第42話

 花火大会の会場は人であふれかえっていた。

「花火まで時間あるし、屋台でなにか買って食べておくか」

 秋斗あきとは腕時計を見ながらそう提案する。

「さんせ~い! じゃあ俺は焼きそばとお好み焼きとからあげ買ってくる!」

 春樹はるきはテンション高めに颯爽さっそうと出店に走っていく。のぞみは久しぶりの花火大会にわくわくしているのか、きょろきょろとせわしなく辺りを見回していた。

 浴衣姿の人、かき氷を食べ歩きしている人、お面をつけている人。あちこちの屋台から香る美味しそうな匂い。


「俺らはどうする? デザート系買うか?」

「だねー、ってデザート系ってなに? チョコバナナしかパッと思いつかないんだけど」

 希は小首を傾げ、あごに手を添えた。

 秋斗は高校のころクラスメイトと来た花火大会を思い出しながら口を開く。

「りんごあめとかは? デザートっぽくね?」

「んー、微妙なところだけどまあいっか」


 とりあえず二人はチョコバナナとりんご飴を買いに行くことにした。途中、希の要望で射的しゃてき屋に立ち寄ると、ふいに声をかけられた。

「のんちゃん?」

 振り向くと、浴衣を着たカップルが一組いた。希はすぐさま「わあ」と手を振る。

「やっほー、ゆい。まさかこの人の多さで遭遇そうぐうするとはね」

 仲が良さそうなカップルの姿に希は微笑ほほえんだ。唯と呼ばれた子の彼氏(だろう人物)と秋斗はバチッと目が合い、二人で苦笑にがわらいを浮かべる。


 すると、急に彼女の方は秋斗のことを見てニコニコし始め、下から上までなめ回すように見た。

「これがうわさの秋斗くんかぁ」

 満足そうに顎をなでる彼女は意味深な笑顔を見せた。


 噂?

 秋斗がいぶかしげに希を見ると、希は笑いながら秋斗を手で示し、カップルに紹介した。

「そ、これが噂の葛城かつらぎ秋斗」

「あれ、もう一人は? 春樹くんは一緒じゃないの?」

「焼きそば買いに行ってる」

「なぁんだ。挨拶あいさつしたかったのに」

 残念そうにそうこぼした彼女は、改めて秋斗に顔を向けた。


「はじめまして、商学部の本間ほんま唯。のんちゃんと高校が一緒だったの。んで、彼氏の久保寺くぼでらがく

 本間に急に腕を引かれた久保寺はちょっとよろけながら会釈えしゃくをした。秋斗は、よく希が話している経済学部の友人のことを思い出した。彼女がその友人だったのか。

 希と久保寺は面識があったようで、一言二言言葉をわした。


 秋斗は本間に「どうも」と軽く頭を下げる。

「希から話は聞いてたけど会うのは初、ですね」

「敬語じゃなくて良いよ〜、同い年だし。それにしてものんちゃんがどんな風にわたしのこと説明してるのか気になるなぁ」

 小柄な彼女は希を見上げ、にやりと口角をあげた。

「それじゃ、また。今度は春樹くんにも会わせてね!」

 そう言って本間は手を振り、久保寺と手をつないで歩いて行った。


 秋斗と希は屋台でチョコバナナとりんご飴、たい焼きを買い、春樹と合流した。有料観覧席のチケットは取っていないので、無料観覧スペースの空いているところを探し、レジャーシートを引く。

 少しつと会場アナウンスがかかった。いよいよ花火が打ち上がるようだ。


 ヒュードンッという大きな音が鳴り、夜空に大輪の花が咲く。一発上がるたびに見物客の歓声が上がり、辺りは熱気に包まれた。スマホをかかげた人たちの画面にはたくさんの花火が映し出される。緑、黄色、赤、青。

「きれいだね!」と空を見上げる春樹の横で、秋斗はふと高校の理科で習った炎色えんしょく反応を思い出していた。たしか黄色がナトリウムで青が銅だった気がする。あとは……覚えていない。

 そんなムードのないことを考えている秋斗の横で、これまたムードを気にしていない希はもぐもぐとたい焼きを食べていた。


「希はしっぽ派なんだな」

 と、秋斗が言うが、花火のあがる音や歓声でどうやら届いていないようだ。「え?」と聞き返す彼女の耳元に近づき、秋斗は口元に右手を当てた。

「希はしっぽ派なんだな」

「うん。秋斗は頭派?」

「いや、俺は真ん中派」

 希は秋斗の答えに食べていた手をとめ、食べかけのたい焼きを見下ろす。

「真ん中から食べる人はじめて会った」

「俺の家族はみんな真ん中派だぞ」

「へぇ、なんか面白いね」


 秋斗と希が二人でそんな会話をしていると、それに気づいた春樹が目を細めた。

「二人でなんの話してるの?」

「たい焼きの食べ方について」

 希が最後の一口を食べながらこたえると、春樹は腰を少し浮かせ、夜空を指さした。

「花火を見なさいって!」

 ちょっと怒ったような春樹の横顔が花火にらされる。


「そうだな」

 秋斗はふはっと笑い、一度目をせてから、顔を上げた。

 スマホをかまえて写真を数枚。一生忘れない夏の思い出になりそうだ。



〈第六章 三人の日常 終〉

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