第44話

「ストーカー?」

 春樹はるき本間ほんまの言葉を復唱すると、本間と久保寺くぼでらはそろってうなずいた。

ゆいが誰かにつけられてるかも、って言い出してからなるべく一緒に帰るようにしてるんですが、たしかに視線を感じるんです」

 続いて久保寺が話を引き継ぐ。肩幅もあって背も高い彼は一見怖そうに見えるが、垂れた瞳が優しい印象を与えていた。


「もう少し具体的に聞きたい。視線っていうのはどんな感じだ?」

 佐伯さえきはだいぶ脳が起きてきたのか、テーブルに肩肘をついてたずねる。

 友人がストーカー被害にっていると知って、のぞみは心配そうな顔で依頼人の話に耳を傾けていた。


「寒気がするような感じです。ねらわれているというか……」

 自分の感じたことをなんとか言葉にしようと頭をひねる久保寺に対し、隣に座る本間は「え?」と目をパチパチとさせた。

「わたしはそんな気配はしないけどな。見られているのはたしかだけど、うらみとか殺気は感じないし、なんか不思議な視線って感じだよ?」

「え?」

 今度は久保寺が戸惑とまどいの表情を浮かべた。本間と久保寺が二人で困惑していると、佐伯は片眉を上げる。

「そのストーカーらしき人物を目撃したことはあるのか?」


 二人は同時に首を縦に振り、視線をわしたあと、本間が口を開いた。

「ショートカットの女の子です。中学生くらいだと思います」

「中学生の女の子が唯を尾行してるってこと? なんのために?」

 今まで黙って話を聞いていた希は思わず口をはさんだ。女子大生のストーカーと聞いて、てっきり男性をイメージしてしまったのだ。


「そ、わたしもそれが気になるんだよね。だからストーカーを捕まえてきてほしいの。それで直接本人に理由を聞く!」

 その言葉が予想外だったのか、久保寺はあわてた様子で本間の肩をつかんだ。

「ちょっと待て。もし唯に危害きがいを加えようとしてるやつだったらどうするんだ? 唯がストーカーに接触するのは俺は反対だ」


「だから言ってるでしょ? 殺気は感じないって。これは断言できるよ。そんな警戒しなくても大丈夫だって〜」

 自分のストーカーのことなのにのんきな彼女。久保寺はあきれと心配を含んだ複雑な表情を浮かべた。

「唯の大丈夫はあてにならないって。それに俺が感じてるあの不気味な視線はなんなんだよ」

「う〜ん、それはわかんない」

 本間も困ったように肩をすくめた。


 佐伯はパンッと手を叩いた。依頼者二人はその大きな音にビクリと肩を震わす。

「まあまあ、とにかく、一度君たち二人を尾行しようか」

「二人を尾行、するんですか?」

 秋斗がそうたずねると、「そうだが?」とあっさり言われた。

「二人を尾行すればストーカーもついでに尾行できるだろ、たぶん」

 脚を組んでそう告げる佐伯は、健太郎けんたろうに用意してもらったココアを一口飲んだ。


 ストーカーという今までよりも事件性の高そうな依頼を受けるというのに、この緊張感の無さには呆れを通り越してもはや尊敬する。

「たぶんって言ってんじゃないですか」

 秋斗はため息をついた。

 ニッと口角をあげた佐伯は、探偵サークルの後輩三人を見回す。

「もちろん尾行は三人がやるんだぞ」


「潜入調査の次は尾行! なんか探偵っぽくなってきたね!」

 ここにも緊張感のないやつが一人。

 秋斗と希が気のない返事をしている横で、春樹のテンションは一人上がっていた。

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