第41話

「はい、これ」

 ケーキを食べ終えると、のぞみは突然カバンの中からなにかを取り出し、春樹はるきてのひらに乗せた。

「カレーだ! 食品サンプルだね!」

 春樹が目の高さに「おお~」とかかげたのはカレーのキーホルダーだ。福神漬けとらっきょうもしっかりトッピングされている。


 手先が器用な希は食品サンプルを作るのが趣味の一つだ。自身のカバンにもクロワッサンのストラップを付けている。

「そ、プレゼント」

 希は得意げに笑った。

「抜け駆けしたのかよ」

 秋斗あきとはじとっとした目で希を見たが、すぐさまふっと笑った。そしてトートバッグの中からガサゴソと箱を取り出す。

「ほい、春樹」


 箱を受け取った春樹は商品名を見て再び「おお~!」と声をあげた。さきほどよりも彼の反応が良くて、秋斗は勝ちほこったかのように口角をあげる。希も横から箱をのぞき込んだ。


「うなぎパイじゃん! 二人ともありがとう~!」

 春樹はうなぎパイが大好きなのだ。はしゃぐ春樹を見て秋斗まで嬉しくなった。

「いつの間に買ってたの?」

 希は秋斗の脇腹をひじで小突いた。

「希がトイレ行ってる間」

「うわー、抜け駆けじゃん」


 *


 ――日が傾いてきたので、三人はアパートを出て花火大会の会場に向かった。いまにでもスキップしそうな春樹はふと立ち止まると、くるりと向きを変え、希の前に立つ。首をかしげる彼女に、春樹は思い切って言葉を出した。

「誕生日ってことでさ、一つお願いがあるんだけど……」

「うん? なに?」


 春樹は一度口を引き結んでから、ゆっくりと吐き出した。

「……名前で呼び合いたい、な……って」

 いつもの勢いはどこへやら。また自分で言って自分で照れている。秋斗は肩をすくめた。基本グイグイいくのに急に恥ずかしそうにするイケメン。きっとこういうギャップにれる人が多いのだろう。


 希は春樹の申し出に目をまたたき、首をひねった。

「そんなことでいいの? お願いするほどのことでもないと思うけど」

 正直な希の意見に秋斗はプッとふきだした。

「たしかにな」

 春樹は困ったように秋斗と希を見る。

「だ、だって! タイミング難しくないっ?」

「そうか?」「そう?」

 きょとんとする秋斗と希。


 三人の中では春樹が一番コミュニケーション能力が高いはずなのに、なぜ名前呼びするだけでこんなに消極的になるのか。

 希は一度目をせて笑うと、目の前に立つ春樹に一歩近づき、上目遣いに言った。

「じゃあ改めてよろしく、春樹」

 絶対わざとやってんな……秋斗は心の中でつぶやく。


 希があざといを習得しゅうとくして実践している。春樹は急に距離をつめられ、目を見開いた。希の色っぽい(?)ささやきに頭が追いついていない春樹は、右手で顔をおおいながら一歩下がった。

 春樹が照れている姿がそんなに面白いのか、希は秋斗の横でずっとクスクス笑っている。口元を手で隠しながら、またも彼女は意地悪なことを言った。

「ほらほら、私のことも名前で呼んでみてよ」


 春樹は顔から手をはずし、むっとした表情で秋斗の方を見てきた。秋斗があきれた笑みを返すと、春樹は希の方に顔を向け、少しだけいじけたようにこぼす。

「……希」

「はい、よくできました」

 楽しそうに笑う希に春樹は頬をふくらませた。自分から言い出したことなのに、やり返されている様子が面白おかしくて、秋斗も笑いをこらえる。


 花火大会に向かう人のれに飲まれないよう、三人は仲よくまとまって歩いた。

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