第48話

 幽霊が成仏じょうぶつし、秋斗あきとは尾行調査(?)の結果を改めて佐伯さえきに報告した。

 少女のストーカーは接触できたが話を聞くことはできなかったため、第二回尾行作戦を決行することになった。


「あの、その女の子が警戒しないように、次はわたし一人で帰ってみるのはどうでしょう」

 本間ほんまが手を挙げて誰にともなく提案すると、ベンチに脚を組んで座った佐伯は「ふむ」とあごに手を当てる。

「まあ、今回三人がかりで追いかけたわけだし、相当警戒されているだろうな。当分の間はその少女も尾行しないかもしれない。少し様子を見てから考えよう」


 *


 佐伯の予想通り、翌日からストーカーの気配はしなくなったようだ。警戒して尾行をひかえているのだろう。

 一回目の尾行作戦から二週間後、本間が一人で大学から帰宅していると、ストーカーの気配を感じ、すぐさま声をかけたようだ。「警察に言っちゃうよ!」と大声を出すと、少女は顔を真っ青にして逃げるのをやめた。本間がのぞみに連絡し、たちばな喫茶に集合することになった。


 ──たちばな喫茶の二階には、秋斗、春樹はるき、希、佐伯の探偵サークルメンバー、そして今回の依頼者である本間と久保寺くぼでら、ストーカーの少女がそろった。


 涙目で震え、うつむいている少女に、佐伯はいつも通りのトーンで問いかける。

「君、名前は?」

「あ、あたしは警察に連れていかれるんでしょうか……」

 佐伯の質問には答えず、少女はか細い声を出した。佐伯は大きなため息をつく。

「んなことはしない。面倒すぎるからな」

「え、じゃ、じゃあSNSにあたしをさらしたりとか……」

「ぬあ? なんのためにそんなことをするんだ」

 片眉をあげる佐伯を「まあまあ」と希がなだめた。


 希はいまだ震えている少女を一瞥いちべつしたあと、本間と視線をわす。

「まずはゆいが話してみなよ」

 すると彼女はうなずき、立ち上がって少女の横に座り直した。


「そうだね、わたしが言い出したことだし。えっと、わたしは本間唯、大学一年生。あなたの名前を教えてくれる?」

 呼吸が浅くなっている少女の背に手を当て、本間は微笑ほほえんだ。少女は一瞬ビクリと肩を揺らしたが、少しだけ顔をあげてこたえた。

前川まえかわ寧々ねねです。中学一年です……」

「寧々ちゃんかぁ、可愛い名前だね! うーんとね、回りくどいの苦手だから直球で聞いちゃうけど、なんでわたしを尾行してたのか教えてくれる? わたしたちは寧々ちゃんのことを警察にも言わないし、誰に言うつもりもないよ」


 寧々は数分黙ったが、やがて意を決したように本間の顔を見た。

「あたしのママはシングルマザーで、あたしはママと一緒に暮らしていたんですけど……今年になって新しいパパができたんです。パパは水彩画家で、名前は清洲せいしゅう……セイはきよいでシュウはさんずいに九州のシュウ」

 寧々は漢字を空中に書く。父親の名前を聞いた途端、本間は大きく目を見開いた。思わず寧々の肩を強くつかんでしまい、あわてて手を離す。


「ご、ごめん……続けて、寧々ちゃん」

「たまたまパパの部屋に入ったとき、アルバムを発見したんです。それで、唯さんの存在を知りました」

 そこまで寧々が言うと、本間は眉を八の字にした。

「わたしの両親、離婚しててね、お父さんの下の名前は清洲なの。しかも水彩画家。話し合いの上での離婚だから、わたしは今でもたまにお父さんと連絡取ってるんだ」

 本間はそれだけ言うと、続きをうながすように寧々の顔を見て頷いた。


「……血はつながっていないけどお姉ちゃんがいるなら会ってみたいなって……でもパパに直接聞くのはあれだから、探偵さんに聞いてみたんです」

「探偵?」

 その言葉には佐伯が一早く反応を示した。


 急に言葉を発した佐伯の問いに、寧々は上ずった声で応える。

「は、はい。探偵事務所の前でうろうろしていたら、話聞くよって言ってもらって。中学生だからってただで依頼を受けてもらいました。唯さんの住所とかは教えられないけど、大学だけ特別にって、教えてもらって……それで尾行を……」


「なるほど……再婚したことは聞いてたし、相手に子どもがいることも知ってたけど、寧々ちゃんのことだったとはね」

 本間は話を聞けて安心したのかホッと息をついたが、佐伯は寧々の説明に眉根を寄せた。

「その探偵事務所の名前は覚えているか?」

「あ、はい。オー・ハライ探偵事務所です。変わった名前だったので覚えてます」

 佐伯は頭を抱えた。ここでまさかの宗介の事務所の名があがるとは。

「そ、そうか、わかった」


 佐伯の質問タイムが終わると、本間はポケットからスマホを取り出し、寧々に笑いかけた。

「寧々ちゃん、連絡先交換しよ! これからはコソコソしないで二人で会おうよ!」

「い、いいんですか?」

「ダメな理由はないでしょ?」


 そうして案外あっさりとストーカー問題は解決したのだった。

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