第51話

「私さ、前に秋斗あきとに、変なやつに会ったって話したじゃん?」

 ビニール傘との話を聞こうと耳をかたむけていた秋斗だったが、初っ端から自分に話を振られ、「ああ」とワンテンポ遅れてうなずいた。

「火の玉みたいなやつにからまれた話だろ?」

 のぞみは「そう、それ」と苦笑し、今度こそみんなに向けて話を始めた。


「四月に火の玉みたいな姿をした変なものに話しかけられたんです。それで、自分は笠地蔵かさじぞうの魂だって言われて……」

「笠地蔵ってあの昔話の?」

 春樹はるきは前のめりになって問いかける。


 秋斗は彼の横で、幼少期に読んだ絵本を思い浮かべていた。たしかお地蔵さまの頭に雪が積もっていて、それを見かねたおじいさんが笠をかぶせてあげる話だったはずだ。

 溝口みぞぐちだけが笠地蔵というワードにピンときていないようで、それに気づいた宗介そうすけが簡単なあらすじを説明した。


「笠地蔵は日本の昔話の一つだよ。貧しい暮らしをしていたおじいさんとおばあさんがいて、笠――雨の日にさす傘じゃなくて、竹かんむりに立つって書く方の笠ね――を作って、それを売ってお金を得ようとしていたんだ。で、町でその笠を売ろうとしたんだけど、なかなか売れなかった。その帰り道で雪が積もったお地蔵さまを見つけて、売る予定だったその笠をかぶせてあげたんだよ。そうしたら次の日、家の前にお地蔵さまからの贈り物が届いていたっていう話」

「へぇ……なんとなく聞いたことあるような、ないような……?」

 溝口は首をひねった。


「良いことをしたら自分に返ってくる、みたいな教訓きょうくんふくんでるんだよね?」

 と、佐伯さえきは確認するように宗介に聞く。

「そうだね、昔話はなにかと教訓が多いかな。あ、ごめんね、希ちゃん、話がれちゃった。戻そうか」


 宗介の言葉に希は軽く頷き、話を再開させた。

「はい、えっと、その笠地蔵の魂だっていう子に会ったんです。それで僕のうつわ探しを手伝って欲しいと言われまして。器を探しているうちに、かさ繋がりでビニール傘はどうかって話になって……」

 希がそう説明をすると、ビニール傘はひとりでに開いた。急に開いた傘に、今まで持っていた溝口は思わず投げ捨てる。他の五人もみな体を引いた。

 人がいる場所で傘を開くのは普通に危ない。


「も~! いつまでだまっていればいいの? もうしゃべっていい?」

 突然聞こえた見知らぬ声に、秋斗、春樹、溝口は目を丸くする。どう考えても今ビニール傘から声が聞こえた。幽霊だけでなく、こういったたぐいの者の声も聞こえるのか。


 希は急に開き、しゃべり出したビニール傘を軽くにらむ。

「ちょっと笠! 急に開いたりしたら危ないでしょ」

 するとビニール傘は怒られたことがショックなのか、しょんぼりと(?)傘を閉じた。誰も手に持っていない上にどこにも寄りかかっていないのに、傘は直立している。

「はぁ……なんかごめんなさい」

 希がため息まじりに謝罪を口にすると、ビニール傘もそれにならって「ごめんなさいぃぃぃ」と涙声で謝った。涙が出るかは知らないが。


「……あの~、そもそも器ってなに?」

 そろりと手をげた春樹は希に問いかけるが、どう説明したらいいかわからない彼女はうーんと首を傾げて黙ってしまう。

 その様子に佐伯と宗介は顔を見合わせると、肩をすくめた。

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