第38話

 必修科目の英語は、入学オリエンテーションのときに受けたテストの成績順にAからEクラスに分けられる。秋斗あきとは真ん中のCクラスだった。

 初めての英語の授業でペアで自己紹介をする時間があり、たまたまペアになった相手がのぞみだったのだ。


「My name is kurata nozomi.」

 秋斗はその言葉を聞いて固まる。kurata nozomi、聞いたことのある名前の響きを頭の中で反芻はんすうした。

「のぞみ……? って、あの希か? 中学んときの」

 同姓同名ということもありうるため、秋斗は恐る恐る声を出す。


 すると彼女は「やっぱりね」と安心したように笑みを見せた。

「秋斗でしょ? なんとなーくそうかなって思った」

「え、気づいてたのか?」

 びっくりして目を丸くする秋斗に、希は眼鏡の奥の目をさらに細めて笑った。笑った顔は記憶の中にあった中学の彼女とたしかに重なる。

「秋斗はあんまり変わらないね、中学のときから」

「それって成長してないってことかよ」


 倉田くらた希は中二、中三と同じクラスだった。中二の林間学校で肝試しをやった際、お互いに霊感があることを知って意気投合し、そこから仲良くなったのだ。

 今まで霊感があることを伝えると不気味がる人、興味を持つ人、色々いたけれど、こうして自分と同じ霊感を持つ奴に出会ったのは秋斗は生まれて初めてだったので、嬉しかったのを覚えている。


 なつかしいな、と秋斗は緊張がほぐれるのを感じた。

 高校は別々で連絡も特に取ることはなかったのだが、まさか大学で再会するとは。久々に会った希はロングスカートをはいて、髪もゆるく巻かれているし、メイクもしている。成長した彼女の姿を改めて見て、今度はさっきとは違う変な緊張が走った。

 いやいや、同級生になにを緊張してるんだ。

 秋斗はゆっくり息を吐き出し、自分を落ち着かせた。


 ……多少落ち着いたはいいのだが、なにやら視線を感じる。秋斗は視線だけを動かし、自分たちをチラチラと見てくる青年を見つけた。

 席は離れているが、なにかと見てくる彼は可愛らしい顔立ちをしている。秋斗は今まで会った人を脳内で調べてみるが、該当する人は見つからない。隣に座るペアの人にひじを突かれ、青年はやっと前を向いた。


「なあ、あいつ、希の知り合いか?」

 秋斗が希に耳打ちすると、彼女も青年の視線に気づいていたようで、怪訝けげんな表情を浮かべる。

「知らない。秋斗の知り合いでもないの?」

「ああ、だってまだ入学して数日だぞ。知り合いなんてそんなできないだろ」


 二人は名も知らない青年の視線を感じながら、初めての英語の授業を終えた。けれど授業後、秋斗たちが談笑していると、その青年が近づいてきた。秋斗と希は思わず身構える。

 青年は目線を合わせようとしない秋斗たちに構うことなく、爽やかな笑顔で話しかけてきた。

「俺、後藤ごとう春樹はるき。二人の名前は?」


 おうおうおう……なかなか馴れ馴れしい奴である。

 秋斗も希もそこまでコミュニケーション能力は高くない。特に初対面の人に自分から話しかけるのが苦手だ。なにか接点があったわけでもない目の前の彼に話しかけられたのがびっくりである。


 秋斗と希は目配せすると、戸惑とまどいながらも秋斗から名乗った。

「……葛城かつらぎ秋斗、です」

倉田くらた希」

 名前を言っただけなのに青年はぱあっと笑顔になり、小さくガッツポーズをする。

「よろしくね!」

 それだけ言い残し、後藤氏はすぐに去っていった。


 そんなに名前を知りたかったのだろうか……?


 ――その日から春樹は大学内で会うと積極的に話しかけてくるようになった。正直最初は距離のつめ方が急速すぎて鬱陶うっとうしかったものの、気がつくと三人でいるのが当たり前になっていた。

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