第47話

 近くの公園で秋斗あきと春樹はるきのぞみ本間ほんま久保寺くぼでらは落ち会った。


 少女の交渉を担当していた春樹、本間、久保寺の三人はひどく疲れた顔をしていて、息切れしている。

「はあ……はあ……もう、無理! あの子、足速すぎっ!」

 本間はベンチに座り込むなりそう叫んだ。

「しかも体力すごくなかった?」

 肩で息をしている春樹が問いかけると、本間と久保寺は大仰おおぎょうに頷いた。


 まず、春樹が道を聞くふりをして少女に声をかけた。本間たちを見失いたくないのか、チラチラと前方を気にしながら道の説明をしてくれる少女に、春樹は「あの人たちの知り合い?」と率直そっちょくに聞いた。すると、少女はなにも言わずに突然脱兎だっとのごとく走り出した、というわけである。


 そしてそれを三人で追いかけるも、逃げられたらしい。さすがに三人で一人の少女を追いかけ回すのはどうなのだろう。通報案件ではなかろうか。

 少女はキャップをかぶっていたことに加え、マスクをしていたため、顔がよく見えていなかったらしい。収穫があまりない。


 もう一人のストーカーである女性の幽霊はというと、ずっと本間と久保寺の間に浮いている。

 秋斗は三人の呼吸がいくらか落ち着いたところで口を開いた。

「俺と希で接触した幽霊が今そこにいるんだけど」

 手で示すと、三人はその空間を目を細めて見つめた。目を細めると焦点が合いやすくなって、見にくいものが見える場合があるが、それで幽霊が視えたらびっくりである。


 希は三人の姿に苦笑し、幽霊がストーカーをしていた理由について説明を始めた。

「えっとね、この幽霊は久保寺くんに一目惚れしたんだって。それでゆいのことを恋敵こいがたきとして認識してるっぽくて、ストーカーしてたみたいだよ」

 本間は目を丸くして久保寺を見つめた。

「あ~、だからがくは寒気がするって言ってたんだね!」


 幽霊は本間と久保寺の距離が近いことに腹を立てているのか、ガルルッと獣のように威嚇いかくしている。もっとも、視えない本間にとっては威嚇の意味はないが。一方で多少霊感のある久保寺はぶるりと肩を震わせた。


「結局、ストーカーは二人いたってことか~」

 春樹はベンチの背もたれに寄りかかった。

 正直幽霊が視える秋斗と希からすると、親くらいの年齢の人が自分たち世代を好きになるというのはあまりしっくりこない。まあ恋愛に年齢は関係ないけど。


 *


「おーい、無事に終わったかー?」

 少し経つと、佐伯さえきがポケットに両手をいれたまま公園に現れた。すぐさま幽霊に気づき、顔をしかめる。

「また後藤ごとうが連れてきたのか?」

「な! 違いますよ! 久保寺くんをストーカーしてた幽霊さんです!」

 頬を膨らませて春樹は抗議した。佐伯が秋斗と希に「本当か?」という意味をこめた視線を向けると、二人は首を縦に振った。


 秋斗は幽霊を一瞥いちべつし、佐伯にたずねる。

「この場合の死霊はおはらいするんですか?」

 途端、幽霊は震えて怒りをあらわにした。お祓いという言葉に反応したのだろう。だが、幽霊がどんなに言葉を発しても佐伯と希以外にはその言葉は届かない。


 通訳をする気がない佐伯に代わって、希が通訳を始めた。

「『お祓いなんて絶対イヤよ! この女を呪って、彼をアタシのものにするんだから!』と申しております」

 急に豹変ひょうへんした希に、本間と久保寺はポカンと口を開け、春樹はお腹を抱えてクスクスと笑い始めた。真似をしているときと素でだいぶ差があって面白い。秋斗も希を直視しないようにし、笑いをこらえる。


 佐伯は目を細め、幽霊に人差し指をつきつけた。

「いいか幽霊。たとえ久保寺を手に入れたとしてとも、幽霊である限り相手に触れることはできないんだぞ? それだったらいっそ成仏じょうぶつして新たな命を受け、触れる相手と恋をしたほうがいいんじゃないか?」

 挑戦的に口角を上げる佐伯に、幽霊は眉間にしわを寄せ、またなにか言い出した。すぐさま希は通訳モードに入る。

「『で、でも! こんなタイプな顔の人、もう会えないかもしれないじゃない!』となげいております」

 素に戻るとき、希は完全に遊んでいる。春樹は声を殺して笑っており、一人で楽しそうだ。


 佐伯は一歩幽霊に近づき、あきれた表情で大げさに肩をすくめた。

「あのなぁ、こんな顔のやつそこらへんにうじゃうじゃいるぞ?」

 その言葉はいささか失礼ではなかろうか。秋斗が久保寺をチラッと見ると、さすがの彼も今の言葉には傷ついたようで、ちょっとへこんでいる。

「なんかちょっとダメージが……」


 心臓に右手を当てた久保寺に佐伯は目もくれず、さらに幽霊に近づき、浮いている彼女を上目遣いに見つめた。春樹がよくやるあざといやつではなく、佐伯の瞳は有無を言わさない威圧感があった。

 おびえた様子の幽霊は涙目になった。希が通訳を続ける。

「『わ、わかりました。成仏したいのでアタシを祓ってください……』とのことです」


「よーし、いいだろう。来世でがんばれ」

 佐伯はパッと笑顔になりそう言った。幽霊と一定の距離を開け、目をつぶる。彼女が手を一回鳴らすと、空気が変わった気がした。なんというかひんやりと、凍ったような感覚。


めぐれ、現世うつしよに残りし魂よ、静かに眠れ」


 低く、落ち着いた声だった。佐伯が再び手を叩くと、目の前にいた幽霊はパンッとはじけ、きらきらと粒子になって空へと昇って行く。

 この光景を目にしているのは佐伯と秋斗と希だけだ。興味津々に佐伯を見る春樹と、不思議そうな表情を浮かべる依頼人二人。


 今回の幽霊は、自分の名前もなぜ死んだのかも全く覚えていなかったらしい。同じ幽霊でも、オカルト研究サークルの調査で出会った幽霊レイは、死因を記憶していた。

 幽霊によって、覚えていることに差があるみたいだ。


 生前の名前も職業も、どんな生活をしていたのかも、どんな死を迎えたのかも、知るすべがない幽霊の女性。

 それでも、来世は良いものであってほしいな、と秋斗はひそかに思った。

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