝口は丁寧な態度で事務所をあとにした。


 ──溝口を見送ると、ビニール傘はぴょんぴょんと飛び跳ねながらのぞみのそばへと移動し、元気な声を出す。

「希~! 久しぶり~!」

 希は慣れた様子で傘の持ち手をポンポンと軽く叩いた。

「はいはい、久しぶりだね。それにしてもあれからずっと大学にいたの?」

「うん! 何度か希のこと見かけたんだけど、人が多すぎて全然話しかけられなかったんだぁ」

「そっか。まあなんにせよ、元気そうで良かったよ」


 声が聞こえない人からしたら傘と人間がしゃべっている姿は奇妙きみょうにうつるだろうが、今は秋斗も春樹も声が聞こえるため、普通にこの非現実的な状況を受け入れてしまっている。


 春樹はしゃべりたくてたまらないといった風に、きらりと目を光らせた。

「すごいすごい! 幽霊だけじゃなくてとうとう物とまで話せるなんて! こんにちは、笠地蔵さん。俺は春樹、こっちは秋斗」

「こんにちは! 僕のことは笠って呼んでね! 春樹に秋斗、よろしくね~!」

 春樹は傘の持ち手をにぎり、ぶんぶんと上下に振った。握手あくしゅのつもりだろうか。


 幽霊に神様に笠地蔵の魂……人ではない者との出会いがどんどん増えていく。秋斗はもはや慣れつつある非日常に笑うしかなかった。

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