第七章 ストーカー事件

第43話

 秋斗あきとは重い体を起こし、まぶたをこすった。

 もう朝か。

 カーテンの隙間すきまから陽の光が入り、秋斗に朝を知らせる。


 夏休みが終わり、授業が始まって数日が経った。春樹はるきの誕生日会をしたり花火大会に行ったり、中高の友だちとも会えてだいぶ充実した夏休みだった。夏休み期間中は探偵サークルでの依頼は受けつけないため、面倒事も特になかったし。

 佐伯さえきは夏休みの間、宗介そうすけの探偵事務所で手伝いをしていたらしい。


 そういえばすっかり忘れていたが、白石しらいしはどうなったんだろう。意味もなくスマホでニュースを見ながら、秋斗はそんなことを考えた。試験問題を教えてほしいと依頼にきた白石陽平ようへいは、佐伯が決めたルールを破り、腹痛の呪いにかかった。


 春樹が聞いた話によると、白石が仲良くしているグループの中で罰ゲーム的な感覚で探偵に依頼をしようということになったらしい。誰も本当に試験問題を教えてもらえるとは信じていなかったのだろう。

 おそらくどの試験も受けられていないと思うのだが、単位は大丈夫なのか?


 秋斗が心配したところでどうにもならないことだが、それこそ探偵サークルがうらまれてなにかされるのではないか。秋斗はふと不安に襲われた。

 いやいやいや、さすがに復讐みたいなことはしてこないだろう。


 秋斗は頭を振って変な心配事を外へと飛ばし、大学へ行く準備をした。といっても今日は大学へ行く前にたちばな喫茶によることになっている。

 どうやら新しい依頼人は花火大会で会った本間ほんまゆい久保寺くぼでらがくらしい。のぞみが佐伯に仲介したのだとか。


 秋斗は駅で春樹と希と待ち合わせをし、たちばな喫茶へ向かった。

「いらっしゃい」

 出迎えてくれたのはこの店のマスターであるたちばな健太郎けんたろうだ。その横には彼の妻である美里みさともいる。

「三人とも久しぶりね」

 だいぶ大きくなった美里のお腹に春樹と希は興味津々だ。


「おはようございます。もう性別ってわかるんですか?」

 希が気になったことを質問すると、健太郎と美里は顔を見合わせて笑った。

「ううん、まだ。あと数週間くらいすればわかるみたい」

 美里がお腹をやさしくなでる。一人っ子の秋斗、末っ子の春樹や希は、赤ちゃんと触れ合う機会がほとんどないため、新鮮な気持ちなのだ。


 入店を知らせるドアの鈴が鳴り、本間と久保寺が入って来た。

「お邪魔しまーす!」

 明るい本間の挨拶に、美里は笑顔で応じた。

「いらっしゃい。今日の依頼人さんかしら」

「本間唯です。こっちは久保寺岳。お店を貸していただきありがとうございます」

 礼儀正しくあいさつをした本間に続いて、久保寺も会釈えしゃくした。


 五人は二階へ上がり、佐伯を待つ。本間は椅子に座ると、春樹のことをじーっと見つめ、すぐにニコッと笑った。

「おお~、生で見るとよりイケメン! たしかにモテそうな顔だね、春樹くん」

 まだ自己紹介していないのに自分の名前を知っていた本間に、春樹は面食らう。

「え、え? なんで俺の名前知ってるの?」

「のんちゃんから話を聞いてるからに決まってんじゃ~ん。秋斗くんも久しぶり」

「え、希の友だちってのは聞いてたけど、秋斗も知ってるの?」

 春樹は思わぬ本間の発言に目を瞬く。


 秋斗は「ああ」と首肯しゅこうした。

「八月の花火大会のときにちょっとだけ会ったんだよ」

「え~! なんで教えてくれないのさ!」

 春樹が口をとがらせていると、佐伯があくびをしながら現れた。

「はよー、みんな。じゃあちゃっちゃと始めるぞー」


 寝起きなのかかすれた声でそう話す佐伯を見て、本間は興奮した様子で身を乗り出す。

 この人を見ているとすごく既視感きしかんがある。春樹を見ているみたいだ。


「あなたが探偵の佐伯茉鈴まりんさんなんですね! お初にお目にかかります、本間唯です!」

「ん、よろしくな。倉田くらたからプロフィールは聞いたから、早速依頼内容を教えてくれ」

 本間は居住まいを正す。

「あ、はいそうですね。えっと、ストーカーを捕まえてほしいんです」

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